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第十三章 二体の覇王
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輝久の目の前を白い蝶と黄色の蝶が仲睦まじく舞っていた。輝久は野道を歩くのを止めて、飛んでいる蝶々を見詰める。
輝久のパーティメンバーで青髪の魔法使いユアンが、くすりと笑った。
「蝶が珍しいのかい?」
「いや。元の世界でもいたよ。けど、確かに最近見なくなってたかも」
それはおそらく、都市の開発が進んで森林が伐採されたからという、進歩発展した文明にありがちな理由だったのだろう。そんなことを考えつつ、輝久は春のような陽気に包まれた異世界アルヴァーナの風景を見渡す。
(平和だなあ)
優しい日差しに、小鳥のさえずり。勇者が必要な世界だとは思えない程に、アルヴァーナは平穏だった。実際の所、輝久の勇者としての二つ名は『農作物の守護者』。アルヴァーナの野菜や果物を魔王から守るという、聞いているだけで眠たくなるような使命である。しかし――。
アルヴァーナに突如現れた『覇王』と呼ばれる異形の者達との戦闘は熾烈を極めた。覇王達は、この平和な世界にまるで似つかわしくない攻撃力と凶悪さを持っていたからだ。
不死公ガガ、侵食のボルベゾ。そして、暴虐のサムルトーザとの戦いを思い出しつつ、輝久は溜め息を吐く。
(結局、アイツらって一体何なんだろ……)
異世界に来て以来、分からないことだらけであった。そして、輝久がもっとも意味不明だと思っている存在が、近くでウィーン、ウィーンと機械音を出しながら歩いている。
「本日ハお股ぐらの調子も良ク、絶好の散歩日和デス」
「『本日はお日柄も良く』みたいに言ってんじゃねえよ」
呑気に喋るマキにツッコむ。マキの外見は、幼女でアンドロイド。それでいて、女神だというのだから、もう訳が分からない。
それでも、輝久が覇王達に勝てたのは、マキと合体して『ラグナロク・ジ・エンド』に変身したからである。
(つーか、そのジエンドのこともよく分かんないんだけどね!)
輝久は更に深く溜め息を吐いた。すると、マキが輝久の元に小走りで寄ってきて、恥ずかしげもない様子で言う。
「テル。お股かラ、オイルが漏れマシタ」
「今日は調子、良かったんじゃないの!?」
粗相をした幼女アンドロイドに大声で叫んだ後、輝久は頭を抱える。
一日一回は漏らすよな。オムツがあれば良いのに。いや、何で俺、勇者なのに新米パパみたいなこと考えてんだ……。
「これで早く拭け」
マキにハンカチを渡すと、赤髪で長身の女戦士クローゼが口をすぼませた。
「冷てぇな、テル。拭いてやりゃあ良いじゃねえか」
「ヤだよ! 恥ずかしい!」
「子供のお世話だ。別に恥ずかしくないだろ。てか、アタシも漏らしたらテルに拭いて欲しい!」
「イヤだって言ってんだろ! もっと恥ずかしいわ!」
するとクローゼは本当に残念そうに「ちぇっ」と舌打ちした。
(ええーーー!! 冗談じゃなくて本気で言ってんの!?)
輝久がクローゼに愕然としている最中、ヒーラーのネィムが、代わりにマキのお世話をしていた。
ネィムはハンカチでマキの下半身を拭いた後、にこりと微笑みながら、持っていた籠に入れる。
「ハンカチは、後でネィムが洗濯しますです!」
「お気遣イ感謝いたしマス」
(面倒見も良いし、しっかりしてるなあ)
ネィムは、マキと同じく低身長で幼いながらも一国の王女である。輝久は感心して、ネィムに笑いかける。
「ネィムは若いのにえらいな!」
「はいです! ネィムは半年前にお漏らしを克服しましたです!」
「うん、そうか――って、結構最近じゃねーか!!」
(俺のパーティはホントにもう!)
