機械仕掛けの最終勇者

土日月

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第十八章 俺達は負けない

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『リミッターブレイク・インフィニティ』

 胸の女神の冷淡な声が響いて、ジエンドの体から白煙が排出される。今まさに攻撃態勢だったメガルシフが、警戒して動きを止めた。

 輝久はいつしかジエンドが掌から、レーザーブレードを発現していることに気付く。ジエンドはそれを掲げると輝久の口元へと下ろした。

「おげっ!?」

 吐き気を催しながらも、輝久はレーザーブレードを飲み込んだ。ジエンドの体が発光し、四肢全てが鋭利な結晶体へと変化する。

『ラグナロク・ジ・エンド【モード・アサルト】』

 胸の女神の声を聞きながら、輝久は思う。

(サムルトーザ戦の終盤で見せたやつだな)

 それをいきなり使うということは、やはり、かなりの強敵ということなのだろう。輝久は気を引き締めて、メガルシフに視線を向けた。だが、先程までいた場所にいない。

「え」

 メガルシフはジエンドの左方向から急速接近していた。黒き機械獣が、鋼鉄のような腕を振りかぶっている。

 輝久の反応速度では、とても防御しきれない超速の攻撃。だが、ジエンドは自動的に動き、メガルシフの右腕を受けとめた。激烈な重さ。激しい金属音が周囲に轟く。

 メガルシフは止まらない。防御された腕を引いて、拳の連打をジエンドに叩き付ける。

 ジエンドは両腕を交差させ、メガルシフの攻撃を防いでいた。しっかりと防御している筈なのに、振動と衝撃で立っている地面が罅割れる。

(速いし、攻撃力だってある。最終形態に変化したサムルトーザくらいか)

 輝久はそう考えながら、内心、安堵していた。途轍もなく強いことに疑いはない。だが、ジエンドならどうにか対処できそうだと思ったからだ。

 猛烈なラッシュの一瞬の隙を突いて、ジエンドの蹴りがメガルシフの腹部にヒットした。鋭い大剣のように変形している足での蹴りだったが、メガルシフの防御は貫けず、またも金属音が木霊した。

(ダメージはないか。けど、こっちの攻撃も当たるしな)

 いける、と輝久が確信した時、メガルシフが少し離れて距離を取った。

 そして、ぼそりと呟く。

「……適応進化完了」

 即座に、距離を詰められる。そして、先程と同じ両腕でのラッシュ。しかし、今度はジエンドのガードの隙間を縫うようにして拳が放たれる。

「うわっ! と、と!」

 ジエンドの頭部と腹部に衝撃。いつものように輝久自身に痛みはないが、ヒットの瞬間、先程までの金属音ではなく、軋むような嫌な音がした。

 ラッシュが続く。メガルシフに力負けするようにジエンドが後退した。その刹那、メガルシフの口がぱかりと開かれる。

「テル! 何か来るよ!」

 背後から、ユアンが大声で叫んだ。ユアンの懸念通り、メガルシフの口腔から、レーザー砲のようなエネルギー弾が射出される。

(かわすか!? けど、もし俺が避けたら、町が……)

 瞬時に輝久は、それが着弾した時の被害を考える。輝久の意思が伝わったように、ジエンドはレーザー砲を避けずに迎え撃った。大きく引いた右足でボールを蹴るようにして、迫ったメガルシフのエネルギー弾を上空へと蹴り飛ばす。エネルギー弾は雲を裂き、アルヴァーナの空へと消えた。

「おおっ! 流石だ、テル!」
「すごいのです!」

 クローゼとネィムが歓声を送る。輝久もジエンドの反応速度と機転に感嘆した。胸の女神にねぎらいの言葉でも掛けてやろうとしたが、気付けばジエンドは地面に片手を突いている。

『パノラマジック・メタルフィールド』

 胸の女神が言うや、ジエンドの手から、波紋のように広がる流体金属。あっという間に、周囲は見渡す限り鉛色の空間へと変化した。

「ギャランとの戦いで見せた、魔法封じだ! これでアイツ、もう火は吐けねえぜ!」

 離れた位置からクローゼが叫ぶが、輝久はおそらく違うと考えていた。メガルシフは、体内で生成したエネルギー砲を吐き出したように思う。魔法に必要な根源要素を封じる、メタルフィールド内でも、おそらく先程のエネルギー弾を放てるだろう。

