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第十四章 圧倒 その一
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『アニマコンシャスネス・アーカイブアクセス。分析を開始します』
胸の女神の声と共に、輝久の頭部を覆うアイシールド上を数字が凄まじい速さで流れていく。
『97……226……812……1870……2992……4598……6663……9149……15003……20999……24242……33558……39781……41744……57988……62373……66612……』
覇王が二体いるせいか、流れた数字は今までで一番多かった。そして、今――クリアになった輝久の視界には、片手剣を抜いたエウィテルが映っており、ジエンドに変身した輝久を眺めていた。
「心配しなくて良いよ。僕には覇王の矜持がある。同時に攻撃なんかしないから」
肩に剣を載せてポンポンと叩きながら、余裕綽々といった体で、エウィテルはギャランに話し掛ける。
「ってことで、僕から行くけど良いかな?」
「わ、私は、け、研究材料さえ頂ければ、も、問題はありません。ほ、補助に徹します」
「補助か。うん。でもまぁ……それも要らないけどね!」
言い終わるや、エウィテルは体勢を低くして突進する。その鋭い視線の先には、ネィムが佇んでいた。
「まずは前菜から頂くよ!」
(アイツ!? 話の流れ的に、狙うのは俺だろ!!)
エウィテルがネィムに向かうのは、輝久にとって想定外。瞬間移動と見まがう速度で、既にエウィテルはネィムの目前に到達していた。
焦る輝久とは真逆に、ジエンドは冷静に指をパチンと鳴らす。
『パノラマジック・ツイステッドフィールド』
胸から、女神の声。途端、『ぐわん』と。ジエンドが鳴らした指から、空気が歪んだような波動が超高速で広がった。
「ネィム!」
クローゼも焦って叫ぶ。エウィテルは怯える顔のネィムの眼前で、片手剣を振りかざしていた。
絶速の覇王の剣が、ネィムの頭部に無慈悲に振り落とされる。しかし――。
「うわわっ、です!」
そんな声を上げて、ネィムは上体を後方に逸らせた。ネィムを狙ったエウィテルの剣は、ぶぅんと鈍い音を立てながら空を切る。
「チッ」と舌打ちして、エウィテルはネィムに追撃を喰らわせようとする。だが、その太刀筋はまるで、おままごとのようにゆったりと遅い。
ネィムは頭を下げたり、横にステップしたりして、エウィテルの斬撃をかわした後、にっこりと微笑んだ。
「全然、平気なのです! とっても遅いので、ネィムでも避けられますです!」
ホッとする輝久とパーティメンバー達。一方、エウィテルは口をあんぐりと開けていた。
「お、遅いだって……!? この僕が……!?」
エウィテルの背後でギャランは顎に手を当てつつ、冷静に現状を分析する。
「さ、先程、周囲に広がった、ゆ、歪みの波動……。お、おそらく、空間統御魔法の類いでしょう。わ、私と、エウィテル――対象にのみ、そ、速度低下のデバフを掛けたようです。め、珍しい魔術ですが、た、た、対処は可能です」
ギャランは落ち着き払った様子で、古びた分厚い本を開く。
「ま、魔導書グレノワには、す、す、全ての魔法の対処法が、し、記されてあるのですよ……!」
そしてギャランは、自信ありげにグレノワに念を込めるようにして呟く。
「さ、最適魔法検索!」
不思議なことに、開かれたグレノワのページがパラパラと勝手にめくれた。しかし、しばらくすると、何事も無かったように、パタンと表紙を閉じる。
ギャランが、大きく目を見開いていた。
「グ、グレノワが対処できない……? ま、魔法ではないのか……?」
解せないといった表情のギャラン。輝久も気になってきて、胸の女神に問う。
「なぁ。魔法じゃないなら何なんだ?」
『偶の神力です』
胸の女神は淡々と言う。聞いて損した、と輝久は思った。
(またソレ! 結局、謎パワーかよ!)
イラつきそうになったが、軽く頭を振って自制する。説明の付かないことが嫌いな輝久であったが、サムルトーザ戦以後は、ジエンドに対してあまり目くじらは立てないことに決めていた。
とにかく、エウィテルの速度が落ちて、ネィムは助かった。なら、良い。うん。良いってことにしておこう。やっぱり、ちょっと腹立つけど!