脱力する輝久の近くで、ユアンがクスクスと笑っていた。少し天然っぽいところはあるが、パーティ唯一の常識人である青年の肩に、輝久は手を置く。
「そういや、ユアン。魔王って何処にいるんだっけ」
「遥か北にある大陸、レクイエマだよ。僕達はそこを目指しながら進むんだ。でも、道中にある国や町も救っていかなくちゃならない」
「国や町を救う?」
「ちなみにこの先にあるタンバラ国は、既に魔王の支配下にあるらしいよ」
「ええっ!? それって、魔族に征服されてるってことかよ!?」
何だか話がきな臭くなってきて、輝久は真面目な顔付きになった。ユアンとの話を聞いていたクローゼが、背後から喋り掛けてくる。
「タンバラ国は魔王軍四天王『極悪非道のフォルテ』って奴が統治してるらしいぜ」
「四天王で極悪非道!? マジか!!」
輝久の背筋を冷たい汗が伝う。覇王との戦いを除けば、今まで野菜を盗むゴブリンなどとしか出会ったことがなかったが――。
(流石に今回は、危険なバトルになるかも知れないな)
そう危惧する輝久。しかし、ネィムが続けて言う。
「四天王のフォルテさんは、たわいもない嘘を吐いたりするらしいのです!」
「え……? 嘘を吐く……だけ?」
「いや、それだけじゃねえ。たわいもないイタズラをして、タンバラの人を困らせてるらしいぜ」
ネィムとクローゼの言葉に、輝久はポカンと開いた口がふさがらなかった。蝶々がまたフワフワと飛んできて、のほほんとした雰囲気が戻ってくる。
ユアンが笑顔で言う。
「何だかんだで、人間とは仲良く暮らしてるらしいよ」
輝久は、真剣な気分になった自分を恥ずかしく思った。
そうだよ! 難度Fの世界だもん! 四天王つったって、そんな感じのアレに決まってんじゃん!
何だか急にドッと疲れて、輝久は肩を落とす。
(仲良く暮らしてるなら、別に救いに向かう必要ないんじゃ……ってか、待てよ)
ふと気付いて、輝久はマキを振り返る。
「なぁ、マキ。ノリでここまで普通に歩いてきちまったけどさ。『ハデス・ゲート』だっけ。アレ出せば、魔王のいる大陸まで一気にワープできるんじゃないの?」
「言われテみれば確かニ。そレでは、ラグナロク・ジ・エンドになっテ、ハデス・ゲートを出しますカ?」
「そうだな。冒険っぽくはないけど、その分、早く元の世界に帰れるもんな」
「あん? 何の話だよ?」
クローゼが訝しげな顔をした。ネィムがニコリと微笑みながら言う。
「武芸都市ソブラに来た時と同じなのです! 勇者様が出した門を潜れば、行きたい場所まで、すぐに移動できるです!」
「へー。そりゃあ便利だな。……あれ? えっと……魔王を倒したら、テルは元の世界に帰っちまうのか?」
「そりゃ勿論、そのつもりだけど」
刹那、クローゼの顔が青ざめた。輝久に近付き、声を荒らげる。
「ダメだ、そんなの! ちゃんと冒険しなきゃ!」
「え? クローゼだって、農作物を守る冒険とかしたくないって言ってたろ?」
「と、とにかく、ズルはダメだって! タンバラ国や途中の町も救わなきゃいけねえ! ちゃんと歩こう! 歩いた方が健康に良いんだ!」
クローゼは強引に輝久に腕を絡ませる。クローゼの巨乳が輝久の腕に当たって――。
「ちょ、ちょっと!!」
力強くクローゼに腕組みされつつ、輝久は焦る。クローゼは輝久に半ば抱きつくような格好で、快活な笑顔を見せた。
「これから一緒に毎日五十万歩、歩こうな!」
「いや、歩きすぎじゃね!? そんな歩いたら、足ガクガクになって、体に悪そうだけど!!」
叫ぶがクローゼは我関せず、ニコニコして組んだ腕を放してくれなかった。
(せっかくショートカットできるのに……)
しかし、こうなった以上、クローゼを説得するのは難しいだろう。輝久は諦めて歩きながら――ふと、足元の砂利に気付く。いつしか野道は終わり、輝久の目の前には岩場が広がっていた。
カリカリカリとマキから古いパソコンのような音がして、口からマップが排出される。
「此処は『シアプの岩場』と言ウらしいデス」
マキは自分が出したマップを眺めながら言った。クローゼが頷く。
「シアプの岩場には、ゴーレムが出るって噂だぜ」
「ゴーレムか! ちょっと戦ってみたいかも!」
体が岩石の巨大モンスターを思い浮かべて、異世界もののアニメや小説が好きだった輝久のテンションは上がった。だが、ユアンが珍しく厳しい顔で窘める。
「ダメだよ、戦ったりしちゃ。ゴーレムは良いモンスターなんだから。それに『硬そう』とか『大きい』とか『岩みたい』とかも言っちゃダメ。ゴーレムが傷つくからね」
「そこ、長所じゃないんだ!? ってか、そんなことで傷つくとか、メンタル弱すぎん!?」
イタズラ好きの四天王に、豆腐メンタルのゴーレム。覇王との落差に呆れつつも、輝久はシアプの岩場に足を踏み入れる。
所々に大きな岩が点在する砂利道を、しばらく進むと――。
「マキちゃん?」
背後からネィムの声がして、輝久は振り返る。
マキが歩くのを止めて、フリーズしていた。心ここにあらずといった様子で一点を見詰め、呆然としている。
「どした、マキ?」
その途端『ウー、ウー、ウー、ウー、ウー!』。マキからサイレン音が轟いた。
(これって……!)
「もしかして、ゴーレムさんじゃないでしょうか?」
ネィムの呑気な声を掻き消すように輝久は叫ぶ。
「違う! 皆、俺の後ろに下がれ!」
マキのフリーズからのサイレン音。輝久はこの状況に何度も出くわしている。真剣な表情で岩場を見据えながら、輝久は呟く。
「覇王だ……!」
「邪悪なオーラを感知いたしまシタ!」
輝久の予想を裏付けるように、マキがそう告げた。前方に林立する大きな岩石群のせいで姿は窺い知れないが、何者かが砂利を踏み鳴らす音が聞こえる。
周囲に注意を払いながら、輝久はマキに問う。
「つーか、空……光らなかったよな?」
「出発の準備をシている時に光っタのかも知れまセン」
『空が光った後、覇王はアルヴァーナに降臨する』――今回、それに気付けなかったことに輝久は軽く舌打ちした。
「な、何か、近付いてくるのです!」
ネィムが輝久の背後に隠れながら言った。『ザッザッ』と砂利を踏む足音が大きくなり、巨岩の影から現れたのは、軽装鎧に身を包んだ白馬の獣人と、黒いローブをまとった死神のような出で立ちの者だった。
クローゼが大剣を鞘から抜きながら叫ぶ。
「おい! 二体いるぜ!」
ユニコーンを二足歩行にしたような、額から立派な角を生やした白馬の獣人は、手に持った懐中時計のような物と、輝久とマキを交互に見て、にやりと口元を歪ませる。
「探知機に反応あり。勇者と女神に間違いなさそうだね」
馬の顔面から想像できないような、若々しい男の声だった。白馬の獣人は胸に手を当てて、恭しく自己紹介する。
「戴天王界覇王、絶速のエウィテルだよ」
「お、同じく戴天王界覇王、ぜ、全属全系魔法のギャランです。お、お、お見知りおきを……」
ギャランと名乗った、たどたどしい口調の覇王は一見、人間のようであったが、フードから覗く顔や手は緑色。頬はこけて痩せ細っているが、目だけは異様にギラギラと光っていた。
二体の覇王を目の前にして、クローゼが申し訳なさそうに輝久に言う。
「すまねえ、テル。やっぱ、近道した方が良かったな」
