機械仕掛けの最終勇者

土日月

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第十四章 圧倒 その二

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 ユアンが発現させた二十個の火球を見て、ギャランは戦闘態勢を保ったまま下卑た笑みを浮かべていた。

「そ、そんなレベルの低い火炎魔法で、わ、私の破壊魔法を止められるとでも?」
「僕も止められる感じが全くしないんだけど……!」

 ユアンが自信なさげに呟く。しかし、ジエンドの手が輝久の意思とは裏腹に勝手に動き、ユアンを急かすようにギャランに人差し指を向けた。

 意を決して、ユアンが叫ぶ。

「ファイア・ボール!」

 二十個の火球が一斉にギャランに発射される。ギャランは後方に引いていた手をユアンへと向けた。そして、自らの魔法に命令するように語り掛ける。

「か、火球を、す、全て食らいつくし! あ、あの魔術師を破壊するのです!」

 レーザーのような光線がギャランの手から射出される。周囲の空間があまりの威力に歪んで見えた。

(マジで大丈夫かよ!?)

 いつしかユアンとギャランの魔術師対決になっていることを心配する輝久。だが、またしても無意識に、ジエンドの手が両者の中間辺りの空間に向けられている。

『マキシマムライト・タイムズゲート』

 胸の女神が呟き――同時に、光のとばりがユアンとギャランの間に発生した。

 先に発射していたユアンの火球が帳に入る。途端、ユアンの火球が分裂。一つの火球が三つに。三つの火球は更に倍に。

 ギャランが大きく目を見張る。ユアンの火炎魔法は光の帳を通過した後、千を超える火球となって、破壊魔法を迎え撃った。

 ギャランの破壊魔法は凄まじい勢いで火球の中に突入し、数百の火球を消滅させたが、半分程の距離を進んだ後、力負けしたように拡散した。

 一方、残った百を超える火球はそのままの勢いで、ギャランに直撃する。

「ぐあああああっ!?」

 ギャランが叫んだ。『質より数』と言わんばかりの火球の絨毯爆撃は、轟音と明滅と共に破壊魔法を飲み込み、ギャランに降り注いでいた。

 全ての火球が着弾した後、辺りは黒煙が濛々と漂っていた。此処が岩場で良かったと輝久は思う。でなければ、周辺は焼け野原になっていただろう。

 輝久の背後、クローゼとネィムが感嘆の声を上げた。

「兄貴! すげえよ!」
「ユアンさんの魔法が、敵の魔法に打ち勝ったのです!」

 すると、ユアンは謙遜しながら言う。

「い、いや。テルが僕の魔法を何倍にも――いや、何十倍にも高めてくれたんだよ」
「けどま、元はやっぱりユアンの魔法だから。ありがとな、ユアン」

 輝久がそう言うと、ユアンは頬を赤くして嬉しそうに笑った。

 黒煙が徐々に晴れてくる。輝久達の和気あいあいとしたムードとは逆に、ギャランが呆然として立ち尽くしていた。

「わ、わ、私の、は、破壊魔法が……!」

 ギャランの体の周りに、灰色のオーラが漂っているのを輝久は見た。どうやら魔法障壁バリアを張って、火球から身を守ったらしい。それでも、ローブは焼き焦げ、頬には火傷ができている。そして、先程まで余裕綽々だったギャランの額に汗が滲み出ていた。

