【完結】妹に婚約者を奪われた傷あり令嬢は、化け物伯爵と幸せを掴む

月(ユエ)/久瀬まりか

文字の大きさ
8 / 18

8 領地での朝

しおりを挟む

 翌朝、スッキリと目が覚めた。泣いて発散したからか、寝る前に飲んだワインの効果か。

(ベッドのおかげかもしれないわね)

 昨夜ユリウスは自室のベッドで寝ると言って、私にこの大きなベッドを譲ってくれた。広くてフカフカで清潔ないい匂いがして、とても気持ち良く眠れたのだ。
 うーん、と伸びをしているとドアがノックされヘルガが入って来た。

「おはようございます、奥さま。昨夜はよく眠れましたか?」
「おはよう、ヘルガさん。ええ、ベッドの寝心地が良くてグッスリ眠れたわ」
「それはようございました。では朝の支度をお手伝いいたしますね」

 私はヘルガと共に自室に戻り、身支度を整えてもらった。大きな鏡台の前で髪を纏めてもらっている時に、思い切ってヘルガに聞いてみる。

「ねえヘルガさん。私のこの傷……気になりますか?」

 ヘルガは、ニコッと微笑んでいいえ、と答えた。

「奥さま、このオウティネン領で暮らす私たちは、誰も顔の傷など気にする者はいません。王都では戦いに出る者などいないでしょうが、ここ辺境の地は隣国との勢力争いのためにいつも緊張状態で、小競り合いもしょっちゅうです。ですから顔や体に傷を持つ人は多く、そういう人を見ることにも慣れています。傷があることは何かの妨げにはなりませんし、卑屈になる必要はまったくありません。奥さまは堂々としていらっしゃればいいのですよ」
「ヘルガさん……ありがとう……」

 また涙があふれそうになり、慌ててハンカチで抑えた私。こちらに来てから、なんだか涙腺が緩くなっているみたい。

「さあ、お支度ができましたよ。旦那さまがお待ちでしょうから、参りましょう」

 頷いて微笑み、私は立ち上がった。


 食堂に入ると、ユリウスはもうテーブルについていた。

「おはよう、リューディア。よく眠れたか?」
「ええ、ユリウス、とても。こんなにスッキリした朝は久しぶりです」
「朝食が終わったら、散歩でもしないか? この辺りの景色を見せたいんだ」
「まあ! 楽しみですわ。ぜひお願いします」

 提供された朝食は、いたって普通のメニューで、卵にベーコン、チーズにサラダ。そして焼きたてのパン。だけどなんだか、どれもこれもハーヴィスト家の朝食より美味しい。卵はコクがあるし燻製されたベーコンは香りが良くて旨味が強い。サラダはニンジンとオレンジをクリームチーズで和えたもの。レーズンやクルミも入って、いろんな食感が楽しめる。
 目を丸くしながら美味しくいただいている私を、ユリウスは嬉しそうに見ていた。

「美味いか?」
「はい! こんなに美味しい朝食は初めてです」
「我が家の食卓に並ぶものは、全て領地内で取れたものだ。西の辺境ではあるが南北に長いから、いろんな作物が採れるんだよ」
「王都で食べるより新鮮なのでしょうか」
「そうだろうな。タウンハウスにいると食事が美味しくなくて困るんだ」

 こんな新鮮な食べ物で育っていたら、舌が肥えてしまうのもわかる。デザートのヨーグルトまでしっかりいただいてから、私たちは散歩に出掛けた。

「おんや! ユリウス様! やっとお嫁さんが見つかったのかい!」
「ああ、ニーロ。そうなんだ、ようやくね。待った甲斐あっていい女性ひとに巡り会えたよ」
「おめでとう! 奥さん、ユリウス様を幸せにしてやっとくれ!」

 こんなふうに、領地のどこに行ってもユリウスは人気者だった。老若男女、誰からも声を掛けられる。

「ユリウス、みんなから好かれているのね」

 そう言うと彼は瘤で塞がった目をさらに細めて、照れくさそうに笑った。

「私が幼い頃から見守ってくれているから。いつまでも子供のように可愛がってくれるんだ」

 しばらく行くと、兵士の教練所が見えた。

「私は普段はあそこで任務についている。これでも一応、辺境騎士団の長を務めているので」

 鼻を擦りながら胸を張るユリウス。どうやら、自慢したいことを話す時は鼻を擦る癖があるみたい。

「今度、訓練の様子を見てみたいですわ」
「本当に? じゃあ近いうちに招待しよう。それと、リューディア……あの、もう少しくだけた話し方をしてくれてかまわない……ぞ?」

