雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ

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3章

37-2 パーティにて

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「なんだこれ?契約書?」
「同じ書類が二枚映ってる」
「いや、同じ物じゃない……?」

 ゲストが口々に疑問を声に出した。シーツに映し出された物は二枚の契約書だ。一見、同じ物が二枚用意されているように見えるが、実は契約者のサインなど細かい部分が異なる。
「なんだなんだ」と不思議そうなゲストの中、役人の一人だけ表情が強張るのを見逃さない。サインの主だ。

 次の書類を映し出すと、また別の一人が「あ……!」と声をあげた。三回目に映し出す頃には「やめなさい」とアナベル様が低い声を出した。彼女は戸惑って固まっていたがようやく私たちの意図に気づいたみたいだ。

 もちろん止めるつもりはないので、私とカーティスは次の書類を映し出した。また一人表情が変わる。次は自分の番だと自覚している者もいるらしく、人混みをかき分けて私たちに向かってくるのが見えた。

 私とカーティスは浮遊魔法を使ってその場に浮かび上がり、私は指を壇上のシーツに向けた。
 アナベル様がシーツを回収しようとしていたから空中に避難させて、次の画像も映し出す。

「何のことかわからない人の方が多いでしょうね」

 さらりとしたレインの声がざわざわとした会場に響く。

 私たちの元に向かってきた人たちは、護衛や騎士に捕らえられている。その場で顔を青くしながら固まっている人々の周辺にも騎士が張り付く。

「他領の方もお越しになっている中で、身内の恥を晒すのは情けないことなのですが。一度に膿を出しきるために申し訳ございません」

 レインが発した言葉に、ざわついていた場はシンと固まる。

「こちら二枚あるのですが、一枚は前商会長の不正の証拠として提出されたものです。領地内の工場や組合から賄賂を受け取っているという不正の告発と共に、多量の証拠書類が見つかりました」

 レインは説明を始め、アナベル様をちらりと見るが彼女は表情を変えずに黙ったままでいる。

「そして、あなたが管理していた書類の中から、前商会長の不正の証拠としてあがってきた物とほぼ同じものが出てきました。金額は全く同じです。そしてわずかに違っていて……例えばこの賄賂の受取人は前商会長ではなく、あちらの役人になっています」

 レインはアナベル様からゲストに目線をうつした。視線の先にいる役人は途端に顔を青くする。

「ここ数年の自分たちの悪事を全て前商会長に擦り付けたようですね。皆さんがサインした原本はここにありますので大丈夫ですよ、焦って逃げなくても。
 全ての書類は集め切れていませんが、二十名も検挙されれば全ての不正が明らかになるでしょうから。後ろめたい覚えのある方は後ほどご自身で報告してくださいね。その方が罪は軽くなります」

 レインの言葉に顔色が変わる人間が何人か増えた。高いところにいると表情がよく見える。それにしてもどれだけの人間が欲に負けて汚い金を手にしていたのだろう。


「あら、そうだったの。裏は取れたの?」

 再び訪れたざわめきの中で、本日の主役は涼やかな声で言った。アナベル様は落ち着き払った表情でゲストを見渡している。

「ええ。賄賂を渡していた工場側は認めましたから」
「今そこにいるのが不正した者ね。あら、工業組合長もいるじゃない」

 騎士団に囲まれた人々をアナベル様は蔑んだ目で見た。


「せっかくのパーティーなのにそんな人たちを招いてしまっていたなんて。連れていっていただいて結構よ」
「アナベル……!」

 組合長が叫ぶのが見えるが、アナベル様は気にせずに悲しい顔を作ってみせた。

「前商会長が投獄されたから安心していたのに……こんなことになっていたのね」

 どうやらアナベル様は彼らを切り捨てることにしたらしい。

 契約書自体は彼らのサインのみで、アナベル様の痕跡はない。書類が見つかった場所は、普段から契約書類が管理されている商会だ。アナベル様とジェイデン様は知らなかったことにもできる。彼女が関与した決定的な証拠書類はない。

「前商会長が資源を横流しして莫大な収入を得た、そんな密告と不正書類を受け取りました。しかし資源がどこかの領に流れた形跡はありませんでした。そして不思議なことに、前商会長が受け取ったはずの金額と同額がギリングス家に支払われています」

 レインはアナベル様を気にすることなく淡々と続けた。主賓の席で他人事のように傍観していたギリングス家に皆の視線が集まる。カーティスがギリングス家との契約書を差し出し、私はそれをシーツに映し出した。

「あらそう。前商会長の件と同額だったのは偶然じゃないかしら。こちらは裏が取れていないんでしょう?」

 アナベル様はそう言って微笑んだ。
 前商会長は資源を流してもいないし、費用を受け取ってもいない。前商会長の取引相手は存在しないのだから。そしてそれを証明する事はできない。

「ギリングス家と今まで取引はなく、アプリコット鉱石の輸入から関係が始まるはずでしたね。それなのにギリングス家との二年前の契約書が見つかり、更に不正として上がった額と同額なのはどういうことでしょうか」

「私に聞かれても。たまたま、偶然、そんなこともあるわね。どうしてギリングス家に支払ったのかは……私は知らないから前商会長に聞いてみればどうかしら。ほら支払いの手続きを行ったのは前商会長になっているわよ」

 前商会長は話せる状態ではないことを知っていて、アナベル様は小さく笑った。彼にどうやってサインをさせたのか、答えを知るものはいない。

「父が亡くなった時期と支払いが始まった時期が一致しています」

 会場に再度沈黙が訪れる。バーナード様の死。それは彼らにとって大きな出来事であったのだろうから。

「まさかギリングス家が事故に関係してるとでも言いたいの?すごい言い掛かりね」

 アナベル様が片眉を上げてレインを非難すると、ギリングス辺境伯も「リスター侯爵とあろう方が」とあきれた表情を見せた。

「侯爵はご自身の領地のことを何も知らないらしい。私たちはずっとリスター領と取引がありますよ。先代のバーナード侯爵が亡くなった時期と支払い開始時期が一致しているのは当たり前です。彼が亡くなるまでは直接バーナード様とやり取りをしていただけですから。彼の死後、商会を通すようになったのです」

「これは事実よ、残念ながらね。あなたの父の書斎があるでしょう。あそこにバーナードとギリングス家とのやり取りが入っているから確認してごらんなさい。捏造を疑うなら今から騎士団を派遣してもいいのよ」

 そこまで言い切れるならアナベル様の言葉は事実なのだろう。ギリングス辺境伯もアナベル様も涼しい顔をしているから、ゲストのざわめきがまた広がっていく。

「そうでしたか。父の時代から取引があったということは勉強不足でした。商会を通していなかったということは何か父は後ろ暗い契約でもしていたのでしょうね」

「まだ言うか。レイン・リスター侯爵、あまり酷い言いがかりをつけるなら私たちも然るべき対応をさせてもらう」

「失礼しました。しかしギリングス家が殺害に関与した証拠はあるのですよ、そしてそれを貴女が頼んだと言うことも」

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