英雄の孫は今日も最強

まーびん

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第6話  新人冒険者は絡まれる定め

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「くえすとだー!」

 俺はこの日、ターセル男爵領の冒険者ギルドに走り込み、壁の掲示板に向かった。

 転生してからの夢、冒険者! 
 それが叶ったので、俺はワクワクとクエストに挑む。

「じいじ、はやくー!」
「おぉ、ロイは元気だな」

 祖父ちゃんはゆっくりと歩いてきて、俺を抱き上げて掲示板を一緒に見る。

「先日の成果でワシがEランクになったから、Eランクの依頼を受けられるぞ」
「むぅ……! おれまだFランク……」

 ゴブリンを倒したのは俺なのに、と、俺はちょっと悔しくなったが、12歳まではランクを上げられないからしょうがない。

「じゃあね、きょうはね、まりょくそうのさいしゅにしよう?」

 俺が依頼を指さして言うと、祖父ちゃんはちょっと困ったように眉を顰めた。

「う~む、ワシは採取は苦手でなぁ。軍では採取などせんかったし……」
「じゃあ、いっしょにべんきょうしよう、じいじ」

 俺は、祖父ちゃんに立派なSランク冒険者になってもらわなくては困るのだ。
 でないと、俺が12歳になるまでSランククエストに行けないじゃないか。

「えすらんくのくえすとに、いっしょにいくってやくそくしたでしょ?」

 そこまで上り詰めるには、討伐だけでなく、あらゆるクエストをこなせなければならないはずだ。

「……ロイがそう言うなら仕方ないなぁ」

 祖父ちゃんは渋々その依頼に手を伸ばす。
 すると横から手が伸びてきて、その依頼を奪うように破り取った。

「お?」

 祖父ちゃんと俺は、その相手を振り返る。

「何だ何だぁ? ここは冒険者ギルドだぜ?」

 そこに立っているのは、こちらを馬鹿にしたように睨む、赤い軽鎧の若い冒険者だ。
 後ろにも、手下っぽいのを二人連れている。

「何でジジイとガキがこんな所にいるんだよ。遊びたいなら公園にでも行きな」

 男は追い払うようなしぐさで俺たちと掲示板の間に割り込み、挑発してきた。

「お、おい、お前達! どこの街から来たか知らないが、そのお方は「紅の英雄」ルードルフ様だぞ!」

 ギルドマスターが慌てたように男たちに怒鳴る。
 しかし、男は馬鹿にしたような態度を崩さない。

「あぁ? 紅の英雄がどうした。昔は凄かったとしても、今じゃガキを連れ回して遊んでるただのジジイじゃねぇか。お前らもこんな化石相手に何ビビってんだぁ? このギルドは腰抜けばっかりだなぁ!」

 悪態を吐き続ける男に、ギルドマスターは震えながら祖父ちゃんをチラチラと見る。

 あれ、こいつら、こないだの戦争の立役者が祖父ちゃんだって知らないのか?
 てことは、他領どころか他国の冒険者なのかもしれないな。

「お、お前らやめろ! 殺されたいのか⁉」

 ギルドマスターは必死に止めようとするけど、男は調子に乗って声を高める。

「あぁ? このジジイに俺たちが負けるってのか? いいぜ、やってやろうじゃねぇか! このBランク冒険者パーティ、『灼熱の赤獅子』が、英雄の化けの皮をはがしてやるよ!」

 男たちは祖父ちゃんと俺を取り囲み、怖い顔で凄んでくる。
 祖父ちゃんはどうするのかな? と俺が祖父ちゃんを見上げると、祖父ちゃんは場違いにもにっこりと笑い、俺を床の上に降ろした。

