【完結】一途すぎる公爵様は眠り姫を溺愛している

月(ユエ)/久瀬まりか

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「リュシエンヌお嬢様、お帰りなさいませ」

 ソワイエ子爵家の執事が外出から戻ってきたリュシエンヌを迎え、客人が来ていると告げる。

「まあ、アラベルが? わかったわ、すぐに行きます」

 リュシエンヌが客間に入るとアラベル・デュメリー子爵令嬢は立ち上がり、すまなさそうに眉尻を下げた。

「リュシー、ごめんなさいね。今日はヴォルテーヌ公爵家で家庭教師の日だと知らなくて。出直そうと思ったところへあなたが戻ってきたのよ」
「アラベルったら気にしないで。親友なんだからいつ来てもらっても嬉しいわ」

 若い二人は笑いながらハグを交わしソファに腰掛けた。

「ヴォルテーヌ家の双子を教えるようになって、もう半年くらいかしら?」
「ええ。でも語学や音楽、歴史などは専門の先生が教えるのよ。私はその合間に遊び相手を務めるだけ」
「とても美しい双子だという評判だけど本当なの?」
「そうなの。姉のジャネット様も弟のレオン様もそれはもう、絵本から抜け出したかのようにお可愛らしいのよ。それでいて10歳とは思えない利発さもあって」

 その時リュシエンヌの頭にレオンのことがよぎった。いつもリュシエンヌの訪問を楽しみにしていて一度も休んだことのないレオンが、今日はいなかった。しかも、隣国への留学を決め明日出発するのだとジャネットは言っていた。

(突然のことで、最後のご挨拶もできなかったわ。たった半年だけど仲良くしていただいたから、少し寂しい……)

「リュシー、ねえ聞いてる?」

 アラベルの声にハッとして顔を上げるリュシエンヌ。

「ごめんなさい、アラベル。ちょっと考え事しちゃった」
「もう、リュシーったら。あのね、今日はあなたにお祝いを言いたくて訪ねてきたのよ……リュシー、おめでとう!」
「えっ?」
「マルセル・クレマン様と婚約したんでしょう?」

 その名前を聞いてリュシエンヌは恥ずかしそうに頬を染めた。

「もう知ってるの? ええ、そうなのよ……先週、マルセル様が申し込んでくださって。突然のことで両親も大喜びだし、私もとても嬉しいの」
「それはそうでしょう! 将来はクレマン伯爵夫人ですもの。玉の輿じゃない、良かったわ!」
「ありがとう、アラベル」
「マルセル様と結婚したい令嬢はそれはもうたくさんいたから……みんな今頃悔しがっているでしょうねえ」

(そう……私もいまだに信じられないの。あのマルセル様が私を選んでくださるなんて)

 リュシエンヌとアラベルは学園在学時はもちろん、卒業してからもお茶会や舞踏会でいつも一緒にいた。しかし近頃はお互いに忙しくて時間が合わず、あまり会えていなかった。
 婚約が決まったことを早く伝えなくてはと思っていたリュシエンヌは、アラベルが今日訪ねて来てくれてよかった、と安堵していた。

「マルセル様はリュシーのどこに惹かれたのかしら? なれ初めを聞きたいわ」
「マルセル様がヴォルテーヌ家を訪ねた折に、私がレオン様たちと遊んでいるのを見かけたらしくて……一目惚れをした、と言ってくださったの」
「まあ素敵! では、双子が愛のキューピッドみたいなものね!」
「そうかもしれないわ。本当に、こんな幸せなことはないと思っているのよ」

 4歳年上のマルセルはクレマン伯爵の嫡男であり、リュシエンヌより身分が上。もっと上位の令嬢と結婚するのが普通であろう。しかしマルセルは、リュシエンヌを選んでくれたのだ。

「お式はいつ頃挙げるのかしら?」
「まだ具体的には決まっていないのよ。でも、私の17歳の誕生日に挙げるのはどうかと両家で話しているわ」
「ということはあと半年ね。いい気候の頃だわ。楽しみね!」

 目を輝かせて祝ってくれる親友。リュシエンヌは目頭がじわりと熱くなった。

「リュシー、興奮してなんだか喉が渇いてしまったわ。お茶のおかわりをいただける?」
「もちろんよ、気がつかなくてごめんなさい」

 リュシエンヌはメイドを呼び、新しいお茶を持ってくるように言った。すぐにお茶とお菓子が運ばれ、テーブルに並ぶ。

「お待たせしてごめんなさい。召し上がれ、アラベル」
「ありがとうリュシー」

 リュシエンヌもカップを手に取り飲もうとした時、アラベルがふと顔を上げて暖炉の上の肖像画を指差した。

「ねえリュシー。今更なんだけどあれはどなたの絵なのかしら」
「ああ、あれは、私のお祖父様よ」

 近くで見たいというアラベルのためにリュシエンヌは立ち上がり暖炉に近づいた。アラベルは少し遅れて立ち上がる。

「リュシーと髪の色が似てるわね」
「そうね。お父様も同じなのよ」
「ありがとうリュシー。じゃあ今度こそ、冷めないうちにお茶をいただきましょ」

 リュシエンヌはソファに戻るとカップを口にする。いつもと同じ良い香りがして……でもなぜか、飲み込んだ時にざらりとする違和感があった。

(少し苦味が残るわ……淹れ方が良くなかったのかしら)

 お茶を取り替えさせようと呼び鈴に手を伸ばす。しかし、空振りしてしまい上手く掴めない。

(あ……どうしたの? 手が、動かない……)

 目がぐるぐると回り始めた。

「アラベル、私……」
「どうしたの⁈  リュシー!」

 アラベルが慌てた様子で近づいてくる。

「助け……」

 しかしリュシエンヌの瞼は鉛のように重たくなっていき、そのままソファに倒れ込んだのだった。

 
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