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婚約
辺境伯
しおりを挟むその男は、大層聡い男であった。
常に先のことを考え、先手を打つことに長けていた。
そして社交性もあり、他国との関係を築くための外交管理はお手の物であった。
そんな中、彼は仕事中とある女性と出会った。
一目惚れだった。
こんなに美しい女性は、世界の何処を探してもいないのではないのかとも思えるほどに、男は彼女に夢中になっていた。
初めは文通だった。
流石の男も話すのは躊躇い、文面での交流から始めた。
彼女も男の手紙を快く受け取り、返事を何度も書いた。
長いこと文通を続けた結果、二人は晴れて婚約し、無事結婚も終えた。
その後は毎日が幸せだった。
妻となった女性とは相思相愛で、四人の娘にも恵まれ、順風満帆な生活を送っていた。
ある日、祖先からの付き合いである王国から婚約の誘いがあった。
「息子に姉妹達を婚約候補者としてほしい」と。
初めは丁重に断った。
誰か一人が婚約するのなら考えるが、姉妹全員を婚約候補者としたら、絶対に一人を除いてあぶれるからだ。そしたら残された姉妹達のことはどうなる。
しかし、王はそのことも踏まえて条件を作ってくれた。
・姉妹達との婚約候補者としての期間は、姉妹の末っ子が成人するまでの11年間とすること
・婚約候補者から外れてしまった姉妹には補償金の付与と新しい婚約者の選定を行うと保証すること
この二つの条件で男は納得し、王と契約を結んだ。
無理矢理婚約させてしまったようで申し訳無かったが、娘達は嫌な顔せず王妃教育に励むようになった。
全ては家族のため、国のためだと言って健気に励む娘達が、男にとって誇りであり、掛け替えの無い宝であった。
しかし、それから10年経った頃、事件は起こった。
『姉妹達は皆ベルフェナールに縁談を持ち込んだ』
この一文を送ってきたのは王の息子、娘の婚約者である王太子からであった。
突然の連絡と内容に男は目の前が真っ暗になっていた。
それは妻も同じで、手紙を見た時彼女はあまりの衝撃に膝から崩れ落ちていた。
娘達は、全員婚約解消された。
いや、これは婚約破棄されたと言っても同じであろうか。
その上此方には何の相談も無しに娘達はベルフェナールへ送られていたようだ。
あまりの横暴さに男は震えていた。
契約は破られ
娘達とは会えず
隣国へと物のように明け渡された
全てを王太子の判断によって行われたことに、男はこれほどにない怒りを覚えた。
今まで王国のために外交を尽くしていた彼にとって、この行為は裏切りであり屈辱であった。
そんな中、もう一通の手紙がすぐさま届いた。
アミーレア王国 ガルシア辺境伯様
突然の言伝大変失礼致します。
此度、ガルシア辺境伯御令嬢様方がベルフェナールに来訪されました。私共との婚約となった経緯についても全て御令嬢様から耳にしております。
王太子様は御令嬢様方と私共の婚約で国繋がりを持つ魂胆だそうです。そう聞きました。
その件につきましては、ガルシア辺境伯御令嬢様方を此方で保護させていただくと同時に、ガルシア辺境伯様の所有地であるガルシア領も保護させていただきます。
今後、王太子様は外交役であるガルシア領を乱用することでしょう。そのために私共が保護し、領地と領民の皆様の生活を保証させていただきます。
アミーレア王国の所有地を侵してしまう形で申し訳ありませんが、御令嬢様方の保身と領地の安全を確保する所存です。
現在、御令嬢様方は私共と婚約の関係にあたりますが、御令嬢様及びガルシア辺境伯様のご希望次第では婚約を解消し、今後の生活も補助しますのでご安心ください。
ご了承下さるならば、下記にて同意の印をご記入願います。
ベルフェナール ラゼイヤ・ラヴェルト
手紙の内容を見た時、男は娘達が無事であることに安堵し、ラヴェルト公爵家に感謝の意を感じていた。
その手紙を何故嘘偽り無いと信じられたか。
