77 / 147
もう15歳
5
しおりを挟む
「はい?」
状況が理解できなくて聞き返すと、私の足元へオニキスが近づいてきます。そして相変わらず毛を逆立てて警戒したまま、レオンから目をそらさずに言いました。
『レオンハルトにダラヴナが寄生した』
「は?!」
思わず簀巻きで転がっているレオンから距離を置くように、一歩後ろへ下がります。レオンが涙やら何やらでぐちゃぐちゃの顔でこちらを見上げました。
「わああああぁぁぁぁぁぁんんん!!!! やだ!!! 嫌わないでぇぇぇぇ!!!!!」
「くそっ! 動くな・・・動かないでください!!」
さすが大剣使いというべきか、華奢に見える体にクラウドを乗せたまま、芋虫のように私の方へ這ってくる、レオン。
クラウドも珍しく焦っているようで、悪態が漏れて、言葉も崩れています。
まあ、レオンは伯爵令息で、手荒なことがしにくい相手ですからね。どこまでやっていいのかわからなくて、余裕がないのでしょう。
どうしよう。えーっと。うーん。どうしたらいいのかな。・・・ダメだ。私も相当焦っているようです。何も思い浮かびません。
「・・・とりあえず、その顔をどうにかしましょうか」
体を拭くために用意してあったタオルで、レオンの顔を拭きます。大人しくなったレオンに、皆がほっとしたとたん、縄が解けました。
「カムぅぅぅぅ!!!」
「げうっ!」
縄抜けしたレオンが、側にしゃがんでいた私へ飛びつき、私は床へ押し倒されました。頭は打ちませんでしたが、強打した背中が痛い。「きゃ」じゃないのはいつものことですわ。
レオンは寝転がったまま痛みをこらえる私の胸に、顔を押し付けてぐりぐりしてきました。
「・・・いつもより柔らかい」
「あー。」
そういえば下は即席パンツ履きましたけど、上は脱衣所にあるのをつけようと思っていたので、下着をつけていません。
『許さん!!』
オニキスの殺気がこもった跳び蹴りを、レオンは横に転がって避け、さっと立ち上がりました。
普段から馴れ馴れしいレオンの度が過ぎると、オニキスが物理制裁を加えるのは恒例の事になっています。ですから彼はオニキスの存在も知っていますし、砂漠での大乱闘も経験済みですよ。
「よくわかりましたね」
「殺気に対する条件反射だよっいててっ」
殺気なく背後に立ったクラウドには反応できなかったようで、後ろ手に捻りあげられています。そのレオンに向かって、オニキスがじりじりと近づいていきました。
しかしその目はレオンのやや後ろの虚空に向けられています。全身の毛を逆立てて、レオンではない何かを見ているようでした。
『うるさい。黙れ』
ぞわっと全身に鳥肌が立って、息苦しくなります。それはクラウドたちも同じだったようで、二人とも顔をしかめました。
たぶんオニキスは、ダラヴナを気絶させて黙らせようとしているのでしょう。良くない何かが起こっている雰囲気に、私はオニキスの威圧で重く感じる体を起こして立ち上がります。
「え? ほんと?!」
息苦しさが強くなっていく中、レオンがきょろきょろしながら訊ねました。
しまった。彼は精霊の声が聞こえるのでした!
重力が増したかのような圧迫感を放ちながら、オニキスが怒声を上げます。
『よせ! レオンハルト! 耳を貸すな!!』
「じゃあ、トゥバーン」
じゃあって何ですか?! 懲りない子ですね!
