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2章 レイン・リスター
24 二人だけの夜
しおりを挟む「レイン、本当に呪いが解けたのですね」
小さな拍手と共にアナベル様は微笑んだ。
ダンスが終わりアメリア様たちと一息ついていたところにアナベル様が現れたのだ。
「母も苦労したんですよ。たくさんの魔術師に依頼しても呪いは解けませんでしたから。どうやらセレンの治療がうまくいっているようですね?」
「それは……」
「ふふ、母はレインのことをなんでも知っているのですよ」
アナベル様の言葉にレインは押し黙る。王都のリスター家の使用人の中にもやはりアナベル様の息がかかった人は紛れているようだ。アナベル様はスキンシップ治療のこともご存知だったらしい。
「セレン、ご苦労様でした。レインの呪いを解いてくれて感謝しています」
じろりとアナベル様が私を見つめた。「用済み」と言われているようだ。
「ああでもまだ呪いはダンスを踊れる程度かしら?跡継ぎが必要ですからね、それまで治療? を頑張ってくださいね。今夜励んでいただいても構いませんよ」
「お母様」
レインの冷たい言葉にアナベル様は声を出して笑った。
「あらごめんなさい。少し下品でしたわね。とにかく期待していますから、呪いが解けることを。レインが『正常』に戻ることを」
目が細められる、それは優しさからくるものではなかった。彼女は微笑みと甘い香りを残して、その場から立ち去っていく。固まっていた空気がゆるむ。
「セレンすまない。嫌な思いをさせて」
「本当に下品だわ」
先ほどまでの可愛らしいアメリア様からは想像できない程、厳しい目でアナベル様の方を睨んだ。
「彼女は呪いが解けることを期待しているのね、だから私たちに今まで干渉してこなかったのね……」
彼女は待っているのだ、レインの呪いが解けることを。自分の子供が産めるようになることを。
「おぞましい」
アメリア様が自分の肩を抱いた。気づけば私も同じ仕草をしている。
「レイン様、やはり今夜はアメリア様の部屋で彼女は過ごしてもらうのはどうでしょうか」
「いや、今夜一人でいる方が気落ちしそうだ。セレンといるよ」
パーティーはまだ続くようだけど、私たちは会場を後にした。
先ほどまでは気にしないでいられた目線が、また気味悪く感じたからだ。
私はレインの妻としてこの場にいる人たちから全く歓迎されていない。アナベル様までの繋ぎで、呪いを解くため、アレルギーの治療をするだけの存在だ。
・・
「母がどんな人かわかっただろう」
向かいに座るレインは疲れた顔でお茶を飲んだ。
「ええ、少し甘く見ていたかも」
私が正直に答えるとレインは椅子にさらに深く腰掛けた。
私たちは部屋に戻り、タキシードとドレスから解き放たれて楽な格好になっているというのに、身体にのしかかるものは重かった。
「明日は早めに帰ろう」
「そうね。アメリア様とゆっくり過ごしたかったけれど」
「ああそれなんだけど、二人が今度王都に来てくれるそうだよ。商会の使いという建前で、私と話をするために来る」
「レインと?」
「そう」
レインはため息をついたあと、声をひそめて続けた。
「彼女の動きがあやしい。一度対策を話し合いたい」
「動き……?」
「また詳しくは帰ってから話すよ」
彼女とはもちろんアナベル様のことで、ここはアナベル様の手の中にある館。重要な話はしないほうがいいだろう。私は軽く頷いた。
「とにかく今日はセレンも疲れただろう、早く寝よう」
レインはそう言ってベッドをちらりとみた。あまり大きくないダブルベッド、広い部屋から不自然に取り除かれているソファ。横になれるのはベッドしかない。
「レインは今日とても疲れていると思うわ。あなたがベッドを使って」
「私のせいで不便な思いをさせているのにそんなわけにはいかないよ」
レインは有無を言わせない微笑みだ。彼の性格や気持ちを考えるとこれは譲る気がないだろう。
