雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ

文字の大きさ
31 / 46
3章

29 滞在の始まりと種まき

しおりを挟む
 

 リスター領に滞在する日々が始まった。
 今回の目的は、アナベル様の不正の糸口を掴む。タイムリミットは二週間後のパーティー。

 時間は限られているからリスター領に到着すると私たちは館には寄らずに、すぐに各代表者の元に向かうことにした。まずは一つ目の事務所・工業組合長を訪ねた。

「どうしたんですか、レイン様が視察に来るだなんて。それも突然」
「便りも出さずにすみません」
「困りますよ、こちらにも予定はありますし」

 怪訝な表情を隠すこともなく彼は言った。通された応接間は見るからに高級で派手な調度品が並べられている。事務所兼自宅らしいこの館は、いくらかの貴族より豪華な館だ。

「いえ、大した用事ではないので。ご挨拶に伺っただけですよ」
「はあ……」
「近々戻ってくるつもりでいまして。長らく領地を離れておりご迷惑をおかけしました」
「……なんですと」

 レインの言葉に、ますます表情が曇る。でっぷりと太った彼はハンカチで汗を拭いた。

「紹介します。妻のセレンです」
「先日お見掛けしました」
「先日はご挨拶できず申し訳ありません。セレンと申します」

 いまだにカーティスから笑顔禁止令が出ているので、私は小さく礼をした。もっとも彼は私の表情など気にする場合ではないらしいけれど。

「美しい奥様が出来て何よりですよ。で、戻ってくるというのは……」
「言葉通りですよ。魔法省を辞めて領主の仕事に専念しようと思っています。結婚もしましたし、良き領主になれるよう一から頑張りますので、これからもご指導お願いいたします」

 レインがにこやかに言うと、彼もひきつった笑顔を返す。

「ええ、それが一番いいでしょうね……。よろしくお願いします」

 どう見てもいいと思えない表情だったが、言葉だけは繕うつもりはあるらしい。

「勉強し直そうと思っておりまして、事務所の方に案内いただけないでしょうか?業績の資料などを見たいのですが」
「報告書はあげていますから、レイン様もご存知でしょう」
「ええ。しかし実際に目を通したいのです。全て任せてしまっていますから」
「ではこれからも任せていただければ。お忙しいですのでお手を煩わせるわけにはいきません」

 先ほどまで戸惑っていた彼だが、強い口調ではっきりと反論した。

「そうですか。いきなり来て失礼でしたね」
「本当ですよ」

 レインがあっさり引き下がることにあからさまに安堵した様子を見せる。あまり隠し事はうまくなさそうな人だが、彼も不正の容疑者の一人だ。

「本日は挨拶だけでしたから、これで失礼します。事務所の方にも挨拶してから帰ってもよろしいでしょうか。帰り際で構いませんから」
「それはもちろん」
「ああそうだ、王都で土産を買ってきたのです」

 そう言ってレインが土産を取り出すと、彼はようやく心からの笑みを見せた。

 私たちは二階の応接間から一階の事務所に移動し、関係者に簡単に挨拶をして館を後にした。


 ・・

 工業組合の事務所を出た私は馬車の中で、これからのこととリスター領について整理してみる。

 まず表向きは『レインは魔法省を辞めてリスター領に戻り、領主として務めようと思っている』ことになっていて、アナベル様にもそう説明している。すぐには辞められないけれど領主としての自覚が芽生えて勉強するために滞在する、という設定だ。


 そして、二週間の間にするべきことだが。

 一つ目は、各有力者とアナベル様の癒着の証拠を見つけたい。

 リスター領はいくつかの組織がある。商会、工業組合、農業組合、役所、騎士団が主に有力な組織でそれぞれに代表者がいる。
 先ほど訪ねていた工業組合は、領地の工業関連をまとめた組合だ。リスター領は王都から近く自然や資源は少ない。そのため加工工業を中心に栄えていてたくさんの工業施設がある。そのすべてを管理している組合だ。

