8 / 45
連載
第十四章 圧倒 その三
しおりを挟む
僅か数メートルを隔て、絶速の覇王エウィテルと、輝久とマキが合体したラグナロク・ジエンドが対峙していた。
俊敏さの戻ったエウィテルにしてみれば、無きにしも非ずであろう短い距離にクローゼが唸る。
「な、何かちょっと、果たし合いみたいで緊張感あるな……!」
「はいなのです!」
クローゼとネィムの緊張を孕んだ声が輝久の耳に届く。だが、当の輝久は落ち着いていた。
自信があった。ジエンドの充填が100%になってから繰り出された技を受けて、倒せなかった覇王は今までいないのだから。
エウィテルもまた、自信ありげに片手剣でジエンドを指しながら言う。
「認めてやる。お前は、僕が今まで出会った中で一番強い。だから、小細工じゃなく! 純粋な能力で! 速さで僕と勝負しろ!」
ジエンドは、エウィテルの提案を無言で肯定するかのように、レーザーブレードを後方に引いて、身を低くした。
(まるで居合抜きの体勢だな)
そんなことを思いつつ、輝久は胸の女神の彫刻に話し掛ける。
「別に挑発に乗ることないんじゃないか?」
おそらく、もう一度、エウィテルの速度を鈍くする異空間を作り出すことも可能な筈。それでも、ジエンドは体勢を変えなかった。一対一の勝負を正面から受けて立つようだ。
「ま、いいけど」
輝久は呟き、エウィテルは、狙い通りとばかりに片方の口角を上げた。
「異空間消去によるデバフ解除! ギャランの補助魔法によるステータス向上! そして!」
片手剣を構えたエウィテルの両足から、ぶわっとオーラが広がるのを輝久は視認する。
「極限まで……! 光の速度まで近付ける……! お前に勝つ為に……!」
両足から溢れたオーラが、エウィテルの体全体を包んで淡く光り輝く。
呼吸を荒くしつつ、エウィテルが叫ぶ。
「『アルティメット・ヴェル――【エクス・ルミナス】』!」
次の瞬間、エウィテルの姿が消えた。
「勇者様!」
ネィムが溜まらず叫んだ時には、エウィテルは既に剣を振り払った格好で、ジエンドが先程まで佇んでいた場所を通過していた。エウィテルの後方、何かが血飛沫をあげ、原型も留めぬ程に爆裂する。
エウィテルは勝利を確信して、哄笑した。
「あははは! 見たかッ! 僕は覇王! 世界の頂点なんだ!」
エウィテルの笑い声は、しかし、自身の剣に付着した黒い血液を見た時に凍り付く。
「こ、この黒い血は……ギャランの……!」
エウィテルは呟きながら、肉片が爆散した方向に目をやった。推測通り、ギャランの黒いローブの細かい切れ端と、黒い血液が周囲に飛び散っている。
……不意に。エウィテルの背後から、胸の女神の声が冷たく轟いた。
『量子絡合による即時神経伝達……』
更に、輝久が女神の後に続くように言葉を紡ぐ。
「マキシマムライト・リープド・スペース!」
エウィテルは「くっ!」と低く唸ると、即座に距離を取り、ジエンドが繰り出すであろう技に対し、片手剣を楯にして防御した。
だが、ジエンドはレーザーブレードを掌に仕舞うようにして消す。
「何で……どうして、剣を仕舞うんだ……?」
呆気に取られて呟いた刹那、エウィテルは気付く。
自分の全身に、赤い格子状の傷痕が浮き出ていることに――。
「そんな……いつの間に……」
覇王の矜持など完全に消え失せて、泣き出しそうな顔でエウィテルは言う。
「デバフは解除したのに……どうして……どうして……僕より速いんだよ……」
言い終わった途端、砂の彫像が崩れるように、エウィテルは粉々になって飛散した。