「よいか、ロイよ。こういう輩は軍にもよくいるが、最初が肝心なのだ。実力の差を思い知らせれば、二度と噛みついてこぬからな」
「わかった、じいじ!」

 どうやら、祖父ちゃんは実践で見せてくれるようだ。
 俺は期待に満ちた目で祖父ちゃんを見上げる。

 男たちは馬鹿にされていると思ったのか、リーダーらしき赤鎧が乱暴に祖父ちゃんの肩に手をかけた。

「おい! ふざけてんじゃね……」

 ドゴッ‼

 次の瞬間、赤鎧は吹っ飛び、壁を破壊して道に転がり出る。

「「え……?」」

 と唖然とする二人も、ぐしゃっ、と潰れるような音を立てて、殴り飛ばされて頭から壁にめり込んだ。

「「「あわわわわ……!」」」

 ギルド内が震え上がる中、祖父ちゃんのにこやかな指導は続く。

「このように、見せしめにちょいとシメてやれば、大抵は他の者も手を出してこなくなるのだ。これが、ならず者を相手にする時のルールだ」

 殺さぬように手加減は必要だがな、と真面目に付け加える祖父ちゃんに、俺は真剣に頷く。

「うん、わかった!」

 次にからまれたら俺もやってみるとしよう。

「では、魔力草の採取に行くか」

 祖父ちゃんは床に落ちていた依頼の紙を拾い、俺を肩に乗せてギルドを出る。
 俺たちの後ろから、ギルドマスターのため息が聞こえた。

「は……はは……。あれが、このギルドの新人冒険者なんだぜ……」

 振り返って見たら、ギルドマスターが何故か遠い目をしていた。


 俺と祖父ちゃんは、冒険者ギルドから一番近い森に入り、木の根元に生えるという魔力草を探してゆっくり歩く。
 その途中、俺はちらりと後ろを盗み見し、祖父ちゃんにコソコソ話しかけた。

「じいじ、ついてきてるよ?」

 祖父ちゃんは後ろを振り返らず、小さく頷く。
 さっきの、『灼熱の赤獅子』とかいう恥ずかしい名前の冒険者パーティ3人が、物陰に隠れながら俺と祖父ちゃんを尾行してきていた。
 報復でもしようと言うのだろうか。
 意外としつこいな。

 俺は祖父ちゃんを見上げ、笑顔を浮かべる。

「こんどはおれがやっつけていい?」

 俺が身体強化をかけた拳を見せると、祖父ちゃんは小さく首を横に振る。

「やめておきなさい、その強さで殴ると死んでしまうぞ?」

 今の所害はなさそうだから放っておこう、と言う祖父ちゃんに、俺はちょっと口をとがらせる。
 絡んできた冒険者を返り討ちにするのも、新人冒険者の嗜みだと思うのだが。
 仕方ない、また今度にするか。

 しばらく森を進み、俺と祖父ちゃんは魔力草らしき黒い植物を見つけた。
 一緒にしゃがみ込んで観察するが、祖父ちゃんは少し浮かない顔だ。

「ふぅむ、この魔力草はえらく小さいな」

 祖父ちゃんは黒い葉っぱを指でめくりながら、眉を顰める。

「黒の森の魔力草はこの倍は大きいし、魔力も豊富そうだ。ロイ、どうせならもっと上質な物を採取せんか?」
「くろのもりにいくの? じいじ」
「うむ」

 せっかくの初採取クエストだし、素材の品質が良ければ報酬の上乗せもあるらしい。
 俺と祖父ちゃんは場所を移ることにして、ターセル男爵領の南へと歩き出す。

 その先にあるのは、黒の森と呼ばれる危険地帯だ。
 ここは、領主かギルドマスターの許可がないと立ち入れないほど、危険な魔物たちが生息している。
 しかし、前領主の祖父ちゃんは誰にも止められることはないし、俺も祖父ちゃんに連れられて、よく遊びに来ている場所だ。
 まぁ、地元民でこの森に近づく者など、俺と祖父ちゃん以外はいないのが現状なのだが。

「じいじ、まだついてくるよ?」

 俺は黒の森に入って少しして、くるりと後ろを振り返る。
 パッと慌てたように木陰に隠れたのは、先ほどの3人だ。

「ふぅむ、黒の森が立ち入り禁止であることは、この領地の民でなければ知らぬかもしれぬな。危険だと恐れられているゆえ、わざわざ見張りも置いておかなかったが」

 あいつら明らかによその冒険者っぽかったもんね。
 立ち入り禁止と知っててこの森に入ったのか、知らないのか。
 それとも、ギルドマスターから立ち入り許可を得てるのかな?

 そんなことを小声で話しながら、俺と祖父ちゃんはどんどんと森の奥へと入っていく。
 後ろの3人も、諦める気配もなく、こそこそと後をつけて来た。


【灼熱の赤獅子リーダー】

 俺はBランク冒険者パーティ『灼熱の赤獅子』のリーダーで前衛剣士の「セクト」だ。
 メンバーは、後衛の魔導士の「ニール」と、中衛の斥候の「バルガ」。
 俺たちは、ここモルグーネ王国の東にあるエルンサルド王国の出身で、若手の中では実力があると注目されているパーティだ。

 ……そのはずだったのに。

「セクト……、もういいじゃないか、引き返そう」

 先を歩くジジイと子供を心配げに見て、俺を引き留めようとするのは魔導士のニールだ。
 こいつは相変わらず、育ちが良くて気が弱い。

「あんなに馬鹿にされて、引き下がれるか!」

 俺はキッとニールを振り返る。
 たったの一撃で、フッ飛ばされて気を失ったんだぞ! この俺たちが!
 しかも、あんなジジイ一人相手にだ!

