5 / 44
本編
5.指笛の響き
しおりを挟む*
件名:ありがとうございます
From Tomoharu.Minami
To Kai.Saeda
佐枝峡様
三波朋晴です。先日零さんのところへお見舞いに伺った際に峡さんからのお礼を渡していただきました。お気遣いに恐縮しましたが、とても嬉しかったです。僕の初めて見るブランドでしたが、シンプルでかつ洒落ていて、素敵だと思いました。大切に使いたいと思います。
零さんはこれから回復するところなのだと思いますが、また元気になって新しい作品を拝見できる日を楽しみにしています。峡さんにもまたどこかでお会いできることがあれば幸いです。このたびはありがとうございました。三波朋晴拝
*
件名:Re.ありがとうございます
From Kai.Saeda
To Tomoharu.Minami
三波様
佐枝峡です。メールをありがとう。時計、気に入ったのなら良かったです。零から三波君はとてもお洒落な人だと聞いたので、選ぶ時は緊張しました。
零はまだ元気がないようですが、時間がたてば戻るでしょう。今回の事件ではこちらも肝が冷えましたが、今後は藤野谷君もついていますし、保護者としての役割も終わりのようです(三十歳になった大人に保護者も何もないようなものですが、零の環境は特殊だったので、周りも少し過敏なところがありました)
三波君は零の作品の熱烈なファンだそうで、零は照れていますが、叔父としては素朴に嬉しく思っています。
今回の一連の騒動に関しては、三波君にも不愉快なことがたくさんあったと思います。つねに落ちついた対応をとってくれて本当にありがとう。礼といってもごく些細なことでしかなく、わざわざメールを貰って申し訳ないくらいです。
零に聞いたところによると、三波君は美味しいものがお好きだそうですね。いずれ機会があれば、零も一緒に、どこかお誘いできればと思います。それでは。佐枝峡より。
*
さあ、これからどうしたものか。
峡さんからの返信を読んで僕は頭を抱えている。
ここまではどうということのないやり取りだ。僕がお礼のメールを送り、そこに峡さんが返事をくれた、それだけのことだ。返事が来たのは早かったし、文面はこれっきりさようならという雰囲気でもない。しかし正直、それ以上のことはわからない。結びの誘いめいた言葉も、佐枝さんと一緒にとなっていて、僕と一対一で会いたいと峡さんが考えているとは――想像しがたい。
そうなんだろうなぁ、と僕はため息をついた。これがアルファの連中なら、じゃあ今度ハウスで会わない? と聞くだけで、お互いどんな目論見があるにせよ、話はすぐ進むんだけどなぁ。
おまけに峡さんはベータだ。ちょっと遊びませんかといっても、女性にしか興味がないかもしれない。
おいおい、そこからか。
僕は自分に突っこんだ。で、どうする? いや、そもそもおまえはどうしたいんだ? アルファの連中のように峡さんとデートしたいのか? それとも単にもっと親しくなりたいだけなのか?
実をいえば自分でもよくわからなかった。だいたい最初は何だったっけ? 峡さんとの初対面は、ギャラリーで行われたTEN‐ZEROの新製品プレゼンだ。佐枝さんが紹介してくれたのだ。一目見た瞬間に高校の時の講師を思い出してどきっとしたのが最初で、次はあの事件のとき。どちらの場合も、僕は峡さんに会うたびに心臓が跳ねあがるのを感じている――というわけだ。
その感じはハウスで出会うアルファと(その後のセックスの誘いも含めた)駆け引きをするときとはまったく違っていた。
駆け引きなどしたくなかった。もっと峡さんといろいろな話をしたかった。何がするのが好きなのか、ご飯が美味しい店の話、今何をしているのか……。
*
件名:Re.Re.ありがとうございます
From Tomoharu.Minami
To Kai.Saeda
こんばんは。零さんが僕のことを話してくれているようで、恐縮です。たしかに僕は美味しいものを探すのが好きで『たべるんぽ』に@HARU3という名前でよくレビューを書いています。退屈なときにでもご覧ください。それでは。三波(ChatID:Haru3WAVE)
*
『たべるんぽ』は誰もが知っている口コミグルメサイトだ。実は僕はべスト500レビュワーの称号持ちである。食レポを面白くまとめるのが得意なのだ。峡さんにはどうでもいい話だろうが、このくらいなら引かれないんじゃないか。
考えこみながらえいっと送信ボタンを押し、僕はもう寝ることにした。反応がなければそれはその時のこと。
モバイルが鈴の音を鳴らしたのは歯を磨いていた時だった。チャットアプリにフレンドリクエストが入っていた。Saedakai――峡さんだ。僕は秒速で友達登録をした。インターネット社会万歳。
峡さんとつながることができたのはよかったとして、僕の迷惑メールフォルダは毎日パンパンに膨れ上がっている。よくあるスパムは自動でゴミ箱へ直行するので件名も見ないが、この二週間ほどは気に障るメールが毎日何通も届く。件名は「大丈夫か?」「また会いたい」「友達だと思っている」果ては「悪かった」「どうして無視する?」だ。
送信者の見当はついている。僕は他の迷惑メールと同様に削除しようとして思いとどまった。捨てアカウントを設定してそちらへ自動転送する。送信元のアドレスはいまのところ五つほど。中身は見ていない。メールを送るだけで満足するのなら勝手に満足していればいい。それ以上に及ばなければ日常生活に実害はない。
苛立つのはヒートが近いせいだろう。皮膚がわずかに熱を持ちはじめ、周囲や自分自身の匂いが気になってくる。予感のような微熱がきた夕方、僕は休暇を申請した。
オメガはヒート期、最低でも二連休は取れる。週末に続ければ四日休めるわけだから、標準的なヒートならこれで十分おさまる。
その間をどうすごすかは人によってさまざまだ。自宅でだらだらすごす。パートナーとのんびりしたり、旅先でどこかにこもる。さもなければ〈ハウス〉へ行き、適当な相手をみつける。あるいはハウスの中でひとりで閉じこもってもいい。