『あわ・・・あわわ・・・きゅぅぅ』
部屋の隅で震えていたモリオンが崩れ落ちました。私には見えませんが、契約が成立してしまったようですね。オニキスが見えない何かを唸りながら睨みつけていますし。
「これで僕も詠唱なしで魔法が使えるんだね!」
「お馬鹿ぁぁぁ!!」
私はレオンの頭を狙って回し蹴りを放ちます。
まだ後ろ手に拘束されているにも関わらず、器用に頭を下げて避けるレオン。クラウドは体を反らして避けました。私はそのまま体を回転させ、軸足を変えると、今度は後ろ回し蹴りをします。そして一撃目を避けたまま低い位置にあるレオンの首に、回した足の膝裏をひっかけました。
「ぐぅっ」
私の意図を察してクラウドが手を放し、解放されたレオンの体は私の足に引っかかった状態で床に倒れました。仰向けに倒れたレオンの胸の上に跨り、膝を彼の二の腕に乗せて体重をかけます。そして鼻をつまみました。
「レグルスから解放されたばかりだというのに、貴方はっ!」
「んが・・・はぁ・・・ぐふふ」
不気味に笑うレオンの視線をたどりつつ、鼻をつまむ手に捻りを加えました。そうでない方でムームーがずり落ち、露出していた肩と半乳をしまいます。
大丈夫。襟元から頂上が出てしまうほど、私のお山は低くありませんよ。
「痛い痛い!!」
「またレグルスのように死にたがりの精霊だったら、どうするのですか?!」
「いっ・・・大丈夫! 大丈夫だってば!! ね、トゥバーン?」
背後に気配を感じて振り向こうとしたところで、一瞬の浮遊感と共に視界が切り替わりました。
目の前にあるのはオニキスの闇色の背。横には気絶しているモリオンを、小脇に抱えたクラウドが立っています。
オニキスの向こう。見つめる先にはレオンと、その傍らに寄り添う黒のような紫のような、巨大な生き物がいました。
「龍?」
この世界には存在しない空想上の生き物は、鱗のひとつひとつが灯りを反射して煌めき、バスケットコートほどの広い脱衣所の3分の2を占領する長い身体で、レオンを守るようにとぐろを巻いていました。
その背には蝙蝠のような皮膜を持つ一対の翼が天井すれすれまで広げられており、鋭い爪のある四肢が重みを感じさせない体を支えています。そしてこちらを睥睨するようにもたげられた頭に4本の角があり、そのうちの二本が天井に・・・当たった音がしました。
「強制転移」
『・・・ああ』
レオンとその新しい精霊が姿を消します。その位置まで移動し、天井の傷を確認しました。
よかった。目立ちません。
私は着替えを手に取り「なんちゃらパワー以下略」と、心の中で唱えて着替えを完了します。脱いだムームーと即席パンツは、影の異空間収納へ放り込みました。
簡単に髪を整えると廊下へ出て、走ってはいないけれどそれに近い速度で、クラウドを引き連れてエンディアの侯爵邸内を進みます。
「お父様。今、よろしいですか?」
「ああ。大丈夫だ。入ってきなさい」
ノックの後に執務室の扉を開けると、好都合なことに父しかいませんでした。今日の仕事は終えたのか、ワイングラスを片手に椅子へ腰かけています。
「お先にお湯を頂きました。ありがとうございます」
「真剣に強請ったわりに、早かったな」
私だってこんな事態でなければ、ゆっくり浸かっていたかったですよ。
執務机をはさんで父と対面します。真剣な表情の私に、父がワイングラスを置いて椅子に座り直しました。
「問題が起きました」
「なんだ? 湯船に穴でも開いていたか?」
「それは直しました。もっと大事です」
訝し気に眉をひそめる父に、ひとつ深呼吸をしてから告げました。
「レオンハルト・ペンタクロムにダラヴナが寄生しました」
「・・・なに?」
意味が分からなかったようで、眉間の皺を深める父。
そういえば「寄生」でなくて「加護」と言われているのでしたっけ。
まあいいや。簡潔に経緯を説明することにします。
「今日討伐した巨大な魔物は、ガンガーラでダラヴナと呼ばれていたものです。出会い頭にレオンの精霊がそれに飲まれてしまいました。そして・・・その空位に先程、ダラヴナが就きました」
父の目が徐々に見開かれ、その呼吸が止まるのがわかりました。時間が止まってしまったかのような状態の父へ、さらに追い打ちをかけます。
「彼は・・・レオンハルトは・・・その・・・元々、精霊の声が聞こえる特殊な人間でして・・・。ダラヴナと契約してしまいました!」
「はあ?!」
父はがたっと立ち上がりました。
ええ。そうですよね。驚きますよね。頭の中が真っ白になるほどに。ちょっともう私には手に負えませんので、助けてくださいませ。お父様。
「・・・そのレオンハルト殿はどこへ行った?」
「今は砂漠のど真ん中に隔離中です」
さすがお父様。復活が早いですね!