 ギャランは、懐から魔導書グレノワを取り出した。ギョロリとした目で睨むのは、火球を放ったユアンではなく、ジエンドだ。

「あ、アナタの空間統御スキルは、ひ、非常に、き、危険です……! わ、私の残りの魔力全てをもって、あ、アナタの存在を、しょ、消滅させて頂きます……!」

 その途端、不思議なことが起こる。ギャランの左腕の輪郭がぼやけて、消失したのだ。

「何だ!? アイツ、急に左手が消えたぞ!?」

 驚く輝久。ギャランが叫ぶ。

「だ、代償として差し出したのですよ! さ、さぁ、受けなさい! わ、我が最強の『対象直撃魔法』を!」

 鬼気迫る表情のギャランを見て、輝久は少し不安になって胸の女神に話し掛ける。

「な、なぁ、ジエンド。アイツ、必殺技みたいの出すっぽいぞ?」

 すると、胸の女神が、ギャランに言い返すように言葉を紡ぐ。

『受けよ。別領域より来たるぐうの神力を』

 瞬間、輝久はジエンドの鏡面ボディが、より一層輝いたように感じた。

 ギャランが、勝利を確信した面持ちで魔導書グレノワを掲げる。

「イ、『イネヴィタブル・ダークスピア闇槍必中殺』!」

 輝久は、嫌な予感がしていた。ギャランの自信から、とんでもない恐ろしい技が繰り出されると想像したからだ。しかし――。

「な……!?」

 ギャランが信じられないものを目の当たりにしたような顔で絶句し、一点を見詰めている。

 輝久もそちらに視線を向けた。ジエンドのすぐ近くの巨岩に、ギャランが魔法で出したと思われる闇の槍が突き刺さっていた。

 胸の女神が呟く。

必中線不確定ひっちゅうせんふかくてい虚実像きょじつぞう……』

 そして、いつものように輝久の口が勝手に開かれ、見知らぬ技の名前を叫んでしまう。

「マキシマムライト・アンダーレーダー!」

 辺りはシン、と静まり返った。仲間達も一言も発さない。

 しばしの沈黙後、輝久は胸の女神に尋ねる。

「え……と……何が起こったんだよ!?」

 気付けば敵の闇の槍は外れ、岩に突き刺さっている。だからといって、ジエンドが敵の魔法を跳ね返すような技を出した気配すらない。

 相変わらずジエンドの技は、完全に意味不明だった。ただ、輝久の数十倍は狼狽している者がいた。

「は、は、外れる筈がない!! ひ、必中の!! た、た、対象直撃魔法がっ!!」

 これ以上ない程に、焦燥していたギャランはキッと目を尖らせた。そして、輝久はギャランのバランスがおかしいことに気付く。

 ギャランの左足が、いつの間にか消えていた。

「『イネヴィタブル・ダークスピア闇槍必中殺』!」

 今度は足を代償にして、発動させた必殺の魔法。だが、輝久は意に介さないように、ギャランに向けて歩いていた。隣の地面に闇の槍が突き刺さっているのを、横目で見ながら。

 ギャランは、ハァハァと呼吸を乱す。

「ど、ど、どうして! どうして外れるのです!?」

 滝のような汗を流しながら、ギャランはジエンドを睨む。

「イ、イ、『イネヴィタブル……」
「やめろって、もう!」

 既にギャランに至近していた輝久は、そう言いながら、ギャランに軽い蹴りを食らわせた。「ぐはっ!」と声を出して、ギャランが無様に地面を転がった。

 輝久的には、自分の手足を犠牲にしつつ、意味のない攻撃を何度も仕掛けてくるギャランを止めてやろうとしただけである。だが、輝久の想像以上にジエンドの蹴りは威力があり、今の今まで傍観していたエウィテルのところまでギャランが吹き飛ばされる。

「う……ぐ……!」

 ギャランはどうにか体勢を整えつつ、治癒魔法を発動。失った手足を復元しつつ、エウィテルに言う。

「きょ、共闘しましょう……エウィテル……!」
「僕は覇王だぞ! 誰かと協力して敵を倒すなんて――」
「は、覇王の矜持などと、い、言っている場合ではありません! こ、このままでは、わ、我々は、確実に負けます!」
「ぐっ!」
「す、水晶玉で補給した、こ、根源要素が尽きる前に! と、共に戦うのです!」