ハウスはアルファとオメガ専用の娯楽施設だが、中の個室でひとりで処理するのを好むオメガもいる。たとえ生理的に必要だったとしても、誰かとセックスする手続きはけっこう面倒くさい。
もっとも僕自身がそう感じるようになったのはここ一、二年くらいのことだ。十代の終わりにヒートがはじまったころは面倒だとか、まして手続きだとはまったく思わなかった。相手を探して駆け引きするのは一種のゲームで、ヒートがなくてもセックスは楽しかった。
それに何となく倦みはじめたのは、ある時期から、一夜をともにしたアルファが僕を一種の賞品というか、トロフィーや褒美のように思っていることに気づいたからだ。
やれやれ、僕は見た目がいい。休日に繁華街を歩いているとファッション雑誌のカメラマンに声をかけられることも、スカウトの名刺をもらうこともある。
とはいえオメガの例にもれず、子供のころの僕はここまで容姿でちやほやされたことはなかった。
たしかにもとの目鼻立ちは悪くないはずだが、それは僕のベータの家族にもあてはまることだ。オメガ性の容姿の変化はよく「みにくいアヒルの子」に例えられる。十五、六歳ごろから性成熟がはじまると、肌や髪に艶があらわれてなめらかになり、頬から顎、首にかけての線がすっきりし、眸が大きくなって、みるからに容貌が整う。体つきも変わり、動きが柔らかくなる。
ヒートがはじまるのはもっと後だが、こうなるとそれまでベータの中に紛れていたオメガも周囲から目立つようになる。アルファはオメガをみつめ、選びはじめ、ベータはオメガを「ちがう存在」として扱いはじめる。そしていろいろなことが少しずつ、あるいは急激に変わっていく。一緒に木登りをしたり指笛の上手さを競っていた幼馴染のあいだにもその変化は訪れる。
オメガはアルファやベータの気分にさとくなり、それがわからないベータはオメガをいぶかしむようになる。つがいのいないアルファはヒート期のオメガの匂いに惹きつけられて発情する。
そしてベータは、この衝動をけっして理解できないのだ。
ボスとつきあって逆説的に良かったことは、彼にとって僕はトロフィーではなかったことかもしれない。鏡の前で髪をセットしながら僕は何気なく思った。ボスにとっては世界にただひとりの相手しか存在しないも同然で、トロフィーどころか、他の誰も代わりになりようがなかったのだ。
これを〈運命のつがい〉という。考えようによってはひどい話だ。
そうはいっても、ハウスや道端で出会うアルファを単純素朴に好きになったり、つがいになりたいと思えない僕は、ボスよりもっとひどいのかもしれなかった。そんな僕がアルファたちのゲームの賞品になってしまったのはある意味自業自得で、あるときそれに気づいた僕は、ハウスを誰かと出会う場所と考えるのをやめてしまった。
オメガだからといって、ハウスだけが世界ではない。僕にはまともな家族がいるし、仕事もあるのだ。
それなのに、そんな僕にもヒートはきちんとやってくる。
外に出ると空気には水の匂いが濃く漂っていた。僕は磨いた靴に足をつっこみ、アパートに鍵をかけた。手首が軽いと思ったら腕時計を忘れている。そのまま行くか少し迷って、結局取りに戻った。もう一度鍵をかけながら、手首の薔薇の留め金をなぞる。なめらかな銀は皮膚の上で柔らかく存在を主張していた。
76
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
『アルファ拒食症』のオメガですが、運命の番に出会いました
小池 月
BL
大学一年の半田壱兎<はんだ いちと>は男性オメガ。壱兎は生涯ひとりを貫くことを決めた『アルファ拒食症』のバース性診断をうけている。
壱兎は過去に、オメガであるために男子の輪に入れず、女子からは異端として避けられ、孤独を経験している。
加えてベータ男子からの性的からかいを受けて不登校も経験した。そんな経緯から徹底してオメガ性を抑えベータとして生きる『アルファ拒食症』の道を選んだ。
大学に入り壱兎は初めてアルファと出会う。
そのアルファ男性が、壱兎とは違う学部の相川弘夢<あいかわ ひろむ>だった。壱兎と弘夢はすぐに仲良くなるが、弘夢のアルファフェロモンの影響で壱兎に発情期が来てしまう。そこから壱兎のオメガ性との向き合い、弘夢との関係への向き合いが始まるーー。
☆BLです。全年齢対応作品です☆
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
当たり前の幸せ
ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。
初投稿なので色々矛盾などご容赦を。
ゆっくり更新します。
すみません名前変えました。
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
いい加減観念して結婚してください
彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話
元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。
2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。
作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。
胎児の頃から執着されていたらしい
夜鳥すぱり
BL
好きでも嫌いでもない幼馴染みの鉄堅(てっけん)は、葉月(はづき)と結婚してツガイになりたいらしい。しかし、どうしても鉄堅のねばつくような想いを受け入れられない葉月は、しつこく求愛してくる鉄堅から逃げる事にした。オメガバース執着です。
◆完結済みです。いつもながら読んで下さった皆様に感謝です。
◆表紙絵を、花々緒さんが描いて下さいました(*^^*)。葉月を常に守りたい一途な鉄堅と、ひたすら逃げたい意地っぱりな葉月。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる