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初章 邪悪転生
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断崖絶壁に強い風が吹いて、ティアの美しい金髪がなびく。ティアの佇む崖からは、神界の名所であるオリュンポラス山脈が一望できた。
荘厳な山々は、だが、その一部が黒い靄で覆われている。人間界の邪気が神界に伝わり、森や山を汚すことがあった。
ティアより更に崖の先端に、父神アポロスの大きな背中がある。アポロスは遠くに見える黒き靄に右手を向けていた。アポロスの全身が眩く発光する。筋骨隆々たる体を包んだ光は、太い右腕に集約されていく。
「……神撃マキシマム・ライト」
アポロスが呟いた刹那、腕の光は巨大な光線となり、黒き靄に向けて一直線に射出された。目標に到達するや、轟音と共に光が拡散する。
あまりの眩しさにティアは思わず目を逸らせてしまう。ティアが視線を戻した時――黒き靄だけでなく、オリュンポラス山の一部分が欠けたように消失していた。
アポロスはティアを振り返ると、威厳のある顔を向ける。
「邪気は晴れた。だが、練習だ。やってみろ。ティア」
「無理」
「まずは利き腕をこうして対象に向けて……いや、今『無理』って言った!?」
あまりの即答にアポロスは太い眉をハの字にして吃驚した。情けない顔を娘に見せてしまったことに気付いたのか、アポロスはコホンと咳払いする。
「そ、そろそろ高等神学校が始まる。生徒の中には、既に神撃を使える者もいるかも知れんぞ」
ティアは父から目を背けて、ぼやくように言う。
「私には無理。今まで何回も試したけど、ダメだったもの」
『神撃』とは、魔力ではなく神力によって発動する、神にしか扱えない秘技である。火の神なら、全てを焼き尽くす炎の神撃。氷の神なら、絶対零度で敵を完全停止させる神撃等……神々の属性や特性により、その威力や効果は様々。中でも光の神撃は、神界トップクラスの攻撃力を誇ると言われていた。
しかし、全ての神々が神撃を扱える訳ではない。担い手となれるのは、選ばれた神だけだった。
アポロスは腕組みしながら、ティアを見詰める。
「お前はまだ若い。少しやってみただけで諦めるのは早いだろう」
「じゃあ、何回試せば良い訳?」
「出来るまでやれば良いだけのことではないか」
悠然と宣うアポロスに、ティアは歯を食い縛った。
(すごく嫌い。才能のある者が当然のように言う、その台詞が)
抑えられない怒りがティアの腹の底から込み上げてきた。ティアは父を睨む。
「父さんには分からないのよ! いくら努力しても叶わない、私みたいな凡才の気持ちが!」
「それは違う。信念の問題だ」
「信念……? 何よ、それ……」
「女神として人の世を救う為、もっと自分を向上させようとする意志と覚悟。それがお前には足りない」
しばらく眉間に皺を寄せていたティアは、やがて鼻で笑う。
「そんな気持ちが湧いてこないってことが結局、私の限界なのよ」
「忘れてしまっただけだろう」
アポロスは幼女に話し掛けるような優しげな面持ちになって、微笑を浮かべた。
「昔はよく言っていたではないか。『神剣を手に入れて、最高で最強の女神になる』と。あの頃の純粋な気持ちを思い出してみてはどうだ?」
「……神剣なんてないわ」
「そんなことはない」
「だったら、どうして誰も手に入れられないのよ。存在しないからでしょ?」
「皆その方法が分からないだけだ。だが、信念のもと、たゆまざる努力を続けていれば――」
「はいはい。そういう物があるってことにしておけば、努力しようと思うものね。でも、私は騙されないわよ」
「ティア……」
アポロスは呟き、迷うような素振りをした後、決意の籠もった眼差しをティアへと向ける。
「他ならぬ我が娘の為だ。かつて最高神様より直接伺った、神剣の名をお前に教えよう」
アポロスは真剣な目でティアを見詰めたまま、言う。
「神界最強の刃――その名を『ラグナロク』と言う」
(ラグナロク……)
全く信じないつもりのティアだったが、その名の響きは何処となく神々しく感じられた。
アポロスが話を続ける。
「ラグナロクを手にした者には、もう一つの宇宙が生まれる程の神力が与えられる。それが『偶の神力』だ」
「偶の神力?」
「物理法則や因果律さえ超える、最高神様の全宇宙創造の力に匹敵する神力だ」
荘厳に語る父を眺めていたティアだったが、やがて肩をすくめて、頭を横に振った。
「バカバカしい」
「バッ、バカバカしいとは何だ!!」
「全部、嘘。お伽噺よ。神剣なんかないし、才能だって私にはない。努力なんかしても無駄」
「ティア! お前という奴はッ!」
今まで穏やかに語っていたアポロスの堪忍袋の緒が遂に切れた。顔を紅潮させたアポロスだったが、ティアもまた憤怒の表情を見せる。
「何が信念よ!! そんなの関係ない!! 才能は生まれ持ったもの!! ただ、それだけ!!」
(無かったら、諦めるしかないじゃない!)
最後の思いを言葉にできず、ティアは自分の心の中で噛み締めた。
「私のことは、もう放っておいて!」
そう吐き捨てると、押し黙ったままのアポロスを残し、ティアは踵を返した。
「……ティア。食事、此処に置いておくわよ」
部屋のドア越しに母神サリシュの声がした。ティアは返事をすることもなく、暗い部屋のベッドの上で毛布にくるまっていた。
最近は家族と一緒に食事をすることもない。父はともかく、母に心配を掛けているのは正直、心苦しい。
それでもティアは一人でいたかった。由緒ある光の神の系譜として生まれ、親や周囲から過度な期待を掛けられる日々に辟易していた。
(世界には理不尽なことが多すぎる。どうして……)
ティアは、きつく唇を噛む。
ティアの苛立ちは、光の神撃マキシマム・ライトが習得できないからだけではなかった。
(どうして、ラリリスは殺されなくちゃならないの?)
神殿の地下牢獄に幽閉されていた女神、ラリリスの処刑日が遂に決まった。そして、処刑執行者はティアの父、アポロスであった。
◇ ◇ ◇
神界の僻地にあるコルオーサの丘はその日、普段の閑散さが嘘のように沢山の神々でごった返していた。
集まった神々の視線は一点に集中されている。曇天の下――丘の上に備え付けられた太い木の杭に、一柱の女神が縛り付けられていた。
ティアは、年配の神々に挟まれつつ、その女神の様子を窺う。
(ラリリス……)
女神らしからぬ汚れたボロをまとい、黒い布で目隠しされている女神を見て、ティアの脳裏に幼い頃のトラウマが蘇る。
年端もいかない頃、ティアは神殿の地下牢獄に迷い込み、ラリリスに出会った。そして――。
当時よりも更にやつれた幽鬼のような顔が怖くなり、ティアはラリリスから目を逸らす。
ティアの隣では、見知らぬ神々がボソボソと喋っている。
「しかし、どうしてアポロス様がラリリスの処刑を?」
「神々の中で、一番浄化力のあるのが光の神撃マキシマム・ライトだ。一瞬でラリリスの意識を刈り取れる。これは最高神様の慈悲であり、また、アポロス様にとって名誉なことでもある」
そんな話を聞きながら、ティアはこっそり皮肉めいた笑みを浮かべた。
(バカみたい)
神撃が習得できない自分に、父は信念やら覚悟が必要だと言っていた。しかし、その光の神撃マキシマム・ライトが今回、処刑の道具として使われるのだ。
(そんな技なら習得できなくたって構わない)
やがて、アポロスが丘を登ってきた。道を空ける神々の間を堂々とした面持ちで通り過ぎると、磔にされているラリリスから十数メートル離れた位置に立つ。
目隠しされたままなのにラリリスはアポロスに気付いたらしく、しわがれた声で笑った。
「久方ぶりだね、アポロス。最高神もこの場にいるのかい?」
「最高神様は神殿だ」
「だろうね。奴はいつも傍観してるだけ。自分じゃあ決して手を汚さない」
そして、ラリリスは昔、ティアを怯えさせた笑い声を上げた。
「ひひ! ひひひひひひひ!」
不気味な嘲笑に、ざわつくコルオーサの丘。ティアもまた、ごくりと生唾を飲む。
ラリリスの笑いが収まった後、アポロスは静かに問う。
「ラリリス。悔い改める気はないか?」
