機械仕掛けの最終勇者

土日月

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第66665章 天動地蛇の円環(クリカエス セカイ)――神撃マキシマム・ライト

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 トラムの森の地下に籠もり、十日以上が経過していた。ある日、ティアが大空洞にいると、地震のような激しい揺れがあった。

 輝久と仲間達、漬物の魔女が、大空洞まで息せき切って走ってきたのを見て、ティアは表情を引き締める。それは、覇王が万一、此処に攻めてきた時の予行演習の動きだった。

 輝久がティアの傍まで来て「ガガだ」と耳元で囁いた。ティアは小さく頷き、パーティの先頭に立つ。

 やがて、コツコツと踵の高い靴音が響いて、黒いドレスの女が現れた。

「こんな場所があるなんて。こんな所に隠れていたなんて……」

 ぞろりと長い漆黒の髪に、土気色の肌。不死公ガガは、忌々しそうに輝久達を睨み付ける。

「私は今日、もの凄く機嫌が悪い」

 ティアは、バリバリと頭を掻きむしる女を見据えていた。

 ガガを警戒しつつも、ティアは落ち着き払っている。むしろ、この襲来を僥倖だと思った。仮に『絶速のエウィテル』のような覇王に見つけられた場合、こちらが技を放つ以前に、目にも留まらぬ速さで瞬殺されてしまう。そういった覇王を倒すには、不意打ちしかあるまい。

 無論、ガガが凄まじい再生能力を持つ覇王であることは、ティアも認識している。それでも、エウィテルの如き異常な速度も、ロロゲのような核エネルギーに匹敵する爆発力もない。更に、不死公ガガ最大の特性ともいえる、その再生能力だが――。

(マキシマム・ライトが直撃すれば、確実に倒せる!)

 ティアは、確信していた。敵が生命体である以上、光の神撃の甚大な攻撃力を上回る再生能力を持つことなど、ありえないからだ。

 ティアはガガと対峙しつつ、深呼吸をした。そして、円を描くような流麗な演舞を見せる。それは、父神アポロスのような強靱な肉体を持たぬティアが神撃を放つ為、試行錯誤の末に編み出した、マキシマム・ライト発動の前段階だった。

 神気を練る為の僅か二、三秒の演舞。だが、その間「ほほほ」と、ガガが嗤った。

 ティアの演舞中に攻撃を仕掛けようと、歩を進めたガガであったが、刹那、爆発音と共にその右脚が爆裂する。

「よっしゃあ!」

 ぐらりと体勢を崩すガガを見て、クローゼがガッツポーズをした。

「……小細工を」

 ガガは苛立った顔で、輝久達を睨め付ける。仲間が事前に仕掛けてくれていた罠のお陰で、無事に演舞を終えたティアの顔は紅潮していた。

 奇跡。本当に、全てが奇跡だと思った。繰り返す世界を輝久と共に覚えていたのも奇跡なら、このタイミングでのガガ襲来もまた奇跡。何故なら、ティアがマキシマム・ライトを習得したのは、ほんの数時間前のことである。夜が明けてから、この地下洞窟を出ようと思っていた矢先の襲来であった。

 ティアは、負傷した片足を再生中のガガに、光の神気に満ちた右腕を向けた。

「神撃マキシマム・ライト!」

 万感の思いを込めて、叫ぶ。神界のオリュンポラス山の一角を崩す威力を更に一点集中して凝縮させ、レーザー光線のようにして放った。

 ただでさえ、対象に高速度で到達する光の神撃である。片足が使えないガガに避けられる筈がなかった。マキシマム・ライトがガガの胸部にヒットするや、光が拡散。大空洞内は目も眩む閃光に包まれた。

「やった! 直撃だ!」

 輝久が目を細めながら、叫んだ。ティアもまた、眩さの中、どうにか目を開きつつ確認した。マキシマム・ライト直撃の瞬間、ガガの体全てが灰となり、跡形もなく飛散したことを。

