7 / 9
「大人になれなかった」少女の願い(3)
しおりを挟む
こうして私は、長いようで短い王都での一年をなんとか終えた。
無事に辿りついた結納の席で、久しぶりに幼馴染の笑顔を見て……私はかつてのように駆け寄りたい衝動を、ぐっと我慢した。フェルナン様も嫡男として、そろそろ大人にならなければならない年齢だ。これからは私がしっかりと、彼を補佐していかなければ。
そんな私の成長を誰よりも喜んでくれたのは、フェルナン様のご両親である、伯爵ご夫妻だった。
「やっぱり、ロズリーヌは賢いから、絶対に素敵な淑女になると思っていたのよ! 貴女が手本となってくれたなら、きっとあの奔放息子も自覚を持ってくれると思うから。どうか、これからもよろしくね」
奥様からそう頼まれた私は、学んだことに忠実に……フェルナン様の前で完璧なご令嬢の姿を演じた。だけどそんな私と彼との間は、どんどん距離が開いていった。
*****
フェルナン様との間がぎこちない日が続くうちに、父が『妹』を連れてきた。急に現れた異母妹の存在は複雑だったけど、まあ、貴族にはよくあることだから。
子どもの頃だったら、許せなかったかもしれない。でも今まで私の方が父さまを独占していたんだから、この子にはんぶん譲ってあげよう。
それに私には、フェルもいる。
でも、フェルは……
「ロズ、いやロズリーヌ、お前ってホントつまらない女だな。ノエラの方がよほど魅力的だ。あーあ、なんで家のためにお前なんかと結婚しなくちゃならないんだよ!」
フェルが私を望んでくれたのだと、そう思ってた。
でも、違っていたのかな。
それでも私は、次期当主夫人として認められたくて、懸命に頑張り続けた。そんなときだった。慈善活動に行った治療所で、患者の発疹に、気づいたのは。
疫病患者用の病棟へと隔離された私に、母さまは、どんなに頼んでも鏡を貸してくれなかった。ただ頬をつたう涙が、そこにあるのだろう痘瘡に、ひりひりと染みた。
「フェルナン様は……今日も来ていらっしゃるのですね」
私の言葉を聞いて、ごく小さな硝子窓がはまっただけの病室の扉越しに……母さまが言った。
「若様に、お会いしたい?」
私は黙って、首を横に振った。
彼には、一番きれいな姿だけを見て欲しい。
私の病室から病棟の大扉までは少し離れているはずなのに、騒がしい声がここまで聞こえてくる。
『僕は彼女の、婚約者だぞ!?』
ああもうフェルってば、また大騒ぎしてる。
まだまだ子どもなんだから。
あんなに弱虫で、立派な領主様になれるかな。私が助けてあげたかったけど、でももう、時間がないみたい。
私の代わりは、やっぱりノエラになるのかな。本当に大丈夫? 行儀見習い、けっこう大変だよ? それとも隣領のご令嬢かしら。いい人が、見つかるといいんだけど。
……やっぱり、いやだな。
本当は、まだずっと、私がフェルと一緒にいたかった。私こんなに頑張ったのに、ねえ、なんで!? フェルの隣は、ずっと、私だけの場所のはずだったのに……!
でもそんなことを伝えてしまったら、優しい彼は、きっと一生気にしてしまうだろうから――
――これまで本当にありがとう。
あなたの幸せを、願っています。
...
――――――――――――――――
ここまでお読みいただきありがとうございました。
長編「ナイチンゲールは夜明けを歌う」に、その後のフェルナンが登場します。
長編完結後こちらに後日談(ハッピーエンド)を追加予定ですが、長編を読まなくても話はつながるようにしています。
無事に辿りついた結納の席で、久しぶりに幼馴染の笑顔を見て……私はかつてのように駆け寄りたい衝動を、ぐっと我慢した。フェルナン様も嫡男として、そろそろ大人にならなければならない年齢だ。これからは私がしっかりと、彼を補佐していかなければ。
そんな私の成長を誰よりも喜んでくれたのは、フェルナン様のご両親である、伯爵ご夫妻だった。
「やっぱり、ロズリーヌは賢いから、絶対に素敵な淑女になると思っていたのよ! 貴女が手本となってくれたなら、きっとあの奔放息子も自覚を持ってくれると思うから。どうか、これからもよろしくね」
奥様からそう頼まれた私は、学んだことに忠実に……フェルナン様の前で完璧なご令嬢の姿を演じた。だけどそんな私と彼との間は、どんどん距離が開いていった。
*****
フェルナン様との間がぎこちない日が続くうちに、父が『妹』を連れてきた。急に現れた異母妹の存在は複雑だったけど、まあ、貴族にはよくあることだから。
子どもの頃だったら、許せなかったかもしれない。でも今まで私の方が父さまを独占していたんだから、この子にはんぶん譲ってあげよう。
それに私には、フェルもいる。
でも、フェルは……
「ロズ、いやロズリーヌ、お前ってホントつまらない女だな。ノエラの方がよほど魅力的だ。あーあ、なんで家のためにお前なんかと結婚しなくちゃならないんだよ!」
フェルが私を望んでくれたのだと、そう思ってた。
でも、違っていたのかな。
それでも私は、次期当主夫人として認められたくて、懸命に頑張り続けた。そんなときだった。慈善活動に行った治療所で、患者の発疹に、気づいたのは。
疫病患者用の病棟へと隔離された私に、母さまは、どんなに頼んでも鏡を貸してくれなかった。ただ頬をつたう涙が、そこにあるのだろう痘瘡に、ひりひりと染みた。
「フェルナン様は……今日も来ていらっしゃるのですね」
私の言葉を聞いて、ごく小さな硝子窓がはまっただけの病室の扉越しに……母さまが言った。
「若様に、お会いしたい?」
私は黙って、首を横に振った。
彼には、一番きれいな姿だけを見て欲しい。
私の病室から病棟の大扉までは少し離れているはずなのに、騒がしい声がここまで聞こえてくる。
『僕は彼女の、婚約者だぞ!?』
ああもうフェルってば、また大騒ぎしてる。
まだまだ子どもなんだから。
あんなに弱虫で、立派な領主様になれるかな。私が助けてあげたかったけど、でももう、時間がないみたい。
私の代わりは、やっぱりノエラになるのかな。本当に大丈夫? 行儀見習い、けっこう大変だよ? それとも隣領のご令嬢かしら。いい人が、見つかるといいんだけど。
……やっぱり、いやだな。
本当は、まだずっと、私がフェルと一緒にいたかった。私こんなに頑張ったのに、ねえ、なんで!? フェルの隣は、ずっと、私だけの場所のはずだったのに……!