肉片どころではなく、大気に溶けるようにして消えてしまったエウィテルを見て、輝久は思う。
(何万回、連続で斬りつけたら、ああなるんだろ)
どこか他人事のように考えているうちに、ジエンドの体が発光。各パーツが輝久の四肢から脱着されて、一箇所に集合。幼女女神のマキへと戻る。
マキは輝久に近付くと、足にしっかと抱きついてきた。
「お馴染ミの勝利の抱擁デス。しかシ、いっぱイ斬りましたネ」
「『斬りましたネ』って、お前も他人事かよ」
そんな会話をしていると、仲間達が駆け寄ってくる。
クローゼが笑顔で輝久に尋ねてきた。
「すげえな! いつの間に斬ったんだよ、テル!?」
「……知らない」
ユアンも驚きを隠さない表情で言う。
「僕には全く見えなかったよ!」
「……俺にも全く見えなかったよ」
ネィムは興奮して、腕を胸の前でブンブンを振る。
「勇者様、とっても格好良かったのです!」
「……はい。どうも」
自分がやったことなのに、全然覚えていない。相変わらずの手応えのなさを感じつつ、輝久は大きな溜め息を吐いた。
「つーか、殺すつもりなかったのに……」
ぼそりと呟く。結果的に、ギャランもエウィテルも死んでしまった。そこまで強い敵でもなかったし、殺す必要はなかった気がする。
何処となく罪悪感を覚えていると、ユアンとクローゼがフォローしてくれる。
「い、いや、彼らが向かってきたからだよ。テルは悪くない」
「そうだよ! 逃がしてやるって言ったのに、逃げなかった! で、勝手に自滅しただけだ!」
「まぁ、そうだけど」
「でも、やっぱり何だかちょっと可哀想なのです……」
ネィムが呟き、輝久も軽く頷いた。
少しの沈黙の後、ネィムは何か閃いたように笑顔を見せた。
「お祈りしてあげましょうです!」
エウィテルは無論のこと、ギャランの遺体も灰になって飛散したらしく、辺りには何も無い。それでも、ネィムは手を組んで祈りだした。
輝久もまた手を合わせる。すると、マキは明後日の方向を向きながら、手を合わせて言った。
「ナムナムー」
「マキちゃん! そっちじゃなくて、こっちなのです!」
「アッ。もう見えなイので。失礼いたシましタ」
クローゼとユアンも手を合わして、皆で黙祷していると――。
「はーっはっはっはっは!!」
しわがれた笑い声が輝久の耳に入る。「何だ、何だ!?」と、祈るのを止めて、輝久は声のした方を見た。
遠くの岩場の陰。例の仙人のような白ヒゲの老人が、声高らかに笑っていた。
「今日は笑ってる!! しかも、大声で高笑い!?」
輝久は驚いて叫ぶ。覇王と戦っている時に姿を見せる謎の老人だが、こんなに楽しげに笑うのを見たのは初めてだった。
マキが輝久の隣で言う。
「大声で笑っテいるのデスか? なら『大声爆笑オジイサン』と改名いたしマス」
「だから、呼び方はどうでもいい!」
すると、ネィムがキョロキョロと辺りを窺いながら、不思議そうな顔をした。
「何処にいるのです? ネィムには何も聞こえないのです」
「え!? あんな大声で笑ってるのに? ほら、あの岩場の――」
輝久は老人を指さすが、未だにキョロキョロするネィム。クローゼも首を傾げる。
「アタシも姿どころか、声も聞こえねえ」
ユアンもまた、こくりと頷いた。
(ってことは、あの爺さん……俺にしか見えてない、のか?)
思い返してみれば、マキだって今まで老人の姿を認識できていなかった気がする。不意に、輝久の背筋を冷たい汗が伝った。
ちょっと待って! 何か怖い! じゃあアレ、もしかして幽霊!? い、いや、サムルトーザと戦う前に肩に触れたしな! ない、ない!