「いや。ショートカットしてたら、コイツら、俺とマキを探すついでに、人を殺してたかも知れない。此処で出会っておいて良かったよ」
「テル……何て優しいんだ……! なぁ、口付けしようぜ!」
「いや、何でそうなるの? TPOわきまえて。怒るよ、俺。本気で」
「わ、悪りぃ……!」
少し、シュンとなるクローゼ。輝久は、そんな会話をクローゼとしながら、内心、酷く動揺していた。覇王は各々、とんでもない力を持つ強敵である。それが今回、二体同時に出現したのだ。
輝久は、深呼吸のように大きく息を吐き出しながら、エウィテルとギャランを見据える。
(けど……やるしかねえよな)
もしも自分が負ければ、仲間達は殺され、この世界アルヴァーナも滅ぼされるだろう。
意を決して、輝久はマキに言う。
「いくぞ、マキ! 『トランス・フォーム』!」
「了解いたしマシタ」
マキの体が光を放ち、五体バラバラになって浮遊。変形しつつ、輝久の元に飛来した。そして、輝久の頭部及び四肢に各パーツが合体し、一層眩く発光する。
強烈な光が収まると、輝久は特撮ヒーローのような外見の『ラグナロク・ジ・エンド』に変身していた。
「異世界アルヴァーナに巣くう邪悪に会心の神撃を……」
胸の女神のレリーフから発される声に、輝久も同調するようにして言葉を紡ぐ。両手で円を描く動作をした後は、片腕を伸ばし、並んで佇む二体の覇王に人差し指を向ける。
「終わりの勇者――ラグナロク・ジ・エンド!」
感情の欠落した胸の女神の声と、輝久の声が重なり合ってシアプの岩場に響いた。
「め、女神と、が、合体するのですね。こ、こ、これは興味深い」
全属全系魔法のギャランは目を大きく見開き、楽しそうにジエンドを眺め――。
「ふーん。少しは楽しませてくれるのかな」
絶速のエウィテルは落ち着いた様子で、腰の鞘から細身の片手剣を抜いた。
輝久のパーティメンバーで青髪の魔法使いユアンが、くすりと笑った。
「蝶が珍しいのかい?」
「いや。元の世界でもいたよ。けど、確かに最近見なくなってたかも」
それはおそらく、都市の開発が進んで森林が伐採されたからという、進歩発展した文明にありがちな理由だったのだろう。そんなことを考えつつ、輝久は春のような陽気に包まれた異世界アルヴァーナの風景を見渡す。
(平和だなあ)
優しい日差しに、小鳥のさえずり。勇者が必要な世界だとは思えない程に、アルヴァーナは平穏だった。実際の所、輝久の勇者としての二つ名は『農作物の守護者』。アルヴァーナの野菜や果物を魔王から守るという、聞いているだけで眠たくなるような使命である。しかし――。
アルヴァーナに突如現れた『覇王』と呼ばれる異形の者達との戦闘は熾烈を極めた。覇王達は、この平和な世界にまるで似つかわしくない攻撃力と凶悪さを持っていたからだ。
不死公ガガ、侵食のボルベゾ。そして、暴虐のサムルトーザとの戦いを思い出しつつ、輝久は溜め息を吐く。
(結局、アイツらって一体何なんだろ……)
異世界に来て以来、分からないことだらけであった。そして、輝久がもっとも意味不明だと思っている存在が、近くでウィーン、ウィーンと機械音を出しながら歩いている。
「本日ハお股ぐらの調子も良ク、絶好の散歩日和デス」
「『本日はお日柄も良く』みたいに言ってんじゃねえよ」
呑気に喋るマキにツッコむ。マキの外見は、幼女でアンドロイド。それでいて、女神だというのだから、もう訳が分からない。
それでも、輝久が覇王達に勝てたのは、マキと合体して『ラグナロク・ジ・エンド』に変身したからである。
(つーか、そのジエンドのこともよく分かんないんだけどね!)