「後を尾けても、全く勝てる気がしないが?」

 冷静に俺に突っ込むのは、斥候のバルガ。
 こいつはもうちょっと感情の起伏ってものを覚えた方がいいと思う。

「大体、新人いびりなんて程度の低いことをやるのがいけないんだよ」
「お前らだって止めなかっただろ!」

 俺が眉間にしわを寄せると、バルガが呆れたように鼻を鳴らした。

「俺たちはお前がやりすぎないように見張っていたんだ」
「ぐ……!」

 俺がぐうの音も出ないでいると、ニールは首を横に振る。

「セクトはおせっかいすぎるんだよ。あの時、本当は先輩冒険者として忠告でもしようとしてたんだよね?」
「そうなのか? 俺には嫌味にしか聞こえなかった」
「そ……れは……」

 見るからに冒険者を舐めた軽装のジジイと孫の二人連れを見つけて、少々嫌味を言ってから魔力草の見つけ方をポロっと教えようとか、そんなことを考えていたんだ。

 でも、ギルドマスターがやけに新人相手にペコペコするのを見て、イラっと来た。
 おまけに、俺たちじゃ殺されるとか、ふざけたことを言いやがって。
 まぁ……その通りになったが……。

「セクトは根がガキ大将だから」

 ニールが俺の考えを見すかし、深いため息を吐く。

「「紅の英雄」ルードルフ様と言えば、僕らの国にまで名が轟く方だ。そんな方を新人冒険者扱いして絡むなんて。相手がお貴族様だって、分かってるの?」
「う……!」
「しかも、ろくに相手にもされずフッ飛ばされた上、孫への教材にされる始末」
「お、俺はそれが気に入らねぇんだよ!」

 呆れる二人に、俺は食って掛かる。

「あのジジイは実際強いからまだいい! だが、あのガキにまで馬鹿にされたままってのが気に入らねぇ!」

 俺は手のひらサイズの自分の冒険者ライセンスを見せ、息まく。

「俺たちがBランクになるまでどれほど苦労した⁉ 冒険者ってのは、死と隣り合わせの仕事だ、実際死んだ奴だって山ほどいる! 甘いもんじゃねぇんだぞ! それなのに、ジジイに守られてるだけのガキが、いっちょ前にクエストだと⁉」

 クエストを舐めて、依頼を失敗するだけならまだいい。
 だが、本当にしくじったら命を失うのが、冒険者家業と言うものだ。

 孫を連れ回して悦に入ってるあのジジイも、戦う力のないガキも、冒険者と言うものを侮っている。
 本当に死んでしまったら、どれだけ後悔しても遅いんだ。

「じゃあどうする気?」

 ニールは、俺が何を懸念しているのかを分かっていて、腕を組んで俺を睨む。

「相手はルードルフ様に守られてる子供だよ? 簡単に近づけるわけがない。それに、子供を力づくでどうこうなんて、僕もバルガも許さないからね? そもそも、話したってあの子が理解できるとも思えないし」
「ぐ……! それが分からないから、こうして後を尾けてんだろが……!」
「ストーカー」
「うぐ!」