「クソ……ッ! 水の中に――いや、粘液の中にいるみたいだ……!」
悔しげなエウィテルが、輝久の視界の中に入った。その隣では、どうにかこの状況を打開しようと魔導書のページをめくり続けるギャラン。
輝久は肩の力が抜けて、笑顔でパーティメンバーを振り返った。
「二体出てきた時は、正直ちょっと焦ったけどさ。こいつら、あんまり強くなさそうだな」
輝久の言葉が聞こえたらしく、エウィテルは呼気を荒くして鋭い目を向ける。
「おい……今、何て言った?」
「ああ、悪い悪い。だってボルベゾとか、サムルトーザと比べちゃうと。『速いだけ』とか『魔法だけ』って、イージーっていうか」
「は……ははははははっ!」
怒りの表情を見せていたエウィテルだったが、突然笑い出し、呆れたように肩をすくめた。
「教えてあげるよ。最速は、最強と同義だってことを」
エウィテルは、クラウチングスタートのような体勢をとる。白い毛で覆われたエウィテルの脚が、ビキビキと固く膨れ上がった。
「速度領域を上げる! 君の空間制御スキルの上限を超える程にね!」
鬼気迫る表情で今にも突進してきそうなエウィテルに対して、不意にクローゼが勇者を守るガーディアンらしく輝久の前に立ち塞がった。
「え? クローゼ?」
「テル。ここはアタシに任せとけ」
「ははっ! 二人まとめて一瞬でバラバラにしてあげる! 音の速さを遥かに超える、僕の絶速の剣技で!」
言い終わった後『ドッ』と地を蹴るエウィテル。しかし、その速度は、輝久が五十メートル走を走る時よりも遅かった。
クローゼはボリボリと頭を掻きながら、ゆっくりと迫るエウィテルに自ら近付ていく。
「だから、遅いっての!」
そして、右手でエウィテルの一本角を握った。エウィテルが顔を怒りで赤く染める。
「なっ!? は、離せ!!」
「はいはい。どうどう」
角を持ったまま、闘牛士のようにいなすクローゼに、エウィテルの怒りが爆発する。
「こ、この牛乳女っ! お前如きが、高貴な僕の角に触れるんじゃない!」
「ああっ!? 誰が牛乳女だ、この野郎!!」
『ボキッ』。鈍い音が輝久の耳に届く。見れば、エウィテルの一本角が、クローゼに根元から折られていた。輝久は、引き気味に「う-わ……」と呟いた。
エウィテルが絶叫する。
「ぼ、ぼ、僕の角がああああああああ!!」
「フン。お仕置きだ」
クローゼはそう言って、エウィテルの角を岩場に投げ捨てた。
輝久は、この様子を傍観しつつ、エウィテルの気持ちを推し量る。
(すごい屈辱だろうなあ。覇王なのに、人間の女の子に弄ばれてるんだから)
輝久の推測通り、エウィテルは怒髪天を衝く勢いで憤怒していた。
「こ、こ、殺してやる……!」
「あぁん? 上等だ! かかってこい!」
見ていられなくなって輝久は、クローゼに近寄った。
「クローゼ。弱い者いじめは良くない」
「だってよ! コイツが急にネィムに斬りかかったり、突進してきたりすっから!」
「よ、『弱い者いじめ』……?」
そう呟いたまま二の句が継げないエウィテルの前で、クローゼはニカッと笑った。
「けどま、確かにテルの言う通りだな! アタシも大人げなかったよ!」
クローゼは、投げ捨てたエウィテルの角を拾うと、おおらかな表情でエウィテルに差し出す。
「折っちゃって悪かったな。逃がしてやるからよ。ホラ、行きな!」
ネィムが「クローゼさん、大人なのです!」と感激して、パチパチと拍手した。
「ふ、ふ……ふざけるな……」
一方、プルプルと小刻みに震えていたエウィテルは、クローゼの手を打ち払う。エウィテルの角が岩場を転がった。