輝久は更に深く溜め息を吐いた。すると、マキが輝久の元に小走りで寄ってきて、恥ずかしげもない様子で言う。
「テル。お股かラ、オイルが漏れマシタ」
「今日は調子、良かったんじゃないの!?」
粗相をした幼女アンドロイドに大声で叫んだ後、輝久は頭を抱える。
一日一回は漏らすよな。オムツがあれば良いのに。いや、何で俺、勇者なのに新米パパみたいなこと考えてんだ……。
「これで早く拭け」
マキにハンカチを渡すと、赤髪で長身の女戦士クローゼが口をすぼませた。
「冷てぇな、テル。拭いてやりゃあ良いじゃねえか」
「ヤだよ! 恥ずかしい!」
「子供のお世話だ。別に恥ずかしくないだろ。てか、アタシも漏らしたらテルに拭いて欲しい!」
「イヤだって言ってんだろ! もっと恥ずかしいわ!」
するとクローゼは本当に残念そうに「ちぇっ」と舌打ちした。
(ええーーー!! 冗談じゃなくて本気で言ってんの!?)
輝久がクローゼに愕然としている最中、ヒーラーのネィムが、代わりにマキのお世話をしていた。
ネィムはハンカチでマキの下半身を拭いた後、にこりと微笑みながら、持っていた籠に入れる。
「ハンカチは、後でネィムが洗濯しますです!」
「お気遣イ感謝いたしマス」
(面倒見も良いし、しっかりしてるなあ)
ネィムは、マキと同じく低身長で幼いながらも一国の王女である。輝久は感心して、ネィムに笑いかける。
「ネィムは若いのにえらいな!」
「はいです! ネィムは半年前にお漏らしを克服しましたです!」
「うん、そうか――って、結構最近じゃねーか!!」
(俺のパーティはホントにもう!)
脱力する輝久の近くで、ユアンがクスクスと笑っていた。少し天然っぽいところはあるが、パーティ唯一の常識人である青年の肩に、輝久は手を置く。
「そういや、ユアン。魔王って何処にいるんだっけ」
「遥か北にある大陸、レクイエマだよ。僕達はそこを目指しながら進むんだ。でも、道中にある国や町も救っていかなくちゃならない」
「国や町を救う?」
「ちなみにこの先にあるタンバラ国は、既に魔王の支配下にあるらしいよ」
「ええっ!? それって、魔族に征服されてるってことかよ!?」
何だか話がきな臭くなってきて、輝久は真面目な顔付きになった。ユアンとの話を聞いていたクローゼが、背後から喋り掛けてくる。
「タンバラ国は魔王軍四天王『極悪非道のフォルテ』って奴が統治してるらしいぜ」
「四天王で極悪非道!? マジか!!」
輝久の背筋を冷たい汗が伝う。覇王との戦いを除けば、今まで野菜を盗むゴブリンなどとしか出会ったことがなかったが――。
(流石に今回は、危険なバトルになるかも知れないな)
そう危惧する輝久。しかし、ネィムが続けて言う。
「四天王のフォルテさんは、たわいもない嘘を吐いたりするらしいのです!」
「え……? 嘘を吐く……だけ?」
「いや、それだけじゃねえ。たわいもないイタズラをして、タンバラの人を困らせてるらしいぜ」
ネィムとクローゼの言葉に、輝久はポカンと開いた口がふさがらなかった。蝶々がまたフワフワと飛んできて、のほほんとした雰囲気が戻ってくる。
ユアンが笑顔で言う。
「何だかんだで、人間とは仲良く暮らしてるらしいよ」
輝久は、真剣な気分になった自分を恥ずかしく思った。
そうだよ! 難度Fの世界だもん! 四天王つったって、そんな感じのアレに決まってんじゃん!