部屋の中にクラウドはいても、彼と一緒に私の後をついて回っていたはずのレオンがいないことに、すぐ気が付いたようです。
「ここに連れて・・・」
「いえ。彼が契約した精霊はあのダラヴナです。室内で実体化されると屋敷が壊れてしまいます」
町を襲っていた姿を思い出したのか、父が眉間にしわを寄せました。それっきり黙り込んでしまったので、契約に関して知っていることを話すことにします。
「ご存知の通り、精霊に名を授け、精霊が受け入れれば契約が成立しますが、その解除はできません。そして精霊には宿主・・・主を殺そうとしてくるような狂っているものもいます。無詠唱で魔法が使えるなどのよい事ばかりではありません。ダラヴナにそんな様子はありませんでしたので、レオン自身に危害を加えることはないと思いますが・・・」
私の足元のオニキスがこくりと頷きましたので、やはりレオンの安全に問題なさそうですね。傷つける気がれば、先程のあの一瞬で十分できたでしたでしょうし。
「・・・実はもう、国王陛下と、トリステン公爵にはお話しした。お二方のご子息が関わってしまったからな。契約に関しては最重要機密扱いになっている」
「・・・そうですか」
なんだ。では慌てることはないの・・・かな?
私が復活しかけたのを感じ取ったのか、父がため息をついて言いました。
「まずは私をレオンハルト殿のところへ連れて行きなさい」
「はい。直ちに」
一瞬の浮遊感の後、足の裏に砂の感触を感じます。そして何かが・・・レオンが飛びついてきました。
「カムぅぅぅぅ!!!! 捨てないでぇぇぇ!!!!」
膝立ちで私の腰に縋りついているレオンに、涙と鼻水まみれの顔をスカートに押し付けられそうになり、慌ててハンカチでその顔をぬぐいます。とりあえず落ち着かせようと頭を撫でていると、少し離れた所へ大きな気配が生れました。
『あんたらにもその主にも危害を加える気はねーよ。警戒を解け、深淵』
軽い! なんか想像していた口調と違いますね。
離れた所から話しかけてくるダラヴナは、髭を揺るがせながら、月光の元で悠々とこちらを見下ろしてきました。
それにしても大きい。頭だけでも私の背丈くらいあると思います。体は百足の時よりやや短めですが、40メートルはあるでしょうか。
オニキスはふんすと息を吐いて、ダラヴナと対峙するのを止め、私の足元へ戻ってきました。オニキスと入れ替わるようにダラヴナの前へ現れたのは、約20センチの菖蒲色の美女です。
『お。久しぶりだな。菖蒲』
『はい。滅紫もお元気そうで』
『最後に会ったのはあっちだったか?』
『そうですね。そういえば・・・』
父の精霊、アメジストとダラヴナは世間話を始めました。
あっけに取られている私と父、何も考えていなさそうなクラウドと、まだグジグジしているレオンをよそに、盛り上がる精霊たち。
「ダラヴナは精霊を食べると聞いたのですが・・・」
私の質問というよりは、ただ呟いただけのつもりで出た言葉に、ダラヴナがこちらを向きました。
『あ? 病んでねー奴は食わねーよ。それに人間どもが勝手に付けた、その名前は好かねぇ。トゥバーンと呼べ』
初耳です。ではダラヴナ・・・いえ、トゥバーンに寄っていったのは自殺志願者なのでしょうか。
「貴方は病んだ精霊を食べていたと?」
『あぁ。病んだ奴に寄生された宿主は、それに引っ張られて病んじまうのが多い。で、俺の前に躍り出てくるのさ。・・・だがそれももうやめだ。やめ。「深淵がその気になるまで」と言うから、嫌々やってきたが、何が楽しくて美味くもない同族を食い続けないといけないんだ』
よくわかりませんが、もう人を襲う気はないようです。父を見上げれば、片手でこめかみを揉みながらため息をつきました。
