機械仕掛けの最終勇者

土日月

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第十四章 圧倒 その三

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 僅か数メートルを隔て、絶速の覇王エウィテルと、輝久とマキが合体したラグナロク・ジエンドが対峙していた。

 俊敏さの戻ったエウィテルにしてみれば、無きにしもあらずであろう短い距離にクローゼが唸る。

「な、何かちょっと、果たし合いみたいで緊張感あるな……!」
「はいなのです!」

 クローゼとネィムの緊張を孕んだ声が輝久の耳に届く。だが、当の輝久は落ち着いていた。

 自信があった。ジエンドの充填が100%になってから繰り出された技を受けて、倒せなかった覇王は今までいないのだから。

 エウィテルもまた、自信ありげに片手剣でジエンドを指しながら言う。

「認めてやる。お前は、僕が今まで出会った中で一番強い。だから、小細工じゃなく! 純粋な能力で! 速さで僕と勝負しろ!」

 ジエンドは、エウィテルの提案を無言で肯定するかのように、レーザーブレードを後方に引いて、身を低くした。

(まるで居合抜きの体勢だな)

 そんなことを思いつつ、輝久は胸の女神の彫刻に話し掛ける。

「別に挑発に乗ることないんじゃないか?」

 おそらく、もう一度、エウィテルの速度を鈍くする異空間を作り出すことも可能な筈。それでも、ジエンドは体勢を変えなかった。一対一の勝負を正面から受けて立つようだ。

「ま、いいけど」

 輝久は呟き、エウィテルは、狙い通りとばかりに片方の口角を上げた。

「異空間消去によるデバフ解除! ギャランの補助魔法によるステータス向上! そして!」

 片手剣を構えたエウィテルの両足から、ぶわっとオーラが広がるのを輝久は視認する。

「極限まで……! 光の速度まで近付ける……! お前に勝つ為に……!」

 両足から溢れたオーラが、エウィテルの体全体を包んで淡く光り輝く。

 呼吸を荒くしつつ、エウィテルが叫ぶ。

「『アルティメット・ヴェル絶速剣技――【エクス・ルミナス】』!」

 次の瞬間、エウィテルの姿が消えた。

「勇者様!」

 ネィムが溜まらず叫んだ時には、エウィテルは既に剣を振り払った格好で、ジエンドが先程まで佇んでいた場所を通過していた。エウィテルの後方、何かが血飛沫をあげ、原型も留めぬ程に爆裂する。

 エウィテルは勝利を確信して、哄笑した。

「あははは! 見たかッ! 僕は覇王! 世界の頂点なんだ!」

 エウィテルの笑い声は、しかし、自身の剣に付着した黒い血液を見た時に凍り付く。

「こ、この黒い血は……ギャランの……!」

 エウィテルは呟きながら、肉片が爆散した方向に目をやった。推測通り、ギャランの黒いローブの細かい切れ端と、黒い血液が周囲に飛び散っている。

 ……不意に。エウィテルの背後から、胸の女神の声が冷たく轟いた。

量子絡合りょうしらくごうによる即時神経伝達……』

 更に、輝久が女神の後に続くように言葉を紡ぐ。

「マキシマムライト・リープド・スペース!」

 エウィテルは「くっ!」と低く唸ると、即座に距離を取り、ジエンドが繰り出すであろう技に対し、片手剣を楯にして防御した。

 だが、ジエンドはレーザーブレードを掌に仕舞うようにして消す。

「何で……どうして、剣を仕舞うんだ……?」

 呆気に取られて呟いた刹那、エウィテルは気付く。

 自分の全身に、赤い格子状の傷痕が浮き出ていることに――。

「そんな……いつの間に……」

 覇王の矜持など完全に消え失せて、泣き出しそうな顔でエウィテルは言う。

「デバフは解除したのに……どうして……どうして……僕より速いんだよ……」

 言い終わった途端、砂の彫像が崩れるように、エウィテルは粉々になって飛散した。

 肉片どころではなく、大気に溶けるようにして消えてしまったエウィテルを見て、輝久は思う。

(何万回、連続で斬りつけたら、ああなるんだろ)