「タンバラに被害が及ばないように、ってとこだよな?」

 輝久は胸の女神に小声で呟く。問いかけの殆どを無視する胸の女神は、その質問もスルーしたが、輝久も慣れてきているので別に腹が立ったりはしない。

(どっちにしても、この空間内なら思い切り戦える。これで、ジエンドも本気が出せるな)

 先程は、やや押されているように思えたが、それはタンバラへの被害を恐れてのことだったのかも知れない。『ここからが本番だ』と輝久は思った。

 一方、メガルシフは直立したまま、ジエンドを静かに眺めていた。メガルシフの光る双眸そうぼうは、先程エネルギー弾を空へと蹴り返したジエンドの右足に向けられている。

 瞬間、輝久は、ぞくりとした。体の内部を見透かされているような感覚が走ったからだ。

 メガルシフが、感情に乏しい声で独りごちる。

「対象……『ラグナロク・ジ・エンド』……ボディベース『神化金属オリハルコン』……」

 輝久より早く、胸の女神が反応した。

『ラグナロク・ジ・エンドの構成物質が解析されました』
「えっ。それってマズいってこと?」

 胸の女神は、無言だった。メガルシフが続けて呟く。

「貴様の体を破壊可能な物質に、は適応進化する」

 メガルシフは黒き金属の右腕を掲げる。途端、メガルシフの体から溢れた黒い光が右腕に集まり、漆黒の輝きを放った。

「対オリハルコン装備生成――『神化金属貫通槍しんかきんぞくかんつうそう』」

 メガルシフの右腕は、まるで黒い槍のように変貌していた。

「お前もなかなかの厨二病だな」

 輝久は軽口を叩く。メガルシフの言葉を信じるなら、槍のような右腕は、ジエンドの体を砕けるということだ。だが、それが当たるかどうかは別だろう。ジエンドは、ギャランの対象直撃魔法すら、かわしたのだから。輝久にはそんな自信があった。

「神化金属貫通槍・オーバードライブ」

 だから、メガルシフがそう呟いた刹那、ジエンドの右脚に衝撃が走っても、輝久は攻撃がヒットしたとは即座に考えられなかった。いつの間にか、槍の右腕を伸ばした格好でジエンドを通り過ぎているメガルシフを見てから視線を下げる。ジエンドの太もも辺りに陥没と亀裂が走っていた。

「当たった!? ギャランみたいな『対象直撃何たら』ってやつかよ!?」
『敵の速度がこちらの速度を超えていただけです』

(『だけ』って……!)

 しかし、そんな胸の女神の言葉を気にしていられない事態が起きていた。最初は熱いような感覚。やがて、激しい痛みが輝久の右脚を襲う。

「痛ってぇ!? お、お、俺の足が!?」

 今までジエンドに変身してから痛覚を感じたことなどなかった。輝久は、激痛と驚愕を同時に感じながら叫ぶ。

 胸の女神が淡々と説明する。

『ジエンドのボディが分子ぶんしレベルの攻撃を受けました。本体内部にもダメージが及びます』
「『本体内部』って、俺のことだよな!」

 普段はあまり言っている意味が分からないのに、こういう時は分かる。分からない方が良い時もあるのかもな、と輝久は思った。

(け、けどま、大丈夫だろ。ボルベゾやサムルトーザにやられた箇所も、いつの間にか治ってたし)

『修復に七分三十秒を要します』
「結構、時間掛かるんだ!?」

 メガルシフの攻撃に対して、ジエンドの奇術のような防御や再生能力は使えないようだった。

 痛みも含めて、あらゆることが初経験。流石に輝久も不安になってくる。

『充填用ホワイトマターを全て、ラグナロク・ジ・エンドの外装及び内部強化に使用します』
「よ、よく分からんけど、頼んだ!」

 ただ、こういう時も普段と変わらぬ機械音で淡々と喋る胸の女神は、何処となく頼もしかった。すぐさま、ジエンドに変化が起こる。『モード・アサルト』によって、全身凶器の結晶体と化していたボディは、普段のジエンドの体型に戻る。

