機械仕掛けの最終勇者

土日月

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第66666章 天動地蛇の円環(クリカエス セカイ)――女神再誕

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 この世とあの世の狭間『ヴァルハラ』――その透き通る湖面に輝久は立っていた。

「覚えてる……! また、覚えてるぞ!」

 自然と言葉が口をついて出た。先程、不死公ガガに殺されたことは勿論、六万回以上繰り返した世界の記憶も残っている。

 すぐさま辺りを窺い、湖面に佇む金髪の女神を見つけると、輝久は駆け出した。

「ティア!」

 ティアは返事をしなかった。俯いたまま、淡々と独りごちる。

「不死公ガガは、アバターのような存在なのかも知れない……ガガを倒すには、時空の壁を乗り越えて、別次元にいる本体を叩くということ……」

 その様子を見て輝久は、ティアもまた記憶があることを知って喜んだ。それに、ティアは既にガガの攻略を考えているようだ。

「光の神撃は!? マキシマム・ライトも覚えてるのか!?」
「ええ。発動できるわ」

「よし!」と拳を握り締め、輝久は目を輝かせる。だが、輝久とは対照的に、ティアは暗い顔でぼそりと呟く。

「マキシマム・ライトは、ガガに通用しなかった。ガガを倒すのは理論上、不可能よ」
「大丈夫! 他の覇王ならきっと、マキシマム・ライトで倒せる筈だ!」
「どうにか覇王を一体倒したとして、その後は?」
「そ、それは……」

 言葉に詰まる。そして輝久は、ようやくティアの異変に気付く。彼女の瞳は、全てを諦めてしまったかのように光を無くしていた。

「前回、記憶があることが奇跡だと思った。でも、覇王を倒すには、奇跡なんかじゃ全然足りない。『奇跡を超える奇跡』じゃないと……」

 ティアの言葉に、輝久は押し黙るしかなかった。ティアは湖面を見詰めたまま、感情の薄まった声で喋り続ける。

「今まで繰り返した世界の正確な数は分からない。けど、きっと、これが最後。何故だか分からないけど、そんな気がするの」
「ティア……」

 ティアは初めて輝久の方を向いた。目尻に涙を溜めて、寂しい微笑を見せる。

「次に私達が殺されれば、可逆神殺の計は完遂する。でも……もし私達が、私達自身の手で死んだら、ご破算になるんじゃないかしら?」

 輝久は絶句した。全てを諦めたティアが選んだのは、自らの命を自らが絶つという、覇王達に対する小さな抵抗だった。

 ティアは輝久の近くまで歩み寄り、首に手を回して耳元で囁く。

「抱いて。テル」



 
 透き通る湖の上で抱き合いながら、輝久は泣いていた。

 そうだ。ティアが正しい。あんなに努力して会得したマキシマム・ライトすら、ガガに通じなかったではないか。覇王達を全て倒し、アルヴァーナを出るなどできる筈がない。だから、『自らの手で死を選び、覇王達に一矢報いる』――それこそが、自分達にできる最大の抵抗なのだ。

 ティアと激しく絡み合いながら、輝久は涙を止められなかった。ティアが最終的に、そんな選択を下すしかなかったこと……自分が能力のない勇者であったこと……全てが無念で、悔しくて、悲しかった。

 抱き合った後、輝久はティアと湖面に寝転んだまま、ヴァルハラの穏やかな空を見上げて呟く。

「……俺さ。子供の頃、特撮ヒーローが好きだったんだ」
「特撮ヒーロー?」
「ピンチの時に変身するんだ。そしたら、パワーアップして、悪者をやっつけちゃうんだよ」
「どのくらいパワーアップするの?」
「うーん。生身の人間の百倍……いや、千倍くらいかな」
「すごいわね」

 ティアが、くすりと笑った。そして、何処か楽しげに言う。

「テルが、そんなヒーローに変身できたら良いのにね」
「そうそう! そしたら、覇王なんかバンバンやっつけられる!」

 幼い頃、父と母と手を繋いで見たヒーローショーを思い出しながら、輝久は嬉しそうに語った。一つ前の世界で、ユアン達と出し合った覇王を倒すアイデアや技の名前を織り交ぜ、覇王達を倒す無敵のヒーローの物語を。

 ティアもまた、無垢な笑顔で話に聞き入っていたが、ふと、思いついたように言う。

「なら、持っている武器は、神剣ラグナロクにしましょう。神界最強の刃って呼ばれる伝説の剣よ。ヒーローがそれを持てば、鬼に金棒だわ」
「神界最強の刃! そりゃいいな! 繰り出す攻撃全部が、会心の一撃って訳だ!」
「かいしんの……?」