 バルガにぼそりと指摘され、俺はやけになってそっぽを向いた。


【ロイ】

 俺と祖父ちゃんは、魔力草を摘みながら、黒の森の結構奥地にまで入り込んでいた。

「ディアナにのってきたら、はやかったのにね」

 ディアナとは祖父ちゃんの白竜だ。

 竜種は寿命が長いので、祖父ちゃんが子どもの頃から一緒に育ってきた竜らしい。
 ディアナは祖父ちゃんの命令にはとても忠実で、孫の俺にも優しく、俺も大好きな白竜だ。

「そうだなぁ。夕食にボア肉でも食べたいところだし、肉を運ぶためにディアナを連れてくるか」

 祖父ちゃんは顎をさすり、思案している。

「ワシは一旦屋敷に帰るが、ロイもついて来るか?」
「ううん、おれはまりょくそうのさいしゅをするの」

 たくさん摘んで帰れば、それだけ報酬が増える。
 俺は、おやつ代を稼ぐだけでなく、将来の独立資金をコツコツと貯めているのだ。
 なんて健気な3歳児だろうか。

「しかしなぁ……」

 祖父ちゃんはちらりと背後の3人組を見て、顔を険しくする。

「いっそ、排除してから戻るか?」

 祖父ちゃんの不穏な言葉に、俺は首を横に振って止める。

「だいじょうぶだよ、じいじ。おれのほうがつよいから」

 そして、俺はとことこと後ろの3人組に歩み寄った。

「え⁉ あ⁉」

 リーダーっぽい赤鎧がビクッと立ち上がり、後ずさる。
 俺は3人をちょいちょいと手招きして、3人は顔を見合わせていたが、諦めたように茂みから出てきた。

「じいじ、おれ、このひとたちといっしょにいるね」
「しかし、ロイ……」

 祖父ちゃんは、明らかに不服そうに、というかいっそ殺気を込めて3人を睨んでいる。
 3人組はその視線に気圧され、じりじりと祖父ちゃんから距離を取った。

「あ、あの、なぜ僕たちが呼ばれるのでしょうか……?」

 3人組の中で、魔導士っぽい青年が消え入るような声で尋ねる。

「えっとね、じいじがりゅうをつれてくるあいだにね、おれがいっしょにいてあげる」
「……はぁ……」

 俺の説明に、3人組はぽかんとしている。
 祖父ちゃんは困惑したように首を横に振り、俺の前にしゃがみ込んだ。

「ロイよ、ワシはロイの身を心配しているのだぞ? こんな連中がどうなろうと、どうでもよいのだ」
「ぐ……!」

 祖父ちゃんの言葉に赤鎧が反応するが、祖父ちゃんはそれを黙殺して続ける。

「もし、この連中がロイに危害を加えるようであれば、ワシが前もって殺……始末をつけておこうと思ったのだ。こいつらの身を案じてではない」
「じいじ、ぼうけんしゃどうしはしとうきんしだよ?」

 ギルドマスターが、私闘禁止と最初に説明していたではないか。
 まぁ、この赤鎧たちの行動を見てても、そんなの形骸無実っぽいんだけど。
 俺は優良冒険者なので、そのあたりの決まりはできるだけ守ろうと思っている。

 特に、「こちらから手を出さない」のは大事だ。
 向こうから手を出してきた場合の自衛は認められているので、その時は容赦なくやるけれども。

「だからね、じいじはあんしんしていってきて?」

 俺が孫スマイルをさく裂させると、祖父ちゃんはうっと胸を押さえ、うな垂れる。

「わ、分かった……! すぐに戻ってくるからな……!」

 祖父ちゃんは立ち上がり、3人の方をものすごい威圧感で睨む。

「ワシが戻って来るまでの間、ロイの傍を離れぬように! もし万が一、貴様らがロイに手を出すようなことがあれば……生きては返さんぞ‼」

 祖父ちゃんの本気の脅しに、3人組は冷や汗を浮かべてガクガクと頷く。
 さっきフッ飛ばされたのがよほど効いているようだ。

 祖父ちゃんは身体強化を使い、ものすごい勢いで森を走り抜けて去っていった。

「な、何を考えてるんだあのジジイは……‼」

 残った赤鎧は、俺と、祖父ちゃんが去った方向を交互に見比べ、拳を握りしめる。

「見ず知らずの相手にガキを預けて行くだと⁉ 俺らが人さらいだったらどうする気だ‼」

 他の二人も、この言い分にはうんうんと頷いている。
 しかし、俺はこの連中の勘違いを正してやるため、口を開いた。

「じいじは、おれにおまえたちをあずけていったの。おれがおまえたちのめんどうをみるほうなの」
「はぁ?」

 赤鎧は、キレ気味の顔で俺を睨む。
 でも、この辺のことははっきりさせておいた方がいい。

「このもり、あぶないから。おまえたちじゃすぐしぬ。おれがまもってあげる」

 俺の言い分に、赤鎧の方からブチッと何かが切れるような音がした。

「ふざけんなよ、このガキ! ジジイが強いからって、お前が調子に乗るな!」

 俺に近づこうとする赤鎧を、他の二人が慌てて押しとどめた。
 しかし、赤鎧は大人げない剣幕で俺に怒鳴り続ける。

「お前なんて、あのジジイがいなけりゃ何もできねぇガキじゃねぇか! そんなんで冒険者を名乗ってんじゃねぇ! 貴族のガキだか何だか知らねぇが、そんなの魔物相手に何の助けにもなりゃしねぇんだぞ!」

 おや、こいつら俺と祖父ちゃんに報復するため尾けてきているかと思っていたが、意外と俺の事を心配しているようだ。

「本登録ができる12歳のガキだって、あっけなく死ぬんだ! お前みたいなチビが魔物の出る所をうろうろするな!」

 赤鎧は興奮しているが、言っていることはもっともだ。
 まぁ、俺相手でなければだが。

 しかし、さすがに赤鎧の口の悪さを見かねたのか、魔導士の方が俺に弁解してくる。

「ごめんね、セクトも悪気があって言ってるわけじゃないんだ。ただ、僕たちの仲間が……12歳で一緒に冒険者登録をした直後に、魔物にやられて死んでるんだ」

 魔導士の言葉に一つ頷き、斥候っぽい軽鎧の青年も口を開く。

「俺たちは目の前で仲間を死なせてる。それだけ、冒険者家業は危険だ。せめて12歳になるまで、魔物のいない所で活動をするべきだ。……と、こいつは言いたいんだろう」

 話を振られ、赤鎧は渋々、と言った風に頷く。

「お前は、ジジイがついてれば安心と思ってるかもしれねぇ。だが、あの野郎はこんなにあっさり傍を離れやがる! 少しの油断で命を落とすってことを、ちゃんと理解してねぇんだ!」