 ギャランの説得に押し黙るエウィテル。それは無言の肯定だった。

 ギャランは手足を完治させた後、エウィテルの背に右手を当てる。ギャランが呪文を唱えると、黒い光がエウィテルの体を覆った。

「グ、グレノワに記されている、さ、最強レベルの補助魔法です。こ、これで、アナタの速度と動体視力は、す、数倍になった筈……」

 エウィテルは腕を軽く上下させた後、首を横に振る。

「ダメだ! この異空間じゃあ、君の補助魔法が充分に作用していない!」
「こ、これは、前段階。さ、更なる魔法をお見せします。や、奴を確実に葬る為に……」

 輝久がそんな二人をじっと眺めていることに気付いたクローゼが、近付いてきて耳打ちする。

「なぁ、テル。アイツら、何かボソボソやってるけどさ。今攻撃した方がいいんじゃね?」
「うん。けどまぁ、こっちも……」

  輝久が呟いた後、胸の女神が言葉を発する。

『……70%』
「何か溜めてるみたいだから」

 クローゼに、そう返す。例の如く、ジエンドが何を溜めてるのかよく分からないが、無策という訳ではないようなので、輝久は成り行きに任せることにした。

 ギャランが凶気に満ちた目で、頭を掻きむしりながらエウィテルに言う。

「わ、わ、私は、きゅ、究極の魔導書グレノワに、し、記されてある魔法を、も、ものともしない、あの存在が許せないのです! グレノワを、ぐ、愚弄するかのような、り、理不尽なあの勇者の存在が!」

  エウィテルよりは理性的だと思っていたギャランが激昂していた。ギャランはグレノワを携えたまま、アルヴァーナの空を仰ぎ見ながら言う。

「ま、魔導書グレノワよ! この異空間を消去し、わ、我らを勝利に導く至高の魔法を! そ、その、だ、代償に! わ、わ、我が命を捧げる!」

  言い終わった途端、ギャランの顔は数十年が一気に過ぎ去ったように、皺だらけになる。更に、窪んだ目からは血の涙を流す。自らの体を支えきれなくなったのか、ギャランは地に這いつくばりながらもグレノワを携えて、笑っていた。

「何やってんだよ、アイツ!?」
「ひいいいっ! 恐ろしいのです!」

 変貌したギャランを見て、クローゼとネィムが驚嘆の声を漏らした。ユアンもまた驚きつつ、分析する。

「自分の命を、魔法の触媒にしたんだ!」

 ギャランの手元で、パラパラとめくれるグレノワのページ。最後まで、めくられると空白のページが現れた。そして、グレノワから、輝久が見たことのない文字が立体化して浮かび上がる。

 驚いて、輝久は叫ぶ。

「何だよ、アレ!?」
「な、無ければ、あ、新たな魔法を作り出す! そ、それが究極の生ける魔導書グレノワです……!」

 グレノワから発現した文字は、徐々にその排出速度を増し、上空へ雲霞の如く飛翔した。

 数十万を超えて空一面に広がった文字が、一斉に爆ぜる。輝久の耳にガラスの割れるような音が微かに響いた。

 胸の女神が淡々と告げる。

『敵の魔法攻撃により、ツイステッドフィールド及び、メタルフィールドが強制解除されました』
「マジか!」

 輝久は驚く。ギャランや胸の女神の言葉を借りるなら『ジエンドの力は魔法ではない』――それでも、魔導書グレノワは、ジエンドの作り出したフィールドを魔法によって解除したのだ。

 ギャランはくずおれ、口から黒い血を吐きながら、エウィテルを見上げる。

「こ、こ、これで、あ、アナタを縛るものは何もありません……や、奴を殺してください……! そ、そうすれば、グ、グレノワは、究極至高の魔導書として、か、完成します……!」

 がくりとギャランの頭が垂れる。右手をグレノワに重ねたまま、ぴくりとも動かない。

「命よりも魔導書の完成を願う、か。研究者だね。ギャラン」

 ギャランの手からグレノワを取り、エウィテルは言う。

「でも、魔導書なんかに僕は興味はない」

 そして、グレノワを宙に放り投げると、目にも留まらぬ速さで片手剣を振るった。本来の速度が戻ったエウィテルの剣技で、グレノワはあっという間に粉々の塵と化す。

 エウィテルの暴挙にクローゼが憤る。

「仲間の魔導書を……! アイツ、絶対クソ野郎だな!」

 一方、グレノワをバラすことで、自身の敏捷さが戻ったことを確信したエウィテルは、余裕を取り戻した様子で喋る。

「ギャランには感謝しているよ。空間を操るスキルさえ封じれば、僕の勝ちは揺るがないからね」

 そして、エウィテルがジエンドを目標に定めるように、片手剣を向けた時――。

『……100%』

 胸の女神の冷淡な声が響いた。

『ホワイト・マターの充填が完了しました。攻撃対象に有効な技が発動可能です』

 輝久は、ジエンドが掌から発現させたレーザーブレードを構えながら、エウィテルに言う。

「悪いな。こっちも準備ができちまったみたいだ」
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