イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト

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14.モブ役者はイケメン俳優に心ごと溶かされる

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 確かにさっきまでは腰が抜けていたけれど、今はちゃんと立ち上がることくらいできる。
 そう言いたかったのに、その前に僕の身体は東城とうじょうによって抱き上げられていた。
 俗に言う、お姫様抱っこというやつだ。

「東城、はずかしいから降ろして……っ!」
「ダメです、油断したときが一番危ないんですから!」
 怪我でもしたらどうするんですか、とつづける東城におとなしく従うしかなかった。

「ごめん東城、ありがとう……」
 ひとまずベンチに降ろしてもらったところで、あらためてお礼を言う。
 目の前にひざまずくようにして控える東城は、気づかわしげな視線で僕の顔を見上げていた。

 こうしてあらためて見ても、東城の顔は整っていて、イケメンなんて一言じゃ物足りないほどにカッコいい。
 だけどコイツのカッコ良さは、外見だけじゃない。
 なによりも、中身が男前なんだ。

 あぁ、クソ、やっぱり敵わないな。
 どこをとっても完璧で、なんでこんな人がいるんだろうかって、天を恨みたくなる。
 好きだけど、負けたくなくて、ずっと競い合っていたい相手だ。

 そんな関係性は、なんて呼んだらいいんだろうか?
 答えが出せないままに、東城の顔を見続けていられなくて、ふと視線を落とした。
 すると東城の手は、さっき颯田川さったがわさんを殴ったせいで赤く腫れていた。

「この手、赤くなっちゃって……本当にごめん!僕のせいで!」
 そっと手を伸ばし、赤くなった手の甲を労るようになでる。
 謝りたかったのは、怪我をさせたことだけじゃなく、恩人とも言うべき人を殴らせてしまったこともふくめてのことだ。

「謝んないで、羽月はづきさん。羽月さんはなんも悪くないから、俺がやりたくてやったことだし」
 なのに東城は、ほほえむばかりで、僕を責めようともしない。
 なぁ、なんでお前は、そんなに僕にやさしいの?

 胸がいっぱいになって、次の言葉が出てこない。
 それに聞きたいことだって、いくつもある。
 どうしてここに来たのかとか、番犬ってなんだよ!とか、キリがない。

「それより、羽月さん……アイツになにされたの?こんな痕までつけられて……俺がもう少し早く来てれば、羽月さんに怖い思いなんてさせずに済んだのに……」
 そっと東城の指が、僕の首すじをなぞってくる。

「っ、それは……っ」
 キスをされそうになって、よけたときに噛まれた痕だ。
 だけどなんだろう、あのときはただ気持ち悪かっただけなのに、触れてくるその指が東城のものだと思うだけで、妙に気はずかしい。

「んっ……ちょっと待った……あぅ」
 まるで汚れた箇所を拭き取るように、何度も服の袖口でゴシゴシとこすられ、その刺激がくすぐったくて、そこから全身にゾクゾクとしたなにかが広がっていく。

「えっ、あっ、ごめん羽月さんっ!!」
 なぜか一瞬にして顔を真っ赤に染め上げた東城が、あわてて両手をあげながら後ろに下がった。
 その大げさなくらいの反応を見せる姿がおかしくて、どういうことなのか見極めようと、ジッとその目をのぞきこむ。

「……ねぇ、羽月さん……その記憶、俺に上書きさせて?」
「え……?」
 だけど東城は僕の視線を受け止めると、ベンチに手をつき、身を乗り出すようにして、色気をまとった熱っぽい視線で返してくる。

 切なげに細められた目は、よそ見をすることもなく、ただ一心に僕のことだけを見つめている。
 その真剣なまなざしは、愛し合うもの同士が別れを告げる例のシーンの稽古をやった、あのときを思い出させるものだった。

 まるで本当に東城に愛おしいと思われているんじゃないかって、そんな都合のいい解釈をしてしまいそうになる。
 そんな風に見つめられたら、それだけで身体の芯が熱くなってくるような錯覚に陥りそうだった。

 ───ダメだ、そんな風に期待をしてしまっては。
 きっと、裏切られることになるだけだ。
 傷つかないためには、身のほどをわきまえなくては……。

 そこまで考えたところで、ハッと気づいた。
 あぁそうか、僕はやっぱりまだ東城のことが好きで、そして東城からも愛されたいなんて願ってしまっていたのかってことに。

 スッと立ち上がった東城が身を屈めてのぞきこんでくるのに、とまどいを浮かべてその顔を見上げた。
「東、城……?」
 おそるおそるといった感じに手を伸ばしてきたと思ったら、ぎゅっと抱きしめられた。

 そのやさしく抱きしめてくる腕はどこまでも力強くて、なのにどこか僕に拒否されることに怯えているようにも感じられる。
 なぁ、お前はどうしてそんなに僕を期待させるようなことをすんの?

