機械仕掛けの最終勇者

土日月

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第29311章 天動地蛇の円環(クリカエスセカイ)――全壊のロロゲ

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 光の女神ティアと輝久、そしてネィムは、武芸都市ソブラでユアンとクローゼを仲間にした後、順調にタンバラ国まで辿り着いた。

 ユアンから、暑さの厳しい国だと聞いていた通り、強烈な日光が輝久の肌を焼く。だが、照りつける日差しも気にならぬ程、輝久は目前の光景に見入っていた。

  ……まるで廃墟だった。タンバラ独特の建物が、ミサイルが投下されたかのように、瓦礫と成り果てている。

 タンバラ国の惨状を目の当たりにして、最初に声をあげたのはクローゼだった。

「酷でぇ! 何だよ、こりゃあ!」

 ユアンが、真剣な顔で辺りを見回しながら言う。

「タンバラ国には、魔王軍四天王『極悪非道のフォルテ』ってダークエルフがいるらしい。彼女がやったのかも知れないね」
「まだ生きている人がいるかも知れませんです!」

 ネィムの言葉に輝久は頷いた。だが、ネィムと共に瓦礫に向かおうとした輝久の隣で、ティアが目を細めて呟く。

「アレは……?」

 輝久達の数メートル先、呆然と佇むダークエルフがいた。

 警戒しつつ、ティアがゆっくりと歩を進める。輝久も緊張しながら、ティアに続いた。

「アナタが『極悪非道のフォルテ』?」

 ティアに話し掛けられても、ダークエルフは心ここにあらずといった様子で、一点を見詰めている。ティアは語調を強めて、再度問う。

「コレはアナタがやったの?」

 その途端、ダークエルフは震えながら、頭を抱えた。

「違う……違う……! やったのは……戴天王界覇王……全壊のロロゲ……!」
「戴天王界覇王?」
「全壊のロロゲ?」

  ティアと輝久は互いに意味不明な言葉を繰り返し、顔を見合わせる。輝久は、アルヴァーナの住人であるネィムやユアンに視線を向けるが、彼らもまた首を傾げていた。

「殺された……! 我が部下も、人間も……こ、子供達ですら……!」

 歯を食い縛りながら、ダークエルフはそう言った。その後、ようやくハッと気付いたように、まじまじと輝久達を眺める。

「あ、アナタ達は……?」
「アタシらは勇者のパーティだよ」

 クローゼの返答に、ダークエルフは目を大きく開いた。輝久とティアに視線を向けた後で、少しく安堵の表情を浮かべる。

「そうか……! 勇者と女神が、このタンバラに……!」

 呟くや、ダークエルフは輝久の足元にすがりつく。

「まだ生き残っている部下や人間達がいる! 助けてやってくれ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。アンタは魔王軍四天王のフォルテなんだよな?」
「そうだ! だが、私は形だけの四天王! 誰も救えない! だから、お前が救ってやってくれ!」

 真摯に訴えるフォルテに、輝久は冷淡な眼差しを向けていた。

「いやいや。四天王のお願いとか、そんなの信じられるかよ」

 輝久は吐き捨てる。同調するように、ティアも頷いた。

「当然ね。罠かも知れないし」
「そ、そんなことはない! 信じてくれ!」

 ティアは、フォルテに対して警戒を続けながら言う。

「大体、そのロロゲって奴がこの国を襲ったとして、どうしてアナタは無事な訳?」
「ロロゲはダークエルフだ! 同じ種族という理由で、私には力を振るわない!」

 フォルテは目尻に涙を溜めて、輝久達に深く頭を下げた。

「信じてくれ! お願いだ! 私と協力して、ロロゲを倒してくれ!」
「な、泣いていますです。あ、あの……勇者様、どうするです?」

 ネィムが躊躇いがちに輝久の顔を窺う。輝久は少し口元を歪めた。

「ネィム。騙されちゃダメだって。こういうの、敵がよくやる手だから」
「そうなのです?」
「まぁ確かに、話が出来すぎてて信じられねえよなあ」

 クローゼがそう呟き、兄のユアンも静かに頷いた。

 しばらく沈黙していたフォルテだったが――。

「なら、私一人で行く」

 思い詰めた様子で、その場から歩き去る。

 輝久もティアも、後を追わず、ただ訝しげな表情をフォルテの背中へと向けていた。


         ◇ ◇ ◇


 フォルテが去った後、輝久達は瓦礫に埋もれている人々の救出を開始した。だがそれは、遺体の発見作業に過ぎなかった。

 しばらくすると、フォルテが去った方角から、ツインテールのダークエルフが歩いてきた。左手に持った懐中時計のような物と、輝久を交互に見て「勇者、みっけー!」と甲高い声をあげる。

 ネィムが口に手を当てて、悲鳴を押し殺すようにして後ずさる。ダークエルフの右手には、フォルテの頭部があった。ダークエルフはフォルテの髪を持ち、ぶらんぶらんと揺らせていた。

「あ、コレ? 裏切り者ー。同種のよしみで生かしてあげたのにさー」

 フォルテの生首を輝久の方に転がしながら、ダークエルフは高い声で笑う。

「アタシのこと、聞いてる? 戴天王界覇王、全壊のロロゲだよー」

 クローゼが、目前にいるツインテールのダークエルフを見て、舌打ちする。

「チッ! じゃあ、あの四天王の言ってたこと、ホントだったのかよ!」

 輝久の鼓動が激しくなっていく。ティアから、アルヴァーナは寝ながらでも攻略できる異世界だと聞いていた。なのに、タンバラ国の惨状に、フォルテの生首。死が足元まで忍び寄ってくる感覚に、輝久は呼吸を荒くする。

