雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ

文字の大きさ
44 / 46
終章

40 魔法オタクが歩んでいく夢

しおりを挟む
 

 そして、本当に私たちにいつもの日常が戻ってきた!

「こうしてゆっくり食事ができるのはいつぶりかしら」
「三月はできていなかっただろうね」

 リスター領での決戦準備から始まった忙しい三ヶ月。リスター領の騒動の後処理も、セオドア様への引き継ぎも、ため込んでいた業務もようやく!やっと!片付いた!

 久しぶりに二人とも早く仕事を終えられたから外で食事して帰ることにしたのだ。
 迎えに来てくれたレインは、ようやく恋人らしいことができるねと笑った。


 様々なチーズを扱うお店でワインを片手に、魔法具や魔法生物の話をする。
 そうそう。本来、私たちはただの魔法オタクなのだ。
 騎士が使う魔法防具と魔法具の違いだとか、食虫魔法植物の話を続けて、お腹も気持ちも満足したところでレインは言った。


「でもまた忙しくなるかもしれない」
「その割にはなんだか楽しそうね?」
「うん。やりたいことが見つかったんだ」


 レインがはしゃぐ子供のような表情を見せるのも久しぶりな気がする。表情から察するにきっと魔法絡みのことだ。

「地方に魔法学校をもっと普及させようと思うんだ。今は本当に少ししかないから、将来的には全領地にあるくらいには」
「壮大な計画ね」
「セレンが工場を視察したときに言っていただろう。もっとうまく魔法を利用すれば、業務も効率化できるって」
「言ったわね」
「地方では学校に通わない者も多い。稼業を継ぐならば学問は必要ないと考える者もいる」

 この世界のこの時代では、平民は学ぶことは当たり前ではない。
 そして魔法を学ぶ者はもっと少ない。王都の学園で魔法を専攻する一部の者だけだ。地方には魔法学園のようなものもあることはあるらしいけど、少ない。

「だからせっかく魔力を持っていても正しく使えない者も多い。
 一般的な学問を学ばせるのは嫌がる者も多い、費用も時間もかかることだからね。でも魔法を正しく使うことで稼業に生かせることも多いと思うんだ」

 工場で材料を一生懸命運んでいた姿を思い出す。魔力があって使い方を知っているならば、あれくらい浮遊魔法ですぐに終わることだ。正しく使えば作業効率が全く違うし、売上にも関わってくる。

「地方の貴族でない者こそ、魔法を学ぶべきだと思う。その整備を魔法省として行っていきたい。便利魔法をフックにして数年通わなくても短期からなら、貧しい家や女性でも学べると思う。そして授業のひとつに一般教養も組み込みたいんだ。文字の読み書きや簡単な計算は皆が学べたほうがいい」

「……絶対にそれは進めるべきだわ!」

「もっと早く思いつくべきだった」

 魔法省と言えばエリートで貴族ばかりだ。そして王都で魔法を学ぶ者は領地から早々に出てきた次男や三男が多い。領地の工場など視察することはないだろう。

 レインが領主として過ごした時間は無駄ではなかった。
 王都にいるだけではわからないことを、領民を、知ったのだから。

「アナベルが氷魔法をセレンに放っただろう。あの時驚いたんだ、アナベルに魔力があったなんて。有効活用する方法を知らず、人を傷つけることしかできないなんてもったいない」

 あの時の魔法は、憎しみや怒りが膨らんで魔力に反応して形になっただけかもしれなかった。そう思うと棘がチクリと胸を刺す。

「国の予算もあるし、すぐに実現できる問題ではない。だからまずは国に頼らずに、リスター家で取り組んでいこうと思うんだ」

「それもまた元領主としての強みね」

「セオドアに相談したら、ぜひやろうと言ってくれたんだ。実際に運用できるようになるには数年かかるだろうけど。リスター領で成果が出れば、国の予算を組んで国の事業として全ての地域で広げていきたい。」

 レインは力強く語る。
 彼が見ている未来を私も見たい、隣に並んで。


「私もその夢を手伝わせて!