「とりあえず敵意がない事はわかった。おそらく監視するくらいしかできないだろうが・・・陛下とトリステン公爵には報告する。カーラは許可なく実体化しないよう言い含めなさい。そして決してレオンハルト殿から目を離さないように」
「承知いたしました」
今晩はこのオアシスで野宿かもしれません。
オニキスに目くばせをすると、彼はお疲れ気味の父をエンディアの侯爵邸へ転移させてくれました。
状況が理解できなくて聞き返すと、私の足元へオニキスが近づいてきます。そして相変わらず毛を逆立てて警戒したまま、レオンから目をそらさずに言いました。
『レオンハルトにダラヴナが寄生した』
「は?!」
思わず簀巻きで転がっているレオンから距離を置くように、一歩後ろへ下がります。レオンが涙やら何やらでぐちゃぐちゃの顔でこちらを見上げました。
「わああああぁぁぁぁぁぁんんん!!!! やだ!!! 嫌わないでぇぇぇぇ!!!!!」
「くそっ! 動くな・・・動かないでください!!」
さすが大剣使いというべきか、華奢に見える体にクラウドを乗せたまま、芋虫のように私の方へ這ってくる、レオン。
クラウドも珍しく焦っているようで、悪態が漏れて、言葉も崩れています。
まあ、レオンは伯爵令息で、手荒なことがしにくい相手ですからね。どこまでやっていいのかわからなくて、余裕がないのでしょう。
どうしよう。えーっと。うーん。どうしたらいいのかな。・・・ダメだ。私も相当焦っているようです。何も思い浮かびません。
「・・・とりあえず、その顔をどうにかしましょうか」
体を拭くために用意してあったタオルで、レオンの顔を拭きます。大人しくなったレオンに、皆がほっとしたとたん、縄が解けました。
「カムぅぅぅぅ!!!」
「げうっ!」
縄抜けしたレオンが、側にしゃがんでいた私へ飛びつき、私は床へ押し倒されました。頭は打ちませんでしたが、強打した背中が痛い。「きゃ」じゃないのはいつものことですわ。
レオンは寝転がったまま痛みをこらえる私の胸に、顔を押し付けてぐりぐりしてきました。
「・・・いつもより柔らかい」
「あー。」
そういえば下は即席パンツ履きましたけど、上は脱衣所にあるのをつけようと思っていたので、下着をつけていません。
『許さん!!』
オニキスの殺気がこもった跳び蹴りを、レオンは横に転がって避け、さっと立ち上がりました。
普段から馴れ馴れしいレオンの度が過ぎると、オニキスが物理制裁を加えるのは恒例の事になっています。ですから彼はオニキスの存在も知っていますし、砂漠での大乱闘も経験済みですよ。
「よくわかりましたね」
「殺気に対する条件反射だよっいててっ」
殺気なく背後に立ったクラウドには反応できなかったようで、後ろ手に捻りあげられています。そのレオンに向かって、オニキスがじりじりと近づいていきました。
しかしその目はレオンのやや後ろの虚空に向けられています。全身の毛を逆立てて、レオンではない何かを見ているようでした。
『うるさい。黙れ』
ぞわっと全身に鳥肌が立って、息苦しくなります。それはクラウドたちも同じだったようで、二人とも顔をしかめました。
たぶんオニキスは、ダラヴナを気絶させて黙らせようとしているのでしょう。良くない何かが起こっている雰囲気に、私はオニキスの威圧で重く感じる体を起こして立ち上がります。
「え? ほんと?!」
息苦しさが強くなっていく中、レオンがきょろきょろしながら訊ねました。
しまった。彼は精霊の声が聞こえるのでした!
重力が増したかのような圧迫感を放ちながら、オニキスが怒声を上げます。
『よせ! レオンハルト! 耳を貸すな!!』
「じゃあ、トゥバーン」
じゃあって何ですか?! 懲りない子ですね!
