【完結】一途すぎる公爵様は眠り姫を溺愛している

月(ユエ)/久瀬まりか

文字の大きさ
2 / 21

2 目覚め

しおりを挟む
 身体が重い。まるで自分のものではないみたい、とリュシエンヌは霞のかかる頭でぼんやり考えていた。幼い頃高熱を出したあと、こんな風に力が入らないことがあった。不安で泣きたくなって、でも目を開けるとお母様が優しく微笑んでくださっていた。

(早く、目を開けなきゃ……みんな心配しているわ)

 ゆっくりと目を開いたリュシエンヌ。見知らぬ男性が心配そうに覗き込んでいる。

「リュシエンヌ……⁈ 」

(誰……? お兄様とは違う男の人……)

 ぼんやりとしていた視界が次第にはっきりしていく。ドアがバタンと開き男性がもう一人駆け寄ってきた。

「リュシエンヌ……リュシー! 目が覚めたのか!」
「お……兄様……?」

 リュシエンヌは、涙を浮かべる兄フランソワの顔に違和感を覚えた。何かが違っている。でも、何が?

 フランソワは戸惑うリュシエンヌを抱きしめ、おいおいと泣き始めた。その側にはキツい目をした女性、その人のドレスをきゅっと掴んだ子供が二人。ベッドの反対側にはさっきリュシエンヌを覗き込んでいた男性が立っている。黒髪に紺色の瞳。これまでに見たこともないほど美しい人だ。

(……この人たちはいったい誰? どうして私の部屋にいるの?)

「フランソワ、リュシエンヌは混乱しているようよ。まずはお医者様に、問題がないか診てもらいましょう」

 女性がフランソワにそう話し掛けると彼はすぐにリュシエンヌを抱いた腕を解いた。

「ああ、そうだ、そうだな、もちろん」

 フランソワはリュシエンヌの髪を愛おしそうに撫で頬にキスをして、女性とともに部屋を出て行った。医者を呼べ、とメイドに命令しながら。
 部屋に残った美しい男性は跪き、そっとリュシエンヌの手を取った。

「リュシエンヌ、目覚めてくれてありがとう。これであなたと結婚式が挙げられます」

(えっ? 結婚? どういうこと……?!)

 混乱するリュシエンヌだが、その後すぐにやってきた医師が診察のために男性を部屋の外に出したのでそのことについて尋ねることはできなかった。
 

 医者はリュシエンヌをゆっくりとベッドから立ち上がらせていろいろな動きを観察し、ひどく驚いていた。

「不思議なことだ。ずっと寝ていたのに筋肉のこわばりもない。眠った時のそのまま、若い身体のままだなんて……」

(若いまま? どういうことかしら)

 訳が分からないリュシエンヌ。医師が下がり代わって入ってきたフランソワはさっきの女性と子供を連れていた。

「ではリュシエンヌ、改めて紹介しよう。これは私の妻マノン。そして長男のアンリと長女のミシェルだ。お前の甥、姪になるんだぞ」
「あのお兄様、私さっきからよくわからないのです。お兄様はまだ結婚どころか婚約もしていないはず。それなのに子供だなんてどういうことなの? あと……お兄様はもっと痩せていて髭も生やしていないはずなのに」

 リュシエンヌにとって兄フランソワは20歳の青年なのである。だが今目の前にいるのはすっかり貫禄の出た姿。

「ああそうだな。お前は寝ていたからわからないのだ。いいかリュシエンヌ、よく聞きなさい。お前は16歳のある日からずっと眠り続けていた。そしてそれからもう、12年経っているのだよ」
「えっ? 眠り続けて……?」
「そうだ。何をやっても起きることはなく、父上や母上もそれはもう心配し、あらゆる手を尽くした」

 その時初めてリュシエンヌは父母のことを思い出した。

(そうだわ。こんな時お母様ならいつも側にいてくださるのに)

「お兄様、お父様とお母様はどこに?」
「……もう亡くなった。二人とも病気で、最後までお前のことを心配しながら逝ったよ」
「嘘……そんな……」

 リュシエンヌは呆然とするしかなかった。昨日まで一緒に過ごしていた両親は既に他界し、兄は結婚して子供もおり、子爵家当主になっているなんて。どう理解したらいいのだろう。

「まあ信じろと言うほうが無理だとは思いますけれどね。眠り続ける人間なんて、私だってこの目で見るまでは信じられませんでしたし。フランソワは涙が止まらないようですから、私が説明しますわ」

 義姉マノンは冷たい物言いをする人間に思えた。冷静で合理的な人なのかもしれないが。
 彼女の説明によると、12年前から今日までリュシエンヌはずっと眠り続けていたのだという。その間、両親は国内外の医者に診せたが結果が出ず、最後はまじない師にまで頼っていたらしい。

「そのせいでずいぶんと財産を食いつぶしてしまったみたいで。今私たちが苦しい思いをしているのもそのせいなんです」
「やめないかマノン。リュシエンヌには関係のない話だ。父母にとって可愛い娘なのだから、できるだけのことをしてやりたいと思うのは当然じゃないか」

 しかしマノンはフランソワをキッと睨みつけている。

「でもねえ。日当たりのいい部屋を占領して、着られもしないのに毎年新しいドレスを用意して。そんなお金があるなら私の子供たちに回してもらいたいのに」
「申し訳ありません……私……ずいぶん迷惑をかけて……」

 まだ理解できていないにも関わらずリュシエンヌは謝る他なかった。そのくらい、マノンからは憎しみとも取れるような激しい感情が向けられていたのだ。

「マノン。お前が心配していたのはよくわかっている。私たちが先に死んだら、子供たちにリュシエンヌの面倒をみさせることになってしまうのを恐れていたのだろう? だがこうしてリュシエンヌは目覚めた。しかも、ヴォルテーヌ公爵がいるではないか。彼はすぐにでもリュシエンヌを公爵邸に連れて帰ると仰っている」

(え? ヴォルテーヌ公爵様が? 私を?)

 するとマノンは嬉しそうに笑みを浮かべた。

「まあ、そうね。支度金は驚くような金額だったし、本当にありがたいことだわ。眠ったままでも構わないと言われた時には驚いたけれどねぇ」

(何を……何を言っているのかしら、この人は)

 リュシエンヌはマノンを恐ろしいとさえ感じていた。

 
 
 
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

婚約者から悪役令嬢と呼ばれた公爵令嬢は、初恋相手を手に入れるために完璧な淑女を目指した。

石河 翠
恋愛
アンジェラは、公爵家のご令嬢であり、王太子の婚約者だ。ところがアンジェラと王太子の仲は非常に悪い。王太子には、運命の相手であるという聖女が隣にいるからだ。 その上、自分を敬うことができないのなら婚約破棄をすると言ってきた。ところがアンジェラは王太子の態度を気にした様子がない。むしろ王太子の言葉を喜んで受け入れた。なぜならアンジェラには心に秘めた初恋の相手がいるからだ。 実はアンジェラには未来に行った記憶があって……。 初恋の相手を射止めるために淑女もとい悪役令嬢として奮闘するヒロインと、いつの間にかヒロインの心を射止めてしまっていた巻き込まれヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:22451675)をお借りしています。 こちらは、『婚約者から悪役令嬢と呼ばれた自称天使に、いつの間にか外堀を埋められた。』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/572212123/891918330)のヒロイン視点の物語です。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん
恋愛
 あ、私、悪役令嬢だ。  クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。  気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

処理中です...