 うーん、色々と前提が食い違っているな。
 しかし、この幼児の口で説明するのは面倒。

 そう考えた俺は、結局…………はぐらかすことにした。

「はい、これみて」

 俺は、祖父ちゃんが置いて行った魔力草採取クエストの紙を赤鎧に手渡す。

「……あ?」
「いっしょにあつめてね」

 そう言うと、俺は黙々と魔力草の採取に戻る。

「話を聞けよ!」

 ダンダンと子供の様に足踏みをする赤鎧に、魔導士と斥候は諦めたように首を振り、結局やることのない3人は、俺を見張りつつ魔力草の採取に付き合ってくれるのだった。


 4人で魔力草を集める事、10分。
 ターセル男爵領の端っこの黒の森では、さすがの祖父ちゃんでもまだディアナを連れて戻っては来れない。

「ロイ君、見える所にいてね。遠くに行っちゃだめだよ」
「うん」

 俺は、心配する魔導士ニールに、一応頷いて見せる。
 さっき3歳と言ったらすごく心配されたので、こういう気遣いには応じておこう。

「しかし、「紅の英雄」は年を取ってなおすごいものだな」

 斥候のバルガは、採取が得意なのか魔力草を片手に山盛り抱え、もう片方の手で新たな魔力草を手折りながら、つぶやいた。

「ルーじいじは、このくにでにばんめにつよいんだよ!」

 俺は鼻を高くし、腰に手を当て反り返る。

「じまんのじいじなの!」

 祖父ちゃんが聞いたら感涙しそうなことを言い、俺はふふんと鼻を鳴らす。
 それを見て、ニールは微笑ましそうだが、赤鎧のセクトは馬鹿にしたように笑った。

「軍人としてはともかく、冒険者としては三流以下だ。状況判断が正しくできてねぇし、ガキを途中で放り出すようじゃな」
「ほうりだしてない。ディアナをつれてくるの」

 俺はちょっとむっとして、言い返す。

「それに、これからいっしょにべんきょうして、えすらんくになるの。えすらんくのくえすとに、じいじといっしょにいくってやくそくしたもん」

 だから、祖父ちゃんも慣れない採取クエストに一緒に挑戦してくれているのだ。

「えすらんく……Sランクか? はっ、それこそあり得ねぇ!」

 セクトは自分の冒険者ライセンスを出し、ヒラヒラと振りながら俺に見せる。

「冒険者ギルドは国をまたぐ巨大な組織だが、それでもSランク冒険者は現在一人もいねぇ。Aランクは二十数組、俺らみたいなBランクが数百組だ。つまり、とんでもなく高い壁ってわけだ」

 そういや、こいつらBランクって言ってたな。
 なら、案外簡単になれそうかも。

 なんて俺が考えてることも知らず、セクトはまだライセンスを見せびらかしている。

「大体、Sランクの討伐依頼ってのは、軍の一個師団でも倒せるかって相手がザラだ。1年前に最後のSランク冒険者『炎槌の戦乙女』が引退してからは、Sランクの依頼自体が軍の管轄になってると聞く。いくらあのジジイでも、お前みたいな足手まといを連れてちゃ無理ってもんだ。仮にSランクになれたって、お前なんか連れて行っちゃくれねぇよ」

 俺は、セクトの馬鹿にしたような否定の言葉よりも、もっと気になることを聞いて、目を輝かせる。

「えんついのいくさおとめ」

 くり返す俺に、セクトは怪訝な目を向ける。

「あぁ、冒険者に憧れるぐらいだから知ってるか。かつてない速さでSランクに上り詰めた、伝説のソロ冒険者だ。つっても、30年以上もSランクを務めてからの引退だからな、乙女っていうにはちょっと年を取りすぎてるだろうが」

「……おこられるよ?」

 それ、本人もすごい気にしてる事だから。
 俺がぼそっと言うと、セクトは怪訝そうな顔をした。

「あ? 別に聞かれやしねぇだろ?」

 そうだな、俺が本人に言わない限りは。

 俺は、そろそろこの無駄話を切り上げることにして、森の奥へと向き直る。

「やっぱり、じいじがいないとよってくるな」
「え?」

 ニールが俺のつぶやきを拾い、首を傾げる。
 斥候のバルガは、さすがに気配に気づいたようで、顔をこわばらせる。

「これは……エルダーボアか……⁉」

 ズシン、ズシンという音と共に、木々の上からぬっと角の生えた鼻先を突き出したのは、白い毛を纏った巨大な猪だ。

 身体強化の魔力が漏れ出ている祖父ちゃんがいると、こういう魔物は俺たちを避けていくのだが、俺は常日頃魔力を自分の中に抑え込む訓練をしているので、どうも威圧感がないらしい。