安心したくて、輝久は自分にそう言い聞かせる。だが、幽霊じゃなかったとして、アレは一体何なのか。
突如、カリカリカリとマキから音が聞こえたので、輝久はビクリと体を震わせた。
「お、脅かすなよ!」
「これまデ、テルが老人に関しテ語ったデータをまとメ、分析していマス……」
「分析って……マキもジエンドみたいなことができるのか!?」
「ハイ。分析完了デス。大声爆笑オジイサンの正体が判明いたしマシタ」
ごくりと生唾を呑みながら、輝久はマキの話に聞き入る。マキが線の入った口を開く。
「テルが心の中デ作り出しタ『イマジナリー・フレンド』だと思われマス」
「多分、違うよ!?」
輝久は叫んだ。クローゼが不思議そうに聞いてくる。
「イマジナリー何ちゃらって、どういうことだ?」
「つまり、テルが頭の中で作り出した妄想ってことじゃないかな」
ユアンが言うと、ネィムは怯えた顔を見せた。
「何だか不気味なのです……」
「そ、そうだよな。怖いよな、あの爺さん」
ネィムの言葉に輝久は頷く。しかし、ネィムは首を横に振った。
「あ……えっと……勇者様が、です」
「俺が不気味なの!?」
しかし、脳内で老人のイマジナリー・フレンドを生み出す勇者を、ネィムが怖がる気持ちも分からなくはない。
「つーかコレ、何の時間!? とにかくあの爺さん、覇王のこととか知ってる筈なんだよ!! 後を追おう!!」
輝久は老人の方に向かおうとするが――。
「お待ちくだサイ。テル以外、姿が見えナイものデ。『イマジナリー・オジイサン』はどちらでショウ?」
「こっちだ! あと、イマジナリー・オジイサン言うな! 俺の妄想じゃないから! 絶対!」
輝久は言いながら、老人のいる岩場まで駆け出した。だが、ほんの数秒走った時――。
「テル! アレ、見ろよ!」
クローゼが叫ぶ。振り返ると、ネィムも「ああっ!」と手を口に当てて、別の方角を見ている。
「どうした!?」
「ゴーレムさんです!」
嬉しそうにネィムが指さす。近くに、岩石の巨大モンスターが佇んでいた。
「何だよ、ゴーレムかよ。って……」
輝久もそちらに視線を向ける。意思を持つ、巨大な鉱物が佇んでいた。間近に見ると、ファンタジー世界ならではといった感じがして、輝久はゴーレムに見入ってしまう。
「近くで見ると、やっぱ大きいな。それに、硬そうだし」
「テ、テル! ダメだよ!」
「あっ……」
ユアンに言われて、輝久は自分の口に手を当てる。
(しまった! 『大きい』とか『硬そう』とか言っちゃダメなんだった! 覇王と戦ったり、色々あったから忘れてた!)
するとゴーレムが、ゆっくりと口を開く。
「ヒドイ……! モウ……無理……!」
それは低く男らしい声だったが、悲しみに満ちていた。そして、言い終わった後、ゴーレムはガラガラと音を立てて崩れた。
輝久は今日一番の絶叫をする。
「攻撃してないのに、ゴーレムが崩れたああああああああ!?」
「精神的に傷ついて、存在が保てなくなったんだよ!」
ユアンの言葉に、マキが被せるように言う。
「テル。悪口も立派ナ攻撃デス」
「悪口、言ってないと思うんだけど!!」
クローゼが慌てた顔で、ネィムに聞く。
「ネィム! 治せるか?」
「すぐにパーツを集めれば、治せると思いますです!」
「よし! 皆で手分けしてゴーレムの破片を集めようぜ!」
仲間達が一斉にゴーレムの破片を集め始める。
悪口は言ってない――と輝久は思う。だが、こうなった責任は自分にある。輝久もまた、地面に散らばった岩石を拾い集めた。
(ああ、もう! 何で、こんなこと!)