 どこか他人事のように考えているうちに、ジエンドの体が発光。各パーツが輝久の四肢から脱着されて、一箇所に集合。幼女女神のマキへと戻る。

 マキは輝久に近付くと、足にしっかと抱きついてきた。

「お馴染ミの勝利の抱擁デス。しかシ、いっぱイ斬りましたネ」
「『斬りましたネ』って、お前も他人事かよ」

 そんな会話をしていると、仲間達が駆け寄ってくる。

 クローゼが笑顔で輝久に尋ねてきた。

「すげえな! いつの間に斬ったんだよ、テル!?」
「……知らない」

 ユアンも驚きを隠さない表情で言う。

「僕には全く見えなかったよ!」
「……俺にも全く見えなかったよ」

 ネィムは興奮して、腕を胸の前でブンブンを振る。

「勇者様、とっても格好良かったのです!」
「……はい。どうも」

 自分がやったことなのに、全然覚えていない。相変わらずの手応えのなさを感じつつ、輝久は大きな溜め息を吐いた。

「つーか、殺すつもりなかったのに……」

 ぼそりと呟く。結果的に、ギャランもエウィテルも死んでしまった。そこまで強い敵でもなかったし、殺す必要はなかった気がする。

 何処となく罪悪感を覚えていると、ユアンとクローゼがフォローしてくれる。

「い、いや、彼らが向かってきたからだよ。テルは悪くない」
「そうだよ! 逃がしてやるって言ったのに、逃げなかった! で、勝手に自滅しただけだ!」
「まぁ、そうだけど」
「でも、やっぱり何だかちょっと可哀想なのです……」

 ネィムが呟き、輝久も軽く頷いた。

 少しの沈黙の後、ネィムは何か閃いたように笑顔を見せた。

「お祈りしてあげましょうです!」

 エウィテルは無論のこと、ギャランの遺体も灰になって飛散したらしく、辺りには何も無い。それでも、ネィムは手を組んで祈りだした。

 輝久もまた手を合わせる。すると、マキは明後日の方向を向きながら、手を合わせて言った。

「ナムナムー」
「マキちゃん! そっちじゃなくて、こっちなのです!」
「アッ。もう見えなイので。失礼いたシましタ」

 クローゼとユアンも手を合わして、皆で黙祷していると――。

「はーっはっはっはっは!!」

 しわがれた笑い声が輝久の耳に入る。「何だ、何だ!?」と、祈るのを止めて、輝久は声のした方を見た。

 遠くの岩場の陰。例の仙人のような白ヒゲの老人が、声高らかに笑っていた。

「今日は笑ってる!! しかも、大声で高笑い!?」

 輝久は驚いて叫ぶ。覇王と戦っている時に姿を見せる謎の老人だが、こんなに楽しげに笑うのを見たのは初めてだった。

 マキが輝久の隣で言う。

「大声で笑っテいるのデスか? なら『大声爆笑オジイサン』と改名いたしマス」
「だから、呼び方はどうでもいい!」

 すると、ネィムがキョロキョロと辺りを窺いながら、不思議そうな顔をした。

「何処にいるのです? ネィムには何も聞こえないのです」
「え!? あんな大声で笑ってるのに? ほら、あの岩場の――」

 輝久は老人を指さすが、未だにキョロキョロするネィム。クローゼも首を傾げる。

「アタシも姿どころか、声も聞こえねえ」

 ユアンもまた、こくりと頷いた。

(ってことは、あの爺さん……俺にしか見えてない、のか?)

 思い返してみれば、マキだって今まで老人の姿を認識できていなかった気がする。不意に、輝久の背筋を冷たい汗が伝った。

 ちょっと待って! 何か怖い! じゃあアレ、もしかして幽霊!? い、いや、サムルトーザと戦う前に肩に触れたしな! ない、ない! 