『あわ・・・あわわ・・・きゅぅぅ』
部屋の隅で震えていたモリオンが崩れ落ちました。私には見えませんが、契約が成立してしまったようですね。オニキスが見えない何かを唸りながら睨みつけていますし。
「これで僕も詠唱なしで魔法が使えるんだね!」
「お馬鹿ぁぁぁ!!」
私はレオンの頭を狙って回し蹴りを放ちます。
まだ後ろ手に拘束されているにも関わらず、器用に頭を下げて避けるレオン。クラウドは体を反らして避けました。私はそのまま体を回転させ、軸足を変えると、今度は後ろ回し蹴りをします。そして一撃目を避けたまま低い位置にあるレオンの首に、回した足の膝裏をひっかけました。
「ぐぅっ」
私の意図を察してクラウドが手を放し、解放されたレオンの体は私の足に引っかかった状態で床に倒れました。仰向けに倒れたレオンの胸の上に跨り、膝を彼の二の腕に乗せて体重をかけます。そして鼻をつまみました。
「レグルスから解放されたばかりだというのに、貴方はっ!」
「んが・・・はぁ・・・ぐふふ」
不気味に笑うレオンの視線をたどりつつ、鼻をつまむ手に捻りを加えました。そうでない方でムームーがずり落ち、露出していた肩と半乳をしまいます。
大丈夫。襟元から頂上が出てしまうほど、私のお山は低くありませんよ。
「痛い痛い!!」
「またレグルスのように死にたがりの精霊だったら、どうするのですか?!」
「いっ・・・大丈夫! 大丈夫だってば!! ね、トゥバーン?」
背後に気配を感じて振り向こうとしたところで、一瞬の浮遊感と共に視界が切り替わりました。
目の前にあるのはオニキスの闇色の背。横には気絶しているモリオンを、小脇に抱えたクラウドが立っています。
オニキスの向こう。見つめる先にはレオンと、その傍らに寄り添う黒のような紫のような、巨大な生き物がいました。
「龍?」
この世界には存在しない空想上の生き物は、鱗のひとつひとつが灯りを反射して煌めき、バスケットコートほどの広い脱衣所の3分の2を占領する長い身体で、レオンを守るようにとぐろを巻いていました。
その背には蝙蝠のような皮膜を持つ一対の翼が天井すれすれまで広げられており、鋭い爪のある四肢が重みを感じさせない体を支えています。そしてこちらを睥睨するようにもたげられた頭に4本の角があり、そのうちの二本が天井に・・・当たった音がしました。
「強制転移」
『・・・ああ』
レオンとその新しい精霊が姿を消します。その位置まで移動し、天井の傷を確認しました。
よかった。目立ちません。
私は着替えを手に取り「なんちゃらパワー以下略」と、心の中で唱えて着替えを完了します。脱いだムームーと即席パンツは、影の異空間収納へ放り込みました。
簡単に髪を整えると廊下へ出て、走ってはいないけれどそれに近い速度で、クラウドを引き連れてエンディアの侯爵邸内を進みます。
「お父様。今、よろしいですか?」
「ああ。大丈夫だ。入ってきなさい」
ノックの後に執務室の扉を開けると、好都合なことに父しかいませんでした。今日の仕事は終えたのか、ワイングラスを片手に椅子へ腰かけています。
「お先にお湯を頂きました。ありがとうございます」
「真剣に強請ったわりに、早かったな」
私だってこんな事態でなければ、ゆっくり浸かっていたかったですよ。
執務机をはさんで父と対面します。真剣な表情の私に、父がワイングラスを置いて椅子に座り直しました。
「問題が起きました」
「なんだ? 湯船に穴でも開いていたか?」
「それは直しました。もっと大事です」
訝し気に眉をひそめる父に、ひとつ深呼吸をしてから告げました。
「レオンハルト・ペンタクロムにダラヴナが寄生しました」
「・・・なに?」
意味が分からなかったようで、眉間の皺を深める父。
そういえば「寄生」でなくて「加護」と言われているのでしたっけ。
まあいいや。簡潔に経緯を説明することにします。
「今日討伐した巨大な魔物は、ガンガーラでダラヴナと呼ばれていたものです。出会い頭にレオンの精霊がそれに飲まれてしまいました。そして・・・その空位に先程、ダラヴナが就きました」
父の目が徐々に見開かれ、その呼吸が止まるのがわかりました。時間が止まってしまったかのような状態の父へ、さらに追い打ちをかけます。
「彼は・・・レオンハルトは・・・その・・・元々、精霊の声が聞こえる特殊な人間でして・・・。ダラヴナと契約してしまいました!」
「はあ?!」
父はがたっと立ち上がりました。
ええ。そうですよね。驚きますよね。頭の中が真っ白になるほどに。ちょっともう私には手に負えませんので、助けてくださいませ。お父様。
「・・・そのレオンハルト殿はどこへ行った?」
「今は砂漠のど真ん中に隔離中です」
さすがお父様。復活が早いですね!