「ふざけるな、ウジ虫以下のゴミカス共!! 僕を一体、誰だと思ってやがる!!」
覇王の割には丁寧な口調だったエウィテルは、タガが外れたように悪態を吐いた。そして、ギャランに睨むような目を向ける。
「ギャラン! さっさとこの空間を解除しろよ!」
「さ、先程からやっていますが……わ、私の魔力が全く通じないのです……」
ジエンドの作り出した空間が解除できないのにも拘わらず、ギャランは楽しげに笑った。
「た、大変、お、お、面白い! け、研究材料として、も、申し分ありません!」
そしてギャランは、魔導書グレノワを携えたまま、エウィテルの前に立つ。
「さ、下がっていてください。わ、私が戦います」
「ああっ!? こんな屈辱を受けて、僕に手出しするなって言うのか!?」
「か、解除不能な、て、敵の空間統御スキルに対抗する、ゆ、唯一確実な手段は『術者自身を倒すこと』。わ、私が、奴に強烈なダメージを与えます。こ、この異空間が解除された後で、ア、アナタが、トドメを刺せばよろしいかと」
「チッ!」
エウィテルは渋々納得したらしく、舌打ちした後で後退する。
グレノワを片手に、不気味な笑みを浮かべたギャランが、ジエンドに変身している輝久と向かい合った。
「選手交代か……って、おい? ジエンド?」
突然、ジエンドは輝久の意思とは無関係に、片膝を突いてしゃがみ込んだ。
右掌を岩場の地面に付けると同時に、胸の女神が呟く。
『【アディション】パノラマジック・メタルフィールド』
ジエンドの右掌から、鉛色の流体が波紋のように急速に広がる。瞬く間に、シアプの岩場は辺り一面コンクリートの灰色世界へと変貌した。
「な、な、何なのです!?」
「どうなってんだ!? 景色が変わったぞ!!」
驚くネィムとクローゼ。ギャランも真剣な表情で辺りを窺っている。
しかし、輝久だけは落ち着いていた。この光景は、輝久にとって初めてではなかったからだ。
(ガガと戦った時と同じ空間だな)
ふと、輝久の隣でユアンが独りごちる。
「何だか不思議な感覚がする。いつもあるものが突然消えたみたいな。これって、もしかして……」
ユアンは小さな声で何かしらの呪文を唱えると、顔色を変えた。
「やっぱりだ! 魔法が発動しない! 魔法に必要なエレメントが、この空間にはないんだ!」
「ユアン。エレメントって?」
「全ての魔法の元になる原料のようなものだよ。それが無くなっちゃったんだ」
「ああ……そういうことだったんだ……」
ユアンの話を聞いて、輝久はガガとの戦闘を思い出した。ジエンドが、メタルフィールドを発動した後、ガガはこう言っていた。
『この異空間では【炎魔の心核】が発動しない。根源要素を封じて、細工は上々か?』
(根源要素って多分、ユアンの言うエレメントと同じ意味だよな。だから、ガガは魔法や魔導具が使えなかったのか)
ジエンドはあの時もメタルフィールドによって、ガガの魔法攻撃を事前に封殺していたのだ。
意味不明だったジエンドの行動の一つが理解できて、ちょっと嬉しい輝久とは逆に、エウィテルは眉間に激しく皺を寄せていた。
「クソッ! 僕の速度も変わらないままだ!」
エウィテルは、手足を動かして自らの動きを確認しつつ、言う。
ギャランが感心したように唸った。
「そ、速度低下に加え、ま、魔法封印。わ、我々に不利な二つの空間を、ど、同時に発現させるとは……」
驚いていたギャランは、またもにやりと不気味に笑う。
「く、『空間統御によるデバフで、敵の長所を奪う』――な、なるほど。ほ、他の覇王がやられる訳です」