「あ、あり得ない……! 通常種の2倍……3倍は大きいよ⁉」

 ニールは声を裏返らせ、すぐにでも逃げられそうな中腰を取っているが、足が震えている。

 この黒の森は魔素が多く、魔物も植物も活性化させ、巨大化させる特徴があるらしいのだ。
 俺にとっては、いつもの遊び場のここが基準だから、他が小さく見えてしまうのだけど。

「エルダーボアなんて希少な魔物、何でこんな所に! Aランクの魔物だぞ!」
「あのデカさだ、もう並みのAランクを超えている! Bランクの俺たちが討伐できる相手じゃない! 奴は恐ろしく足が速いぞ、どうやって逃げる!」

 バルガが後ずさりながらセクトを見ると、セクトは歯噛みし、腰から剣を抜いた。

「俺が時間を稼ぐ間に、ガキを連れて行け!」
「セクト……!」
「ち……!」

 3人は目を見交わせ、一瞬で互いの覚悟を確認する。
 そして、それぞれが頷き、無言のうちに役割分担をする。

 結構息ピッタリだ。仲がいいパーティなんだろう。
 それに俺を助けてくれようとしてくれている。
 やっぱり意外といい奴らみたいだな。

「ロイ君、逃げよう!」

 ニールは俺に手を差し出し、セクトはエルダーボアの前に立ちふさがる。
 バルガは不意を突けるようにセクトの斜め後ろに身を隠し、エルダーボアを注視していた。

「これがぼうけんしゃのれんけいかぁ」

 俺はちょっと感心して、うんうんと頷く。
 考えてみれば、祖父ちゃんと連携を取って戦ったことはなかったかもしれない。
 俺も祖父ちゃんも個人技特化だからね。
 あと、そこまでしないといけない強敵に会ったこともない。

「さっさと逃げろ、クソガキ……」

 のんきな俺に怒鳴ろうとしてふり向いたセクトに、エルダーボアが角を突き上げる。

「っっ……⁉」

 圧倒的な速度で目の前に迫った角に、セクトは息をつめて死を悟る。
 避けることも、はじくこともできない。

 終わった、と3人が思った瞬間、俺は身体強化をかけた足で、エルダーボアの角を蹴り飛ばしていた。

『ブモオオオォォ‼』

 エルダーボアは頭を跳ね飛ばされて、周りの木を2,3本へし折りながら体勢を立て直す。
 俺を見て吠えるエルダーボアに構わず、俺は3人に指示を出した。

「さがっててね。じゃまだから」

「「「は…………?」」」

 口をあんぐり開けて硬直する3人には構わず、俺は両手を頭上にかざす。

 さっき、丁度いいことを聞いた。
 だから、前から試してみたかったあの武器の試運転をしよう。

「『えんつい』」

 俺の両手に炎を凝縮したような長い柄が、その先には、炎を纏った巨大な槌の頭が生まれる。
 魔法で作った魔法武器、『炎槌』。

 おれのもう一人の祖母ちゃんから教わった、一子相伝の武器だ。

「あ、あれは『炎槌の戦乙女』の……⁉」

 驚愕する3人に構わず、俺は体勢を立て直して突っ込んでくるエルダーボアを見据える。

「『すかるくらっしゅ』!」

 祖母ちゃんから教わった必殺技を、俺はエルダーボアの頭蓋骨に叩き付ける。

『グモオオォォォ……‼』

 エルダーボアは頭蓋骨を打ち砕かれた上、炎に包まれてあっけなく地面に沈む。

 一撃で動かなくなったエルダーボアに、俺は満足して炎槌をしまった。
 結構いい威力だったんじゃない?