……ティアが聞いたところによれば、ラリリスの罪状は『反逆罪』。かつて、ラリリスは勇者召喚システムについて最高神に異議を唱え、神界で反乱を起こそうとした。そのせいで長きに渡り、牢獄に入れられていた。そして、遂に今日、処刑執行と相成ったのだ。
「お前が心から詫びるなら、処刑を中断して、俺の方から最高神様に情状酌量を――」
アポロスの言葉の途中、ラリリスは再び「ひひひ」と嗤った。目隠しをされたまま、天を仰ぎ、呟く。
「くたばれ」
集まった神々は、どよめき、アポロスは怒りとも悲しみともつかぬ表情を浮かべた。
「そうか。ならば、一瞬で存在を消し去ってやろう。それが俺にできるせめてもの情けだ」
「ああ、そうだね。それも良いかも知れない。私はもう、神であることに飽き飽きしているんだから……」
アポロスの体が発光して、ラリリスに向けた腕に光が集まっていく。
光の神撃マキシマム・ライトがあわや発動しかけた時――。
「ひひひ! だが! どうせなら! 私は違うやり方で消えることにするよ!」
そしてラリリスは、耳障りな声で何事かを口早に呟いた。見ていた神々が「辞世の句か?」と不思議そうに言い、アポロスはマキシマム・ライトの発動を躊躇う。
そんな中、ティアの胸は鼓動を速くしていた。
(あの呪文は……!)
呪詛のような言霊を吐き終わったちょうどその時、磔にされていたラリリスの頭上で曇天が裂けた。上空から激しい音と共に黒き稲光が発生、ラリリスに落雷する。
黒き雷に打たれて、目隠しや着ていたボロのような服が裂けた。それでも、ラリリスは哄笑していた。
「ひひ……ひゃはははははははは!!」
雷を受けたラリリスの体から、黒い靄のようなものが拡散するように広がっていく。ティアの周りにいた神々が戦いていた。
「何だ? アレは!?」
「じゃ、邪気だ!」
ラリリスに集まっていく邪気は、ティアがオリュンポラス山で見たのより更に黒い漆黒であった。
ただならぬ異変を感じて、アポロスは低く唸りつつ、光のオーラを急速に腕に集め――。
「神撃マキシマム・ライト!」
凄まじい速度で、ラリリス目掛けて射出される光線。しかし、ラリリスの周囲に拡散されていた邪気が渦を巻いた。
マキシマム・ライトがラリリスを直撃する瞬間、邪気の渦はラリリスを光線と共に飲み込んだ。
……忽然と姿を消したラリリス。しばしの間、誰もが口を閉ざした。
やがて、神々がざわつき始める。
「一体、何が起こったのだ……!」
「ラリリスはどうなったんだ!?」
苦渋に満ちた顔で舌打ちするアポロスを、ティアは見た。その表情から、おそらくマキシマム・ライトは直撃しなかったのだろうとティアは推測した。
神撃が到達するより早く、ラリリスは邪気の渦に吸い込まれるようにして神界から姿を消した。アポロス自身も、きっとそのことに気付いている。
騒然とするコルオーサの丘で、ティアは一人、呼吸を荒くしていた。
アポロスを含めて、この場にいた神々の誰もが、ラリリスに何が起きたのか、理解できてはいないだろう。
しかし、ティアだけは分かっていた。
(ラリリスは、女神であることをやめたんだわ!)