『ラグナロク・ジ・エンド【モード・ストリーム】。この形態にて敵の攻撃を受け流します』

 胸の女神が、そう告げる。輝久は、いつものジエンドに戻ったと思ったのだが、よく見れば、関節の部分などが丸みを帯びている。全体として流線型になっているようだ。

「これでさっきみたいなダメージは受けなくなったんだな!」

『受け流す』と言っていたように、メガルシフの攻撃に対する防御に振り切った変貌を遂げたのだろうと輝久は推測する。

 メガルシフが感心したように、小さく頷いて見せた。

「相手に合わせて変化する。それが強者だ。だが、機は貴様の上を行く」

 メガルシフが、またも右腕をかざした。槍の右腕が黒いオーラに包まれ、そのオーラが螺旋のように右腕を回転する。

流体神化金属貫通槍りゅうたいしんかきんぞくかんつうそう・オーバードライブ」

 そう言った瞬間、既にメガルシフはジエンドの隣を通過していた。衝撃と激痛が、今度は輝久の脇腹辺りに走る。

 輝久は「うぐぐ」と唸りながら、胸の女神に叫ぶ。

「痛ってぇんだけど!? 全然、受け流してなくない!?」
『こちらの防御形態に即時適応されました』

 淡々と、だが、端的に女神は状況を述べた。輝久は言い返せずに、ただ攻撃された脇腹を手で押さえる。

 ジエンドは確かに、メガルシフの攻撃を無効化するような形態に変化したのだ。だが、メガルシフはジエンドの形態に、瞬時に適応。それを超えてきた。

(マジで強ぇえ……!)

 狼狽しながら、輝久はメガルシフの動向を窺う。メガルシフは兎を狙う獣のような攻撃態勢を取っていた。

 メガルシフの姿が消える――と同時に、痛みと衝撃が輝久の全身を襲った。残像を残す速度で、メガルシフは右腕の槍をジエンドに何度も叩き付けていた。

『対象の攻撃が視認できません。ラグナロク・ジ・エンドの速度を向上させます』

 胸の女神の声。その途端、激しい衝撃が緩和されたように輝久は思った。輝久の意思とは無関係に、ジエンドは円を描くような動きでメガルシフの攻撃をかわしていた。
 
「機に付いてくるか。付け焼き刃の適応能力で」

 これで何とかいけるか、と輝久が思った刹那、腹部に槍が突き刺さる。輝久は激烈な痛みを感じるも、同時にジエンドの左足がメガルシフの頭部を狙う。ジエンドの蹴りは空を切ったが、メガルシフとの間に距離が出来た。

 メガルシフは余裕を感じる態度で言う。

「無駄だ。貴様のは、元ある力を別方向に振り分けただけ。進化と呼べるものではない」

 輝久は呼吸を荒くしながら、攻撃を食らった箇所を眺める。ジエンドの腹部は深く陥没しており、バチバチと火花が散っていた。

 ダメージが明らかなジエンドを前に、メガルシフは言葉を紡ぐ。

「貴様が機の速度に適応した時、機は更に、その倍の速度に進化しているのだ」
「倍って、そりゃ言い過ぎ――」

 輝久が言い返してやろうと思った瞬間、腹部の痛みと共に、熱い塊のようなものが胸からせり上がる感覚があった。輝久は「ゴボッ」とそれを吐き出す。ボタボタとジエンドの口から、赤い液体が地面に零れ落ちた。 

「うわ!? 血!!」

 上擦った声で叫んでしまう。

(生まれて初めて、血とか吐いたんだけど……!)

 内臓を痛めたのだろうか。腹の辺りが、刃物を刺されたように痛い。

(あ、あれ。このまま戦い続けたら、もしかして俺……死んじゃうの?)