 好きだって、心のうちをぶちまけたくなる。
 役だけじゃなく、現実でもお前の隣に立ちたいんだって、そんなワガママを言いたくなってしまう。
 そんなの地味顔の僕じゃ、とてもつり合わないだろうことはわかっていても、どうしてもその気持ちが抑えきれなくなりそうだ。

 あぁ、東城の匂いだぁ……。
 かぎ慣れたそれにホッとして、自然と身体から力が抜けていく。
 若干首をかたむけて、東城の胸板に頬をすり寄せた。

 大丈夫、怖くない。
 僕のことを気づかって、いつでもその腕をふりほどけるようにと、軽くしか抱きしめられていないのがわかるけど、そんなに気をつかわないでもいいんだ。

 そんな気持ちが伝わればいいと思って、そっと東城の背中に手をまわして自分から抱きつく。
 するとわかりやすく、相手の腕が強ばった。
 緊張、してるのかな。

 でもさ、そんなんじゃさっきの僕じゃないけど、つけ込む隙がありすぎじゃないか?
 僕はきっと、東城が思うよりもずっとずるい大人だし、そんな隙を見せられたら、つけ込むしかないじゃないか。

「なぁ、東城。記憶の上書き、してくれるんだろ?だったら、こっちもお前が忘れさせてくれんの?」
 そう言って、己のくちびるを指でなぞる。
 心持ち上目づかいを意識して、小首をかしげる。

 それこそ宮古みやこ怜奈れいな演じるヒロインならやりそうな、いかにもなポーズかもしれない。
 あざといとわかっていても、今は彼女の力を少しでも借りたかった。
 そうじゃなければ、僕にはとても自信が持てなかったから。

 だって、どうしたら東城に愛されるのか、想像もつかないんだ。
 僕には、自分で自信のあるところなんて、演技力くらいしかない。

 でも東城に対する誠意を見せたくて、しぐさくらいは少し真似たとしても、今は本気の演技をしたくはなかった。
 その上で、素の自分をさらしたまま、東城に無茶なお願いをしようとしてる。

 断られるんじゃないかって考えたら、本当はとても怖い。
 それでも己のなかで育った想いは、東城と向き合いたいと訴えていた。

 さっきは颯田川さんに、無理やりキスをされた。
 ぬるぬると口内を蹂躙していく舌が気持ち悪くて、嫌で嫌で仕方がなかったけど、それを忘れさせてくれるのかと、無茶なことを問いかける。

 たぶんこれは、東城の気持ちを確かめようとしているズルい策だ。
 僕は東城のことが好きだけど、それを告げるにはどうしても勇気が足りない。
 だって東城なら、相手はいくらだって選び放題なんだから。

「ねぇ、羽月さん、それ本気で言ってんの?俺に……キスしてほしいって」
 だけど東城は、ベンチの背もたれに手をつき、思った以上に食いついてきた。
 心なしか、その息が荒いし、目つきも鋭くなったような気がする。

「東城じゃなきゃ、こんなこと言うわけないだろ」
 だけど僕だって、これでも精一杯の誘い文句を言っているつもりだ。
 これでダメなら、もうあきらめるしかない。

「前から無防備すぎるって心配してたけど、あんた俺にそんなこと言ったらどうなるか、わかってなさすぎだろ!後悔してもしらないからなっ!」
 ベンチに腰かける僕の横に腰を落とし、身を反転させるようにして、あらためて抱き寄せられた。

「後悔するくらいなら、こんなこと言うわけないだろ?」
 若干上ずったような声で、しかし目には欲の火が灯っている東城に、余裕のあるふりをしてこたえる。
 こんなところでも、年上の余裕とやらを見せたくなってしまう僕は、よほどの負けず嫌いなんだろうか。

