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8 領地での朝
しおりを挟む翌朝、スッキリと目が覚めた。泣いて発散したからか、寝る前に飲んだワインの効果か。
(ベッドのおかげかもしれないわね)
昨夜ユリウスは自室のベッドで寝ると言って、私にこの大きなベッドを譲ってくれた。広くてフカフカで清潔ないい匂いがして、とても気持ち良く眠れたのだ。
うーん、と伸びをしているとドアがノックされヘルガが入って来た。
「おはようございます、奥さま。昨夜はよく眠れましたか?」
「おはよう、ヘルガさん。ええ、ベッドの寝心地が良くてグッスリ眠れたわ」
「それはようございました。では朝の支度をお手伝いいたしますね」
私はヘルガと共に自室に戻り、身支度を整えてもらった。大きな鏡台の前で髪を纏めてもらっている時に、思い切ってヘルガに聞いてみる。
「ねえヘルガさん。私のこの傷……気になりますか?」
ヘルガは、ニコッと微笑んでいいえ、と答えた。
「奥さま、このオウティネン領で暮らす私たちは、誰も顔の傷など気にする者はいません。王都では戦いに出る者などいないでしょうが、ここ辺境の地は隣国との勢力争いのためにいつも緊張状態で、小競り合いもしょっちゅうです。ですから顔や体に傷を持つ人は多く、そういう人を見ることにも慣れています。傷があることは何かの妨げにはなりませんし、卑屈になる必要はまったくありません。奥さまは堂々としていらっしゃればいいのですよ」
「ヘルガさん……ありがとう……」
また涙があふれそうになり、慌ててハンカチで抑えた私。こちらに来てから、なんだか涙腺が緩くなっているみたい。
「さあ、お支度ができましたよ。旦那さまがお待ちでしょうから、参りましょう」
頷いて微笑み、私は立ち上がった。
食堂に入ると、ユリウスはもうテーブルについていた。
「おはよう、リューディア。よく眠れたか?」
「ええ、ユリウス、とても。こんなにスッキリした朝は久しぶりです」
「朝食が終わったら、散歩でもしないか? この辺りの景色を見せたいんだ」
「まあ! 楽しみですわ。ぜひお願いします」
提供された朝食は、いたって普通のメニューで、卵にベーコン、チーズにサラダ。そして焼きたてのパン。だけどなんだか、どれもこれもハーヴィスト家の朝食より美味しい。卵はコクがあるし燻製されたベーコンは香りが良くて旨味が強い。サラダはニンジンとオレンジをクリームチーズで和えたもの。レーズンやクルミも入って、いろんな食感が楽しめる。
目を丸くしながら美味しくいただいている私を、ユリウスは嬉しそうに見ていた。
「美味いか?」
「はい! こんなに美味しい朝食は初めてです」
「我が家の食卓に並ぶものは、全て領地内で取れたものだ。西の辺境ではあるが南北に長いから、いろんな作物が採れるんだよ」
「王都で食べるより新鮮なのでしょうか」
「そうだろうな。タウンハウスにいると食事が美味しくなくて困るんだ」
こんな新鮮な食べ物で育っていたら、舌が肥えてしまうのもわかる。デザートのヨーグルトまでしっかりいただいてから、私たちは散歩に出掛けた。
「おんや! ユリウス様! やっとお嫁さんが見つかったのかい!」
「ああ、ニーロ。そうなんだ、ようやくね。待った甲斐あっていい女性に巡り会えたよ」
「おめでとう! 奥さん、ユリウス様を幸せにしてやっとくれ!」
こんなふうに、領地のどこに行ってもユリウスは人気者だった。老若男女、誰からも声を掛けられる。
「ユリウス、みんなから好かれているのね」
そう言うと彼は瘤で塞がった目をさらに細めて、照れくさそうに笑った。
「私が幼い頃から見守ってくれているから。いつまでも子供のように可愛がってくれるんだ」
しばらく行くと、兵士の教練所が見えた。
「私は普段はあそこで任務についている。これでも一応、辺境騎士団の長を務めているので」
鼻を擦りながら胸を張るユリウス。どうやら、自慢したいことを話す時は鼻を擦る癖があるみたい。
「今度、訓練の様子を見てみたいですわ」
「本当に? じゃあ近いうちに招待しよう。それと、リューディア……あの、もう少しくだけた話し方をしてくれてかまわない……ぞ?」
大きな背中を小さくかがめながら、私にそう言ってくるユリウス。なんだかとっても可愛い。
「わかったわ。これでいい? ユリウス」
するとユリウスは顔を輝かせた。
「ああ、そのほうがより仲良くなった気がする。ありがとう、リューディア」
なんだろう、この気持ち。ユリウスが嬉しそうにしていると私も嬉しい。男として見ているかと言われればやっぱり違う気がするけれど、彼とならずっと幸せに生きていける、そんなふうに思い始めていた。
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