 大きな背中を小さくかがめながら、私にそう言ってくるユリウス。なんだかとっても可愛い。

「わかったわ。これでいい? ユリウス」

 するとユリウスは顔を輝かせた。

「ああ、そのほうがより仲良くなった気がする。ありがとう、リューディア」

 なんだろう、この気持ち。ユリウスが嬉しそうにしていると私も嬉しい。男として見ているかと言われればやっぱり違う気がするけれど、彼とならずっと幸せに生きていける、そんなふうに思い始めていた。

 
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい

木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」 私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。 アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。 これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。 だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。 もういい加減、妹から離れたい。 そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。 だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。 その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。 頭がお花畑の方々の発言が続きます。 すると、なぜが、私の名前が…… もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。 ついでに、独立宣言もしちゃいました。 主人公、めちゃくちゃ口悪いです。 成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。

殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!

さら
恋愛
 王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。  ――でも、リリアナは泣き崩れなかった。  「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」  庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。  「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」  絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。  「俺は、君を守るために剣を振るう」  寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。  灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。

最愛の人に裏切られ死んだ私ですが、人生をやり直します〜今度は【真実の愛】を探し、元婚約者の後悔を笑って見届ける〜

腐ったバナナ
恋愛
愛する婚約者アラン王子に裏切られ、非業の死を遂げた公爵令嬢エステル。 「二度と誰も愛さない」と誓った瞬間、【死に戻り】を果たし、愛の感情を失った冷徹な復讐者として覚醒する。 エステルの標的は、自分を裏切った元婚約者と仲間たち。彼女は未来の知識を武器に、王国の影の支配者ノア宰相と接触。「私の知性を利用し、絶対的な庇護を」と、大胆な契約結婚を持ちかける。

婚約者を義妹に奪われましたが貧しい方々への奉仕活動を怠らなかったおかげで、世界一大きな国の王子様と結婚できました

青空あかな
恋愛
アトリス王国の有名貴族ガーデニー家長女の私、ロミリアは亡きお母様の教えを守り、回復魔法で貧しい人を治療する日々を送っている。 しかしある日突然、この国の王子で婚約者のルドウェン様に婚約破棄された。 「ロミリア、君との婚約を破棄することにした。本当に申し訳ないと思っている」 そう言う(元)婚約者が新しく選んだ相手は、私の<義妹>ダーリー。さらには失意のどん底にいた私に、実家からの追放という仕打ちが襲い掛かる。 実家に別れを告げ、国境目指してトボトボ歩いていた私は、崖から足を踏み外してしまう。 落ちそうな私を助けてくれたのは、以前ケガを治した旅人で、彼はなんと世界一の超大国ハイデルベルク王国の王子だった。そのままの勢いで求婚され、私は彼と結婚することに。 一方、私がいなくなったガーデニー家やルドウェン様の評判はガタ落ちになる。そして、召使いがいなくなったガーデニー家に怪しい影が……。 ※『小説家になろう』様と『カクヨム』様でも掲載しております

大好きな婚約者に「距離を置こう」と言われました

ミズメ
恋愛
 感情表現が乏しいせいで""氷鉄令嬢""と呼ばれている侯爵令嬢のフェリシアは、婚約者のアーサー殿下に唐突に距離を置くことを告げられる。  これは婚約破棄の危機――そう思ったフェリシアは色々と自分磨きに励むけれど、なぜだか上手くいかない。  とある夜会で、アーサーの隣に見知らぬ金髪の令嬢がいたという話を聞いてしまって……!?  重すぎる愛が故に婚約者に接近することができないアーサーと、なんとしても距離を縮めたいフェリシアの接近禁止の婚約騒動。 ○カクヨム、小説家になろうさまにも掲載/全部書き終えてます

王子に買われた妹と隣国に売られた私

京月
恋愛
スペード王国の公爵家の娘であるリリア・ジョーカーは三歳下の妹ユリ・ジョーカーと私の婚約者であり幼馴染でもあるサリウス・スペードといつも一緒に遊んでいた。 サリウスはリリアに好意があり大きくなったらリリアと結婚すると言っており、ユリもいつも姉さま大好きとリリアを慕っていた。 リリアが十八歳になったある日スペード王国で反乱がおきその首謀者として父と母が処刑されてしまう。姉妹は王様のいる玉座の間で手を後ろに縛られたまま床に頭をつけ王様からそして処刑を言い渡された。 それに異議を唱えながら玉座の間に入って来たのはサリウスだった。 サリウスは王様に向かい上奏する。 「父上、どうか"ユリ・ジョーカー"の処刑を取りやめにし俺に身柄をくださいませんか」 リリアはユリが不敵に笑っているのが見えた。

処理中です...