 不思議そうな顔をしたティアに、輝久は説明する。

「必殺技みたいなもんかな。俺の好きだったゲームの話なんだけど」
「なるほどね。でも、覇王を倒すには、もう一つ上の方がよくない? そのヒーローが繰り出す全ての攻撃は、光の神撃マキシマム・ライト以上なの。つまり『会心の神撃』ね」
「会心の神撃か!」

 互いに笑い合う。無論、輝久もティアも分かっていた。こんな夢物語を語るのは、辛すぎる現実から逃避する為。そうでもしないと、心が完全に壊れてしまいそうだったから。

 突然、ティアがすっくと立ち上がった。美しい顔に、切ない微笑を浮かべながら言う。

「笑い話はもうおしまい」

 輝久もまたティアと向かい合うようにして、無言で立った。やがて、ティアの右腕が光のオーラに包まれるのを見て、輝久は覚悟する。

 ティアに殺されるのなら構わなかったし、一緒に死ぬのも望むところだった。

 だが、ティアは短い呪文を唱えながら、光に包まれた腕を、輝久ではなく自らの胸に向けた。

「テルが助かる可能性はまだ残ってるわ。ほんの微かに、だけど」

「え」と輝久が呟いた刹那、ティアの頭上――ヴァルハラの空に亀裂が入った。

「な……!? ティア!! こ、これは!?」
「うまくいけば、私は邪悪として生まれ変われる。そうなれば、女神とは別の領域に辿り着ける。テルを助けることだって出来るかも知れない」
「邪悪!? それってつまり、ティアがティアじゃなくなるってことなんじゃないのか!?」
「良いの。それでも。少しでもアナタを救える可能性があるなら……」

 言い終わるや、頭上の亀裂から、ティアに優しい光が降り注ぐ。

 光に包まれながらティアは、驚いた表情を見せた。

「違う……! ラリリスが邪悪に転生した時と……!」

 優しい光がティアの体に吸い込まれるようにして消えた後、輝久は気付く。

 ティアの右手には、古びた剣が握られていた。

「ティア……! その剣は?」

 輝久の言葉で、ティアも自分の持っている剣に気付き、まじまじと眺める。グリップは古びているが、剣身ブレイド部分は光り輝いていた。

「まさか……これが……!」

 ティアは信じられないものを見たように、目を大きく見開いていた。本能的に跪きたくなるような不思議な剣を見ながら、ティアが独りごちる。

「ラリリスは全てを憎んで死を選び、女神であることをやめた……。けど、私はテルや仲間達を救いたくて……そうか。だから……」

 輝久には状況が理解できない。しかし、ティアは自ら納得したように大きく頷くと、輝久を見て微笑んだ。

「テル。聞いて。この剣の名はラグナロク」
「ラグナロク! それって、さっきティアが言ってた……」

 神界最強の刃! 繰り出す攻撃全てが、会心の神撃になる伝説の剣!

「じゃあ、その剣があれば!!」

 覇王達を倒せるかも知れない。希望に満ちて輝久は叫んだ。しかし、ティアは首を横に振る。

「感じるの。この剣自体に絶大な攻撃力はない。それでも、ラグナロクを持つ者には『偶の神力』が与えられる」
「偶の……神力……?」
「物理法則や魔法理論、因果律さえ超える、創造神に匹敵する神力よ。その力を得る為に、私は『偶の女神』にならなければならない」

 ティアがラグナロクを自らの胸に近付けた時、輝久は全てを悟って血相を変えた。

「ダメだ、ティア!! そんなこと!!」
「テル。お願いよ。この地獄を終わらせて」

 剣を胸に刺そうとするティアを止めようとして、輝久は右手を伸ばした。だが、ラグナロクは吸い込まれるように、既にティアの胸を貫いていた。

 輝久は、くずおれるティアに駆け寄ると、跪いてティアを抱えた。

「いやだ! ティアが! ティアが、消えちゃうなんて……!」

 ティアは力を振り絞るように輝久の体に腕を回し、抱きしめた。

「きっと生まれ変わっても、好きって気持ちは消えないよ。私はそう信じてる……」

 輝久に回したティアの手から、力が抜ける。輝久は泣きながら、ティアの名前を叫び続ける。

 ティアはヴァルハラの美しい空を見上げていた。

「お母さん……お父さん……私……最高の女神になれたかな……」

 それが、ティアの最後の言葉だった。ティアの体は眩く輝き、光る渦となった。

 その渦は、輝久を飲み込み、湖面の水を吸収し、やがて、ヴァルハラの天地すらも飲み込んだ。
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