【完結】一途すぎる公爵様は眠り姫を溺愛している

月(ユエ)/久瀬まりか

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12 アラベル1

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「旦那様はまだお帰りにならないの?」
「今日はカレン様の屋敷にお泊まりになるそうです」
「そう……」

 アラベルはため息をついた。跡継ぎを作るために仕方ないとはいえ、愛人カレンのもとに通う夫を容認するのはかなり辛いことだった。しかも最近は泊まって帰ることが多くなり、夫婦の会話もままならない。

(どうしてこんなことに……)

 夫がカレンを愛しているとは思えない。男爵令嬢ではあるが、若いだけで頭が空っぽの女だ。しかし溌剌とした身体で、健康そのもの。きっと近いうちに妊娠するだろう。

(マルセルはまだリュシエンヌが目覚めたことは知らないはず。街の噂話など、私が言わない限り彼の耳には入らないから。だけどもし彼が知ったら……リュシエンヌを愛人にしようと思うのではないかしら? 美貌と若い肉体を持ったままのあの子を……)

 アラベルは手に持っていたハンカチをギリギリと絞った。先週会いに行ってきたリュシエンヌは、髪も肌も輝くばかりに美しかった。12年前、夫の心を射止めた時と同じように。

(カレンごときがマルセルの子を産むのはかまわない。赤ん坊は遠縁の子としてこの屋敷に引き取り、私が育てるのだから。だけどリュシエンヌの子だったら……それだけは、嫌。きっと私は憎んでしまう)

 アラベルにとってリュシエンヌは一番仲の良い、そして一番妬ましい存在だった。頭が良く美しく、おおらかで優しくて両親に愛された幸せな令嬢。それがリュシエンヌ。
 ところがアラベルは家族仲も家の経済状況も良いとはいえず、勉強も得意ではなく、何より地味で貧相な見た目。リュシエンヌの側にいることが惨めで、でもそれに気づかれたくなくていつも明るく振る舞っていた。まるで道化だと心の中で涙を流しながら。
 そんなアラベルが想いを寄せていたのがマルセル。伯爵令息のマルセルとアラベルは何の接点もなかったが、学園の図書館で本を読む彼を遠くからいつもそっと眺めていた。夕陽差す窓際で頬杖をつく横顔は、まるで神話の登場人物のよう。何時間見ていても飽きなかった。

 そんなある日、アラベルは図書館の本棚から本を落としてしまった。ドサドサという音が館内に響き、恥ずかしさに顔を赤くするアラベル。

「大丈夫ですか?」
「……! は、はい……!」

 本を拾ってくれたのは憧れのマルセル。こんなに近い距離で声を聞けたのは初めてだ。

「はい、どうぞ。気をつけてくださいね」
「あ、ありがとうございます……!」

(なんて優しい方……! こんな私にも声を掛けて下さった……)

 その日から、アラベルの恋心は大きくなる一方。しかし高い地位も財力も、そして何の伝手も無いデュメリー子爵家ではマルセルに結婚を申し込むなど天地がひっくり返っても叶うことはない。

(諦めるしかないのね……)

 マルセルが卒業していき、アラベルは初恋を心の奥に仕舞い込んだ。そして自らも卒業の時期を迎え、親が探してくる見合い相手と会う日々を過ごしていた。

(どうせ好きな人とは結婚できないんだもの。誰が相手だって一緒だわ)

 その中で比較的マシな、10歳年上の男爵に決まりかけていた矢先のこと。リュシエンヌがマルセルと婚約したことを噂で知った。

(何で? リュシエンヌはマルセル様と話したこともないはずよ? どうして、同じ子爵家なのにあの子が選ばれたの……!)

 アラベルは嫉妬で三日三晩苦しんだ。しかし親友としてリュシエンヌに祝いの品を贈らないといけない。寝不足でフラフラの体で彼女は街へ出掛けて行った。

「おや。お前さん、叶わぬ恋をしているね」

(え?)

 いつもは気が付かなかった細い路地に、小さな看板の付いた入り口があった。

(こんな所に店なんてあったかしら……)

 恐る恐る足を踏み入れていくアラベル。ドアを開けると甘い香が焚きしめられ、ムッとして息苦しい。

「ここだよ。もっと奥に入っておいで」

 しゃがれた声が頭の中に響いてくる。言われるがまま、アラベルは店の奥に進んで行った。

「ようこそ。占い師イネスの店へ」

 小さなテーブルが一つ。その向こうにベールを被った人が座っている。顔は見えないが声から察するに老婆なのだろう。ベールからはしわくちゃで細い、そして異様に爪の長い手が見えていた。

「占い……ですか?」
「そうとも。まじないとも言うがね。お前さん辛い恋をしているだろう。その恋、叶えたくはないかね」
「それはもちろん叶えたいわ。でもダメなの。その人は私の親友と婚約してしまった」
「ひひっ、でも諦めきれないんだろう? その気持ちが外に漏れ出しているよ。私にはわかる。ここまで強い願いを持った人間は初めてだ」
「そんなに……わかるんですか?」
「そうとも。その想いの強さはまじないの力になる。どうだい、あんたその親友とやらに毒を盛ってみないかい」



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