「空間を自在に操るのが、勇者の能力か!」
エウィテルも同調するように叫んだ。
輝久は覇王達のそんな会話を聞きながら思う。
(いや、それがジエンドの特性って訳でも無いんだけど)
しかし、あえて口にはしなかった。敵に手の内を見せない方が良いと思ったのと『では、何がジエンドの特性なのか』と問われたら、輝久もよく分からないからである。
どちらにせよ、ギャランの言った通り、ジエンドは覇王達に不利なフィールドを展開している。輝久は『これで勝負あったな』と考えたが、ギャランは黒いローブから水晶玉を取り出した。
「こ、根源要素が無くなった時のことも考えております」
ギャランの持つ水晶玉が、怪しく赤い光を放った。赤き光はギャランの体を覆い、やがて吸収されるようにして鎮まった。
ユアンが感嘆の声を漏らす。
「エレメントだ! こんな状況に備えて、あらかじめ水晶玉に封印しておいたんだ!」
「ふーん。喉が渇いた時の水筒みたいなもんか。準備の良い奴だな」
輝久はユアンに頷きながら、そう言った。
エレメントを補給をしたギャランの右手は、炎に包まれ、更に左手が冷気を発する。ユアンが更に驚愕して、叫び声を上げた。
「火炎魔法と氷結魔法を同時に!? ありえないよ!!」
「お、驚くのは、ま、まだ早いですよ。ほ、本来、同時に発動不能な、対属性魔法を合わせることで、じ、甚大なる攻撃力を生むのです……」
ギャランが両手を合わせると、目も眩む眩い光が発生した。
「お、お見せしましょう! あ、アナタ方の知り得ない、は、『破壊魔法』を!」
愉悦に満ちた顔でギャランは、光り輝く腕を後方に引いた。
(『破壊魔法』か。何だか凄そうだけど……えっ?)
最近は、ジエンドとシンクロした行動を取れることが多くなった輝久だが、この時、行動権は完全に失われていた。
ジエンドは破壊魔法を発動しようとしているギャランではなく、ユアンと向かい合う。
胸の女神が淡々とした機械音を発する。
『メタルフィールドを限定解除します。ユアン。火球を発現させてください』
驚いて輝久は叫ぶ。
「ええっ!? ユアンに話し掛けた!? 珍しっ!!」
一瞬、呆気に取られた顔をしたユアンだったが――。
「う、うん! 分かった! 僕も戦うよ!」
ジエンドの言葉に頷くと、ユアンは即座に火炎魔法を詠唱。野球のボール程の火球を、自身の周りに発現させた。
胸の女神の声と共に、輝久の頭部を覆うアイシールド上を数字が凄まじい速さで流れていく。
『97……226……812……1870……2992……4598……6663……9149……15003……20999……24242……33558……39781……41744……57988……62373……66612……』
覇王が二体いるせいか、流れた数字は今までで一番多かった。そして、今――クリアになった輝久の視界には、片手剣を抜いたエウィテルが映っており、ジエンドに変身した輝久を眺めていた。
「心配しなくて良いよ。僕には覇王の矜持がある。同時に攻撃なんかしないから」
肩に剣を載せてポンポンと叩きながら、余裕綽々といった体で、エウィテルはギャランに話し掛ける。
「ってことで、僕から行くけど良いかな?」
「わ、私は、け、研究材料さえ頂ければ、も、問題はありません。ほ、補助に徹します」
「補助か。うん。でもまぁ……それも要らないけどね!」
言い終わるや、エウィテルは体勢を低くして突進する。その鋭い視線の先には、ネィムが佇んでいた。
「まずは前菜から頂くよ!」
(アイツ!? 話の流れ的に、狙うのは俺だろ!!)
