機械仕掛けの最終勇者

土日月

文字の大きさ
15 / 45
連載

第十六章 偶の女神

しおりを挟む
 ロロゲは客観的に見ても、ジエンドが言ったように戦闘不能。それでも、輝久は緊張を緩めない。ロロゲの目が、まだ光を宿しているからだ。

「アタシはもう動けない……けどね……もう一つの依頼は、果たさせて貰う!」

 不気味な言葉の後、『カッ』と強烈な光がロロゲが倒れた場所上空より照射された。

「ま、まだ魔法を使えるのかよ!」

 話が違うと輝久は狼狽えながら叫ぶが、マキは冷静に辺りを見回していた。

「大丈夫ッぽいデス。誰もダメージを受けていまセン」
「大丈夫ッぽいって……! けどまぁ、確かに」

 突然の眩い光に驚いたが、マキの言うように自分も仲間も全くの無傷だ。

「倒れる前に、魔法を放っていたのかも知れないね」
「けど、不発だったってことか。助かったぜ」

 ユアンとクローゼが互いにそう言った。輝久もホッとしつつ、ロロゲの様子を窺う。

 奥の手の魔法が不発だったことに、さぞや悔しがっていると思った。だが、ロロゲは、満身創痍で倒れ伏しつつも、邪悪な笑みを浮かべていた。

(何だ……?)

 輝久が訝しく思ったその時。傍にいたネィムが震える声を出した。

「アレは一体……何なのです……!?」

 ネィムが指さしているのは、ロロゲのいる場所から十メートル程度離れた場所だった。輝久は咄嗟にそちらを見て――吃驚する。

 先程まで、何も無かった空間。そこに見覚えのある者がいた。

 フードを被った白髭の老人だ。輝久が覇王と戦う際、いつも現れるあの老人である。

 しかし、普段とは違うことが二つあった。一つは老人が片膝を突き、苦しげに顔を歪めていること。二つ目は――。

「何だ!? あの爺さん、急に現れやがったぜ!!」
「さっきまで、あそこには何も無かった筈なのに……!」

 クローゼとユアンが、老人を眺めながらそう言ったのだ。

「ええっ、見えるのか!?」

 輝久が叫ぶと、クローゼ、ユアン、そしてネィムも頷いた。

 マキも、老人の方をジッと見て言う。

「マキにも見えるのデス」

(今まで俺以外、誰にも見えてなかったのに!)

 突如、甲高い笑い声が聞こえて、輝久はビクリとしてロロゲの方を見る。くずおれたまま、ロロゲは輝久を見て、笑っていた。

「あははは……お前の弱点を……壊してやったぞ……!」
「お、俺の弱点!? あの爺さんが!?」

 言っている意味がよく分からないが、どうやら先程の閃光は、老人に対しての攻撃だったらしい。

 輝久はとにもかくにも、倒れた老人に向けて駆け出した。パーティメンバーも輝久に続く。

「大丈夫か、爺さん!」

 輝久が近寄ると、老人は「うう……」と苦しげに唸った。マキが傍で神妙に語る。

「皆に見えるということハ、テルが脳内で生み出した『イマジナリー・オジイサン』ではナイようデス」
「だから、それは違うって言ってんじゃん!」
「アッ。今、このオジイサン、どことなク薄くなっタような気が致しマス」
「またお前は適当なことを! 人間が薄くなったり、濃くなったりする筈が……」
「ほ、本当に薄くなってるのです!」

 ネィムに言われて、輝久は老人をまじまじと見る。体全体の色彩が薄れ、輪郭がぼやけている。

「うわっ! ホントだ!」

 輝久は叫ぶ。ユアンが顎に手を当てて思案していた。

「もしかしたら、ゴーストに近い存在なのかも知れないね」
「ゴースト……! ってか、待て! このまま消えちまうんじゃないだろうな!?」
 
 輝久は焦るが、老人は苦しげに唸りながらも、皺だらけの顔に笑みを浮かべた。

「大丈夫だ……ワシがいなくなっても……問題はない……」
「問題あるだろ! アンタにゃ聞きたいことが山ほどあるんだ!」

 老人は、しかし、そう叫ぶ輝久を見てはいなかった。笑みを浮かべたまま、独りごちる。

「愚かなり、戴天王界……ワシが全ての鍵だと思っておるのか……ワシが消えたところで、ラグナロク・ジ・エンドにさしたる変化などない」
「だから何言ってんのか分かんねえよ! ちゃんと説明を――」
「皆! ロロゲが!」

 輝久の言葉を遮るように、フォルテが不意に叫ぶ。輝久が振り返ると、満身創痍のロロゲが立ち上がっていた。

「次は……許さないからね……!」

 ふらつきながらも、ふわりと宙に浮く。

「あの野郎、逃げるぞ!」

 クローゼが追おうとした、その時。

『ウー、ウー、ウー、ウー、ウー!』

 突如、マキの方からサイレン音が鳴り響いた。

「マキ!? 何で、このタイミングでサイレンなんだよ!?」

 輝久が問うも、マキは放心状態でサイレンを発し続けていた。覇王が現れる時に鳴るマキのサイレン。だが、ロロゲは既に目の前にいる。

 宙に浮かびかけていたロロゲが「あ……?」と、間の抜けた声を出して、自分の腹部を眺めた。ジエンドの攻撃によって、歯の欠けた腹部の口腔内から『ヌッ』と巨大な腕が現れる。

 それはジエンドのような機械の腕だった。だが、鏡面ではなく、黒い金属。それでいてジエンドの腕よりも太い。

(何だ、アレ!?)

