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13 アラベル2
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「ど、毒……⁈ だめよ、そんなことできないわ。 リュシエンヌを殺すだなんて」
イネスはベールを揺らしてヒッヒッと笑った。
「大丈夫さ。眠らせる毒だよ。私もね、まだ人を殺すほどの力は無いのでね。時が止まったかのように眠らせるだけしかできない。だがそれなら、罪悪感を持つ必要もないから気楽だろ?」
「でも……いつかは目覚めるのでしょう?」
「そりゃいつかはね。だけど10年以上はかかる。これは実証済みだから安心しな。10年も寝てりゃあ、医者も匙を投げるよ。あんたはその間、婚約者を一生懸命慰めてやればいいのさ。男はね、辛い時に優しくしてくれた女に絆されるもんだよ」
「だけど……マルセル様が私なんかを本当に好きになってくれるかわからない……」
「じゃあこうしよう。惚れ薬もセットにしてやるよ。効き目は一年くらいしかないからね、その間にきっちり結婚に持ち込むんだね」
どう見ても怪しい老婆の話を信用していいものだろうか? しかしアラベルはリュシエンヌからマルセルを奪うという甘い誘惑に囚われてしまい、抗うことはできなかった。
「あの、でも……お金がすごくかかるんですよね?」
「金はいらないよ」
「え?」
「金なんてあたしには何の役にも立たないのさ。あたしが欲しいのはあんたの子宮と卵巣だよ」
「……?」
(子宮? 卵巣? 何のことかしら……?)
学園では人体について習うことはなかった。アラベルが知っている臓器といえば心臓と胃くらいのもの。だから老婆の言葉が何を指しているか全くわからなかった。
「ちょっとした内臓さ。生きるのに必ずしも必要な部分じゃないから安心しな。痛みも何もないし、あんたは普段と変わらぬ生活が送れるんだ。そして、恋しい男も手に入る。どうだい。やるかい?」
(リュシエンヌを殺す訳じゃない……私がマルセル様と結婚してしまえば、リュシエンヌが目覚めてももう遅い。マルセル様は私のもの……)
ベールの下で見えないけれど、老婆の目がギラリと光ったように思えた。その光に吸い込まれるようにアラベルは一歩前に出る。
「私……やります」
「ひひっ、そうこなくっちゃ。じゃあ薬を作るからね、眠らせたい女の名前と誕生日をここに書きな」
(どうしよう……引き返すなら今よ)
理性はそう言っている。しかしアラベルの手は止まらず、リュシエンヌの名をすらすらと紙に書いてしまっていた。
「後は、その女の持ち物が何か一つでもあればいいんだが。あるかね?」
「あ……この飾り櫛はリュシエンヌと交換したものですが……」
アラベルは髪に挿していた飾り櫛を抜いて老婆に手渡す。学園を卒業する時にお互いの思い出のために交換したものだ。リュシエンヌは学園でこれをいつも身につけていた。
「櫛かい、これはいいねぇ。効き目が良くなるよ」
そう言ってテーブルの中央に櫛を置き、呪文を唱え始めた。
すると櫛の周りに黒い靄のようなものが集まり始める。
(何これ……何か邪悪なもののような気がする。もしかして私、とんでもないことをしてしまっている……?)
すると老婆はアラベルを指差し、何かを呟いた。
「……あっ!」
突然下腹部に何か衝撃を受け、アラベルはお腹を押さえてしゃがみ込む。
「今あんたの子宮と卵巣の機能をもらったよ。驚いただろうが、痛みはないだろう?」
「……はい、確かに……」
いつの間にかテーブルの上の黒い靄は消え去り、白い角砂糖が一つだけ載っていた。
「これをその女の飲み物に入れな。毒ではないから何の証拠も残らない。しかもその女にしか効かない特注品だ。それと、これが惚れ薬」
今度はベールの下から小さな小瓶を出してきた。
「これを男に飲ませるんだよ。よーく時期を見定めてね。上手くいくことを祈ってるよ」
気がつくと老婆の声が少し若くなっている。ベールから見える手も、シワが少なくなりまるで別人のようだ。
「さあさあ、薬を持って早く出て行っておくれ。次のお客さんが待っているんだからね。またあたしに会いたい時にはこの路地で強く念じておくれ」
部屋の中なのにサッと風が吹き、思わず目を閉じたアラベル。目を開けた時には、いつもの街並みに戻ってきていた。
(何、今の……まさか夢?)
