「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう

ムラサメ

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1章

騎士の誓い

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その日は、朝から雲一つない快晴だった。

 ゼノ様から贈られた、星屑を散りばめたような深い紺色のドレス。鏡に映る自分を、私はまだ少しだけ、自分ではない誰かを見ているような心地で見つめていた。
 
「よく似合っているよ、ミア。夜の妖精が迷い込んできたかと思った」
 
 朝食の席で、ゼノ様は眩しそうに目を細めて私を褒めてくれた。
 この数日、彼は「一人の騎士」として、私の傷ついた心に寄り添ってくれていた。王族のような気品はあっても、私を扱う手つきはどこまでも優しく、対等な一人の女の子として接してくれていたのだ。

​ けれど、その穏やかな時間は、一人の兵士が駆け込んできたことで唐突に終わりを告げる。

​「ゼノ様! ――隣国、サンクチュアリ王国より使者が参っております。……我が国が保護しているミア殿を、連れ戻しに来たと」

​ その瞬間、食堂の空気が凍りついた。
 私は持っていたスプーンをカタンと落としてしまう。体が、自分の意思とは関係なくガタガタと震え始めた。
 
「……連れ戻す?」

​ ゼノ様の声は、低く、静かだった。けれど、その背後に潜む圧倒的な魔力が、部屋中の空気をビリビリと震わせる。
 
「ミア……大丈夫だ。君を、あの地獄には二度と返さない」

​ ゼノ様は私の頭を優しく撫でると、そのまま立ち上がった。
 彼が謁見の間へと向かう足音は、まるで軍靴のような重々しさを湛えている。私も、恐怖で足が竦みそうになりながらも、ゼノ様の後を追った。
​ 扉が開かれると、そこには着飾った一人の男が立っていた。
 かつて私を「不吉な影」と呼び、地下室に閉じ込めた実家の執事、ライナスだった。

​「おお、ゼノ殿下。ご機嫌麗しゅう。……そしてミア、そこにいたか。何をぼうっとしている。身勝手な家出はそこまでだ。すぐに荷物をまとめなさい」

​ ライナスは、私を人間としてではなく、道端に落ちている石ころでも見るかのような冷酷な視線を向けた。

 彼はゼノ様を「隣国の王子」として尊重しているふりをしながらも、その態度は尊大そのものだった。どこか、ゼノ様が「ただのやんちゃな竜騎士」であると侮っている節があった。

​「我が国では今、原因不明の汚染が広がっておりましてな。聖女ソフィア様が『お姉様の不吉が伝染したせいだわ、お姉様を連れ戻して浄化の生贄にすれば収まるはずよ』と仰せなのです。さあ、来なさい」

​ ライナスが汚いものを掴むように私の腕に手を伸ばそうとした、その時。

​「――その汚い手を、僕の宝物に向けないでもらえるかな」

​ 凄まじい風が吹き抜けた。
 ゼノ様が、いつの間にか私の前に立っていた。
 彼の周囲には、黄金の魔力がパチパチと火花を散らし、床の石畳に亀裂が入っていく。

​「ゼ、ゼノ殿下? 何を仰るのです。これは我が国の内政問題……不吉なゴミ一人のことで、王子たるお方が口を挟まれるのは――」

​「……ゴミ?」

​ ゼノ様が微笑んだ。けれど、その瞳に光はない。
 彼はゆっくりと、腰に下げた紋章付きの剣の柄に手をかけた。それは、彼が「騎士」としてではなく、この国の「次期国王」としての意志を示す動作だった。

​「今、君は僕の恩人をゴミと呼んだのかい? ――ああ、そうか。君たちの国では、伝説の竜をたった一言で完治させ、森の瘴気を一瞬で消し去る奇跡の乙女を、そう呼ぶのか」

​「な……!? 竜を完治させただと……?」

​「君たちが『不吉』と蔑んだその黒髪は、星々の加護を受けた神聖な証だ。君たちの国が今滅びかけているのは、彼女の不吉のせいじゃない。彼女という『守り神』を、君たちがその腐った手で追い出したからだよ。……それに」

​ ゼノ様が一歩、前へ踏み出す。
 その圧迫感に耐えきれず、ライナスは無様に腰を抜かし、尻もちをついた。

​「僕はね、王子である前に、彼女の騎士なんだ。大切にしたいと思ったものは、たとえ神が相手でも譲るつもりはない。……ましてや、彼女の体についた数えきれないほどの傷跡。……あれをつけた奴らを、僕は『王子』として処断し、『騎士』として一人残らず生かしておくつもりはないよ」

​「ひ、ひぃ……っ!!」

​「帰りたまえ。そして王に伝えろ。――『ミアは、僕が……このゼノ・エリュシオンが総力を挙げて守護する。彼女に指一本触れようとするなら、我が軍の全竜をもって、貴様の国を灰にする』とな」

​ ゼノ様の背後で、城の外にいる黒竜が、地を揺らすような咆哮を上げた。
 それは単なる脅しではない。この国の王子が、国家の威信をかけて宣戦布告をした瞬間だった。
​ ライナスは、真っ青な顔で「ひ、ひいいいっ!」と悲鳴を上げながら、転がるようにして逃げ出していった。

​ 静寂が戻った謁見の間で、ゼノ様は深くため息をつくと、くるりと私の方を振り返った。
 そこには、先ほどまでの「覇王」のような冷酷さは微塵もなかった。

​「……ごめんね、ミア。怖い思いをさせてしまったかな」

​ 彼は困ったように眉を下げて、私の震える手を両手で包み込んだ。
 その温もりは、先ほどまでライナスを震え上がらせていた冷たい魔力とは正反対の、優しくて心地よいものだった。
 
「……ゼノ様。私……本当に、ここにいてもいいんですか? あの方たちが言うように、私はやっぱり……不吉を振りまく影なんじゃ……」

​「ミア。いいかい、よく聞いて」

​ ゼノ様は私の前に膝をつき、目線を合わせた。
 
「君が影だというなら、僕はその影を照らす光になる。君が夜だというなら、僕は君に寄り添う月になろう。君は、僕がこの人生で出会った中で、一番優しくて、一番尊い女の子なんだ。……君を否定する世界があるなら、そんな世界、僕が壊してあげる。……『王子』としてではなく、君だけの『騎士』として誓うよ」

​ そう言って、ゼノ様は私の手の甲に、誓うように熱いキスを落とした。
​ 私は知った。
 この人は、本気なのだ。
 向こう見ずで、優しくて、少しだけ強引な……私の、大切な騎士様。
 
 流れる涙は、もう恐怖のせいではなかった。
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