エウィテルがネィムに向かうのは、輝久にとって想定外。瞬間移動と見まがう速度で、既にエウィテルはネィムの目前に到達していた。
焦る輝久とは真逆に、ジエンドは冷静に指をパチンと鳴らす。
『パノラマジック・ツイステッドフィールド』
胸から、女神の声。途端、『ぐわん』と。ジエンドが鳴らした指から、空気が歪んだような波動が超高速で広がった。
「ネィム!」
クローゼも焦って叫ぶ。エウィテルは怯える顔のネィムの眼前で、片手剣を振りかざしていた。
絶速の覇王の剣が、ネィムの頭部に無慈悲に振り落とされる。しかし――。
「うわわっ、です!」
そんな声を上げて、ネィムは上体を後方に逸らせた。ネィムを狙ったエウィテルの剣は、ぶぅんと鈍い音を立てながら空を切る。
「チッ」と舌打ちして、エウィテルはネィムに追撃を喰らわせようとする。だが、その太刀筋はまるで、おままごとのようにゆったりと遅い。
ネィムは頭を下げたり、横にステップしたりして、エウィテルの斬撃をかわした後、にっこりと微笑んだ。
「全然、平気なのです! とっても遅いので、ネィムでも避けられますです!」
ホッとする輝久とパーティメンバー達。一方、エウィテルは口をあんぐりと開けていた。
「お、遅いだって……!? この僕が……!?」
エウィテルの背後でギャランは顎に手を当てつつ、冷静に現状を分析する。
「さ、先程、周囲に広がった、ゆ、歪みの波動……。お、おそらく、空間統御魔法の類いでしょう。わ、私と、エウィテル――対象にのみ、そ、速度低下のデバフを掛けたようです。め、珍しい魔術ですが、た、た、対処は可能です」
ギャランは落ち着き払った様子で、古びた分厚い本を開く。
「ま、魔導書グレノワには、す、す、全ての魔法の対処法が、し、記されてあるのですよ……!」
そしてギャランは、自信ありげにグレノワに念を込めるようにして呟く。
「さ、最適魔法検索!」
不思議なことに、開かれたグレノワのページがパラパラと勝手にめくれた。しかし、しばらくすると、何事も無かったように、パタンと表紙を閉じる。
ギャランが、大きく目を見開いていた。
「グ、グレノワが対処できない……? ま、魔法ではないのか……?」
解せないといった表情のギャラン。輝久も気になってきて、胸の女神に問う。
「なぁ。魔法じゃないなら何なんだ?」
『偶の神力です』
胸の女神は淡々と言う。聞いて損した、と輝久は思った。
(またソレ! 結局、謎パワーかよ!)
イラつきそうになったが、軽く頭を振って自制する。説明の付かないことが嫌いな輝久であったが、サムルトーザ戦以後は、ジエンドに対してあまり目くじらは立てないことに決めていた。
とにかく、エウィテルの速度が落ちて、ネィムは助かった。なら、良い。うん。良いってことにしておこう。やっぱり、ちょっと腹立つけど!
「クソ……ッ! 水の中に――いや、粘液の中にいるみたいだ……!」
悔しげなエウィテルが、輝久の視界の中に入った。その隣では、どうにかこの状況を打開しようと魔導書のページをめくり続けるギャラン。
輝久は肩の力が抜けて、笑顔でパーティメンバーを振り返った。
「二体出てきた時は、正直ちょっと焦ったけどさ。こいつら、あんまり強くなさそうだな」
輝久の言葉が聞こえたらしく、エウィテルは呼気を荒くして鋭い目を向ける。
「おい……今、何て言った?」
「ああ、悪い悪い。だってボルベゾとか、サムルトーザと比べちゃうと。『速いだけ』とか『魔法だけ』って、イージーっていうか」
「は……ははははははっ!」
怒りの表情を見せていたエウィテルだったが、突然笑い出し、呆れたように肩をすくめた。
「教えてあげるよ。最速は、最強と同義だってことを」
エウィテルは、クラウチングスタートのような体勢をとる。白い毛で覆われたエウィテルの脚が、ビキビキと固く膨れ上がった。
「速度領域を上げる! 君の空間制御スキルの上限を超える程にね!」
鬼気迫る表情で今にも突進してきそうなエウィテルに対して、不意にクローゼが勇者を守るガーディアンらしく輝久の前に立ち塞がった。
「え? クローゼ?」
「テル。ここはアタシに任せとけ」