しかし彼女の手には小瓶と角砂糖が握られていた。
(もし……もしこれが本当なら、リュシエンヌは長い眠りにつく。大丈夫。私なら上手くやれるわ……)
イネスはベールを揺らしてヒッヒッと笑った。
「大丈夫さ。眠らせる毒だよ。私もね、まだ人を殺すほどの力は無いのでね。時が止まったかのように眠らせるだけしかできない。だがそれなら、罪悪感を持つ必要もないから気楽だろ?」
「でも……いつかは目覚めるのでしょう?」
「そりゃいつかはね。だけど10年以上はかかる。これは実証済みだから安心しな。10年も寝てりゃあ、医者も匙を投げるよ。あんたはその間、婚約者を一生懸命慰めてやればいいのさ。男はね、辛い時に優しくしてくれた女に絆されるもんだよ」
「だけど……マルセル様が私なんかを本当に好きになってくれるかわからない……」
「じゃあこうしよう。惚れ薬もセットにしてやるよ。効き目は一年くらいしかないからね、その間にきっちり結婚に持ち込むんだね」
どう見ても怪しい老婆の話を信用していいものだろうか? しかしアラベルはリュシエンヌからマルセルを奪うという甘い誘惑に囚われてしまい、抗うことはできなかった。
「あの、でも……お金がすごくかかるんですよね?」
「金はいらないよ」
「え?」
「金なんてあたしには何の役にも立たないのさ。あたしが欲しいのはあんたの子宮と卵巣だよ」
「……?」
(子宮? 卵巣? 何のことかしら……?)
学園では人体について習うことはなかった。アラベルが知っている臓器といえば心臓と胃くらいのもの。だから老婆の言葉が何を指しているか全くわからなかった。
「ちょっとした内臓さ。生きるのに必ずしも必要な部分じゃないから安心しな。痛みも何もないし、あんたは普段と変わらぬ生活が送れるんだ。そして、恋しい男も手に入る。どうだい。やるかい?」
(リュシエンヌを殺す訳じゃない……私がマルセル様と結婚してしまえば、リュシエンヌが目覚めてももう遅い。マルセル様は私のもの……)
ベールの下で見えないけれど、老婆の目がギラリと光ったように思えた。その光に吸い込まれるようにアラベルは一歩前に出る。
「私……やります」
「ひひっ、そうこなくっちゃ。じゃあ薬を作るからね、眠らせたい女の名前と誕生日をここに書きな」
(どうしよう……引き返すなら今よ)
理性はそう言っている。しかしアラベルの手は止まらず、リュシエンヌの名をすらすらと紙に書いてしまっていた。
「後は、その女の持ち物が何か一つでもあればいいんだが。あるかね?」
「あ……この飾り櫛はリュシエンヌと交換したものですが……」
アラベルは髪に挿していた飾り櫛を抜いて老婆に手渡す。学園を卒業する時にお互いの思い出のために交換したものだ。リュシエンヌは学園でこれをいつも身につけていた。
「櫛かい、これはいいねぇ。効き目が良くなるよ」
そう言ってテーブルの中央に櫛を置き、呪文を唱え始めた。
すると櫛の周りに黒い靄のようなものが集まり始める。
(何これ……何か邪悪なもののような気がする。もしかして私、とんでもないことをしてしまっている……?)
すると老婆はアラベルを指差し、何かを呟いた。
「……あっ!」
突然下腹部に何か衝撃を受け、アラベルはお腹を押さえてしゃがみ込む。
「今あんたの子宮と卵巣の機能をもらったよ。驚いただろうが、痛みはないだろう?」
「……はい、確かに……」
いつの間にかテーブルの上の黒い靄は消え去り、白い角砂糖が一つだけ載っていた。
「これをその女の飲み物に入れな。毒ではないから何の証拠も残らない。しかもその女にしか効かない特注品だ。それと、これが惚れ薬」
今度はベールの下から小さな小瓶を出してきた。
「これを男に飲ませるんだよ。よーく時期を見定めてね。上手くいくことを祈ってるよ」
気がつくと老婆の声が少し若くなっている。ベールから見える手も、シワが少なくなりまるで別人のようだ。
「さあさあ、薬を持って早く出て行っておくれ。次のお客さんが待っているんだからね。またあたしに会いたい時にはこの路地で強く念じておくれ」
部屋の中なのにサッと風が吹き、思わず目を閉じたアラベル。目を開けた時には、いつもの街並みに戻ってきていた。
(何、今の……まさか夢?)
しかし彼女の手には小瓶と角砂糖が握られていた。
(もし……もしこれが本当なら、リュシエンヌは長い眠りにつく。大丈夫。私なら上手くやれるわ……)
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