 俺がくるりと振り返ると、3人はもう声も出せずに口をパクパクしているだけだった。

「もうだいじょうぶだよ?」

 俺は、いつまでも声を出さない3人に、呆れたように首を傾げて見せる。
 そこに、頭上から祖父ちゃんの大きい声が降ってきた。

「ロイーッ! 無事かーっ‼」
「あっ、じいじ! じいじ、みてー!」

 俺はエルダーボアの傍で両手を振り、白竜のディアナが森に降りてくるのを待つ。
 祖父ちゃんは降り立つ前に飛び降りて、俺の方に駆け寄ってきた。

「遠くから見えておったぞ、ロイ! さすがワシの孫!」

 祖父ちゃんは俺をたかいたかいして、俺は両手を上げて喜ぶ。

「シャルロット殿の炎槌、見事に体得しておるな」
「うん! シェリばあばね、つかいかたおしえてくれたの!」

 俺が2歳の頃、元Sランク冒険者『炎槌の戦乙女』こと母方のシャルロット祖母ちゃんは、師から弟子へと引き継がれてきたこの炎槌の魔法を教えてくれたのだ。
 しかし、日常で使うわけにもいかず、威力の実験台がいなくて困っていたところだった。

「あ、あの、ルードルフ様……?」

 ニールは恐る恐る声をかけてきて、祖父ちゃんは面倒臭そうに目を向ける。

「ばあばって……ロイ君は『炎槌の戦乙女』のお孫さん……なのですか……?」
「うむ。ロイはシャルロット殿の孫にして弟子。もちろん、このワシの孫で弟子でもある。まぁ、ついでに、ガストールの孫で弟子でもあるが、それはどうでもよい」

 子供っぽい対抗心をチラ見せしながら、祖父ちゃんは雑に説明する。

「ガストール……って、あの氷瀑の大魔導士⁉」
「な、何なんだよこの強さ……! Sランク冒険者の孫なんて反則だろ……!」
「とんでもないサラブレットだな」

 セクトは脱力したようにガックリうな垂れ、バルガは感心して腕を組む。

「ロイはワシよりも強いのだ、これぐらい当然であろう?」

「「「は⁉」」」

 祖父ちゃんがこともなげに言うと、3人は目を剥く。

「そんなことより、ロイ。エルダーボアとは、今日の夕食に丁度いいな」
「うん、そうだけど……」

 俺はちょっと困って、エルダーボアを振り返った。
 エルダーボアはまだ炎に包まれ、焼け続けている。
 表面もガッツリ炭化しているし、これ、まだ食えるところが残っているのだろうか?

「……焦げを取り除けば、何とか食べられるかもしれぬぞ?」

 祖父ちゃんは慰めるように俺の頭をポンポンと撫でた。


 俺と祖父ちゃんは、ついでにセクトたちも連れ、ディアナに乗って冒険者ギルドへと帰った。
 魔力草の採取を手伝ってくれたので、これぐらいはしてやってもいいだろう。

「あ、あの、この度はとんだご無礼を……!」
「勝手なことをして、申し訳ありませんでした」

 俺と祖父ちゃんが魔力草の納品と代金の受け取りを終え、冒険者ギルドから出ると、ニールとバルガが勢いよく頭を下げてきた。

「うむ、もうよい」

 祖父ちゃんは鷹揚に謝罪を受け入れ、俺は二人の後ろの、頑なな顔のセクトを見る。

「……」

 セクトは無言のまま俺に近づき、俺を見下ろした。
 俺は、何を言う気かとじっと相手の出方を待つ。

 すると、セクトは突然俺の前に頭を下げ、額を地面につける。
 つまり、土下座だ。

「あんたは命の恩人だ! これからは兄貴と呼ばせてください!」

「「え?」」

 ニールとバルガは幼児に土下座する仲間の姿にドン引きの顔をしているが、祖父ちゃんは意外にもうんうんと頷いている。

「ようやくロイのすばらしさに気が付いたようだな。まぁ、妥当な反応であろう」

 え、そうなの……?
 これ本当に妥当なの?
 この世界にも土下座ってあるんだぁ、とのんきに眺めていた俺は、祖父ちゃんの受け入れ姿勢の方にびっくりだ。

「兄貴が冒険者として活動するなら、俺らが力になれます! これでも、そこそこ名が知れたパーティですので!」
「僕たちもですか⁉」
「勝手に決めるな」

 後ろの二人からは文句が上がったが、祖父ちゃんにひと睨みされて静かになった。

「ロイよ、組織の中で活動するには上下関係は無視できぬぞ。それに、いざという時に備え、味方を増やしておくのも悪い事ではない」

 ふむ、そうか。
 そう言われてみれば、そうかもしれない。

「兄貴、俺は兄貴のように強くなりたいんです! 兄貴の背中を見て、戦い方を学ばせてください!」

 なんだか妙にキラキラした目なのが気になるが、俺はとりあえず頷いておく。

「じゃあ、いいよ」

 別に、兄貴って呼ばれたところで減る物もないし。

「ありがとうございます、兄貴! 今後、『灼熱の赤獅子』のことは舎弟と思ってもらって結構ですから!」

「「おい!」」

 仲間の突っ込みを背に受けながら、セクトは胸を叩いて請け負った。

「よかったな、ロイ。遊び相手ができて」

 祖父ちゃんはニコニコと俺に言うが、舎弟ってそんな軽いノリのものだったっけ?
 まぁいいか。
 俺は、早くエルダーボアを持って帰って美味しい晩ご飯を作ってもらうことにしたのだった。


