肩甲骨に薔薇の種(アルファポリス版・完結済)

おにぎり1000米

文字の大きさ
28 / 44
本編

28.蜂蜜の蓋(前編)

しおりを挟む
 佐枝さんは僕の支離滅裂で混乱した話を黙って聞いてくれた。
 支離滅裂だったのは、頭に浮かんだことから喋ったからだし、全部を話していないからだ。デュマーで昔の友人の秀哉と再会したこと。同じく友人だった昌行はいまでは僕を憎んでいること。僕が好きな人は本当に僕を求めているのか自信がないこと。ヒートがいつもよりつらくてどうしようもないこと。アルファの気配だけで体が勝手に反応すること――

 とりとめない話を機関銃のように喋ったせいで息が切れた。隙を狙うかのように佐枝さんがいった。
『なあ、三波。いまは峡は一緒じゃないんだな?』
 驚いて僕は沈黙した。
『三波、聞こえてる? デュマーにひとりでいるんだな? 峡は』
「どうして……峡さんが出てくるんですか」
『だって、三波の好きな人って、峡だろ? つきあってるんだろう?』

 僕は佐枝さんに話したっけ? 頭がすっかり混乱しているのはヒートのせいだ。そういえば引越の日に、勘づかれてもしかたがないようなことは尋ねている。けれど「つきあっている」とはいわなかったはずだ。断じてそれはない。

「峡さんが話したんですか?」
『まさか』佐枝さんの声は真剣だった。
『峡は俺にそんな話はしない。自分の話なんかちっともしないんだ、昔から』
「じゃあ、どうして」
『そんなの』今度は笑いまじりだった。
『なんとなくわかったよ。俺の引越の時は峡が三波を連れてきたしさ』
 僕は思わずぶつぶついった。

「つきあうっていっても……最初は僕が頼んだんです。その――さっき話した昔の友人が――マスコミにリークしたやつが、ストーカーみたいになっていたから、もののはずみで」
『三波。峡はたしかに面倒見がいいけど、もののはずみでデートの相手を作るほどいい加減じゃないぞ』
 ぴしゃりといわれて僕はひるむ。
「すみません」
『――あ、いや、そこでへこむなって。三波については峡も変だったからさ。すごくきれいな子だって連呼してたし、いくら俺の知り合いだからって、お返しを口実にプレゼント預けてくるし、あの時は三波も挙動不審だったし』
「どうせ僕はゾンビなみに挙動不審ですよ……」
『ゾンビはいいから、で、峡はそこにいないのか?』

 どうして峡さんがここに?
 足元がすっと冷えるような気がした。反対に胸の奥は熱くなって、また眼の奥から涙がもりあがる。僕はそんな自分自身にあきれた。

「佐枝さん。僕が峡さんとつきあってたって――ここに峡さんがいるわけないじゃないですか。あの人はベータだ。ベータだから……」
『ベータだから何?』
「僕がヒートになっても何にも影響されないし……峡さんには必要がない。ここはハウスなんですよ?」

 ハウスはアルファとオメガが出会う場所だ。ベータはいつも埒外だ。空調の音が急に耳につきはじめた。モバイルの向こうが急に静かになったのだ。
 と、前触れもなく佐枝さんはいった。

『三波、迎えに行くから』
「はい?」
『今はひとりでいちゃいけない。待っていろよ』
「え、いや」僕は焦った。
「ちがうんです。僕はちょっと――ちょっと話がしたかっただけで。すみません、迷惑をかけるつもりじゃなくて、だからそんなこと」
『わかるよ』
 佐枝さんの声はやさしかった。
『俺も三波に慰められただろう?』

 僕はこの人に何かしてあげたことがあったっけ?

 またも混乱した僕の耳に入ってきたのはモバイルの向こう側の物音だった。カシャカシャと紙をまるめるような音が鳴り響いたあとで『サエ?』と呼ぶ声がきこえる。よく知っている声なのに妙に聞きなれない気がするのは、その響きがやたらと甘ったるいからだ。ふだんは威勢よく尖った声で命令ばかりしているくせに、今は蜜のように丸く甘い。

『ああ、ちょっと。三波から電話……』
『ん? 問題でも?』

 藤野谷さん――ボスの声が繰り返す。僕は突然思い出した。この二人は休暇――実質的に新婚旅行の真っ最中じゃなかったか?