何だか急にドッと疲れて、輝久は肩を落とす。
(仲良く暮らしてるなら、別に救いに向かう必要ないんじゃ……ってか、待てよ)
ふと気付いて、輝久はマキを振り返る。
「なぁ、マキ。ノリでここまで普通に歩いてきちまったけどさ。『ハデス・ゲート』だっけ。アレ出せば、魔王のいる大陸まで一気にワープできるんじゃないの?」
「言われテみれば確かニ。そレでは、ラグナロク・ジ・エンドになっテ、ハデス・ゲートを出しますカ?」
「そうだな。冒険っぽくはないけど、その分、早く元の世界に帰れるもんな」
「あん? 何の話だよ?」
クローゼが訝しげな顔をした。ネィムがニコリと微笑みながら言う。
「武芸都市ソブラに来た時と同じなのです! 勇者様が出した門を潜れば、行きたい場所まで、すぐに移動できるです!」
「へー。そりゃあ便利だな。……あれ? えっと……魔王を倒したら、テルは元の世界に帰っちまうのか?」
「そりゃ勿論、そのつもりだけど」
刹那、クローゼの顔が青ざめた。輝久に近付き、声を荒らげる。
「ダメだ、そんなの! ちゃんと冒険しなきゃ!」
「え? クローゼだって、農作物を守る冒険とかしたくないって言ってたろ?」
「と、とにかく、ズルはダメだって! タンバラ国や途中の町も救わなきゃいけねえ! ちゃんと歩こう! 歩いた方が健康に良いんだ!」
クローゼは強引に輝久に腕を絡ませる。クローゼの巨乳が輝久の腕に当たって――。
「ちょ、ちょっと!!」
力強くクローゼに腕組みされつつ、輝久は焦る。クローゼは輝久に半ば抱きつくような格好で、快活な笑顔を見せた。
「これから一緒に毎日五十万歩、歩こうな!」
「いや、歩きすぎじゃね!? そんな歩いたら、足ガクガクになって、体に悪そうだけど!!」
叫ぶがクローゼは我関せず、ニコニコして組んだ腕を放してくれなかった。
(せっかくショートカットできるのに……)
しかし、こうなった以上、クローゼを説得するのは難しいだろう。輝久は諦めて歩きながら――ふと、足元の砂利に気付く。いつしか野道は終わり、輝久の目の前には岩場が広がっていた。
カリカリカリとマキから古いパソコンのような音がして、口からマップが排出される。
「此処は『シアプの岩場』と言ウらしいデス」
マキは自分が出したマップを眺めながら言った。クローゼが頷く。
「シアプの岩場には、ゴーレムが出るって噂だぜ」
「ゴーレムか! ちょっと戦ってみたいかも!」
体が岩石の巨大モンスターを思い浮かべて、異世界もののアニメや小説が好きだった輝久のテンションは上がった。だが、ユアンが珍しく厳しい顔で窘める。
「ダメだよ、戦ったりしちゃ。ゴーレムは良いモンスターなんだから。それに『硬そう』とか『大きい』とか『岩みたい』とかも言っちゃダメ。ゴーレムが傷つくからね」
「そこ、長所じゃないんだ!? ってか、そんなことで傷つくとか、メンタル弱すぎん!?」
イタズラ好きの四天王に、豆腐メンタルのゴーレム。覇王との落差に呆れつつも、輝久はシアプの岩場に足を踏み入れる。
所々に大きな岩が点在する砂利道を、しばらく進むと――。
「マキちゃん?」
背後からネィムの声がして、輝久は振り返る。
マキが歩くのを止めて、フリーズしていた。心ここにあらずといった様子で一点を見詰め、呆然としている。
「どした、マキ?」
その途端『ウー、ウー、ウー、ウー、ウー!』。マキからサイレン音が轟いた。
(これって……!)
