機械仕掛けの最終勇者

土日月

文字の大きさ
16 / 45
連載

第66664章 天動地蛇の円環(クリカエス セカイ)――罅割れる魂

しおりを挟む
 輝久は事故死した後、『ヴァルハラ』と呼ばれるウユニ塩湖に似た幻想的な空間に佇んでいた。

 現れた光の女神ティアから淡々と、これからすべきことを聞かされる。その間も輝久の頭は、もやが掛かったかのように判然としなかった。

 ティアと一緒に、難度Fの異世界アルヴァーナに降り立つ。周囲は岩石が点在する、寂しげな岩場だった。

 輝久は不思議に思う。冒険の始まりに適した場所だと思えなかったからだ。

「ティアさん、だっけ。今から魔王を倒す冒険をするんじゃないの?」

 ティアは無言だったが、やがてぽつりと呟く。

「……怖いの」

 よく見れば、小刻みに震えている。ヴァルハラで、アルヴァーナは難度の低い異世界だと、ティアは事務的に語った。なのに、どうして震えているのだろう。

「隠れて!」

 突然、ティアが輝久の服の袖をぐいと引く。「わわっ!」と戸惑いつつ、輝久はティアと共に大きな岩の後ろに隠れた。

 身を隠しながら、恐る恐る空を窺うティア。同じように見上げた輝久の目に映ったのは、中空に浮遊する女だった。

 褐色の肌に、尖った耳、ツインテールの女を見て、輝久はゲームやアニメの知識から、ダークエルフという奴だろうと推測する。ダークエルフは懐中時計のような物を持って、地上をキョロキョロと見下ろしていた。

「ここら辺だと思うんだけどなー。何処だろー?」

 甲高い声が微かに聞こえた、その時であった。

「あ、あれ……?」

 輝久はふと、自分の手が、激しく震えていることに気付く。手だけではなく、足も。体中がガタガタと震えている。

 空中に浮かんでいるダークエルフが敵だったとして、ティアの説明によれば、弱い世界の弱い敵の筈。なのに、この激しい不安は一体――。

「……私達は、アレに殺される」

 ぼそりと呟いたティアもまた、顔面蒼白で震えていた。

「最初から嫌な予感がしたの。スポーン地点に、隠れられそうな場所を選んだのも、そのせい」

 そう語るティアの呼吸は荒い。輝久もまた震えながら頷く。

「お、俺もアレを見てから、体の震えが止まらないんだ……!」

 ティアは辺りを窺うと、再び輝久の手を引いた。

「あそこに移動しましょう」

 ティアと一緒に見つからないよう中腰で、輝久は十数メートル進んだ。

 身を低くしつつ、どうにか辿り着いたのは、ぽっかり穴の開いた小さな洞窟だった。



 数分後。洞窟から、そろりと輝久は空の様子を窺う。ダークエルフは未だぐるぐると旋回するように、浮遊していた。いなくなったかと思えば、また戻ってきての繰り返し。

 輝久の全身に汗が滲み出ていた。たまらなく、恐ろしかった。この感情を、うまく言葉にできないが『死の恐怖』すら超えている気がした。たとえて言うなら『死が何重にも積み重なったような恐怖』。

 突然「あっ」とティアが呟いた。自分では気付かぬうちに輝久は、傍にいるティアの手を握っていた。

「ご、ごめん!」

 慌てて手を離す。しかし、今度はティアが輝久に手を重ねてきた。

 ティアは、ほんの少し微笑む。

「不思議ね。テルの手を握ってると、落ち着くわ」

 輝久も笑顔を繕いながら頷いた。ティアの体温を感じると、激しい恐怖は緩和された。しかし、しばらくするとまた波のように、恐怖が引き返し襲ってくる。その度に、輝久とティアは互いを握る手に力を込めた。

 やがて、二人は体を寄せ合っていた。息が触れ合う距離で見詰め合う。

 それは、頭がどうにかなりそうな恐怖から逃れる為だったろうか。或いは本能的なものだったのかも知れない。輝久は、ティアに顔を近付けた。

 自然と互いの唇が触れ合う。そのまま、輝久はティアの腰に手を回した。二人の体勢が崩れ、地面に横になって抱き合う。

 ティアがふと思い出したように、首を軽く横に振った。

「ダメよ。神と人は不純な行為をしてはいけないの……」
「不純? ティア、言わなかったっけ。こういう行為はイヤらしくない、神が与えた御業だって」

 突然、ティアが呆気に取られた顔をした。

「そんなこと、言った覚えないわ」
「あ、あれ? そうだよな。何言ってんだろ、俺……」

 輝久自身、訳が分からなくなって、照れ隠しに頭を掻いた。ティアと出会って数時間も経っていないし、そんな会話をした覚えはない。

 輝久はティアに謝って、体を離そうとした。だが、今度はティアが輝久を抱き寄せた。

「やっぱり、言ったような気がする。いつか、何処かで」

 そして、二人はもう一度、唇を重ねる。唇を離した時、ティアの顔は赤らんでいた。そのまま真剣に輝久を見詰める。

「……いいよ」


 
 洞窟の外では、輝久達を探すダークエルフの声が上空から聞こえていた。それでも――いや、だからこそ、二人は全てを忘れるように抱き合った。一人だと、バラバラに引き裂かれそうな激しい恐怖を、どうか忘れられるように願いながら。

 やがて、苛立った大声が空から響く。

「あー、もう! 面倒くさいや! この岩場ごと全部、ブッ壊れちゃえー!」

 瞬間、確実な死の予感がした。輝久はティアに覆い被さりながら、彼女を守るようにきつく抱きしめた。しかし、輝久の視界は真っ白になり、ティアの体温や息づかいは勿論、自らの存在さえも感じなくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

無能扱いされ、パーティーを追放されたおっさん、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。田舎でゆったりスローライフ。

さら
ファンタジー
かつて勇者パーティーに所属していたジル。 だが「無能」と嘲られ、役立たずと追放されてしまう。 行くあてもなく田舎の村へ流れ着いた彼は、鍬を振るい畑を耕し、のんびり暮らすつもりだった。 ――だが、誰も知らなかった。 ジルには“世界を覆すほどのチートスキル”が隠されていたのだ。 襲いかかる魔物を一撃で粉砕し、村を脅かす街の圧力をはねのけ、いつしか彼は「英雄」と呼ばれる存在に。 「戻ってきてくれ」と泣きつく元仲間? もう遅い。 俺はこの村で、仲間と共に、気ままにスローライフを楽しむ――そう決めたんだ。 無能扱いされたおっさんが、実は最強チートで世界を揺るがす!? のんびり田舎暮らし×無双ファンタジー、ここに開幕!

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。