【王弟オレリアス】

 私は今日、ルードルフ様とロイ君が不在の隙を見計らい、ターセル男爵と話し合いをするためにターセル男爵領を訪れていた。

 話題はもちろん、ロイ君の事だ。

「では、どうしても、ロイ君の叙爵は受け入れて頂けないと?」
「はい、申し訳ございません。確かにロイは武勲を立てましたが、その件を公にしては身が危険になります。しかし、もし叙爵となれば、叙爵の名目を明かさざるを得なくなります。それに、父もロイはまだ領地を持てるような年齢ではないと反対しておりまして……」
「ふぅ……」

 やはり、断られたか。
 私は落胆が顔に出ないよう、紅茶に口をつけて喉を潤す。
 ルードルフ様は、ロイ君に貴族の責務を負わせようとする王家の魂胆を見抜いているようだ。
 貴族には、領地内の戦争への派兵か、それができなければ従軍の義務があるからだ。

「無礼は承知しておりますが、ご容赦頂きたく……」

 ターセル男爵は、本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
 ロイ君の父のターセル男爵は、ルードルフ様たちのような特異な戦闘能力はないものの、その分常識的で話しやすい人物だ。
 応接室の向かいに座ったターセル男爵の様子を密かに伺いながら、私は静かにティーカップを置いた。

「それでは仕方がありませんね。では、何か他の褒賞を考えます。しかし、ターセル男爵」
「は、はい」

 ターセル男爵は、王弟である私に委縮する様子を見せる。
 やはり、扱いやすい。

「現在ロイ君の教育は、ルードルフ様が一手に担っているという事ですね?」
「えぇ、その通りです」

 ターセル男爵が頷くのを見て、私は少々威圧的に指を組む。

「私は、今のままでは、ロイ君の将来が心配なのですよ。ルードルフ様は、ロイ君を大層甘やかしておられるご様子なので」
「は……」

 ターセル男爵は、痛いところを突かれたように顔をしかめる。
 本当に分かりやすい御仁だな。

「ルードルフ様に教育を任せては、ロイ君は自由奔放になるばかりでは? ここは、ターセル男爵ご自身がしかるべき教育者を選ぶべきでしょう」

 そう言いながらも、私は王家の息のかかった者を秘密裏に送り込み、ロイ君の育成方針を王家寄りにできないか画策していた。
 しかし、ターセル男爵は居住まいを正し、私を真っすぐに見据える。

「王弟殿下。それは違います」
「は?」
「父上は確かにロイを甘やかしているように見えますが、それだけではありません」

 ターセル男爵は少し疲れたように眉を下げ、視線を落とす。

「他に師を務められる者がいないのですよ。優れた力を持つロイの実力を伸ばすには、同等かそれ以上の師でなくてはならないのです。そうでなければ、ロイの目に今何が映っているのかが、分からない」

 自嘲するように、ターセル男爵は首を横に振る。

「私など、実の子だというのに、ロイの遊び相手にもなってやれないのです。本気を出せないからつまらない、と言われて」
「それは……」

 仕方がないだろう。
 ロイ君の実力はルードルフ様以上だと聞いているのに、そんな化け物同士の遊びに付き合わされたら、命がいくつあっても足りない。

「それに何より、です」

 ターセル男爵は声を低くし、表情を引き締めた。
 私もつられて前かがみになる。

「万が一、ロイの力が暴走するようなことがあれば、止められるのは父上だけです。幸い、ロイも父上に懐いていますから、父上の言葉には従うでしょう」
「つまり……ロイ君の力を危惧するからこそ、ルードルフ様に託したということですね?」

 それならば、私とて納得せざるを得ない。
 周囲の安全のために、と言われれば、ロイ君よりも戦闘能力の劣る師では役不足だろう。
 もちろん、今の王家にロイ君を超える人物の当てがあるはずもない。

「……まぁ、そういう側面もあるという事です」
「?」

 ターセル男爵の含みのある言い方に、私は片眉を上げる。
 しかし、ターセル男爵は気負うことなく、むしろ困ったように続けた。

「いえ、父上がロイを溺愛しているのは、まぎれもない事実ですゆえ……。ロイも、父上が離れる事など許容しません。引き離す事など、我等ごときには不可能です」

 深いため息とともに苦笑され、私の顔にも苦笑いが浮かぶ。

「あぁ……なるほど……」

 それは何よりの説得材料だな。
 ルードルフ様のデレデレする姿を思い出し、私は何とも言えない顔をした。
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