【完結】嗤われた王女は婚約破棄を言い渡す

干野ワニ

文字の大きさ
1 / 8

第一話

しおりを挟む
「ニクラス・アールベック侯爵令息。貴方との婚約は、本日をもって破棄します」

 王宮に数ある応接室のうち、小さめの一室で。婚約者と向き合うように座ったわたくしは、そう静かに告げました。

「急に破棄するなどと、どういうことですか!? いくら王女殿下のご命令といえど、こんな一方的で非道な行いを承服することはできません! 納得のいく理由を――」

 泡を食った様子で言いすがる婚約者に、わたくしは皮肉げに笑って言いました。

「理由ですって? わたくし、聞いてしまったの。貴方がお友だちと、わたくしのことを『鶏ガラ姫』と呼んでわらい合っていたことを」

「なっ、まさかあれを聞いて……!」

 焦りと驚愕に染まる婚約者の瞳を、わたくしは悲しみを込めた目で見つめました。父に、代わりに伝えてもらう選択肢もありました。しかしわたくしは、自分の言葉で伝えたかったのです。

 ――わたくしは貴方の言葉で傷ついたのだ、と。


 *****


「どうしよう……どこへ行ってしまったのかしら?」

 王宮の奥深くにある書庫の中で、わたくしは一枚の栞を探し回っておりました。ついうっかりと、挟んだ本の隙間から滑り落ちてしまったようなのです。

 あの栞は初めて婚約者からもらった花を、大事に押し花にしたものでした。彼との思い出の深い、とても大切なものなのです。しかし広い書庫の奥は真昼でも薄暗く、灯火を頼りにうずくまって探すしかありません。

「もしかして、探し物はこれかな?」

 少しでも明かりをと開け放していた入口の方から声がして、ハッとして顔をあげると。視界に入ってきたものは、他国からの客人が栞を拾い上げている姿でした。

「はい、それです! あの、ベルトラン様……ありがとうございます」

 わたくしが慌てて駆け寄ると、彼はその怜悧なお顔に苦笑を浮かべて言いました。

「その栞、よほど大事なものなんだな」

「は、はい……」

 それほど慌てて見えたのでしょうか。わたくしは恥ずかしくなって、思わず肩をすくめました。よりによってこの方の前で、そんな姿をお見せしてしまうなんて。

 ベルトラン様は同盟国であるガリア王国の王太子様でいらっしゃいますが、数日前からしばらく、我が国の軍事について学びにいらしているのです。ガリアはこの国を超える強国ですが、同じ魔族の国と敵対している関係で、昔からそういった交流がさかんなのでした。

 歳は二つしか違わないものの、彼の落ち着いた青灰色の瞳は昔から大人びた色をしています。そんな彼はわたくしにとって、たまに遊びにいらっしゃる親戚のお兄様といった感じの存在でしょうか。

「……アウロラは変わらないな。相変わらず書庫にこもっているんだね」

「だって、全部読み終える前に新しい本が入庫してしまうんですもの」

「ははは、それなら仕方ない! ではまたしばらく、この君のお城にお邪魔させてもらってもいいかな。ここの蔵書は充実していて、どれも素晴らしいんだ」

「ふふふ、もちろんですわ!」

 当家と古い縁戚関係にあるベルトラン様は、これまでにも何度かこの国に滞在していらっしゃいます。その時もよく書庫でこうして、顔を合わせたものでした。もっとも、私は神話や伝承の物語を、彼は兵法や内政の実用書を読んでいるという、違いはあるのですが。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

はじめまして婚約者様  婚約解消はそちらからお願いします

蒼あかり
恋愛
リサには産まれた時からの婚約者タイラーがいる。祖父たちの願いで実現したこの婚約だが、十六になるまで一度も会ったことが無い。出した手紙にも、一度として返事が来たことも無い。それでもリサは手紙を出し続けた。そんな時、タイラーの祖父が亡くなり、この婚約を解消しようと模索するのだが......。 すぐに読める短編です。暇つぶしにどうぞ。 ※恋愛色は強くないですが、カテゴリーがわかりませんでした。ごめんなさい。

好き避けするような男のどこがいいのかわからない

麻宮デコ@SS短編
恋愛
マーガレットの婚約者であるローリーはマーガレットに対しては冷たくそっけない態度なのに、彼女の妹であるエイミーには優しく接している。いや、マーガレットだけが嫌われているようで、他の人にはローリーは優しい。 彼は妹の方と結婚した方がいいのではないかと思い、妹に、彼と結婚するようにと提案することにした。しかしその婚約自体が思いがけない方向に行くことになって――。 全5話

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31 *らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.11/4に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。

貴方もヒロインのところに行くのね? [完]

風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは アカデミーに入学すると生活が一変し てしまった 友人となったサブリナはマデリーンと 仲良くなった男性を次々と奪っていき そしてマデリーンに愛を告白した バーレンまでもがサブリナと一緒に居た マデリーンは過去に決別して 隣国へと旅立ち新しい生活を送る。 そして帰国したマデリーンは 目を引く美しい蝶になっていた

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

私がいなくなっても構わないと言ったのは、あなたの方ですよ?

睡蓮
恋愛
セレスとクレイは婚約関係にあった。しかし、セレスよりも他の女性に目移りしてしまったクレイは、ためらうこともなくセレスの事を婚約破棄の上で追放してしまう。お前などいてもいなくても構わないと別れの言葉を告げたクレイであったものの、後に全く同じ言葉をセレスから返されることとなることを、彼は知らないままであった…。 ※全6話完結です。

メリンダは見ている [完]

風龍佳乃
恋愛
侯爵令嬢のメリンダは 冷静沈着という言葉が似合う女性だ。 メリンダが見つめているのは 元婚約者であるアレンだ。 婚約関係にありながらも 愛された記憶はなかった メリンダ自身もアレンを愛していたか? と問われれば答えはNoだろう。 けれど元婚約者として アレンの幸せを 願っている。

裏切りは許さない…今まで私を騙し利用していた夫を、捨てる事にしました─。

coco
恋愛
家を空け、仕事に勤しむ夫。 だが、そんな夫の裏切りを知る事になった私は─?

処理中です...