でもそんなことを伝えてしまったら、優しい彼は、きっと一生気にしてしまうだろうから――
――これまで本当にありがとう。
あなたの幸せを、願っています。
...
――――――――――――――――
ここまでお読みいただきありがとうございました。
長編「ナイチンゲールは夜明けを歌う」に、その後のフェルナンが登場します。
長編完結後こちらに後日談(ハッピーエンド)を追加予定ですが、長編を読まなくても話はつながるようにしています。
138
あなたにおすすめの小説
【完結】愛くるしい彼女。
たまこ
恋愛
侯爵令嬢のキャロラインは、所謂悪役令嬢のような容姿と性格で、人から敬遠されてばかり。唯一心を許していた幼馴染のロビンとの婚約話が持ち上がり、大喜びしたのも束の間「この話は無かったことに。」とバッサリ断られてしまう。失意の中、第二王子にアプローチを受けるが、何故かいつもロビンが現れて•••。
2023.3.15
HOTランキング35位/24hランキング63位
ありがとうございました!
それでも好きだった。
下菊みこと
恋愛
諦めたはずなのに、少し情が残ってたお話。
主人公は婚約者と上手くいっていない。いつも彼の幼馴染が邪魔をしてくる。主人公は、婚約解消を決意する。しかしその後元婚約者となった彼から手紙が来て、さらにメイドから彼のその後を聞いてしまった。その時に感じた思いとは。
小説家になろう様でも投稿しています。
我慢しないことにした結果
宝月 蓮
恋愛
メアリー、ワイアット、クレアは幼馴染。いつも三人で過ごすことが多い。しかしクレアがわがままを言うせいで、いつもメアリーは我慢を強いられていた。更に、メアリーはワイアットに好意を寄せていたが色々なことが重なりワイアットはわがままなクレアと婚約することになってしまう。失意の中、欲望に忠実なクレアの更なるわがままで追い詰められていくメアリー。そんなメアリーを救ったのは、兄達の友人であるアレクサンダー。アレクサンダーはメアリーに、もう我慢しなくて良い、思いの全てを吐き出してごらんと優しく包み込んでくれた。メアリーはそんなアレクサンダーに惹かれていく。
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
嘘だったなんてそんな嘘は信じません
ミカン♬
恋愛
婚約者のキリアン様が大好きなディアナ。ある日偶然キリアン様の本音を聞いてしまう。流れは一気に婚約解消に向かっていくのだけど・・・迷うディアナはどうする?
ありふれた婚約解消の数日間を切り取った可愛い恋のお話です。
小説家になろう様にも投稿しています。
それは確かに真実の愛
宝月 蓮
恋愛
レルヒェンフェルト伯爵令嬢ルーツィエには悩みがあった。それは幼馴染であるビューロウ侯爵令息ヤーコブが髪質のことを散々いじってくること。やめて欲しいと伝えても全くやめてくれないのである。いつも「冗談だから」で済まされてしまうのだ。おまけに嫌がったらこちらが悪者にされてしまう。
そんなある日、ルーツィエは君主の家系であるリヒネットシュタイン公家の第三公子クラウスと出会う。クラウスはルーツィエの髪型を素敵だと褒めてくれた。彼はヤーコブとは違い、ルーツィエの嫌がることは全くしない。そしてルーツィエとクラウスは交流をしていくうちにお互い惹かれ合っていた。
そんな中、ルーツィエとヤーコブの婚約が決まってしまう。ヤーコブなんかとは絶対に結婚したくないルーツィエはクラウスに助けを求めた。
そしてクラウスがある行動を起こすのであるが、果たしてその結果は……?
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
優柔不断な公爵子息の後悔
有川カナデ
恋愛
フレッグ国では、第一王女のアクセリナと第一王子のヴィルフェルムが次期国王となるべく日々切磋琢磨している。アクセリナににはエドヴァルドという婚約者がおり、互いに想い合う仲だった。「あなたに相応しい男になりたい」――彼の口癖である。アクセリナはそんな彼を信じ続けていたが、ある日聖女と彼がただならぬ仲であるとの噂を聞いてしまった。彼を信じ続けたいが、生まれる疑心は彼女の心を傷つける。そしてエドヴァルドから告げられた言葉に、疑心は確信に変わって……。
いつも通りのご都合主義ゆるんゆるん設定。やかましいフランクな喋り方の王子とかが出てきます。受け取り方によってはバッドエンドかもしれません。
後味悪かったら申し訳ないです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる