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第?章 奇跡 その二
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輝久とティア、そして仲間達の前には古びた木のテーブルがあり、そこには色とりどりの漬物が並べられていた。
輝久は大根のような漬物をおかずに、麦飯を食べながら微笑む。
「良い場所だな。保存食だってあるし」
「隠れるにも、修練をするのにも、最適でしょ」
ティアと輝久の会話を黙って聞いていた白髪の老婆が、怒って言う。
「まさか、ずっとアタシん家に居座るつもりじゃないだろうね!」
「マキシマム・ライトを身に付けるまでよ。それまでの間、お世話になります」
ティアは言葉の最後に深く頭を下げた。地下洞窟の主である『漬物の魔女』は、「ハァ」と溜め息を吐いたが、それ以上は何も言わなかった。
……トラムの森の奥深くにある大樹。その幹にはぽっかりと穴が開いており、漬物の魔女の暮らす地下洞窟へと続いていた。ユアン、クローゼ、そしてネィムを仲間に加えた後、輝久とティアはこの場所に向かったのだった。
もっとも、ティアに言われるまで、輝久は『漬物の魔女』の存在を失念していた。実際、此処に立ち寄ったのは、六万回以上繰り返した世界の中で数える程しかない。だが、思い返してみれば、その数回の世界では、輝久達は一週間以上生存していた。理由はティアいわく、入口を見つけるのが難しい上に、地下という条件。加えて、トラムの森自体が覇王達の探知機を狂わせる磁気のようなものを発しているのではないか、ということだった。
腹ごしらえを終えたティアが、すっくと立ち上がる。
「じゃあ、大空洞に行って、マキシマム・ライトの修練をするわ」
「ええっ! どうして、大空洞のことを知ってるんだい!」
漬物の魔女が大きな声をあげる。と同時に、輝久は思い出す。この地下洞窟は、天井の岩壁まで十メートルはある大空洞へと通じていた。そこでなら思う存分、神撃の練習ができることだろう。
ティアを見送ってから、クローゼがニカッと笑った。
「アタシも強くなれるように修業しなきゃな!」
「僕も魔法の研究をしてみるよ。力になれるかどうか、分からないけど」
「ネィムも頑張るです!」
ユアンとネィムも、続けてそう言った。
輝久は仲間達に頭を下げる。
「皆、ありがとう」
輝久の感謝は、彼らの言葉に対してだけではない。繰り返す世界で幾度も出会ってきた純粋な仲間達は、輝久とティアの突飛ともいえる話を疑わずに信じてくれたのだ。
実際のところ、難度F世界の仲間達がどんなに頑張ったところで、覇王を倒す能力が得られることはない。それでも輝久は、彼らの気持ちが涙が出る程ありがたかった。
ティアが一人、大空洞でマキシマム・ライトの修練をしている間、輝久は仲間達と語り合った。
「かぁ~! 『不死公ガガ』か! そんなのどうやって倒すんだよ!」
「『侵食のボルベゾ』……無限に増殖するなんて、とても恐ろしいのです……!」
輝久が覇王達の話をすると、クローゼが頭を掻き、ネィムは顔を青ざめさせた。
輝久にとって、覇王との戦闘を思い出すということは、自分の死と仲間の死の記憶がセットであり、辛いことだった。しかし、一人で考えるよりは、皆で考えた方が良い案が生まれるのではないかと思い、聞かれるままに輝久は覇王の特徴などを語った。
魔法に詳しいユアンは、輝久の話を聞いてから話し始めた。
「覇王の強さは、こちらの理解を大きく超えているね。攻略なんて考えるのも馬鹿らしくなるくらいに」
ユアンの言う通りだった。輝久もどうにか覇王を倒す手段を考えてはみるものの、その強さを知っているが故に、思考はすぐにストップしてしまう。
ユアンは、真剣な顔を少し緩めて笑った。
「だから、まずは僕らの能力とか、物理法則や魔法理論なんかを一切無視して『こうすれば倒せるんじゃないか』っていう、空想的なアイデアを話し合えば良いんじゃないかな」
「確かに! 空想でも、非現実的な話でも良い! とにかく、考えることが大事だよな!」
輝久も仲間達も、大きく頷く。やがて、クローゼが口を開いた。
「さっき話に出てきた『侵食のボルベゾ』って奴だけどさ。攻撃を仕掛けると同時に、回復魔法を発動できりゃあ、ダメージを与えられるんじゃねえか?」
『回復魔法』プラス『通常攻撃』。クローゼが言っているのは、いわゆる『魔法剣』に近い攻撃である。輝久達の中でそのようなスキルを持つ者はいない。それでも輝久は話の腰を折らず、聞き入った。
ユアンも微笑みながら言う。
「そうだね! 病のように伝染するスキルに対して、回復魔法は有効かも知れない!」
すると、ネィムがおずおずと口を開いた。
「で、でも……その為には、とってもとっても強力な回復魔法でないとダメだと思うのです。ネィムにそんな力は……」
輝久は、自信なさげなネィムの小さな肩に手を載せる。
「いいんだって、ネィム。とりあえず、俺らにできるできないは置いておこう。どうにか覇王を倒せそうなアイデアを出すだけでいいんだ」
「そ、そうだったのです! ごめんなさいです!」
「けどまぁ、それだけじゃ、一体のボルベゾは倒せたとしても、増殖は防げないな。ティアのマキシマム・ライトだって、何百と増えるボルベゾに通用する全体攻撃じゃないだろうし……」
輝久は考えながら、そう呟く。しばらくして、ネィムが口を開いた。
「女神様の光の神撃に、雷の魔法を合わせてみるのはどうです? そうすれば、増殖したボルベゾに、雷のビリビリが伝わって――」
「なるほど! 感電による連鎖反応か!」
ネィムの話の途中で、輝久は膝を打った。
「いいんじゃねえか! どうせならそれに、火炎魔法も足して威力を上げようぜ!」
クローゼも手を叩き、ユアンも笑顔を見せる。
……六万回以上繰り返した世界で、輝久の知識は増している。輝久達が、そのような高度なスキルがないという以前に、今、話したことは魔法理論に反していた。それでも輝久は、皆の意見を認めながら、それを藁半紙に書き留めていった。
数日が経過した。
ティアから、マキシマム・ライトが習得できたという明るい話は届かなかった。食事の時は皆の前で、気丈に振る舞っているようだが、長い付き合いの輝久はティアの焦燥を感じ取っていた。
その日の夜。パーティメンバーが各々に割り当てられた部屋に戻った後で、輝久は大空洞に向かった。
予想通り、ティアがいた。何千回、光の魔法を放ったのか。真っ黒に変色した岩壁の前で、ティアは光のオーラを利き腕に集めている。
「まだ起きてたのか」
輝久の言葉にもティアは振り返らなかった。そのまま光の魔法を岩壁へと放つ。
「眠れないの。こうしている間にも、尊い命が覇王によって奪われているかも知れない」
「気持ちはわかるよ。でも焦っても、しょうがない。きちんと睡眠を取るのも大事だろ?」
「もう少し。あとほんの少しで、何かが掴めそうな気がするの」
光のオーラを再び溜めようとしたティアだったが、くらりとふらつき、その場にくずおれる。
「ティア!」
「大丈夫……」
「ダメだ! 休まなきゃ!」
輝久はティアを抱くようにして、半ば強引に大空洞から連れ戻した。
皆で食事をとる広間でティアを休ませる。無愛想だが優しい漬物の魔女に、自由に使って良いと言われている茶葉で紅茶を淹れて、ティアに差し出した。
ティアは輝久が運んできた紅茶に手を付けず、俯いたまま呟く。
「この場所が、覇王にずっとバレないとは思えない。もし、私がマキシマム・ライトを習得する前に覇王が襲って来たら……」
ティアはハッと気付いたような顔をして、自虐的に笑った。
「ダメね、私。絶対に習得するって言ったのに。こんな弱気で」
輝久には、ティアの気持ちが痛いくらい分かった。ティアは優しい。今現在、覇王に殺されている命があると思えば、いてもたってもいられないのだ。
それでも輝久は、あえて言う。
「とりあえず『マキシマム・ライトを習得する』ってことだけに、集中してやればいいんじゃないかな」
ティアは無言だった。勿論、ティアだってそんなことは言われなくても分かっているだろう。それでも、そう簡単に割り切れないのだ。
輝久は、どうにかして、ティアに前向きな気持ちになって貰いたかった。思い切って、藁半紙の束を渡すと、ティアが目を丸くした。
「これは……?」
「ティアが大空洞にいる時、皆で覇王を倒すアイデアを出し合ってるんだ」
ティアがページをめくりながら、書かれている文を声に出して読む。
「『増殖したボルベゾを人体から解離させるには、混合魔法が有効』……『光聖魔法。更に威力を高める為の火炎魔法。増殖体に伝播する雷魔法。更にプラスアルファの魔法が必要か』……」
何処となく気恥ずかしくなって、取り繕うにように輝久は言う。
「い、いや、そんな沢山の魔法を掛け合わせるなんて、不可能だって分かってるんだ! 仮にできたとして、増殖したボルベゾ全てに魔法を伝播させられるなんて思わない! こんなの攻略なんて言えないけど――」
「ありがとう」
ティアは優しく微笑んだ後、輝久に感謝を述べた。
「私も前を向いて進まなきゃね。ネガティブなことを考えるのはやめて、マキシマム・ライトの習得に集中するわ。ちゃんと休息をとりながら」
輝久は笑顔で頷いた。空想に近い攻略を書き留めた藁半紙を見せるのは照れくさかったが、自分の意図を理解して、ティアが休むと言ってくれたことはとても嬉しかった。
しかし、ティアはその後も藁半紙をめくり続ける。
「『連鎖する炎天雷の超恒常性爆撃【技名・チェイン・デストラクション】』……?」
途端、輝久の顔が熱くなった。
「わ、技に名前があった方がいいと思って! 俺が考えたんだけど……!」
ティアがクスクスと笑っている。
「いいと思うわ。でも、昔のテルが聞いたら『厨二病だ』なんて言って、赤面するんじゃないかしら?」
「いやいや、流石にそんなことないって!! ってか、それって今、ティアが俺に対して思ってることじゃないの!?」
「私はそんなこと思ってないわよ。あら……他にも色々あるわね。『攻防一体の追尾型光聖魔法【技名・グレイテストライト・オールレンジ】。『根源要素封殺の異空間強制移動スキル【技名・パノラマジック・メタルフィールド】』。それから……」
「やめて! 何か恥ずかしくなってきた!」
輝久は叫ぶ。いつもの様子に戻ったように、ティアは少し意地悪な笑みを浮かべていた。しかし、その後、輝久の首に両手をまわして抱きつく。
「テル。ありがとう。本当にありがとう。私も頑張るから」
涙声でティアは言った。
「大丈夫。ティアならできるよ。きっと」
そう言って輝久は、ティアを強く抱きしめた。
輝久は大根のような漬物をおかずに、麦飯を食べながら微笑む。
「良い場所だな。保存食だってあるし」
「隠れるにも、修練をするのにも、最適でしょ」
ティアと輝久の会話を黙って聞いていた白髪の老婆が、怒って言う。
「まさか、ずっとアタシん家に居座るつもりじゃないだろうね!」
「マキシマム・ライトを身に付けるまでよ。それまでの間、お世話になります」
ティアは言葉の最後に深く頭を下げた。地下洞窟の主である『漬物の魔女』は、「ハァ」と溜め息を吐いたが、それ以上は何も言わなかった。
……トラムの森の奥深くにある大樹。その幹にはぽっかりと穴が開いており、漬物の魔女の暮らす地下洞窟へと続いていた。ユアン、クローゼ、そしてネィムを仲間に加えた後、輝久とティアはこの場所に向かったのだった。
もっとも、ティアに言われるまで、輝久は『漬物の魔女』の存在を失念していた。実際、此処に立ち寄ったのは、六万回以上繰り返した世界の中で数える程しかない。だが、思い返してみれば、その数回の世界では、輝久達は一週間以上生存していた。理由はティアいわく、入口を見つけるのが難しい上に、地下という条件。加えて、トラムの森自体が覇王達の探知機を狂わせる磁気のようなものを発しているのではないか、ということだった。
腹ごしらえを終えたティアが、すっくと立ち上がる。
「じゃあ、大空洞に行って、マキシマム・ライトの修練をするわ」
「ええっ! どうして、大空洞のことを知ってるんだい!」
漬物の魔女が大きな声をあげる。と同時に、輝久は思い出す。この地下洞窟は、天井の岩壁まで十メートルはある大空洞へと通じていた。そこでなら思う存分、神撃の練習ができることだろう。
ティアを見送ってから、クローゼがニカッと笑った。
「アタシも強くなれるように修業しなきゃな!」
「僕も魔法の研究をしてみるよ。力になれるかどうか、分からないけど」
「ネィムも頑張るです!」
ユアンとネィムも、続けてそう言った。
輝久は仲間達に頭を下げる。
「皆、ありがとう」
輝久の感謝は、彼らの言葉に対してだけではない。繰り返す世界で幾度も出会ってきた純粋な仲間達は、輝久とティアの突飛ともいえる話を疑わずに信じてくれたのだ。
実際のところ、難度F世界の仲間達がどんなに頑張ったところで、覇王を倒す能力が得られることはない。それでも輝久は、彼らの気持ちが涙が出る程ありがたかった。
ティアが一人、大空洞でマキシマム・ライトの修練をしている間、輝久は仲間達と語り合った。
「かぁ~! 『不死公ガガ』か! そんなのどうやって倒すんだよ!」
「『侵食のボルベゾ』……無限に増殖するなんて、とても恐ろしいのです……!」
輝久が覇王達の話をすると、クローゼが頭を掻き、ネィムは顔を青ざめさせた。
輝久にとって、覇王との戦闘を思い出すということは、自分の死と仲間の死の記憶がセットであり、辛いことだった。しかし、一人で考えるよりは、皆で考えた方が良い案が生まれるのではないかと思い、聞かれるままに輝久は覇王の特徴などを語った。
魔法に詳しいユアンは、輝久の話を聞いてから話し始めた。
「覇王の強さは、こちらの理解を大きく超えているね。攻略なんて考えるのも馬鹿らしくなるくらいに」
ユアンの言う通りだった。輝久もどうにか覇王を倒す手段を考えてはみるものの、その強さを知っているが故に、思考はすぐにストップしてしまう。
ユアンは、真剣な顔を少し緩めて笑った。
「だから、まずは僕らの能力とか、物理法則や魔法理論なんかを一切無視して『こうすれば倒せるんじゃないか』っていう、空想的なアイデアを話し合えば良いんじゃないかな」
「確かに! 空想でも、非現実的な話でも良い! とにかく、考えることが大事だよな!」
輝久も仲間達も、大きく頷く。やがて、クローゼが口を開いた。
「さっき話に出てきた『侵食のボルベゾ』って奴だけどさ。攻撃を仕掛けると同時に、回復魔法を発動できりゃあ、ダメージを与えられるんじゃねえか?」
『回復魔法』プラス『通常攻撃』。クローゼが言っているのは、いわゆる『魔法剣』に近い攻撃である。輝久達の中でそのようなスキルを持つ者はいない。それでも輝久は話の腰を折らず、聞き入った。
ユアンも微笑みながら言う。
「そうだね! 病のように伝染するスキルに対して、回復魔法は有効かも知れない!」
すると、ネィムがおずおずと口を開いた。
「で、でも……その為には、とってもとっても強力な回復魔法でないとダメだと思うのです。ネィムにそんな力は……」
輝久は、自信なさげなネィムの小さな肩に手を載せる。
「いいんだって、ネィム。とりあえず、俺らにできるできないは置いておこう。どうにか覇王を倒せそうなアイデアを出すだけでいいんだ」
「そ、そうだったのです! ごめんなさいです!」
「けどまぁ、それだけじゃ、一体のボルベゾは倒せたとしても、増殖は防げないな。ティアのマキシマム・ライトだって、何百と増えるボルベゾに通用する全体攻撃じゃないだろうし……」
輝久は考えながら、そう呟く。しばらくして、ネィムが口を開いた。
「女神様の光の神撃に、雷の魔法を合わせてみるのはどうです? そうすれば、増殖したボルベゾに、雷のビリビリが伝わって――」
「なるほど! 感電による連鎖反応か!」
ネィムの話の途中で、輝久は膝を打った。
「いいんじゃねえか! どうせならそれに、火炎魔法も足して威力を上げようぜ!」
クローゼも手を叩き、ユアンも笑顔を見せる。
……六万回以上繰り返した世界で、輝久の知識は増している。輝久達が、そのような高度なスキルがないという以前に、今、話したことは魔法理論に反していた。それでも輝久は、皆の意見を認めながら、それを藁半紙に書き留めていった。
数日が経過した。
ティアから、マキシマム・ライトが習得できたという明るい話は届かなかった。食事の時は皆の前で、気丈に振る舞っているようだが、長い付き合いの輝久はティアの焦燥を感じ取っていた。
その日の夜。パーティメンバーが各々に割り当てられた部屋に戻った後で、輝久は大空洞に向かった。
予想通り、ティアがいた。何千回、光の魔法を放ったのか。真っ黒に変色した岩壁の前で、ティアは光のオーラを利き腕に集めている。
「まだ起きてたのか」
輝久の言葉にもティアは振り返らなかった。そのまま光の魔法を岩壁へと放つ。
「眠れないの。こうしている間にも、尊い命が覇王によって奪われているかも知れない」
「気持ちはわかるよ。でも焦っても、しょうがない。きちんと睡眠を取るのも大事だろ?」
「もう少し。あとほんの少しで、何かが掴めそうな気がするの」
光のオーラを再び溜めようとしたティアだったが、くらりとふらつき、その場にくずおれる。
「ティア!」
「大丈夫……」
「ダメだ! 休まなきゃ!」
輝久はティアを抱くようにして、半ば強引に大空洞から連れ戻した。
皆で食事をとる広間でティアを休ませる。無愛想だが優しい漬物の魔女に、自由に使って良いと言われている茶葉で紅茶を淹れて、ティアに差し出した。
ティアは輝久が運んできた紅茶に手を付けず、俯いたまま呟く。
「この場所が、覇王にずっとバレないとは思えない。もし、私がマキシマム・ライトを習得する前に覇王が襲って来たら……」
ティアはハッと気付いたような顔をして、自虐的に笑った。
「ダメね、私。絶対に習得するって言ったのに。こんな弱気で」
輝久には、ティアの気持ちが痛いくらい分かった。ティアは優しい。今現在、覇王に殺されている命があると思えば、いてもたってもいられないのだ。
それでも輝久は、あえて言う。
「とりあえず『マキシマム・ライトを習得する』ってことだけに、集中してやればいいんじゃないかな」
ティアは無言だった。勿論、ティアだってそんなことは言われなくても分かっているだろう。それでも、そう簡単に割り切れないのだ。
輝久は、どうにかして、ティアに前向きな気持ちになって貰いたかった。思い切って、藁半紙の束を渡すと、ティアが目を丸くした。
「これは……?」
「ティアが大空洞にいる時、皆で覇王を倒すアイデアを出し合ってるんだ」
ティアがページをめくりながら、書かれている文を声に出して読む。
「『増殖したボルベゾを人体から解離させるには、混合魔法が有効』……『光聖魔法。更に威力を高める為の火炎魔法。増殖体に伝播する雷魔法。更にプラスアルファの魔法が必要か』……」
何処となく気恥ずかしくなって、取り繕うにように輝久は言う。
「い、いや、そんな沢山の魔法を掛け合わせるなんて、不可能だって分かってるんだ! 仮にできたとして、増殖したボルベゾ全てに魔法を伝播させられるなんて思わない! こんなの攻略なんて言えないけど――」
「ありがとう」
ティアは優しく微笑んだ後、輝久に感謝を述べた。
「私も前を向いて進まなきゃね。ネガティブなことを考えるのはやめて、マキシマム・ライトの習得に集中するわ。ちゃんと休息をとりながら」
輝久は笑顔で頷いた。空想に近い攻略を書き留めた藁半紙を見せるのは照れくさかったが、自分の意図を理解して、ティアが休むと言ってくれたことはとても嬉しかった。
しかし、ティアはその後も藁半紙をめくり続ける。
「『連鎖する炎天雷の超恒常性爆撃【技名・チェイン・デストラクション】』……?」
途端、輝久の顔が熱くなった。
「わ、技に名前があった方がいいと思って! 俺が考えたんだけど……!」
ティアがクスクスと笑っている。
「いいと思うわ。でも、昔のテルが聞いたら『厨二病だ』なんて言って、赤面するんじゃないかしら?」
「いやいや、流石にそんなことないって!! ってか、それって今、ティアが俺に対して思ってることじゃないの!?」
「私はそんなこと思ってないわよ。あら……他にも色々あるわね。『攻防一体の追尾型光聖魔法【技名・グレイテストライト・オールレンジ】。『根源要素封殺の異空間強制移動スキル【技名・パノラマジック・メタルフィールド】』。それから……」
「やめて! 何か恥ずかしくなってきた!」
輝久は叫ぶ。いつもの様子に戻ったように、ティアは少し意地悪な笑みを浮かべていた。しかし、その後、輝久の首に両手をまわして抱きつく。
「テル。ありがとう。本当にありがとう。私も頑張るから」
涙声でティアは言った。
「大丈夫。ティアならできるよ。きっと」
そう言って輝久は、ティアを強く抱きしめた。
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【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
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