数分後。クローゼとユアンが笑顔を見せた。
「おっ! ゴーレムの目に光が戻ったぜ!」
「頭部は大体、復元できたね!」
マキとネィムがハイタッチをしているのを横目に、輝久は岩場を窺う。
ゴーレムは助かりそうだが、謎の老人は当然のように消えていた。
俊敏さの戻ったエウィテルにしてみれば、無きにしも非ずであろう短い距離にクローゼが唸る。
「な、何かちょっと、果たし合いみたいで緊張感あるな……!」
「はいなのです!」
クローゼとネィムの緊張を孕んだ声が輝久の耳に届く。だが、当の輝久は落ち着いていた。
自信があった。ジエンドの充填が100%になってから繰り出された技を受けて、倒せなかった覇王は今までいないのだから。
エウィテルもまた、自信ありげに片手剣でジエンドを指しながら言う。
「認めてやる。お前は、僕が今まで出会った中で一番強い。だから、小細工じゃなく! 純粋な能力で! 速さで僕と勝負しろ!」
ジエンドは、エウィテルの提案を無言で肯定するかのように、レーザーブレードを後方に引いて、身を低くした。
(まるで居合抜きの体勢だな)
そんなことを思いつつ、輝久は胸の女神の彫刻に話し掛ける。
「別に挑発に乗ることないんじゃないか?」
おそらく、もう一度、エウィテルの速度を鈍くする異空間を作り出すことも可能な筈。それでも、ジエンドは体勢を変えなかった。一対一の勝負を正面から受けて立つようだ。
「ま、いいけど」
輝久は呟き、エウィテルは、狙い通りとばかりに片方の口角を上げた。
「異空間消去によるデバフ解除! ギャランの補助魔法によるステータス向上! そして!」
片手剣を構えたエウィテルの両足から、ぶわっとオーラが広がるのを輝久は視認する。
「極限まで……! 光の速度まで近付ける……! お前に勝つ為に……!」
両足から溢れたオーラが、エウィテルの体全体を包んで淡く光り輝く。
呼吸を荒くしつつ、エウィテルが叫ぶ。
「『アルティメット・ヴェル――【エクス・ルミナス】』!」
次の瞬間、エウィテルの姿が消えた。
「勇者様!」
ネィムが溜まらず叫んだ時には、エウィテルは既に剣を振り払った格好で、ジエンドが先程まで佇んでいた場所を通過していた。エウィテルの後方、何かが血飛沫をあげ、原型も留めぬ程に爆裂する。
エウィテルは勝利を確信して、哄笑した。
「あははは! 見たかッ! 僕は覇王! 世界の頂点なんだ!」
エウィテルの笑い声は、しかし、自身の剣に付着した黒い血液を見た時に凍り付く。
「こ、この黒い血は……ギャランの……!」
エウィテルは呟きながら、肉片が爆散した方向に目をやった。推測通り、ギャランの黒いローブの細かい切れ端と、黒い血液が周囲に飛び散っている。
……不意に。エウィテルの背後から、胸の女神の声が冷たく轟いた。
『量子絡合による即時神経伝達……』
更に、輝久が女神の後に続くように言葉を紡ぐ。
「マキシマムライト・リープド・スペース!」
エウィテルは「くっ!」と低く唸ると、即座に距離を取り、ジエンドが繰り出すであろう技に対し、片手剣を楯にして防御した。
だが、ジエンドはレーザーブレードを掌に仕舞うようにして消す。
「何で……どうして、剣を仕舞うんだ……?」
呆気に取られて呟いた刹那、エウィテルは気付く。
自分の全身に、赤い格子状の傷痕が浮き出ていることに――。
「そんな……いつの間に……」
覇王の矜持など完全に消え失せて、泣き出しそうな顔でエウィテルは言う。
「デバフは解除したのに……どうして……どうして……僕より速いんだよ……」
言い終わった途端、砂の彫像が崩れるように、エウィテルは粉々になって飛散した。