 私の研究事務所には所長の夢が掲げられているの。
『この世界は魔力を持つ人ばかりではない、だからこの国の誰でも魔法を扱えるようにしたい』
 私は私ができることで、貴方の夢を支えていきたい」

「セレン……」

「地方に魔力を使える人が増えれば、どんな場面でどういった魔法が必要かわかるはずよ。材料を運ぶには浮遊魔法を使えば簡単だとかね。
 私たちは地方の隅々までは目が届かない。レインが学校を普及させて、魔法を知る人が増えれば、各地域で必要な魔法が浮かび上がってくるはずだわ!
 地域の要望を吸い取って、私に、私たちに繋いでほしい」


 研究所の中だけでは限界がある。このままでは本当に必要なものを私たちは作れない。所長は奥様が大切だから領地に住み続けていると思っていたけど、それだけではないのかもしれない。

 地方に魔法の重要性を普及させてくれれば、きっと私たちが本当に作るべきはもっとたくさん見えてくる。
「知る」ということは、大切な全ての始まりだ。


「約束する。私とセレンはそれぞれ違ったアプローチで、この国の魔法を豊かにしていこう」
「ええ、私たち魔法が大好きですからね!」

 一体この夢を叶えるには何年かかるのだろう。
 でも私たち夫婦はまだ始まったばかり、時間はたっぷりあるのだから。一緒に夢を歩んでいけばいい。


「ああそうだ、忙しくなる前に行きたいところがあるんだ」

レインは思い出したように言う。

「どこに?」
「フォーウッド家に行きたいんだ」
「ああそうね!お祖父様ならきっと賛成してくれるわ!フォーウッド家でもリスター領と同じ取り組みができるかもしれないわね!」

お祖父様が喜びそうな話だ、絶対に賛成してくれるだろう。

「ああ……ごめん。それまで考えていなかった。でもそれもそうだね、セレンのお父様やジェイコブ様に打診してみよう」

気持ちが盛り上がった私にレインは困ったように笑った。

「あら。それじゃあどうしてフォーウッド家に?」

「先日のセオドアとアメリアの挙式を見て思ったんだ。私たちの挙式は偽物の誓いをしてしまったから。きっと私たちに絆がなかったことを貴女のご家族は気づいていたんじゃないかと思って。
愛し合える夫婦になったことを安心させてあげたいんだよ」

「あい……」

「ほら、特に妹さんには誤解されているだろうし。いや誤解ではなく私が言ってしまったことなんだけれど」

「ふふ、本当ね。リリーは『愛さないで欲しい』という旦那様だと思っているわね」

 どこまでも真面目で誠実なレインらしい提案だ。安心させたい、のはもちろんそうだけど、こんなに素敵な人がいることを知ってほしい。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです ※表紙 AIアプリ作成

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

⚪︎
恋愛
 公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。  待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。  ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

モラハラ王子の真実を知った時

こことっと
恋愛
私……レーネが事故で両親を亡くしたのは8歳の頃。 父母と仲良しだった国王夫婦は、私を娘として迎えると約束し、そして息子マルクル王太子殿下の妻としてくださいました。 王宮に出入りする多くの方々が愛情を与えて下さいます。 王宮に出入りする多くの幸せを与えて下さいます。 いえ……幸せでした。 王太子マルクル様はこうおっしゃったのです。 「実は、何時までも幼稚で愚かな子供のままの貴方は正室に相応しくないと、側室にするべきではないかと言う話があがっているのです。 理解……できますよね?」

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

【完結】殺されたくないので好みじゃないイケメン冷徹騎士と結婚します

大森 樹
恋愛
女子高生の大石杏奈は、上田健斗にストーカーのように付き纏われている。 「私あなたみたいな男性好みじゃないの」 「僕から逃げられると思っているの?」 そのまま階段から健斗に突き落とされて命を落としてしまう。 すると女神が現れて『このままでは何度人生をやり直しても、その世界のケントに殺される』と聞いた私は最強の騎士であり魔法使いでもある男に命を守ってもらうため異世界転生をした。 これで生き残れる…!なんて喜んでいたら最強の騎士は女嫌いの冷徹騎士ジルヴェスターだった!イケメンだが好みじゃないし、意地悪で口が悪い彼とは仲良くなれそうにない! 「アンナ、やはり君は私の妻に一番向いている女だ」 嫌いだと言っているのに、彼は『自分を好きにならない女』を妻にしたいと契約結婚を持ちかけて来た。 私は命を守るため。 彼は偽物の妻を得るため。 お互いの利益のための婚約生活。喧嘩ばかりしていた二人だが…少しずつ距離が近付いていく。そこに健斗ことケントが現れアンナに興味を持ってしまう。 「この命に代えても絶対にアンナを守ると誓おう」 アンナは無事生き残り、幸せになれるのか。 転生した恋を知らない女子高生×女嫌いのイケメン冷徹騎士のラブストーリー!? ハッピーエンド保証します。

処理中です...