 不安と焦燥が急激に込み上げてくる。

「テル!!」

 ふと、クローゼの声が聞こえて、輝久は背後を窺う。

「ダメだよ、クローゼ!」

 ユアンが、こちらに向かおうとするクローゼを羽交い締めにしていた。そうでもしないと止められないのだろう。

 輝久はとりあえず平静を装いつつ、クローゼに話し掛ける。

「クローゼ。大丈夫だから」
「けどよ! このままじゃ、テルが!」

 メガルシフに対し、傍目から見ても苦戦は明らかである。クローゼの隣では、ネィムが涙を零していた。

「こんな時なのに! ネィム達が何もできないのが、悲しいのです!」
「悔しいよ! サムルトーザの時と一緒で全然、力になれない!」

 クローゼも目に涙を浮かべ、ユアンも唇を噛み締めている。これまでになかった危機的状況に、仲間達は動揺しているのだろう。

「気にすんなって」

 輝久は痛む箇所を押さえつつ、仲間達に優しげな声を掛けた。

「充分、力になってるよ。傍にいてくれるだけで」

 仲間達を振り返りながら、輝久は言う。不思議と、メガルシフに対する動揺や恐怖は収まり始めていた。

「俺のことを勇者だって、希望だって、皆がずっと思い続けてくれたから。だから俺は今、此処にいる――そんな気がする」
「テル……!」

 クローゼが涙声で呟き、その後、やや冷静な顔で背後のユアンとネィムを見た。

「『ずっと思い続けた』って、会ってから、そんなに経ってねえよな?」
「は、はいです! 勇者様と出会って、まだ数日なのです!」
「うん。そうだよね」
「いや、何だよ、お前ら!?」

 輝久は、急に普段通りになった仲間達に大声で叫ぶ。

(ま、まぁ実際、こないだ会ったばっかだしな! なんで俺、あんなこと言ったんだ? っず!)

 それでも、仲間と喋って落ち着いたのは事実だった。輝久はジエンドの腕で、自らの口を拭う。

 焦燥感は完全に消えていた。吐血なんて生まれて初めてなら、激痛を伴う打撃を喰らったことも同じく初めて。なのに、何故だろう。不思議と知っている気がした。もっと恐ろしいことや、もっと激烈な痛みを。

『ティアと、お前の思いに勝てる覇王など存在しない』

 ふと、あの老人の言葉が思い出されて、輝久はジエンドのフルフェイスの下で、にやりと笑う。 輝久の意思が伝わったかのように、ジエンドは前屈みだった体をしっかりと起こして、メガルシフと対峙する。

「攻撃力、防御力、敏捷さ――全てに於いて、が勝っている。貴様が機に勝つことは、不可能だ」
「勝った気になるなよ。まだまだ、こっからだって」
「理解不能。この期に及んで、何故そのような思考に至る?」
「それが悔しいことに、理由は説明できないんだけど、とにかく負ける気がしないんだよ」

 ジエンドを上回る進化を続ける最強の覇王。なのに、輝久には怖じ気など微塵もない。胸の奥は、熱いもので満たされている。

(負けない。絶対に負けない。負ける気がしない。俺は、いや――)

「俺達は!」

  輝久は叫ぶと、自然とジエンドの胸に手を当てた。

「いくぞ。ティア」

 無意識に、そんな言葉が口から漏れた。輝久は呆然としてしまう。

(あれ? 俺、今、何て言った?)

 不思議に思っていると、胸の女神の彫像が小さな口を開く。

『OK。テル』

 それは、いつも通りの機械音だったが、ほんの少し優しげに響いた。ジエンドのフルフェイスの下、輝久がくすりと笑う。

 メガルシフが腰を屈めて、獲物にトドメを刺す獣の体勢を取った。

「我が常勝無敗の力に平伏せ」

 対してジエンドは、両腕を大きく引いて構えた。もはや、ジエンドが自動で動いているのか、輝久自身がそうしているのか、分からない。心と体が、完全にジエンドとシンクロしたことを輝久は感じていた。

 胸の女神が、メガルシフにいつもの台詞を言う。

『受けよ。別領域より来たるぐうの神力を』
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