 代表者たちはそれぞれ不正の疑いがあり、アナベル様との癒着が疑われる。ここを洗い出して黒い代表者は解任し、アナベル様の断罪の材料にしたい。


 次に、前商会長の不自然な不正を暴きたい。

 彼も小金は掴んでいたとしても不自然な罪が多い。アナベル様が関係しているとレインは見ている。誰かの罪や冤罪を着せられている証拠を見つけたい。


 そして最後に、レインのお父様の死の真相を。
 レインはアナベル様が裏で指示し、殺させたと思っている。
 既に二年経過していることと、今までも何も進展がなかったことから今さら何も見つからない可能性が高い。しかしこれがわかれば殺人関与の罪で、アナベル様を断罪することができる。


 どれも今まで進展がなかったことばかりでこの二週間で明るみに出せるのかは不安なところはある。
 でも前商会長の事や癒着の範囲が広まり、アナベル様や周囲の行動が大胆になっていることから、以前よりも調査しやすいのではないと信じている。

「どこの代表者も警戒して管理書類は見せてもらえないだろうね」

 流れる景色を見ながらレインは言った。レインの想定通りだ。
 今まで任せてきたものだから、何か疑いを突きつけなければ全てを明け渡してもらうことは不可能だ。

「動きがあるといいわね」
「ある、はずだ」

 レインが動くことで、きっと動いてくれるはずだ。どこまで動いてくれるかわからないけれど。
 とにかく今日と明日は種まきだ。挨拶だけする、警戒してもらうけれど、警戒されすぎないように。当たり障りのない挨拶だけを。


 ・・

 役所から出ると、いつの間にか空は薄暗くなってきている。
 リスター領は広いけれど、各組合の事務所や役所関連などは街に集まっているから挨拶はほぼ終えることができた。
 しかし誰も彼もレインを歓迎していないのが見て取れる、一軒目の工業組合長ほどあからさまな人はいなかったけれど。

「今日はここまでにしようか。アナベルに夕食は一緒に取るように言われている。騎士団には明日向かおう」
「わかったわ」

 挨拶をするだけでも気を張って疲れたけれど、今からアナベル様と食事だと思うと気が重い。一日はなかなか終わらないらしい。

「セレン、ありがとう」

 私よりも疲れているはずのレインはそんな素振りを見せることもなく笑顔を見せた。
 一緒に乗り越えよう。繋がれた手をぎゅっと握り返した。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです ※表紙 AIアプリ作成

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

⚪︎
恋愛
 公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。  待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。  ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

モラハラ王子の真実を知った時

こことっと
恋愛
私……レーネが事故で両親を亡くしたのは8歳の頃。 父母と仲良しだった国王夫婦は、私を娘として迎えると約束し、そして息子マルクル王太子殿下の妻としてくださいました。 王宮に出入りする多くの方々が愛情を与えて下さいます。 王宮に出入りする多くの幸せを与えて下さいます。 いえ……幸せでした。 王太子マルクル様はこうおっしゃったのです。 「実は、何時までも幼稚で愚かな子供のままの貴方は正室に相応しくないと、側室にするべきではないかと言う話があがっているのです。 理解……できますよね?」

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

【完結】殺されたくないので好みじゃないイケメン冷徹騎士と結婚します

大森 樹
恋愛
女子高生の大石杏奈は、上田健斗にストーカーのように付き纏われている。 「私あなたみたいな男性好みじゃないの」 「僕から逃げられると思っているの?」 そのまま階段から健斗に突き落とされて命を落としてしまう。 すると女神が現れて『このままでは何度人生をやり直しても、その世界のケントに殺される』と聞いた私は最強の騎士であり魔法使いでもある男に命を守ってもらうため異世界転生をした。 これで生き残れる…!なんて喜んでいたら最強の騎士は女嫌いの冷徹騎士ジルヴェスターだった!イケメンだが好みじゃないし、意地悪で口が悪い彼とは仲良くなれそうにない! 「アンナ、やはり君は私の妻に一番向いている女だ」 嫌いだと言っているのに、彼は『自分を好きにならない女』を妻にしたいと契約結婚を持ちかけて来た。 私は命を守るため。 彼は偽物の妻を得るため。 お互いの利益のための婚約生活。喧嘩ばかりしていた二人だが…少しずつ距離が近付いていく。そこに健斗ことケントが現れアンナに興味を持ってしまう。 「この命に代えても絶対にアンナを守ると誓おう」 アンナは無事生き残り、幸せになれるのか。 転生した恋を知らない女子高生×女嫌いのイケメン冷徹騎士のラブストーリー!? ハッピーエンド保証します。

処理中です...