処刑前、ラリリスが呟いた言葉は『禁呪』。あの日、あの時……幼き自分に語った方法で、彼女は女神と対となる者へと生まれ変わったのだ。
そう――『邪悪なる存在』に。
荘厳な山々は、だが、その一部が黒い靄で覆われている。人間界の邪気が神界に伝わり、森や山を汚すことがあった。
ティアより更に崖の先端に、父神アポロスの大きな背中がある。アポロスは遠くに見える黒き靄に右手を向けていた。アポロスの全身が眩く発光する。筋骨隆々たる体を包んだ光は、太い右腕に集約されていく。
「……神撃マキシマム・ライト」
アポロスが呟いた刹那、腕の光は巨大な光線となり、黒き靄に向けて一直線に射出された。目標に到達するや、轟音と共に光が拡散する。
あまりの眩しさにティアは思わず目を逸らせてしまう。ティアが視線を戻した時――黒き靄だけでなく、オリュンポラス山の一部分が欠けたように消失していた。
アポロスはティアを振り返ると、威厳のある顔を向ける。
「邪気は晴れた。だが、練習だ。やってみろ。ティア」
「無理」
「まずは利き腕をこうして対象に向けて……いや、今『無理』って言った!?」
あまりの即答にアポロスは太い眉をハの字にして吃驚した。情けない顔を娘に見せてしまったことに気付いたのか、アポロスはコホンと咳払いする。
「そ、そろそろ高等神学校が始まる。生徒の中には、既に神撃を使える者もいるかも知れんぞ」
ティアは父から目を背けて、ぼやくように言う。
「私には無理。今まで何回も試したけど、ダメだったもの」
『神撃』とは、魔力ではなく神力によって発動する、神にしか扱えない秘技である。火の神なら、全てを焼き尽くす炎の神撃。氷の神なら、絶対零度で敵を完全停止させる神撃等……神々の属性や特性により、その威力や効果は様々。中でも光の神撃は、神界トップクラスの攻撃力を誇ると言われていた。
しかし、全ての神々が神撃を扱える訳ではない。担い手となれるのは、選ばれた神だけだった。
アポロスは腕組みしながら、ティアを見詰める。
「お前はまだ若い。少しやってみただけで諦めるのは早いだろう」
「じゃあ、何回試せば良い訳?」
「出来るまでやれば良いだけのことではないか」
悠然と宣うアポロスに、ティアは歯を食い縛った。
(すごく嫌い。才能のある者が当然のように言う、その台詞が)
抑えられない怒りがティアの腹の底から込み上げてきた。ティアは父を睨む。
「父さんには分からないのよ! いくら努力しても叶わない、私みたいな凡才の気持ちが!」
「それは違う。信念の問題だ」
「信念……? 何よ、それ……」
「女神として人の世を救う為、もっと自分を向上させようとする意志と覚悟。それがお前には足りない」
しばらく眉間に皺を寄せていたティアは、やがて鼻で笑う。
「そんな気持ちが湧いてこないってことが結局、私の限界なのよ」
「忘れてしまっただけだろう」
アポロスは幼女に話し掛けるような優しげな面持ちになって、微笑を浮かべた。
「昔はよく言っていたではないか。『神剣を手に入れて、最高で最強の女神になる』と。あの頃の純粋な気持ちを思い出してみてはどうだ?」
「……神剣なんてないわ」
「そんなことはない」
「だったら、どうして誰も手に入れられないのよ。存在しないからでしょ?」
「皆その方法が分からないだけだ。だが、信念のもと、たゆまざる努力を続けていれば――」
「はいはい。そういう物があるってことにしておけば、努力しようと思うものね。でも、私は騙されないわよ」
「ティア……」
アポロスは呟き、迷うような素振りをした後、決意の籠もった眼差しをティアへと向ける。
「他ならぬ我が娘の為だ。かつて最高神様より直接伺った、神剣の名をお前に教えよう」
アポロスは真剣な目でティアを見詰めたまま、言う。
「神界最強の刃――その名を『ラグナロク』と言う」
(ラグナロク……)
全く信じないつもりのティアだったが、その名の響きは何処となく神々しく感じられた。
アポロスが話を続ける。
「ラグナロクを手にした者には、もう一つの宇宙が生まれる程の神力が与えられる。それが『偶の神力』だ」
「偶の神力?」
「物理法則や因果律さえ超える、最高神様の全宇宙創造の力に匹敵する神力だ」
荘厳に語る父を眺めていたティアだったが、やがて肩をすくめて、頭を横に振った。
「バカバカしい」
「バッ、バカバカしいとは何だ!!」
「全部、嘘。お伽噺よ。神剣なんかないし、才能だって私にはない。努力なんかしても無駄」
「ティア! お前という奴はッ!」
今まで穏やかに語っていたアポロスの堪忍袋の緒が遂に切れた。顔を紅潮させたアポロスだったが、ティアもまた憤怒の表情を見せる。
「何が信念よ!! そんなの関係ない!! 才能は生まれ持ったもの!! ただ、それだけ!!」
(無かったら、諦めるしかないじゃない!)
