【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ

文字の大きさ
9 / 9

幸せのありか(2)

しおりを挟む
 使用人達に間を取り持ってもらい、それからの炊き出しは近くの修道院と協力して行うことになった。三人ばかりのその小さな修道院の院長は、私と同年代くらいの女性とのことで、あのブエノワ男爵の遠縁にあたる治療術師であるらしい。

 フードを目深に被り物静かなその女性は、顔に子どもの頃に患った斑点病の、ひどい痘痕あばたが残っているのだという。だが予防薬の普及のお陰で恐がらずに彼女から治療を受けてくれる人が増え、感謝しているとのことだった。

 もうフードなんかで隠す必要はないだろうと言ってはみたが、彼女は黙って首を横に振った。女性にとって、やはり容姿の悩みは男が思うより深いのだろうか。いつか彼女が素顔を晒しても気にならない日が、来ればよいのだが。


 ――それからも診療所は、大盛況な日が続いていた。動けず来院できない人がいたら、馬を飛ばして駆けつけた。のんびりと余生を暮らすはずだったのに、忙しない日が続いている。

 日々を慌ただしく過ごしてゆく中で、私はようやく気が付いた。ただ目の前の一人を、全力で救いたい。一人でも多くの、笑顔を取り戻したい。

 かつてはあったその気持ちを、私はなぜ、忘れてしまっていたのだろうか。――難しい理屈など、何も必要なかったのだ。



 そして今日も、私は日課の墓参りに向かう。懐から取り出した袋には、今日の治療の礼にともらった花の種が入っていた。私はそれを少しずつ周りに蒔き終えると、墓石に向かって手をかざす。

 低く呪文を唱えると、法術の雨がさらさらと辺りに降りそそぎ……春の柔らかな陽光の下で、鮮やかな虹の彩りが揺らめいた。

 彼女が眠る墓石の周りへと、種を蒔き続けているうちに――いつしか辺りは、色とりどりの花に包まれていた。吹く風に舞う花びらが、静かに座るに降り積もっている。私はそれを軽く払ってやると、目の前に座り込んだ。

「ロズ、聞いてくれよ。ようやく見つけたんだ。治療術師の存在意義……いや、自分が本当にやりたかったことを。だからもう少しだけ、待っていてくれないか。必ず君に、胸を張って会いにゆくから」

 あの日からずっと抑え込んでいた涙があふれ、頬を伝った。

「フェル、に私はいないわ」

 不意に背後から掛けられた声に、私は涙を拭うのも忘れて振り向いた。そこにたたずんでいたのは、フードを目深に被った一人の女性である。

「院長……いや、まさか……!」

「本当は、黙って近くにいられるだけでよかったの。でもフェルってば、毎日誰もいないお墓なんかに通っているんだもの」

 そういえば、祭壇に置かれたロズの『棺』は空っぽで……その死に顔を見た者はいなかった。ただ葬儀で泣き崩れる母親の姿を、疑うものはいなかったというだけで。

「生きて、いたのか……? なぜ……」

「こんな顔になって、魔物扱いされるくらいなら……いっそ死んだことにして修道院へやって欲しいと、お父様にお願いしたの。そうでもしなければ、貴方の隣を諦めることができそうになかった。でも貴方が帰って来たと聞いてしまったら……居ても立ってもいられなかった」

 私は覚束ない足でなんとか立ち上がると、彼女に一歩、近づいた。

「ロズリーヌ……なんだな?」

「……はい」

 小さな声で応える彼女に、私はまた一歩、歩み寄る。

「顔を……見せてくれないか?」

「それは……」

 俯く彼女に触れられる位置まで近づいて、私は震える手を伸ばした。

「見せて欲しいんだ。……頼む」

 すると彼女は意を決したように小さくうなずいて、そっとフードを背後にずらす。フードの下から出て来た両頬には、痛ましい瘢痕はんこんが広く残されていた。そして目尻の下には私と同じく、うっすらとした皺が時を刻んでいる。

 だがその面影は遠い記憶のそのままで――私は思わず、呟いた。

「とても……綺麗だ」

「うそ……」

「嘘じゃない。今も、昔も、ロズはいつだって誰よりも綺麗だ。本当の気持ちを伝えられなかったことを、ずっと後悔してた。僕は、ロズのことが何よりも大切で、そして……大好きなんだ!」

 呆然としたように立ち尽くす彼女の瞳に涙があふれ、頬を伝って落ちてゆく。私はまた一歩距離を詰めると、彼女を強く抱きしめた。

「もう二度と離さない。一生、僕のそばに居てくれるんだろう?」

 恐る恐る上げられた手が、私の背をつたう。やがてそれは半ばで止まると、ぎゅっと力が込められた。

「はい……!」

 再び強い風が吹き、辺りを色とりどりの花びらが舞った。でもこの美しく輝き始めた世界は、天上の景色ではない。

 私達が二人で歩む道は、まだ、ここにあったのだ――。






 -完-
しおりを挟む
感想 5

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(5件)

凛蓮月
2022.04.24 凛蓮月
ネタバレ含む
2022.04.24 干野ワニ

そう言っていただけて、嬉しいです。
ご感想、ありがとうございました!