「んぅっ!」
 だけど次の瞬間、東城からの熱烈なキスが降り散らされる。
 荒々しくされるキスは、まさにむさぼるように、何度もこちらのくちびるを食んでくる。

「んむっ、んっ、ふ……っ!」
 口内に差し込まれた舌は、縦横無尽に動きまわり、クチュクチュといやらしい音を立てていた。

 あ、ヤバい……、己の気持ちを自覚した上でされるキスは、簡単にこちらの理性までもを溶かしていく。
 されるがままに、でも舌をからめ合う感触が気持ち良くて、上あごの辺りをなぞられれば、腰の辺りに甘いしびれが走るようだった。

 しばらくは無言のままに舌をからめ合う。
 聞こえるのは、おたがいの荒い息づかいと、舌の立てる水音と、そして耳の奥で大きくこだまする、はち切れそうなほどの心臓の脈打つ音だけだった。

 もうさっきからドキドキが止まらなくて、胸は締めつけられるように、うずくような甘い痛みを訴えてくる。
 そんな僕のことを抱きしめている東城には、ひょっとしてこの心臓のバクバクが伝わってしまっているだろうか。

「ん、ふぅ……はぁっ」
 やがて舌をからめ合い、何度も食まれていたくちびるが解放されるころには、すっかり息が上がっていた。
 なんだか全身も弛緩して、腰が抜けていた。

「~~~んっ、ふ……あぁ……」
 スッと離れていく東城との口の間に、透明な糸のような唾液がつながって、そしてすぐに切れた。

 ……なぁ、東城。
 この前の演技の稽古のときの、つたないキスはなんだったの?
 めっちゃ上手くなってんじゃん、バカ!

 思い当たる節は、宮古怜奈とのキスシーンを何度も演じたことがきっかけとしか思えなくて、そんなことにもチリッと胸がうずいた。
 いや、ヒロイン相手のラブシーンに嫉妬してもしょうがないんだけどさ。
 頭で理解するのと、納得するのは別ものだ。
 
「好き、大好き、羽月さんこと、ずっと前から愛してる。もうずっと、こうしてキスしたかった」
 だけど、解放されたと思って油断をしていたら、耳元でいきなり愛の言葉をささやかれた。

「はっ!?え、あ……うぅ、なにはずかしいこと言ってんだよ」
「羽月さん、もしかして照れてるの?かわいいなぁ」
 こっちが言えなくて、もだもだしていたセリフをさらりと言われ、頬に朱が走る。

 あぁ、もう、なんだよこのイケメン!
 僕を照れ死にさせる気か!
 こんな真っ正面からのストレートな告白、今まで生きてきたなかで、役をふくめてもなかったよ。 

「ねぇ、返事は?聞かせて……」
 さりげなく手を取られ、指先に音を立ててキスをされる。
 あぁ、だからどうしてそんなキザなポーズでさえ絵になるんだよ、お前は! 

「………口で言わなきゃ、わかんねぇの?」
「うん、ちゃんと羽月さんの口から、聞きたいな」
 めちゃくちゃカッコいいって、ときめいてしまったのがくやしくて、ムダな抵抗を続ける僕に、東城がお願いをしてくる。

 なぁ、お前、わかっててやってんの?
 僕が東城のお願いに弱いって、知ってるだろ!
 そんなキラキラと期待に満ちた目で見られたら、はずかしくとも口にしなきゃって気になるじゃん。

「うぅ……、僕も、東城のことが……好きだ……」
 覚悟を決めて、必死に言葉をつむぐ。
 演技ならいくらでも甘い言葉をささやけるのに、素の自分では『好き』というたったひとことが、こんなにもむずかしいなんて。

 きっと今の僕の顔は、いっそ滑稽なほどに真っ赤に染まっていることだろう。
 火を吹きそうなくらいに熱くて、両手でおおって隠してしまいたいくらいに、はずかしい。

 そうして必死の思いで僕が返せば、とたんに東城は感極まったような顔をして、ふたたび抱きついてキスの嵐を降らせてくる。
 痕がつくほどのものではないバードキスでも、今の僕にとっては十分刺激が強かった。

「も……勘弁、して……」
「っ!!」
 東城の胸板を押し返す力は全然入らなくて、弱々しいものになってしまったし、息も絶え絶えになってしまっていたと思う。

 ガンッ!
「えっ?ちょっと、東城?!」
 こんなので止められるとは思っていなかったのに、なぜか東城はいきおい良く音を立てて地面に沈んでいった。

「む、無理いぃ~~!!」
「なにが無理なんだよ、東城!?」
 いきなり奇行に走り出した東城に、僕はとまどうしかなかった。
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