 激しい光が収まった後、その場には塵一つ存在しない。「わっ」と、仲間達の歓声が大空洞に木霊する。ネィムが手をパタパタさせてティアに近付いた。

「女神様、すごいのです!」
「マジでとんでもねえな、マキシマム・ライトって技は! あの野郎、足首だけしか残ってねえぜ!」

 笑顔を見せかけたティアだったが、クローゼの言葉に軽い違和感を覚える。

 ティアはガガのいた方を眺めた。クローゼに言われた通り、ガガの靴と両足首だけが地面に残されていた。

(全てを消し飛ばしたと思ったけど……)

 勘違いだったのだろうか。訝しげにガガの両足首を再度、眺めたティアの呼吸が激しくなる。残された両足首が今や、太ももの辺りまで伸長していた。

「こんな……!」

 動揺してティアは呟く。仲間達もティアの視線の先を見て、息を呑んだ。

 既に、ガガの胸から下が完全に再生されていた。瞬く間に上半身も姿を現し、にやりと笑うガガの口元が出現する。

「う、嘘よ! 細胞レベルで消滅した筈! 再生できる訳がない!」

 悲鳴に近いティアの声を受けて、完全に復活したガガは自らの胸に手を当てた。

「確かに前の体は完全に破壊されたわ。コレはまた、別の体」

 ガガの言葉を聞いて、ティアは背筋が凍る思いを味わう。

「まさか……再生能力じゃあ……なかったの……!?」
「私の本体は、この世界アルヴァーナとは違う次元にある。それが私が『不死公』と呼ばれる所以ゆえん
「そんな! そんなバカなことって!」

 輝久も、ティアと同じく顔面蒼白でそう叫ぶ。

「ほほほほほ。私を殺せる者など、存在しない」

 自信に満ちたガガの笑い声を聞きながら、ティアは茫然自失していた。

『本体が別次元に存在する』――それが真実ならば、倒しようがない。

 ティアの唇が震える。もはや、神界最上位にいる神々の能力に近いと思った。とても抗えるものではない。

「何をボサッとしてるんだい! 逃げるんだよ!」

 漬物の魔女の声で、ティアは我に返る。そうだ! マキシマム・ライトが通用しなかった! 逃げるしかない!

 漬物の魔女は、ティア達を逃がそうと、大空洞の入口へと先導しようとしていた。だが、『ボッ』と鈍い音がして、彼女の頭部が破裂する。

「な……!」

 絶句するティア。鈍い音が連続して響いて、漬物の魔女の体に空洞ができた。血を噴き出しながら、漬物の魔女がその場にくずおれる。近くにいたせいで返り血を浴びたネィムが、金切り声をあげた。

「『黒流魔弾』だ!! いつの間に!?」

 輝久がありえないといった様子で叫んだ。ティアも輝久同様、繰り返す世界で黒流魔弾を幾度も経験している。自らの体液を魔弾に変えるガガの特技だ。だが今回ティアは、ガガが黒流魔弾を発動する為に、流血するシーンを見てはいない。

「罠を事前に仕掛けてたのは、アナタ達だけじゃないのよ」

 そう言って、ガガは高らかに笑う。

「ほほほほほ! 既に黒流魔弾を張り巡らしている! この地下洞窟全体に!」

 同時に、くぐもった連続音。ティアから離れた所で、輝久が体中の血を撒き散らして倒れ伏す。

「テル!!」

 輝久の元へ駆けようとしたティアだったが、体のバランスを崩して、くずおれた。地面に倒れて、ようやく、ティアは自分の胸と腹部が黒流魔弾に貫かれていることに気付いた。

「ほほ! ほほほほほほほほ!」

 勝ち誇ったガガの哄笑が、地下洞窟に轟く。大空洞の天井、そして岩壁から、黒流魔弾が雨のように降り注いでいた。

 ティアは地面に横たわり、吐血しながら、ユアンやクローゼ、そしてネィムが為す術なく殺されるのを泣きながら眺めていた。意識が朦朧として、ティア自身の命も尽きかけていた。

 ティアの全身を包むのは、奈落のような深い絶望だった。今までも死ぬ間際は絶望していた。だが、今回のは質が違う。

 あんなに努力して習得した光の神撃すら、覇王に通じなかった。繰り返した世界の記憶があろうが、仲間達と力を合わせようが、結局は殺されてしまう。

 死ぬ間際にティアが感じたのは、六万回以上の死を積んで更に余りある、圧倒的な絶望感だった。
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