部屋の中にクラウドはいても、彼と一緒に私の後をついて回っていたはずのレオンがいないことに、すぐ気が付いたようです。
「ここに連れて・・・」
「いえ。彼が契約した精霊はあのダラヴナです。室内で実体化されると屋敷が壊れてしまいます」
町を襲っていた姿を思い出したのか、父が眉間にしわを寄せました。それっきり黙り込んでしまったので、契約に関して知っていることを話すことにします。
「ご存知の通り、精霊に名を授け、精霊が受け入れれば契約が成立しますが、その解除はできません。そして精霊には宿主・・・主を殺そうとしてくるような狂っているものもいます。無詠唱で魔法が使えるなどのよい事ばかりではありません。ダラヴナにそんな様子はありませんでしたので、レオン自身に危害を加えることはないと思いますが・・・」
私の足元のオニキスがこくりと頷きましたので、やはりレオンの安全に問題なさそうですね。傷つける気がれば、先程のあの一瞬で十分できたでしたでしょうし。
「・・・実はもう、国王陛下と、トリステン公爵にはお話しした。お二方のご子息が関わってしまったからな。契約に関しては最重要機密扱いになっている」
「・・・そうですか」
なんだ。では慌てることはないの・・・かな?
私が復活しかけたのを感じ取ったのか、父がため息をついて言いました。
「まずは私をレオンハルト殿のところへ連れて行きなさい」
「はい。直ちに」
一瞬の浮遊感の後、足の裏に砂の感触を感じます。そして何かが・・・レオンが飛びついてきました。
「カムぅぅぅぅ!!!! 捨てないでぇぇぇ!!!!」
膝立ちで私の腰に縋りついているレオンに、涙と鼻水まみれの顔をスカートに押し付けられそうになり、慌ててハンカチでその顔をぬぐいます。とりあえず落ち着かせようと頭を撫でていると、少し離れた所へ大きな気配が生れました。
『あんたらにもその主にも危害を加える気はねーよ。警戒を解け、深淵』
軽い! なんか想像していた口調と違いますね。
離れた所から話しかけてくるダラヴナは、髭を揺るがせながら、月光の元で悠々とこちらを見下ろしてきました。
それにしても大きい。頭だけでも私の背丈くらいあると思います。体は百足の時よりやや短めですが、40メートルはあるでしょうか。
オニキスはふんすと息を吐いて、ダラヴナと対峙するのを止め、私の足元へ戻ってきました。オニキスと入れ替わるようにダラヴナの前へ現れたのは、約20センチの菖蒲色の美女です。
『お。久しぶりだな。菖蒲』
『はい。滅紫もお元気そうで』
『最後に会ったのはあっちだったか?』
『そうですね。そういえば・・・』
父の精霊、アメジストとダラヴナは世間話を始めました。
あっけに取られている私と父、何も考えていなさそうなクラウドと、まだグジグジしているレオンをよそに、盛り上がる精霊たち。
「ダラヴナは精霊を食べると聞いたのですが・・・」
私の質問というよりは、ただ呟いただけのつもりで出た言葉に、ダラヴナがこちらを向きました。
『あ? 病んでねー奴は食わねーよ。それに人間どもが勝手に付けた、その名前は好かねぇ。トゥバーンと呼べ』
初耳です。ではダラヴナ・・・いえ、トゥバーンに寄っていったのは自殺志願者なのでしょうか。
「貴方は病んだ精霊を食べていたと?」
『あぁ。病んだ奴に寄生された宿主は、それに引っ張られて病んじまうのが多い。で、俺の前に躍り出てくるのさ。・・・だがそれももうやめだ。やめ。「深淵がその気になるまで」と言うから、嫌々やってきたが、何が楽しくて美味くもない同族を食い続けないといけないんだ』
よくわかりませんが、もう人を襲う気はないようです。父を見上げれば、片手でこめかみを揉みながらため息をつきました。
「とりあえず敵意がない事はわかった。おそらく監視するくらいしかできないだろうが・・・陛下とトリステン公爵には報告する。カーラは許可なく実体化しないよう言い含めなさい。そして決してレオンハルト殿から目を離さないように」
「承知いたしました」
今晩はこのオアシスで野宿かもしれません。
オニキスに目くばせをすると、彼はお疲れ気味の父をエンディアの侯爵邸へ転移させてくれました。
85
あなたにおすすめの小説
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
気配消し令嬢の失敗
かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。
15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。
※王子は曾祖母コンです。
※ユリアは悪役令嬢ではありません。
※タグを少し修正しました。
初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる