雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ

文字の大きさ
28 / 46
2章 レイン・リスター

26 リスター家の闇

しおりを挟む
 

 あれから数日後、私たちは王都のレストランの一室で食事をしていた。
 予定通り、セオドア様とアメリア様が王都に来たのだ。リスター家にはアナベル様と繋がっている使用人がいることが判明した今、家ではなく外で話す方がいいだろう。護衛にもレストランの外に出てもらい、レストランは貸し切りにする念の入れようだ。

「もう時間ばかり稼いでいても仕方ない。今後のことを話し合おう。
 今まで私とセオドアで話していたことだけど、二人にも知っておいて欲しい。私たちはアナベルを排除するつもりだ」

 しばらく食事を進めた後、真剣な顔で切り出したレインの言葉はひどく冷たかった。

「私とセオドアの結婚のために……?」

「いや違うんだ。それもあるけど彼女はリスター家を思いのままに操ろうとしている。それがリスター家、リスター領のためになるのならそれでもいい。私は主人の座を彼女に渡そう。でも彼女は経営ができるわけでもないし、思い通りにするために捏造をしたり、気に入らない人間を追放するのだから」

 アメリア様に向かって優しく言った後、レインはもう一度表情を引き締めた。

「私はセオドアこそがリスター家の領主にふさわしいと思っている。それはずっと変わらない」

 そう言ってレインはセオドア様を見つめた、彼もしっかり頷いて見せる。

「現在の問題点は、今のアナベルが力を持ちすぎて私やセオドアの影響力を上回ってしまっている。セオドアは領民からの信頼は厚いけど貴族ではないから。……私が領主の器がなくふがいないのが全ての原因なのだけどね」

「リスター領は広く、全てを領主が管理しきれるわけではありません。各会社や組合それぞれに代表がいて運営は委ねています。権限を渡す代わりに土地を与え支援し、税収を得ています。お互いに信頼・協力関係を築きリスター家は発展してきました。
 今はその代表たちが半分以上アナベル様によって毒されている状態です。愛人としてだけではなく金の繋がりもあると考えています」

 セオドア様がレインに続いて説明をしてくれる。アメリア様は怪訝な顔をして尋ねる。

「もうリスター領はだいぶ腐ってしまっているってこと?」
「先代からの悪習ではありますね、先代から代表者とは金の繋がりがあったようですから」

「どこの領地でもある話だとは思うけど、ここ数年癒着が酷くなってきている。父は小金を掴ませるくらいだったけど、アナベルと関係を深めてからは、アナベルが妻で自分が領主になった気でいる者もいる」

「だから今レイン様は余計に疎まれていますね。
 私たち――私とレイン様と、私の父のジェイデンはアナベル様を断罪するために賄賂の証拠などを少しずつ集めているのですが、アナベル様はかなり警戒心も強くうまく証拠を消しています」

「父の時代の物の不正な金の取引は探せば見つかるんだが、亡くなってからの物は一つもない。アナベルがどこかに厳重に隠しているか、消してしまったたかもしれない」

「今は未亡人でリスター家の女主人でもなくなったアナベル様を追い出せないのはそういった理由があるのです。彼女と深く結びついた有力者が反発すれば、それこそリスター領は崩れますから」

 一筋縄ではいかない問題らしい。
 小さな家族経営の領地とは違い、大きく繁栄している領地ならではの問題だろう。レインは自分がふがいないからと言うが、先代に幼い頃から領主になる器はないと吹聴され、少年の頃から追い出されて七年たつ。有力者は懐柔され腐りきっているならば、優秀になって戻ってきた彼を認める人はいないだろう。

「大元を突き止めて公に晒さないといけないのね」

「ああ。代表たちが小金を受け取ったり、アナベルと愛人関係になるのは目をつむっていられたが最近は金の動きが大きくなったり、彼女の気分で左右される部分もある。代表たちもつけあがって要求が大きくなってきているから、どちらも叩きたい。不正の証拠を見つけて、今汚れているものを一掃したい」

「アナベル様側から探すのは難しそうなので、組合などに入り込んで不正を掴もうと思っているところです」

 そう言ってセオドア様は一枚の書類を出した。いくつかの組合の名前と代表者の名前が記されている。

「不正が疑われているリストです」
「結構関わっているのね」
「はい、逆に言うとこれだけたくさんの関係者がいれば綻びも出ます」

「表立って怪しいことも出てきたんだ。アナベルも言っていた前商会長の件だ。商会は他領との流通から領地内の小売店までまとめた組合で、リスター領の他領からの収入管理も担っている重要な組織だ。
 前商会長もアナベルの愛人ではあったけど、父の代からの信頼できる相手なんだ。多少お小遣いを懐にいれたり、アナベルに渡したとしても他領に流すような人ではない」