解除
みなわなみ
2022.04.23 みなわなみ
ネタバレ含む
2022.04.23 干野ワニ

はい、こんなだから、上司ながら他人とは思えず色々とお節介をしていたようです。
ご感想、ありがとうございました!

解除
kunoenokou
2022.04.23 kunoenokou
ネタバレ含む
2022.04.23 干野ワニ

ちょっとしたことで意地を張って、それが何年も引きずることってありますよね。
おっしゃる通り、二人がそれぞれ遠回りしたのは、必要なことだったのかもしれません。
ご感想、ありがとうございました!

解除

あなたにおすすめの小説

【完結】愛くるしい彼女。

たまこ
恋愛
侯爵令嬢のキャロラインは、所謂悪役令嬢のような容姿と性格で、人から敬遠されてばかり。唯一心を許していた幼馴染のロビンとの婚約話が持ち上がり、大喜びしたのも束の間「この話は無かったことに。」とバッサリ断られてしまう。失意の中、第二王子にアプローチを受けるが、何故かいつもロビンが現れて•••。 2023.3.15 HOTランキング35位/24hランキング63位 ありがとうございました!

それでも好きだった。

下菊みこと
恋愛
諦めたはずなのに、少し情が残ってたお話。 主人公は婚約者と上手くいっていない。いつも彼の幼馴染が邪魔をしてくる。主人公は、婚約解消を決意する。しかしその後元婚約者となった彼から手紙が来て、さらにメイドから彼のその後を聞いてしまった。その時に感じた思いとは。 小説家になろう様でも投稿しています。

我慢しないことにした結果

宝月 蓮
恋愛
メアリー、ワイアット、クレアは幼馴染。いつも三人で過ごすことが多い。しかしクレアがわがままを言うせいで、いつもメアリーは我慢を強いられていた。更に、メアリーはワイアットに好意を寄せていたが色々なことが重なりワイアットはわがままなクレアと婚約することになってしまう。失意の中、欲望に忠実なクレアの更なるわがままで追い詰められていくメアリー。そんなメアリーを救ったのは、兄達の友人であるアレクサンダー。アレクサンダーはメアリーに、もう我慢しなくて良い、思いの全てを吐き出してごらんと優しく包み込んでくれた。メアリーはそんなアレクサンダーに惹かれていく。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

嘘だったなんてそんな嘘は信じません

ミカン♬
恋愛
婚約者のキリアン様が大好きなディアナ。ある日偶然キリアン様の本音を聞いてしまう。流れは一気に婚約解消に向かっていくのだけど・・・迷うディアナはどうする? ありふれた婚約解消の数日間を切り取った可愛い恋のお話です。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】本当に愛していました。さようなら

梅干しおにぎり
恋愛
本当に愛していた彼の隣には、彼女がいました。 2話完結です。よろしくお願いします。

それは確かに真実の愛

宝月 蓮
恋愛
レルヒェンフェルト伯爵令嬢ルーツィエには悩みがあった。それは幼馴染であるビューロウ侯爵令息ヤーコブが髪質のことを散々いじってくること。やめて欲しいと伝えても全くやめてくれないのである。いつも「冗談だから」で済まされてしまうのだ。おまけに嫌がったらこちらが悪者にされてしまう。 そんなある日、ルーツィエは君主の家系であるリヒネットシュタイン公家の第三公子クラウスと出会う。クラウスはルーツィエの髪型を素敵だと褒めてくれた。彼はヤーコブとは違い、ルーツィエの嫌がることは全くしない。そしてルーツィエとクラウスは交流をしていくうちにお互い惹かれ合っていた。 そんな中、ルーツィエとヤーコブの婚約が決まってしまう。ヤーコブなんかとは絶対に結婚したくないルーツィエはクラウスに助けを求めた。 そしてクラウスがある行動を起こすのであるが、果たしてその結果は……? 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

いつから恋人?

ざっく
恋愛
告白して、オーケーをしてくれたはずの相手が、詩織と付き合ってないと言っているのを聞いてしまった。彼は、幼馴染の女の子を気遣って、断れなかっただけなのだ。

優柔不断な公爵子息の後悔

有川カナデ
恋愛
フレッグ国では、第一王女のアクセリナと第一王子のヴィルフェルムが次期国王となるべく日々切磋琢磨している。アクセリナににはエドヴァルドという婚約者がおり、互いに想い合う仲だった。「あなたに相応しい男になりたい」――彼の口癖である。アクセリナはそんな彼を信じ続けていたが、ある日聖女と彼がただならぬ仲であるとの噂を聞いてしまった。彼を信じ続けたいが、生まれる疑心は彼女の心を傷つける。そしてエドヴァルドから告げられた言葉に、疑心は確信に変わって……。 いつも通りのご都合主義ゆるんゆるん設定。やかましいフランクな喋り方の王子とかが出てきます。受け取り方によってはバッドエンドかもしれません。 後味悪かったら申し訳ないです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。