「ははっ! 二人まとめて一瞬でバラバラにしてあげる! 音の速さを遥かに超える、僕の絶速の剣技で!」
言い終わった後『ドッ』と地を蹴るエウィテル。しかし、その速度は、輝久が五十メートル走を走る時よりも遅かった。
クローゼはボリボリと頭を掻きながら、ゆっくりと迫るエウィテルに自ら近付ていく。
「だから、遅いっての!」
そして、右手でエウィテルの一本角を握った。エウィテルが顔を怒りで赤く染める。
「なっ!? は、離せ!!」
「はいはい。どうどう」
角を持ったまま、闘牛士のようにいなすクローゼに、エウィテルの怒りが爆発する。
「こ、この牛乳女っ! お前如きが、高貴な僕の角に触れるんじゃない!」
「ああっ!? 誰が牛乳女だ、この野郎!!」
『ボキッ』。鈍い音が輝久の耳に届く。見れば、エウィテルの一本角が、クローゼに根元から折られていた。輝久は、引き気味に「う-わ……」と呟いた。
エウィテルが絶叫する。
「ぼ、ぼ、僕の角がああああああああ!!」
「フン。お仕置きだ」
クローゼはそう言って、エウィテルの角を岩場に投げ捨てた。
輝久は、この様子を傍観しつつ、エウィテルの気持ちを推し量る。
(すごい屈辱だろうなあ。覇王なのに、人間の女の子に弄ばれてるんだから)
輝久の推測通り、エウィテルは怒髪天を衝く勢いで憤怒していた。
「こ、こ、殺してやる……!」
「あぁん? 上等だ! かかってこい!」
見ていられなくなって輝久は、クローゼに近寄った。
「クローゼ。弱い者いじめは良くない」
「だってよ! コイツが急にネィムに斬りかかったり、突進してきたりすっから!」
「よ、『弱い者いじめ』……?」
そう呟いたまま二の句が継げないエウィテルの前で、クローゼはニカッと笑った。
「けどま、確かにテルの言う通りだな! アタシも大人げなかったよ!」
クローゼは、投げ捨てたエウィテルの角を拾うと、おおらかな表情でエウィテルに差し出す。
「折っちゃって悪かったな。逃がしてやるからよ。ホラ、行きな!」
ネィムが「クローゼさん、大人なのです!」と感激して、パチパチと拍手した。
「ふ、ふ……ふざけるな……」
一方、プルプルと小刻みに震えていたエウィテルは、クローゼの手を打ち払う。エウィテルの角が岩場を転がった。
「ふざけるな、ウジ虫以下のゴミカス共!! 僕を一体、誰だと思ってやがる!!」
覇王の割には丁寧な口調だったエウィテルは、タガが外れたように悪態を吐いた。そして、ギャランに睨むような目を向ける。
「ギャラン! さっさとこの空間を解除しろよ!」
「さ、先程からやっていますが……わ、私の魔力が全く通じないのです……」
ジエンドの作り出した空間が解除できないのにも拘わらず、ギャランは楽しげに笑った。
「た、大変、お、お、面白い! け、研究材料として、も、申し分ありません!」
そしてギャランは、魔導書グレノワを携えたまま、エウィテルの前に立つ。
「さ、下がっていてください。わ、私が戦います」
「ああっ!? こんな屈辱を受けて、僕に手出しするなって言うのか!?」
「か、解除不能な、て、敵の空間統御スキルに対抗する、ゆ、唯一確実な手段は『術者自身を倒すこと』。わ、私が、奴に強烈なダメージを与えます。こ、この異空間が解除された後で、ア、アナタが、トドメを刺せばよろしいかと」
「チッ!」
エウィテルは渋々納得したらしく、舌打ちした後で後退する。
グレノワを片手に、不気味な笑みを浮かべたギャランが、ジエンドに変身している輝久と向かい合った。
「選手交代か……って、おい? ジエンド?」
突然、ジエンドは輝久の意思とは無関係に、片膝を突いてしゃがみ込んだ。
右掌を岩場の地面に付けると同時に、胸の女神が呟く。
『【アディション】パノラマジック・メタルフィールド』
ジエンドの右掌から、鉛色の流体が波紋のように急速に広がる。瞬く間に、シアプの岩場は辺り一面コンクリートの灰色世界へと変貌した。
「な、な、何なのです!?」
「どうなってんだ!? 景色が変わったぞ!!」
驚くネィムとクローゼ。ギャランも真剣な表情で辺りを窺っている。
しかし、輝久だけは落ち着いていた。この光景は、輝久にとって初めてではなかったからだ。