最後の思いを言葉にできず、ティアは自分の心の中で噛み締めた。
「私のことは、もう放っておいて!」
そう吐き捨てると、押し黙ったままのアポロスを残し、ティアは踵を返した。
「……ティア。食事、此処に置いておくわよ」
部屋のドア越しに母神サリシュの声がした。ティアは返事をすることもなく、暗い部屋のベッドの上で毛布にくるまっていた。
最近は家族と一緒に食事をすることもない。父はともかく、母に心配を掛けているのは正直、心苦しい。
それでもティアは一人でいたかった。由緒ある光の神の系譜として生まれ、親や周囲から過度な期待を掛けられる日々に辟易していた。
(世界には理不尽なことが多すぎる。どうして……)
ティアは、きつく唇を噛む。
ティアの苛立ちは、光の神撃マキシマム・ライトが習得できないからだけではなかった。
(どうして、ラリリスは殺されなくちゃならないの?)
神殿の地下牢獄に幽閉されていた女神、ラリリスの処刑日が遂に決まった。そして、処刑執行者はティアの父、アポロスであった。
◇ ◇ ◇
神界の僻地にあるコルオーサの丘はその日、普段の閑散さが嘘のように沢山の神々でごった返していた。
集まった神々の視線は一点に集中されている。曇天の下――丘の上に備え付けられた太い木の杭に、一柱の女神が縛り付けられていた。
ティアは、年配の神々に挟まれつつ、その女神の様子を窺う。
(ラリリス……)
女神らしからぬ汚れたボロをまとい、黒い布で目隠しされている女神を見て、ティアの脳裏に幼い頃のトラウマが蘇る。
年端もいかない頃、ティアは神殿の地下牢獄に迷い込み、ラリリスに出会った。そして――。
当時よりも更にやつれた幽鬼のような顔が怖くなり、ティアはラリリスから目を逸らす。
ティアの隣では、見知らぬ神々がボソボソと喋っている。
「しかし、どうしてアポロス様がラリリスの処刑を?」
「神々の中で、一番浄化力のあるのが光の神撃マキシマム・ライトだ。一瞬でラリリスの意識を刈り取れる。これは最高神様の慈悲であり、また、アポロス様にとって名誉なことでもある」
そんな話を聞きながら、ティアはこっそり皮肉めいた笑みを浮かべた。
(バカみたい)
神撃が習得できない自分に、父は信念やら覚悟が必要だと言っていた。しかし、その光の神撃マキシマム・ライトが今回、処刑の道具として使われるのだ。
(そんな技なら習得できなくたって構わない)
やがて、アポロスが丘を登ってきた。道を空ける神々の間を堂々とした面持ちで通り過ぎると、磔にされているラリリスから十数メートル離れた位置に立つ。
目隠しされたままなのにラリリスはアポロスに気付いたらしく、しわがれた声で笑った。
「久方ぶりだね、アポロス。最高神もこの場にいるのかい?」
「最高神様は神殿だ」
「だろうね。奴はいつも傍観してるだけ。自分じゃあ決して手を汚さない」
そして、ラリリスは昔、ティアを怯えさせた笑い声を上げた。
「ひひ! ひひひひひひひ!」
不気味な嘲笑に、ざわつくコルオーサの丘。ティアもまた、ごくりと生唾を飲む。
ラリリスの笑いが収まった後、アポロスは静かに問う。
「ラリリス。悔い改める気はないか?」