 輝久は息を呑む。最初は、ロロゲの新しい技かと思った。しかし、ロロゲ自身が驚愕して、顔を青ざめさせている。

「いつの間に、アタシの体に……!?」

 もう一本の機械の腕がロロゲの腹部より現れて、両手でロロゲ腹部の口を押し広げた。肉の裂けるブチブチという音が周囲に響く。

「や、やめて……!」

 ロロゲの懇願など無視するように、は腹部を無理矢理こじ開けるようにして、這い出してきた。腹部の口と、上の口から同時に「ごぼっ」と血の塊を吐くロロゲ。金切り声で絶叫しながら、ロロゲは辺りに大量の血液を撒き散らしていた。

 輝久は、近くにいたネィムを引き寄せる。幼女に見せるには、あまりにも凄惨な光景だったからだ。

 やがて、ロロゲの絶叫が止んだ。輝久が目を向けると、ロロゲは上半身と下半身が分かたれて、絶命していた。そして、はその傍に直立していた。

「思念体の破壊をもって、ロロゲ、貴様の役目は終了。後はが引き継ぐ」

 くぐもった低い声で、は語った。クローゼが大声で叫ぶ。

「何だぁ!? ロロゲの腹から、でっけえカラクリ人形が出てきやがったぜ!!」

 マキを初めて見た時も、クローゼはカラクリ人形と表現していた。アルヴァーナで暮らす人々にとって、目前の奇怪な物体をそう言い表すしかないのだろう。

(人形ってか、これは……!)

 しかし、日本で暮らし、ゲームや小説に通じていた輝久はクローゼ達よりは的確に、を表現することができた。

「ロボット――いや、魔導機械って奴かよ!」 

 排気音のような呼吸。怪しく光り輝く双眸。生物とは言い難い黒色のメタルボディを見て、輝久はそう叫んだ。

 どこか獣を彷彿とさせる頭部より、再び低い声が響く。

の名はメガルシフ……六世界統一覇王メガルシフ……」
「一日で覇王、現れすぎだろ! つーか、六世界統一って! ボクシングかっての!」

 メガルシフと名乗る新たな覇王を前に、輝久はそう言った。少し冗談めかしたのは、仲間に心配を掛けたくなかったから。実際のところ、輝久の心臓はばくんばくんと早鐘を打つ。暴虐の覇王サムルトーザに直面した時以上の圧力を感じていたからだ。それに加え、連戦に次ぐ連戦。はたして今、自分はジエンドに変身できるのかという不安が、更に輝久の緊張を高めた。

 くずおれた老人もまた、メガルシフを眺めて呟く。

「ワシが今まで見たことのない覇王だ……」
「ヤ、ヤバそうだよな? これは流石に」
「心配はいらぬ……どのような敵が現れても、お前なら大丈夫だ……」

 確信めいた目を、老人は輝久に向けていた。

「仲間を大切に思い、魔王軍四天王フォルテのことも信じた……お前はあの頃のワシとは違う」
「爺さん? 何を言って……」
「むしろ焦るべきは、戴天王界だ……可逆神殺の計に生じたほころびを感じて、な……」

 相変わらず輝久には意味不明だったが、メガルシフが老人の言葉に反応した。

「可逆神殺の計は順調に推移している。時の覇王クロノザは、全てを見越している。全壊のロロゲが勇者を殺せないことも。そして、が代わりに勇者を滅ぼすことも」

 輝久のパーティは誰一人として、メガルシフの言葉が理解できない。だが、消え入りそうな老人は、にやりと口元を歪めた。

「『全てを見越している』じゃと? 時の覇王クロノザですら、今、何が起こっておるのか、真に理解してはおるまい……」

 老人は、メガルシフから視線をマキに移した。老人の眼光が鋭くなる。

「『ぐうの女神』が、アルヴァーナに降臨したのだ」

 そう言ってから、老人は天を仰いだ。空の向こうにいる何者かに告げるように、大声を振り絞る。

「聞いているか、戴天王界! これからは貴様らが震える番だ……!」

「グウの女神……」

 輝久は呟き、キョトンとしているマキを眺めた。ネィムもまた、不思議そうな顔をする。

「それって、マキちゃんのことなのです?」

 すると、マキは小首を傾げた。

「マキはジャンケンの女神なのでショウか?」

 老人は何も言わずに、ただマキを見て、優しく微笑んだ。その後、またも苦しそうな表情を浮かべる。ホログラム映像のように、老人の体全体が乱れた。

「爺さん!? ダメだって!! まだ、死んじゃ!!」

 今にも消えそうな老人に、輝久は叫んだ。

 メガルシフは輝久に視線を向け、感情に乏しい声を出す。

「死ぬも生きるもない。それは、ただの意識の集積にすぎぬ。無駄で無意味な六万回以上もの……」
「無駄で無意味……か。そうではない……」

 苦しげながらも、老人は口角を上げる。

「時間にすれば数百年……それら全てが、この『奇跡を超える奇跡』に繋がるのだ……」
「おい、爺さん! しっかりしろって!」

 老人には輝久の声が届いていないようだった。その目は輝久の方を向いてはいるが、別のものを映していた。

 老人が、掠れる声で言う。

「ティア……」

 その瞬間、輝久はハッと思い出す。老人が呟いたのは、夢に出てくる女神の名だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。