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2章 レイン・リスター
16 布団の中から這い出す闇 ◇レイン目線
しおりを挟む「お二人ともお茶はいかがですか」
カーティスがお茶を注ぐ音と優しい香りが漂う。
「いただくわ、ありがとう」
セレンはそう言うと、私を気遣うように目線をこちらを向けた。
私はなんとか笑顔を作ったけど、彼女の心配そうな瞳が揺れるからきっとうまく笑えていないのだろう。
私は大きなベッドに座ったまま、どうしていいかわからず視線を彷徨わせていくと鏡に出会う。私の顔は青ざめているを通り越して真っ白だ。二人が心配するわけだ。
あの時、突然息が苦しくなって。
気付いた時にはもう部屋は明るくて、カーティスが私を覗き込んでいた。二人曰くショック症状が起こった時間は短かったそうだし、目に見える発疹もすぐに引いた。身体的には何も問題はない、はずだ。
しかし、私の心は絶望というか、諦めに満ちていた。
「失礼します」
護衛の一人が部屋に入ってきた。「近くの宿に部屋を取りました」
彼が報告するとカーティスが「ありがとう」と返事をする。
「私たち三人が今夜休んでいた部屋はこの部屋と同じフロアにあります。まだベッドは使っていませんし、セレン様は今夜そちらにお泊り下さい。レイン様はこの部屋に。護衛を一人つけますから。私たちは別の宿に移動します」
ああ、やはりそうなるか。自分が原因で、なおかつすぐに解決できることではないので反対はできない。本当はそんなことさせたくないのに。
彼女は静かに頷いていて、情けなさとやるせなさが私を支配する。
「セレン様にこちらの卵を渡しますので、何かあれば呼んでくださいね」
「ありがとう」
「夜も遅いですし、行きましょうか。お茶は運ばせますので」
何か、何か言わなくては。
せっかくの新婚旅行なのに。こんなことになってしまった。セレンをこの部屋から追い出すことになるだなんて。
「レイン、ゆっくりしてね。明日も調子が悪ければ宿で過ごしましょう」
セレンは優しい声で言った。いつものように口を歪めていて、笑顔を作ろうとしてくれるのだろう。
いつもは下手くそでかわいいと思う彼女らしい笑顔だけど、申し訳なさで今は素直に受け取れない。
「ごめん」
ようやく言えた一言はあまりにもそっけない一言で。口がうまく動いてくれない。
それなのに、セレンは「本当に気にしないで、身体を休めて」と言うのだ。
「それではレイン様、ゆっくりなさってください。もう身体に問題はないと思いますが、もし何かありましたらお呼びください」
「ああ、ありがとう」
皆、私をどう扱えばいいのかわからないようだ。
――心から心配してくれているのがわかるのに、こんなことを思ってしまう。本当にどうしようもなく情けない。
「じゃあおやすみなさい」
「私も部屋の前にいますので」
全員が出て行き、私は一人広々とした部屋に残された。
そろそろ日付も変わる。でも眠れそうにない。今日は灯りを消す気にもならない。
あの夜の闇を思い出すから。伸びた手を、必死な息遣いを、汗ばんだ肌を。
気付くと鳥肌が立っている。私は顔を振り、過去の空気を振り払った。
身体はもう問題ないようだから立ち上がり、部屋に備えつけてある水場に向かう。
水を掬って顔を浸すと、だいぶ頭がすっきりして心の濁りも少しだけ洗われた。
ベッドに戻るのは少し怖くて、小さなソファに腰かける。目の前には先ほどカーティスが淹れてくれたお茶があるので一口飲む。飲み干すと身体の冷えもあたたまり先ほどのような全身を支配するどうしようもない絶望感は薄れた。
モヤの中からから抜け出すと、セレンへの罪悪感が膨れ上がる。
はじめは、お互いにメリットがあるから穏やかに暮らせばいいと思っていた。
でも、今はもう一歩踏み込みたい。
彼女も過去に何かがあって傷ついているけれど、私のように男性が苦手というわけではない。
自惚れかもしれないけど、私に触れたいと思ってくれているのではないだろうか。
セレンと本当の夫婦になりたい。
当たり前のように手を繋いで、抱きしめて、キスをして。
触れたい、と思っているんだ私も。
触れるたびにセレンの雪のように白い肌が薄く色づくのが見たくて。
可愛くて、また触れたくなる。その繰り返しで、恋人になっていくんじゃないだろうか。
そしていつか普通の恋人のように、夫婦のように、抱きしめてキスができるんじゃないかと過信していた。
まさか、触れてもいないのに。同じベッドで眠るだけで。
あの日を思い出してこんな風になってしまうだなんて。セレンはあの女とは違うのに。
重ねてしまった事実に、なぜか自分が傷つく。
「傷つけてしまったな……」
いや、本当に傷ついたのはセレンだ。
せっかく少しずつ歩み寄れていたのに、少しずつでも触れることができたのに。
新婚旅行の夜に抱きしめられないどころか、拒絶反応を示してしまうなんて。全身にショック症状があらわれるなんて、目に見える拒否としてこれ以上のものはないだろう。
心も距離も近づけたと思っていたのに。
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