「落ち着いて、テル。ここは難度F世界。大丈夫よ」

 ティアは、輝久の心中を見透かしたようにそう言った。

「それより、気を付けるのは仲間の存在よ。彼女一人で、こんなことができる訳がない。タンバラの惨状を引き起こした集団が周囲にいる筈よ。注意して」
「な、なるほど」

 輝久は、普段通り冷静に分析するティアを頼もしく思った。しかし――。

「あははははは! バカだねー! 全部アタシ一人でやったんだよー!」

 ロロゲは、けたたましく笑う。ティアは辺りに注意を払いながら、ロロゲを睨んだ。

「アナタ一人で? どうやって?」
「今、見せてあげるよー」

 言うや、ロロゲは着ていた服の裾を持って、たくし上げた。

 途端、輝久は信じられないものを見る。露わになったロロゲの腹部には、鮫のような乱杭歯の並ぶ、巨大な口があった。

 輝久は絶句し、ティアも目を見開く。巨大な口は、ぱかりと開き、その口腔内にバチバチと電流のようなものをまとう黒い球を生成し始めていた。

「アレを吐き出すつもりだ!」

 輝久が危険を察して叫ぶ。だが、ロロゲの腹部から、黒球が吐き出されることはなかった。牙のある口が、黒球を噛み砕くように『ばくん』と閉じられる。刹那、轟音と共に輝久の視界は、真っ白になった。

 ……次に輝久が目を開いた時、周りには荒野が広がっていた。自分達がいる半径数メートルの足場を残し、全てが消し飛び、廃墟と化している。

 楽しげなロロゲの声が輝久の耳に届く。

「アンタらの周りだけ残してあげたんだよー! 圧倒的な力を前に、絶望する姿が見たくてさー!」

 クローゼとネィムは顔面蒼白で、周囲を見渡していた。

「あ、ありえねえ……!」
「な、何なのです、こ、この力は……!」

 ユアンもまた、震え声を出す。

「一瞬で、周りが荒野に……! こんな強力な魔法が存在するなんて……!」

 そんな中、ティアだけが落ち着いていた。

「魔法か、スキルかは分からない! けど、このとんでもない威力! 連発は絶対に不可能よ!」

 ティアがロロゲを指さした。

「今がチャンスよ! 皆、ロロゲを囲んで!」

 輝久はティアの意図を理解して、大きく頷いた。敵は理解不能かつ強大な力を持っていたが、それを己の誇示の為に使ってしまった。今はクールタイム。無防備な時間なのだ。

 ユアンとクローゼ、そしてネィムも頷き、率先してロロゲに向かおうとした時。

「次はもっと派手なの、いくよー」
「……え?」

 輝久は呆然と呟く。いつの間にか、ロロゲの腹の口は開かれ、口腔内には先程と同じ黒球があった。

 ロロゲがそれを躊躇なく噛み砕く。

 またしても、轟音と閃光。輝久が、どうにか瞼を開く。

 今度は荒野どころではなかった。ティアと輝久、二人だけが立っている足場を残して、辺りは海になっている。

「ユ、ユアン!? クローゼ!? ネィム!?」

 輝久が叫ぶのを見て、ロロゲは楽しげに嗤う。

「何処にもいないよー。タンバラと一緒に消し飛んだんだからー」

 まるで奇術だった。今、輝久が立っているのは、水平線の見える小島のような場所。まるで、何処か遠くに瞬間移動させられたかのようである。だが、そうではない証拠に、輝久の足元にはタンバラの建物の残骸があった。

「ほ、本当に、国を丸ごと消し飛ばしちまったのかよ……!」

  輝久の傍にいるティアも愕然としていたが、その焦燥は輝久のものとは違っていた。

「そんな……こ、こんなに強力なスキルを連続で放てるなんて……!」

 絶望したと思われたティアだが、キッと視線を鋭くしてロロゲを睨み、右腕を向けた。

「次はない! 絶対に!」

 私が仕留めるとばかりに、光の魔力を右腕に集めるティアを、ロロゲは鼻で笑った。

「ホント、バッカじゃない? 浅い経験則で、わかった風に語るなっつーの」

 輝久は、開かれたロロゲの腹部に、またしても黒球があることに気付く。先程のリプレイのように、ロロゲが黒球を噛み砕いた。

 次に輝久が目を開いた時。ティアは消え去り、自分とロロゲだけが小島に佇んでいた。

 輝久の体から汗が滝のように流れ、手足はガクガクと震えた。

「こ、こ、こんな……こんなこと……!」
「何発だって放てるんだよー。これが『覇王』。わかったー?」

 楽しげに喋るロロゲを前に、輝久は激しく後悔していた。

 どうして! 一体どうして、こんなことに! そうだ! フォルテの言うことを信じていれば! 太刀打ちできないにしても、ロロゲが来る前に逃げることくらいはできた筈!

 しかし、時は既に遅かった。ロロゲがゆっくりと輝久に歩み寄る。

「ひぃっ!」

 輝久は情けない声を出して、武芸都市ソブラで入手していた勇者の盾をかざした。

 ロロゲが一際大きな笑い声をあげる。

「あはははははは! そんな盾で防げる訳ねーでしょ!」

 輝久も、そんなことはわかっている。咄嗟に盾をかざしたのは、凄まじい恐怖に対する本能的な所作だった。

「あー、面白かった。じゃあ、バイバイ」
「待っ……!」

  輝久が言い終わらない内に、ロロゲが腹部の黒球を噛み砕いた。途端、かざした勇者の盾もろとも、輝久の体は粉々に破壊され、消し飛んだ。

 体も心も失われて、草場輝久はもう何も考えることはできない。ただ、ロロゲの甲高い笑い声だけが魂に刻印されたかのように、いつまでも暗闇の中で響いていた。
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