……ティアが聞いたところによれば、ラリリスの罪状は『反逆罪』。かつて、ラリリスは勇者召喚システムについて最高神に異議を唱え、神界で反乱を起こそうとした。そのせいで長きに渡り、牢獄に入れられていた。そして、遂に今日、処刑執行と相成ったのだ。
「お前が心から詫びるなら、処刑を中断して、俺の方から最高神様に情状酌量を――」
アポロスの言葉の途中、ラリリスは再び「ひひひ」と嗤った。目隠しをされたまま、天を仰ぎ、呟く。
「くたばれ」
集まった神々は、どよめき、アポロスは怒りとも悲しみともつかぬ表情を浮かべた。
「そうか。ならば、一瞬で存在を消し去ってやろう。それが俺にできるせめてもの情けだ」
「ああ、そうだね。それも良いかも知れない。私はもう、神であることに飽き飽きしているんだから……」
アポロスの体が発光して、ラリリスに向けた腕に光が集まっていく。
光の神撃マキシマム・ライトがあわや発動しかけた時――。
「ひひひ! だが! どうせなら! 私は違うやり方で消えることにするよ!」
そしてラリリスは、耳障りな声で何事かを口早に呟いた。見ていた神々が「辞世の句か?」と不思議そうに言い、アポロスはマキシマム・ライトの発動を躊躇う。
そんな中、ティアの胸は鼓動を速くしていた。
(あの呪文は……!)
呪詛のような言霊を吐き終わったちょうどその時、磔にされていたラリリスの頭上で曇天が裂けた。上空から激しい音と共に黒き稲光が発生、ラリリスに落雷する。
黒き雷に打たれて、目隠しや着ていたボロのような服が裂けた。それでも、ラリリスは哄笑していた。
「ひひ……ひゃはははははははは!!」
雷を受けたラリリスの体から、黒い靄のようなものが拡散するように広がっていく。ティアの周りにいた神々が戦いていた。
「何だ? アレは!?」
「じゃ、邪気だ!」
ラリリスに集まっていく邪気は、ティアがオリュンポラス山で見たのより更に黒い漆黒であった。
ただならぬ異変を感じて、アポロスは低く唸りつつ、光のオーラを急速に腕に集め――。
「神撃マキシマム・ライト!」
凄まじい速度で、ラリリス目掛けて射出される光線。しかし、ラリリスの周囲に拡散されていた邪気が渦を巻いた。
マキシマム・ライトがラリリスを直撃する瞬間、邪気の渦はラリリスを光線と共に飲み込んだ。
……忽然と姿を消したラリリス。しばしの間、誰もが口を閉ざした。
やがて、神々がざわつき始める。
「一体、何が起こったのだ……!」
「ラリリスはどうなったんだ!?」
苦渋に満ちた顔で舌打ちするアポロスを、ティアは見た。その表情から、おそらくマキシマム・ライトは直撃しなかったのだろうとティアは推測した。
神撃が到達するより早く、ラリリスは邪気の渦に吸い込まれるようにして神界から姿を消した。アポロス自身も、きっとそのことに気付いている。
騒然とするコルオーサの丘で、ティアは一人、呼吸を荒くしていた。
アポロスを含めて、この場にいた神々の誰もが、ラリリスに何が起きたのか、理解できてはいないだろう。
しかし、ティアだけは分かっていた。
(ラリリスは、女神であることをやめたんだわ!)
処刑前、ラリリスが呟いた言葉は『禁呪』。あの日、あの時……幼き自分に語った方法で、彼女は女神と対となる者へと生まれ変わったのだ。
そう――『邪悪なる存在』に。
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