肉片どころではなく、大気に溶けるようにして消えてしまったエウィテルを見て、輝久は思う。
(何万回、連続で斬りつけたら、ああなるんだろ)
どこか他人事のように考えているうちに、ジエンドの体が発光。各パーツが輝久の四肢から脱着されて、一箇所に集合。幼女女神のマキへと戻る。
マキは輝久に近付くと、足にしっかと抱きついてきた。
「お馴染ミの勝利の抱擁デス。しかシ、いっぱイ斬りましたネ」
「『斬りましたネ』って、お前も他人事かよ」
そんな会話をしていると、仲間達が駆け寄ってくる。
クローゼが笑顔で輝久に尋ねてきた。
「すげえな! いつの間に斬ったんだよ、テル!?」
「……知らない」
ユアンも驚きを隠さない表情で言う。
「僕には全く見えなかったよ!」
「……俺にも全く見えなかったよ」
ネィムは興奮して、腕を胸の前でブンブンを振る。
「勇者様、とっても格好良かったのです!」
「……はい。どうも」
自分がやったことなのに、全然覚えていない。相変わらずの手応えのなさを感じつつ、輝久は大きな溜め息を吐いた。
「つーか、殺すつもりなかったのに……」
ぼそりと呟く。結果的に、ギャランもエウィテルも死んでしまった。そこまで強い敵でもなかったし、殺す必要はなかった気がする。
何処となく罪悪感を覚えていると、ユアンとクローゼがフォローしてくれる。
「い、いや、彼らが向かってきたからだよ。テルは悪くない」
「そうだよ! 逃がしてやるって言ったのに、逃げなかった! で、勝手に自滅しただけだ!」
「まぁ、そうだけど」
「でも、やっぱり何だかちょっと可哀想なのです……」
ネィムが呟き、輝久も軽く頷いた。
少しの沈黙の後、ネィムは何か閃いたように笑顔を見せた。
「お祈りしてあげましょうです!」
エウィテルは無論のこと、ギャランの遺体も灰になって飛散したらしく、辺りには何も無い。それでも、ネィムは手を組んで祈りだした。
輝久もまた手を合わせる。すると、マキは明後日の方向を向きながら、手を合わせて言った。
「ナムナムー」
「マキちゃん! そっちじゃなくて、こっちなのです!」
「アッ。もう見えなイので。失礼いたシましタ」
クローゼとユアンも手を合わして、皆で黙祷していると――。
「はーっはっはっはっは!!」
しわがれた笑い声が輝久の耳に入る。「何だ、何だ!?」と、祈るのを止めて、輝久は声のした方を見た。
遠くの岩場の陰。例の仙人のような白ヒゲの老人が、声高らかに笑っていた。
「今日は笑ってる!! しかも、大声で高笑い!?」
輝久は驚いて叫ぶ。覇王と戦っている時に姿を見せる謎の老人だが、こんなに楽しげに笑うのを見たのは初めてだった。
マキが輝久の隣で言う。
「大声で笑っテいるのデスか? なら『大声爆笑オジイサン』と改名いたしマス」
「だから、呼び方はどうでもいい!」
すると、ネィムがキョロキョロと辺りを窺いながら、不思議そうな顔をした。
「何処にいるのです? ネィムには何も聞こえないのです」
「え!? あんな大声で笑ってるのに? ほら、あの岩場の――」
輝久は老人を指さすが、未だにキョロキョロするネィム。クローゼも首を傾げる。
「アタシも姿どころか、声も聞こえねえ」
ユアンもまた、こくりと頷いた。
(ってことは、あの爺さん……俺にしか見えてない、のか?)
思い返してみれば、マキだって今まで老人の姿を認識できていなかった気がする。不意に、輝久の背筋を冷たい汗が伝った。
ちょっと待って! 何か怖い! じゃあアレ、もしかして幽霊!? い、いや、サムルトーザと戦う前に肩に触れたしな! ない、ない!