「もしかして、ゴーレムさんじゃないでしょうか?」
ネィムの呑気な声を掻き消すように輝久は叫ぶ。
「違う! 皆、俺の後ろに下がれ!」
マキのフリーズからのサイレン音。輝久はこの状況に何度も出くわしている。真剣な表情で岩場を見据えながら、輝久は呟く。
「覇王だ……!」
「邪悪なオーラを感知いたしまシタ!」
輝久の予想を裏付けるように、マキがそう告げた。前方に林立する大きな岩石群のせいで姿は窺い知れないが、何者かが砂利を踏み鳴らす音が聞こえる。
周囲に注意を払いながら、輝久はマキに問う。
「つーか、空……光らなかったよな?」
「出発の準備をシている時に光っタのかも知れまセン」
『空が光った後、覇王はアルヴァーナに降臨する』――今回、それに気付けなかったことに輝久は軽く舌打ちした。
「な、何か、近付いてくるのです!」
ネィムが輝久の背後に隠れながら言った。『ザッザッ』と砂利を踏む足音が大きくなり、巨岩の影から現れたのは、軽装鎧に身を包んだ白馬の獣人と、黒いローブをまとった死神のような出で立ちの者だった。
クローゼが大剣を鞘から抜きながら叫ぶ。
「おい! 二体いるぜ!」
ユニコーンを二足歩行にしたような、額から立派な角を生やした白馬の獣人は、手に持った懐中時計のような物と、輝久とマキを交互に見て、にやりと口元を歪ませる。
「探知機に反応あり。勇者と女神に間違いなさそうだね」
馬の顔面から想像できないような、若々しい男の声だった。白馬の獣人は胸に手を当てて、恭しく自己紹介する。
「戴天王界覇王、絶速のエウィテルだよ」
「お、同じく戴天王界覇王、ぜ、全属全系魔法のギャランです。お、お、お見知りおきを……」
ギャランと名乗った、たどたどしい口調の覇王は一見、人間のようであったが、フードから覗く顔や手は緑色。頬はこけて痩せ細っているが、目だけは異様にギラギラと光っていた。
二体の覇王を目の前にして、クローゼが申し訳なさそうに輝久に言う。
「すまねえ、テル。やっぱ、近道した方が良かったな」
「いや。ショートカットしてたら、コイツら、俺とマキを探すついでに、人を殺してたかも知れない。此処で出会っておいて良かったよ」
「テル……何て優しいんだ……! なぁ、口付けしようぜ!」
「いや、何でそうなるの? TPOわきまえて。怒るよ、俺。本気で」
「わ、悪りぃ……!」
少し、シュンとなるクローゼ。輝久は、そんな会話をクローゼとしながら、内心、酷く動揺していた。覇王は各々、とんでもない力を持つ強敵である。それが今回、二体同時に出現したのだ。
輝久は、深呼吸のように大きく息を吐き出しながら、エウィテルとギャランを見据える。
(けど……やるしかねえよな)
もしも自分が負ければ、仲間達は殺され、この世界アルヴァーナも滅ぼされるだろう。
意を決して、輝久はマキに言う。
「いくぞ、マキ! 『トランス・フォーム』!」
「了解いたしマシタ」
マキの体が光を放ち、五体バラバラになって浮遊。変形しつつ、輝久の元に飛来した。そして、輝久の頭部及び四肢に各パーツが合体し、一層眩く発光する。
強烈な光が収まると、輝久は特撮ヒーローのような外見の『ラグナロク・ジ・エンド』に変身していた。
「異世界アルヴァーナに巣くう邪悪に会心の神撃を……」
胸の女神のレリーフから発される声に、輝久も同調するようにして言葉を紡ぐ。両手で円を描く動作をした後は、片腕を伸ばし、並んで佇む二体の覇王に人差し指を向ける。
「終わりの勇者――ラグナロク・ジ・エンド!」
感情の欠落した胸の女神の声と、輝久の声が重なり合ってシアプの岩場に響いた。
「め、女神と、が、合体するのですね。こ、こ、これは興味深い」
全属全系魔法のギャランは目を大きく見開き、楽しそうにジエンドを眺め――。
「ふーん。少しは楽しませてくれるのかな」
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十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜
あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」
貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。
しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった!
失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する!
辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。
これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!
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