「つまり……」
「そう、彼はアナベルや他の有力者に不正を仕立てられて排除された可能性がある」
「他の組織の悪事の罪もかぶせられた可能性もありますね」

「今までどの有力者も不正の証拠は掴めないようになっていたのに、なぜか彼の悪事だけボロボロと証拠が出てくる」

「商会長様は優しいお方でしたのに。今はどうされているの?」

「今は投獄されている。話を聞こうにも、今は完全におかしくなってしまっていてアナベルへの愛ばかり呟いているよ」

 レインの言葉にアメリア様は悲しそうな表情になり目を伏せた。優しい前商会長との思い出があるのかもしれない。

「隠居したがっていたジェイデンには申し訳ないけど、商会長は一旦ジェイデンに頼むことになった。アナベルの息がかかった人間に重要な役を任せるわけにはいかない」

「父には商会長の仕事と合わせて、前商会長の無罪の証拠も探してもらっています。やっていないことを立証するのは悪魔の証明ですから難しいとは思いますがね」

「前商会長の無実の証明は難しいかもしれないな……とにかくアナベルを排除しなくてはリスター領は腐っていく一方だ」

 言葉を切ったレインはセオドア様とアメリア様をちらりと見る。

「それに早くアナベルを引きずり降ろさないと本当にアメリアは嫁がされてしまう。時間がない」

 レインは珍しく苛立った様子を見せた。トントンと指をテーブルに打ち付ける、そんな仕草は初めて見る。

「お母様には逆らわないようにしていたのに、どうしても私を追い出したいようね」

「セオドアに継いでほしくないんだよ。アメリアがいなければ、セオドアがリスター家を継げなくなるから。そして、私の子供に継がせたいと思っている。彼女はセレンが私の子供を産む前に自分が産むつもりなんだろう」

「あの方はリスター家の跡継ぎを産むことに執着されていますからね」

「とにかくアメリアを嫁がせたくない。もちろんアメリアのためだけじゃない、セオドアが引き継ぐのがリスター領のためになるんだ」

「私はあなたの補佐官でもいいのですがね。アナベル様の仰る通り、私は平民ですし」

「関係ない。皆からの信用が厚いものがトップにいるべきだ。私は七年リスター家から逃げた。アナベルや今の代表たちを排除しても、ずっとリスター領を見て導いてきたセオドアが領主になってほしいというのは領民の願いでもあるんだよ」

 レインは一口ワインを飲んでから、一度ゆっくり息を吸って吐いた。

「しかしお飾りとは言え、私は現領主だ。今、私にしかできないこともある。このままセオドアたちに任せきりなのは責任放棄だ。アメリアのためにも急がなくてはいけない。

 だから、私は二週間ほどリスター領に滞在して証拠を探そうと思っている」

 
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです ※表紙 AIアプリ作成

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

⚪︎
恋愛
 公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。  待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。  ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……

モラハラ王子の真実を知った時

こことっと
恋愛
私……レーネが事故で両親を亡くしたのは8歳の頃。 父母と仲良しだった国王夫婦は、私を娘として迎えると約束し、そして息子マルクル王太子殿下の妻としてくださいました。 王宮に出入りする多くの方々が愛情を与えて下さいます。 王宮に出入りする多くの幸せを与えて下さいます。 いえ……幸せでした。 王太子マルクル様はこうおっしゃったのです。 「実は、何時までも幼稚で愚かな子供のままの貴方は正室に相応しくないと、側室にするべきではないかと言う話があがっているのです。 理解……できますよね?」

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

【完結】殺されたくないので好みじゃないイケメン冷徹騎士と結婚します

大森 樹
恋愛
女子高生の大石杏奈は、上田健斗にストーカーのように付き纏われている。 「私あなたみたいな男性好みじゃないの」 「僕から逃げられると思っているの?」 そのまま階段から健斗に突き落とされて命を落としてしまう。 すると女神が現れて『このままでは何度人生をやり直しても、その世界のケントに殺される』と聞いた私は最強の騎士であり魔法使いでもある男に命を守ってもらうため異世界転生をした。 これで生き残れる…!なんて喜んでいたら最強の騎士は女嫌いの冷徹騎士ジルヴェスターだった!イケメンだが好みじゃないし、意地悪で口が悪い彼とは仲良くなれそうにない! 「アンナ、やはり君は私の妻に一番向いている女だ」 嫌いだと言っているのに、彼は『自分を好きにならない女』を妻にしたいと契約結婚を持ちかけて来た。 私は命を守るため。 彼は偽物の妻を得るため。 お互いの利益のための婚約生活。喧嘩ばかりしていた二人だが…少しずつ距離が近付いていく。そこに健斗ことケントが現れアンナに興味を持ってしまう。 「この命に代えても絶対にアンナを守ると誓おう」 アンナは無事生き残り、幸せになれるのか。 転生した恋を知らない女子高生×女嫌いのイケメン冷徹騎士のラブストーリー!? ハッピーエンド保証します。

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

処理中です...