(ガガと戦った時と同じ空間だな)
ふと、輝久の隣でユアンが独りごちる。
「何だか不思議な感覚がする。いつもあるものが突然消えたみたいな。これって、もしかして……」
ユアンは小さな声で何かしらの呪文を唱えると、顔色を変えた。
「やっぱりだ! 魔法が発動しない! 魔法に必要なエレメントが、この空間にはないんだ!」
「ユアン。エレメントって?」
「全ての魔法の元になる原料のようなものだよ。それが無くなっちゃったんだ」
「ああ……そういうことだったんだ……」
ユアンの話を聞いて、輝久はガガとの戦闘を思い出した。ジエンドが、メタルフィールドを発動した後、ガガはこう言っていた。
『この異空間では【炎魔の心核】が発動しない。根源要素を封じて、細工は上々か?』
(根源要素って多分、ユアンの言うエレメントと同じ意味だよな。だから、ガガは魔法や魔導具が使えなかったのか)
ジエンドはあの時もメタルフィールドによって、ガガの魔法攻撃を事前に封殺していたのだ。
意味不明だったジエンドの行動の一つが理解できて、ちょっと嬉しい輝久とは逆に、エウィテルは眉間に激しく皺を寄せていた。
「クソッ! 僕の速度も変わらないままだ!」
エウィテルは、手足を動かして自らの動きを確認しつつ、言う。
ギャランが感心したように唸った。
「そ、速度低下に加え、ま、魔法封印。わ、我々に不利な二つの空間を、ど、同時に発現させるとは……」
驚いていたギャランは、またもにやりと不気味に笑う。
「く、『空間統御によるデバフで、敵の長所を奪う』――な、なるほど。ほ、他の覇王がやられる訳です」
「空間を自在に操るのが、勇者の能力か!」
エウィテルも同調するように叫んだ。
輝久は覇王達のそんな会話を聞きながら思う。
(いや、それがジエンドの特性って訳でも無いんだけど)
しかし、あえて口にはしなかった。敵に手の内を見せない方が良いと思ったのと『では、何がジエンドの特性なのか』と問われたら、輝久もよく分からないからである。
どちらにせよ、ギャランの言った通り、ジエンドは覇王達に不利なフィールドを展開している。輝久は『これで勝負あったな』と考えたが、ギャランは黒いローブから水晶玉を取り出した。
「こ、根源要素が無くなった時のことも考えております」
ギャランの持つ水晶玉が、怪しく赤い光を放った。赤き光はギャランの体を覆い、やがて吸収されるようにして鎮まった。
ユアンが感嘆の声を漏らす。
「エレメントだ! こんな状況に備えて、あらかじめ水晶玉に封印しておいたんだ!」
「ふーん。喉が渇いた時の水筒みたいなもんか。準備の良い奴だな」
輝久はユアンに頷きながら、そう言った。
エレメントを補給をしたギャランの右手は、炎に包まれ、更に左手が冷気を発する。ユアンが更に驚愕して、叫び声を上げた。
「火炎魔法と氷結魔法を同時に!? ありえないよ!!」
「お、驚くのは、ま、まだ早いですよ。ほ、本来、同時に発動不能な、対属性魔法を合わせることで、じ、甚大なる攻撃力を生むのです……」
ギャランが両手を合わせると、目も眩む眩い光が発生した。
「お、お見せしましょう! あ、アナタ方の知り得ない、は、『破壊魔法』を!」
愉悦に満ちた顔でギャランは、光り輝く腕を後方に引いた。
(『破壊魔法』か。何だか凄そうだけど……えっ?)
最近は、ジエンドとシンクロした行動を取れることが多くなった輝久だが、この時、行動権は完全に失われていた。
ジエンドは破壊魔法を発動しようとしているギャランではなく、ユアンと向かい合う。
胸の女神が淡々とした機械音を発する。
『メタルフィールドを限定解除します。ユアン。火球を発現させてください』
驚いて輝久は叫ぶ。
「ええっ!? ユアンに話し掛けた!? 珍しっ!!」
一瞬、呆気に取られた顔をしたユアンだったが――。
「う、うん! 分かった! 僕も戦うよ!」
ジエンドの言葉に頷くと、ユアンは即座に火炎魔法を詠唱。野球のボール程の火球を、自身の周りに発現させた。
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