安心したくて、輝久は自分にそう言い聞かせる。だが、幽霊じゃなかったとして、アレは一体何なのか。
突如、カリカリカリとマキから音が聞こえたので、輝久はビクリと体を震わせた。
「お、脅かすなよ!」
「これまデ、テルが老人に関しテ語ったデータをまとメ、分析していマス……」
「分析って……マキもジエンドみたいなことができるのか!?」
「ハイ。分析完了デス。大声爆笑オジイサンの正体が判明いたしマシタ」
ごくりと生唾を呑みながら、輝久はマキの話に聞き入る。マキが線の入った口を開く。
「テルが心の中デ作り出しタ『イマジナリー・フレンド』だと思われマス」
「多分、違うよ!?」
輝久は叫んだ。クローゼが不思議そうに聞いてくる。
「イマジナリー何ちゃらって、どういうことだ?」
「つまり、テルが頭の中で作り出した妄想ってことじゃないかな」
ユアンが言うと、ネィムは怯えた顔を見せた。
「何だか不気味なのです……」
「そ、そうだよな。怖いよな、あの爺さん」
ネィムの言葉に輝久は頷く。しかし、ネィムは首を横に振った。
「あ……えっと……勇者様が、です」
「俺が不気味なの!?」
しかし、脳内で老人のイマジナリー・フレンドを生み出す勇者を、ネィムが怖がる気持ちも分からなくはない。
「つーかコレ、何の時間!? とにかくあの爺さん、覇王のこととか知ってる筈なんだよ!! 後を追おう!!」
輝久は老人の方に向かおうとするが――。
「お待ちくだサイ。テル以外、姿が見えナイものデ。『イマジナリー・オジイサン』はどちらでショウ?」
「こっちだ! あと、イマジナリー・オジイサン言うな! 俺の妄想じゃないから! 絶対!」
輝久は言いながら、老人のいる岩場まで駆け出した。だが、ほんの数秒走った時――。
「テル! アレ、見ろよ!」
クローゼが叫ぶ。振り返ると、ネィムも「ああっ!」と手を口に当てて、別の方角を見ている。
「どうした!?」
「ゴーレムさんです!」
嬉しそうにネィムが指さす。近くに、岩石の巨大モンスターが佇んでいた。
「何だよ、ゴーレムかよ。って……」
輝久もそちらに視線を向ける。意思を持つ、巨大な鉱物が佇んでいた。間近に見ると、ファンタジー世界ならではといった感じがして、輝久はゴーレムに見入ってしまう。
「近くで見ると、やっぱ大きいな。それに、硬そうだし」
「テ、テル! ダメだよ!」
「あっ……」
ユアンに言われて、輝久は自分の口に手を当てる。
(しまった! 『大きい』とか『硬そう』とか言っちゃダメなんだった! 覇王と戦ったり、色々あったから忘れてた!)
するとゴーレムが、ゆっくりと口を開く。
「ヒドイ……! モウ……無理……!」
それは低く男らしい声だったが、悲しみに満ちていた。そして、言い終わった後、ゴーレムはガラガラと音を立てて崩れた。
輝久は今日一番の絶叫をする。
「攻撃してないのに、ゴーレムが崩れたああああああああ!?」
「精神的に傷ついて、存在が保てなくなったんだよ!」
ユアンの言葉に、マキが被せるように言う。
「テル。悪口も立派ナ攻撃デス」
「悪口、言ってないと思うんだけど!!」
クローゼが慌てた顔で、ネィムに聞く。
「ネィム! 治せるか?」
「すぐにパーツを集めれば、治せると思いますです!」
「よし! 皆で手分けしてゴーレムの破片を集めようぜ!」
仲間達が一斉にゴーレムの破片を集め始める。
悪口は言ってない――と輝久は思う。だが、こうなった責任は自分にある。輝久もまた、地面に散らばった岩石を拾い集めた。
(ああ、もう! 何で、こんなこと!)
数分後。クローゼとユアンが笑顔を見せた。
「おっ! ゴーレムの目に光が戻ったぜ!」
「頭部は大体、復元できたね!」
マキとネィムがハイタッチをしているのを横目に、輝久は岩場を窺う。
ゴーレムは助かりそうだが、謎の老人は当然のように消えていた。
31
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。