それはベルフェナールの国特有である『魔法』が関連していたからだ。
ベルフェナールでは、魔法に基づく『契約』で成り立っている。
ただの書面や口約束ではいつ裏切られてもおかしくないから、そのため彼らは契約を結ぶ際にも必ず魔法を用いるのが常識であった。
そして、文面も魔法が施されている。
同意の印を記入するということは、その文面に対して一切の不満もなく受け入れ、破棄することを許可しないという意思表示を記録として残すためだ。
恐らく相手が同じ魔法を使える者であれば、内容に少しの調整は行えるのかもしれない。
ただの人間である男にはそんな芸当などできるわけがなかったが、そんなことする気もさらさらなかった。
娘達の保身、領地の保護
これだけあれば男には十分であった。
己達を裏切った王国のことなどどうでもいい。
見捨てる覚悟はできていた。
男はペンを手に取ると、躊躇することなく自分の名を綴った。
__ガルシア領にて、男は仕事に勤しんでいた。
活気のあった街はより一層賑やかさを増し、皆笑顔で助け合い、働いている。
手紙を送って早一日、男の所有する領地は隣国の者であろう異形の兵士達によって守りを固められていた。
当然のことながら、アミーレアの人間は一切入ることが禁じられている。
一度王国の兵が無理矢理侵入してこようとしたが、腕っ節の強いベルフェナールの兵士には到底及ばなかった。
ベルフェナールの者は親切だった。
兵士は領民が困っていれば助けるし、外交の補助で来た商人達も次々と有力な貿易先を探しては此方に有利な条件で契約を立ててくれる。
そして観光で来たであろう一般人も手助けをしてくれたりと、至れり尽くせりであった。
流石に申し訳無く思い、男が謝礼をしようとすると、ベルフェナールの者は皆それを拒み、口々にこう言った。
「我々は好きでしているのです。ですから貴方様から貰うものなど、私達には何もありませんよ」
「そうよ!こんなに素敵な場所なのに、あっちの王太子は何考えてるのかしら。心配しなくても大丈夫ですから、私達に任せてください!」
「これほど領地も領民も豊かな所は来たことがありません。なのに王太子が王になってしまったら此処は上手く機能しなくなるでしょう。商いについては私達にも頼ってください。絶対に、貴方様の枷を作るようなことは致しません。契約しても良いくらいです」
「俺達は公爵様の命令でこの領地を守ってるのもあるが、此処にいる奴らを見たら好きになったし守りたいってのもある!だからこれからも俺達を頼ってくれよ!」
彼らは見返りを求めることなく、ガルシア領を守っていた。
強いて言うなら兵士達が美味しい酒をくれたら少し嬉しいなどと言ったくらいで、それでも無欲に近かった。
ベルフェナールの国柄は、男と妻の傷心をたった一日で癒してくれた。
そんな中、昨日と同様の手紙が届く。
ガルシア領 ガルシア辺境伯様
領地の状態は如何なものでしょうか。御不満な点がございましたらいつでもお申し付けください。
して、本日ご連絡させていただいたのは、其方への御挨拶がまだでしたので、後日お伺いすることを伝えるためで御座います。
今日の二日後に其方へお伺いする予定を立てていますが、もしご都合が悪いのでしたらその言伝をお送りください。
勿論、御令嬢様方も同行致します。
ベルフェナール ラゼイヤ・ラヴェルト
文面は前よりも短かく纏っていた。
男はその手紙を机の端に置くと、ペンと便箋を取り出して返事を書いた。
ベルフェナール ラヴェルト公爵様
手紙を読ませていただきました。
有難う御座います。
二日後でしたら問題はありませんので、どうぞいらしてください。
皆様と話したいことも御座いますので。
お待ちしております。
ガルシア領 デカート・ガルシア
男……デカートは、公爵からの手紙よりも短く纏めたそれを、配達屋に手渡した。
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