「佐枝さん!」僕はあわててモバイルに叫んだ。
「すみません。ほんとうにいいです。僕は大丈夫です。ごめんなさい、邪魔して。ボスにもそう」
『いいから!』
 佐枝さんもモバイルの向こうで怒鳴っていた。
『とにかく三波、迎えは行くから。行くまで動くな』
「でも……」
『一度切る。またかける』

 どうしよう。
 僕はソファに膝をかかえて座りこんだ。体全体が熱くて、なのにふるえがのぼってきた。下肢の中心でじくじくする欲望で頭が霞む。僕は吐息をつき、両手で自分の胸を抱きしめた。緩和剤の作用はもう切れてしまったのだろうか。

 欲望はいくら息を吐いてもおさまらない。怖くて自分で触れることもできない。
 触れてもこれが消えなかったら僕はいったいどうしたらいいんだろう? この部屋を出て誰かをさがすのか? この熱を消してくれるものを、誰だっていいから、とにかく今だけ――

『お迎えが来ましたよ』
 スピーカーからAIのサムの声が響いた。
 僕はびくっとして体を起こした。どのくらい時間がたったのだろう? 僕は居眠りしていたのだろうか?
『おひとりで外へ出られますか? ああいや、そのご様子なら、迎えの方に入っていただいた方がいいでしょう』
 AIのはずなのにやはり妙に人間臭い口調だ。ソファにうずくまったまま、霞のかかった頭で僕はそんなことを思う。そのせいか扉が開いたのに気づかなかった。呼ぶ声でやっと気づいた。
「朋晴」
 僕は顔をあげた。峡さんがそこに立っていた。

 まだ頭はぼうっとしていた。変だなぁと思った。どうして峡さんがここにいるんだろう?
 モバイルが鳴った。はじかれたように意識が戻って、僕はあわてて電話を取った。手がふるえて画面をうまくタップできない。やっと成功したとたん、佐枝さんの声が聞こえてくる。

『三波、峡はそっちについたか?』
「佐枝さん」
 僕は何をたずねる準備も、答える準備もなかった。
「峡さん――は」
『三波。峡は対処法を知ってる。叔父の専門はオメガの生理現象だ。峡がいなかったら俺はヒートを乗り越えられなかった』

 僕はなんと答えればいいのかわからなかった。ふいにふるえっぱなしの指が暖かい手のひらに包まれた。手のひらだけでなく、頭も、肩も。
 峡さんはソファにうずくまった僕を抱きしめるようにして、静かにモバイルを取り上げた。
「零、俺だ。朋晴は連れて帰る。大丈夫だ」



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

『アルファ拒食症』のオメガですが、運命の番に出会いました

小池 月
BL
 大学一年の半田壱兎<はんだ いちと>は男性オメガ。壱兎は生涯ひとりを貫くことを決めた『アルファ拒食症』のバース性診断をうけている。  壱兎は過去に、オメガであるために男子の輪に入れず、女子からは異端として避けられ、孤独を経験している。  加えてベータ男子からの性的からかいを受けて不登校も経験した。そんな経緯から徹底してオメガ性を抑えベータとして生きる『アルファ拒食症』の道を選んだ。  大学に入り壱兎は初めてアルファと出会う。  そのアルファ男性が、壱兎とは違う学部の相川弘夢<あいかわ ひろむ>だった。壱兎と弘夢はすぐに仲良くなるが、弘夢のアルファフェロモンの影響で壱兎に発情期が来てしまう。そこから壱兎のオメガ性との向き合い、弘夢との関係への向き合いが始まるーー。 ☆BLです。全年齢対応作品です☆

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

当たり前の幸せ

ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。 初投稿なので色々矛盾などご容赦を。 ゆっくり更新します。 すみません名前変えました。

【完結】出会いは悪夢、甘い蜜

琉海
BL
憧れを追って入学した学園にいたのは運命の番だった。 アルファがオメガをガブガブしてます。

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。

いい加減観念して結婚してください

彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話 元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。 2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。 作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。

胎児の頃から執着されていたらしい

夜鳥すぱり
BL
好きでも嫌いでもない幼馴染みの鉄堅(てっけん)は、葉月(はづき)と結婚してツガイになりたいらしい。しかし、どうしても鉄堅のねばつくような想いを受け入れられない葉月は、しつこく求愛してくる鉄堅から逃げる事にした。オメガバース執着です。 ◆完結済みです。いつもながら読んで下さった皆様に感謝です。 ◆表紙絵を、花々緒さんが描いて下さいました(*^^*)。葉月を常に守りたい一途な鉄堅と、ひたすら逃げたい意地っぱりな葉月。

処理中です...