「ありがとう、それならお言葉に甘えるわ」
「そうして。ああでも――」
レインは少しだけ考えて立ち上がり私の元にきてしゃがむ。そしてそっと両手で私の手を握った。
「セレンさえ良ければ一緒にベッドを使ってもいいだろうか?」
「私はいいけれど……」
先日のショックを思い出す。彼にとって夜に同じ布団に入ることは恐ろしいことのはずだ。それにこの館ではなおさら。
「子供みたいだけど一人でいるほうが怖いんだ。それにもうセレンとアナベルを間違えたりしない。セレンに過去の私を知ってもらえたから大丈夫だ」
間近のレインの目が合う。彼の瞳は揺らがない。
「滞在中は治療を進めるのは良くないのよ」
「うん、でもそれはアナベルに知られたらいけなかったからだろう?もう彼女はスキンシップ治療のことも、まだダンスを踊る程度のスキンシップしかクリアしていないと分かっている」
「わかった。でも絶対に無理はしないで。少しでも不安がこみ上げてきたら中断しましょう」
レインのショック症状が起きるトリガーはまだわからない。でも一ヶ月彼を見ているとアレルギーよりも精神的なものから来ているように思う。
閉所恐怖症の人が狭い所に閉じ込められた時のパニックに近いんじゃないだろうかと思う。
だから今のように凪いだレインなら大丈夫、そんな気がした。
「一つお願いがあるんだけど、灯りはつけたままでもいいかな?」
「もちろん」
「じゃあベッドに行こうか。実はくたくたで早く横になりたい」
「ふふ、実は私もよ」
同じベッドに入るのは二回目だ。
あの時、私たちの心はバラバラだった。レインの恐怖に気付けないまま、私だけ満たされていた。
でも、今なら違う。
寝転んで二人、天井を見上げた。
「眠くなるまでお話しましょうよ」
レインが眠りにつくまで、話をしよう。明るくて楽しい話を。
「今開発している魔法具の話が聞きたい」
あの日は背中を向けていたレイン。不安を私に気づかせないように、一人で耐えて。でも今は私を見つめてくれる。
「それは企業秘密よ」
レインはきっと大丈夫だ。レインの瞳にはしっかり私がうつってる。
「それもそうか。じゃあ最近職場で出会った魔法生物の話を聞いてくれる?」
「聞きたい!」
私の反応にレインは笑顔をこぼしてくれる。そして私の右手に自分の左手を重ねた。
「……手を繋いで眠るなんて本当に子供みたいだな」
「そうかしら」
手を繋ぐことが今の私たちの最大級の愛情表現なのだから、手を繋いでくれるたびに嬉しい。
子供が手を繋ぎたがる気持ちもわかる。繋がれた温度になんだか安心して、今にも瞼が落ちてきそうだ。
「眠いなら話は明日にしよう、馬車の中でもいくらでもできる」
「まだ起きていたいわ」
レインが眠りにつくのを見守りたい気持ちもあるし、こうして眠りにつく前に二人で話をするのは特別な時間に思える。眠ってしまうのは惜しい。
「せっかく二人で過ごせるからもったいないわ」
「今までもたくさん二人で過ごしてきたのに?」
「そうだけど……眠りにつく前にレインといられるのは特別だもの」
レインが目を見開くから一気に眠気が冷める。しまった、責めているみたいだったかしら。でもレインはすぐに目を細める。
「嬉しいな。今夜成功したら王都でもこうして夜を過ごそうか」
「成功したら……よ」
「成功しか考えられないな」
自信満々にレインは言った。
でも、本当にこんな夜をまた過ごせるならどんなに素敵だろうか。レインの過ごした一日を聞きながら一日を終える。そんな夜を思うだけで小さな幸福が胸にこぼれる。
「だから安心しておやすみ。セレンの寝顔が楽しみで私は眠れそうもないから」
「寝てください」
「うん、セレンが寝たらね」
でも私のすっかり目はさめてしまっているから、もう少しだけレインとの夜は続きそうだ。
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