 安心したくて、輝久は自分にそう言い聞かせる。だが、幽霊じゃなかったとして、アレは一体何なのか。

 突如、カリカリカリとマキから音が聞こえたので、輝久はビクリと体を震わせた。

「お、脅かすなよ!」
「これまデ、テルが老人に関しテ語ったデータをまとメ、分析していマス……」
「分析って……マキもジエンドみたいなことができるのか!?」
「ハイ。分析完了デス。大声爆笑オジイサンの正体が判明いたしマシタ」

 ごくりと生唾を呑みながら、輝久はマキの話に聞き入る。マキが線の入った口を開く。 

「テルが心の中デ作り出しタ『イマジナリー・フレンド』だと思われマス」
「多分、違うよ!?」

 輝久は叫んだ。クローゼが不思議そうに聞いてくる。

「イマジナリー何ちゃらって、どういうことだ?」
「つまり、テルが頭の中で作り出した妄想ってことじゃないかな」

 ユアンが言うと、ネィムは怯えた顔を見せた。

「何だか不気味なのです……」
「そ、そうだよな。怖いよな、あの爺さん」

 ネィムの言葉に輝久は頷く。しかし、ネィムは首を横に振った。

「あ……えっと……勇者様が、です」
「俺が不気味なの!?」

 しかし、脳内で老人のイマジナリー・フレンドを生み出す勇者を、ネィムが怖がる気持ちも分からなくはない。

「つーかコレ、何の時間!? とにかくあの爺さん、覇王のこととか知ってる筈なんだよ!! 後を追おう!!」

 輝久は老人の方に向かおうとするが――。

「お待ちくだサイ。テル以外、姿が見えナイものデ。『イマジナリー・オジイサン』はどちらでショウ?」
「こっちだ! あと、イマジナリー・オジイサン言うな! 俺の妄想じゃないから! 絶対!」

 輝久は言いながら、老人のいる岩場まで駆け出した。だが、ほんの数秒走った時――。

「テル! アレ、見ろよ!」

 クローゼが叫ぶ。振り返ると、ネィムも「ああっ!」と手を口に当てて、別の方角を見ている。

「どうした!?」
「ゴーレムさんです!」

 嬉しそうにネィムが指さす。近くに、岩石の巨大モンスターが佇んでいた。

「何だよ、ゴーレムかよ。って……」

 輝久もそちらに視線を向ける。意思を持つ、巨大な鉱物が佇んでいた。間近に見ると、ファンタジー世界ならではといった感じがして、輝久はゴーレムに見入ってしまう。

「近くで見ると、やっぱ大きいな。それに、硬そうだし」
「テ、テル! ダメだよ!」
「あっ……」

 ユアンに言われて、輝久は自分の口に手を当てる。

(しまった! 『大きい』とか『硬そう』とか言っちゃダメなんだった! 覇王と戦ったり、色々あったから忘れてた!)

  するとゴーレムが、ゆっくりと口を開く。

「ヒドイ……! モウ……無理……!」

  それは低く男らしい声だったが、悲しみに満ちていた。そして、言い終わった後、ゴーレムはガラガラと音を立てて崩れた。

 輝久は今日一番の絶叫をする。

「攻撃してないのに、ゴーレムが崩れたああああああああ!?」
「精神的に傷ついて、存在が保てなくなったんだよ!」

 ユアンの言葉に、マキが被せるように言う。

「テル。悪口も立派ナ攻撃デス」
「悪口、言ってないと思うんだけど!!」

 クローゼが慌てた顔で、ネィムに聞く。

「ネィム! 治せるか?」
「すぐにパーツを集めれば、治せると思いますです!」
「よし! 皆で手分けしてゴーレムの破片を集めようぜ!」

 仲間達が一斉にゴーレムの破片を集め始める。

 悪口は言ってない――と輝久は思う。だが、こうなった責任は自分にある。輝久もまた、地面に散らばった岩石を拾い集めた。

(ああ、もう! 何で、こんなこと!)

 数分後。クローゼとユアンが笑顔を見せた。

「おっ! ゴーレムの目に光が戻ったぜ!」
「頭部は大体、復元できたね!」

 マキとネィムがハイタッチをしているのを横目に、輝久は岩場を窺う。

 ゴーレムは助かりそうだが、謎の老人は当然のように消えていた。
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