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2章 レイン・リスター
26 リスター家の闇
しおりを挟むあれから数日後、私たちは王都のレストランの一室で食事をしていた。
予定通り、セオドア様とアメリア様が王都に来たのだ。リスター家にはアナベル様と繋がっている使用人がいることが判明した今、家ではなく外で話す方がいいだろう。護衛にもレストランの外に出てもらい、レストランは貸し切りにする念の入れようだ。
「もう時間ばかり稼いでいても仕方ない。今後のことを話し合おう。
今まで私とセオドアで話していたことだけど、二人にも知っておいて欲しい。私たちはアナベルを排除するつもりだ」
しばらく食事を進めた後、真剣な顔で切り出したレインの言葉はひどく冷たかった。
「私とセオドアの結婚のために……?」
「いや違うんだ。それもあるけど彼女はリスター家を思いのままに操ろうとしている。それがリスター家、リスター領のためになるのならそれでもいい。私は主人の座を彼女に渡そう。でも彼女は経営ができるわけでもないし、思い通りにするために捏造をしたり、気に入らない人間を追放するのだから」
アメリア様に向かって優しく言った後、レインはもう一度表情を引き締めた。
「私はセオドアこそがリスター家の領主にふさわしいと思っている。それはずっと変わらない」
そう言ってレインはセオドア様を見つめた、彼もしっかり頷いて見せる。
「現在の問題点は、今のアナベルが力を持ちすぎて私やセオドアの影響力を上回ってしまっている。セオドアは領民からの信頼は厚いけど貴族ではないから。……私が領主の器がなくふがいないのが全ての原因なのだけどね」
「リスター領は広く、全てを領主が管理しきれるわけではありません。各会社や組合それぞれに代表がいて運営は委ねています。権限を渡す代わりに土地を与え支援し、税収を得ています。お互いに信頼・協力関係を築きリスター家は発展してきました。
今はその代表たちが半分以上アナベル様によって毒されている状態です。愛人としてだけではなく金の繋がりもあると考えています」
セオドア様がレインに続いて説明をしてくれる。アメリア様は怪訝な顔をして尋ねる。
「もうリスター領はだいぶ腐ってしまっているってこと?」
「先代からの悪習ではありますね、先代から代表者とは金の繋がりがあったようですから」
「どこの領地でもある話だとは思うけど、ここ数年癒着が酷くなってきている。父は小金を掴ませるくらいだったけど、アナベルと関係を深めてからは、アナベルが妻で自分が領主になった気でいる者もいる」
「だから今レイン様は余計に疎まれていますね。
私たち――私とレイン様と、私の父のジェイデンはアナベル様を断罪するために賄賂の証拠などを少しずつ集めているのですが、アナベル様はかなり警戒心も強くうまく証拠を消しています」
「父の時代の物の不正な金の取引は探せば見つかるんだが、亡くなってからの物は一つもない。アナベルがどこかに厳重に隠しているか、消してしまったたかもしれない」
「今は未亡人でリスター家の女主人でもなくなったアナベル様を追い出せないのはそういった理由があるのです。彼女と深く結びついた有力者が反発すれば、それこそリスター領は崩れますから」
一筋縄ではいかない問題らしい。
小さな家族経営の領地とは違い、大きく繁栄している領地ならではの問題だろう。レインは自分がふがいないからと言うが、先代に幼い頃から領主になる器はないと吹聴され、少年の頃から追い出されて七年たつ。有力者は懐柔され腐りきっているならば、優秀になって戻ってきた彼を認める人はいないだろう。
「大元を突き止めて公に晒さないといけないのね」
「ああ。代表たちが小金を受け取ったり、アナベルと愛人関係になるのは目をつむっていられたが最近は金の動きが大きくなったり、彼女の気分で左右される部分もある。代表たちもつけあがって要求が大きくなってきているから、どちらも叩きたい。不正の証拠を見つけて、今汚れているものを一掃したい」
「アナベル様側から探すのは難しそうなので、組合などに入り込んで不正を掴もうと思っているところです」
そう言ってセオドア様は一枚の書類を出した。いくつかの組合の名前と代表者の名前が記されている。
「不正が疑われているリストです」
「結構関わっているのね」
「はい、逆に言うとこれだけたくさんの関係者がいれば綻びも出ます」
「表立って怪しいことも出てきたんだ。アナベルも言っていた前商会長の件だ。商会は他領との流通から領地内の小売店までまとめた組合で、リスター領の他領からの収入管理も担っている重要な組織だ。
前商会長もアナベルの愛人ではあったけど、父の代からの信頼できる相手なんだ。多少お小遣いを懐にいれたり、アナベルに渡したとしても他領に流すような人ではない」
「つまり……」
「そう、彼はアナベルや他の有力者に不正を仕立てられて排除された可能性がある」
「他の組織の悪事の罪もかぶせられた可能性もありますね」
「今までどの有力者も不正の証拠は掴めないようになっていたのに、なぜか彼の悪事だけボロボロと証拠が出てくる」
「商会長様は優しいお方でしたのに。今はどうされているの?」
「今は投獄されている。話を聞こうにも、今は完全におかしくなってしまっていてアナベルへの愛ばかり呟いているよ」
レインの言葉にアメリア様は悲しそうな表情になり目を伏せた。優しい前商会長との思い出があるのかもしれない。
「隠居したがっていたジェイデンには申し訳ないけど、商会長は一旦ジェイデンに頼むことになった。アナベルの息がかかった人間に重要な役を任せるわけにはいかない」
「父には商会長の仕事と合わせて、前商会長の無罪の証拠も探してもらっています。やっていないことを立証するのは悪魔の証明ですから難しいとは思いますがね」
「前商会長の無実の証明は難しいかもしれないな……とにかくアナベルを排除しなくてはリスター領は腐っていく一方だ」
言葉を切ったレインはセオドア様とアメリア様をちらりと見る。
「それに早くアナベルを引きずり降ろさないと本当にアメリアは嫁がされてしまう。時間がない」
レインは珍しく苛立った様子を見せた。トントンと指をテーブルに打ち付ける、そんな仕草は初めて見る。
「お母様には逆らわないようにしていたのに、どうしても私を追い出したいようね」
「セオドアに継いでほしくないんだよ。アメリアがいなければ、セオドアがリスター家を継げなくなるから。そして、私の子供に継がせたいと思っている。彼女はセレンが私の子供を産む前に自分が産むつもりなんだろう」
「あの方はリスター家の跡継ぎを産むことに執着されていますからね」
「とにかくアメリアを嫁がせたくない。もちろんアメリアのためだけじゃない、セオドアが引き継ぐのがリスター領のためになるんだ」
「私はあなたの補佐官でもいいのですがね。アナベル様の仰る通り、私は平民ですし」
「関係ない。皆からの信用が厚いものがトップにいるべきだ。私は七年リスター家から逃げた。アナベルや今の代表たちを排除しても、ずっとリスター領を見て導いてきたセオドアが領主になってほしいというのは領民の願いでもあるんだよ」
レインは一口ワインを飲んでから、一度ゆっくり息を吸って吐いた。
「しかしお飾りとは言え、私は現領主だ。今、私にしかできないこともある。このままセオドアたちに任せきりなのは責任放棄だ。アメリアのためにも急がなくてはいけない。
だから、私は二週間ほどリスター領に滞在して証拠を探そうと思っている」
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