ズボラ上司の甘い罠

松丹子

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 ランチタイムは罪滅ぼしにデスクでおにぎりをくわえながら仕事をし、夕飯に花梨を誘った。花梨はまたしても急な誘いに、嫌な顔一つせずつき合ってくれた。
「お疲れ。何か進展あった?」
 にこり、と可愛らしく小首を傾げて問う。その姿とは裏腹に、言葉はまるで張り込み中の刑事にかけるそれのようであり、春菜はつい半眼になる。
「花梨ちゃん。面白がってるでしょ」
「もっちろん」
 花梨はけろっとした顔で言った。
「人の色恋の悩みほど、聞いてて面白いものはないもの」
「まあ……それはわかるけど」
 春菜は肩を竦めながら言った。花梨は愉快そうに笑い、
「あ、認めちゃった」
「え?」
「小野田さん。春ちゃんの色恋の話だって」
 春菜ははっとして花梨の顔を見た。
「ず、ずるい。誘導尋問」
「違うよー。全然誘導してないよー」
 花梨は清々しい笑顔で笑う。
 春菜はぐ、っと声を詰まらせ、ただ黙って俯いた。
「……認めます」
「おっ?」
 呟いた春菜の肯定に、花梨は目を輝かせて身を乗り出したが、
「でも、もうおしまいにするの」
「……は?」
 次ぐ言葉にがくりと肘を落とした。
「小野田課長と、夕飯に行くの。来週」
「ええ?ああ、うん。で?」
 花梨は疑問と肯定が入り混じった返答で先を促す。
「それでおしまいにするの。もう課長のことはちゃんと諦める」
 春菜の大真面目な決意の言葉と表情に、花梨はぽかんとした。
「……うんっ?」
 考えても、理解できなかったらしい。春菜は苛立った。
「だから、来週一緒にご飯食べたら、それでおしまいにするのっ。私はこの気持ちにさよならするのっ」
 拳を握った力説も、花梨には意味が分からないらしい。やはりぽかんと春菜を見つめた後、額に手を当てて深々と嘆息した。
「……春ちゃん」
「何?」
「春ちゃんのそれって、小中学生の台詞じゃない?」
「さ、さすがにそこまで子供じゃない!」
「いや、だってさぁ」
 花梨はうーんと苦笑しながら首を傾げた。
「もう好きなの止めるとか、今度はあの人にするとか、なんかそういう恋愛ごっこみたいなの……小学生のときにした気がする」
「れ、恋愛ごっこって」
 自分の気持ちはそういう中途半端なものじゃない、と反発しかけたが、やぶ蛇になりそうなので黙った。口は災いのもとだとは、最近実体験で学んだばかりだ。
「ま、いいけどさ。かーわいそ、小野田課長」
 花梨は言いながら、まるで興味を失ったように椅子の背に身体を預けた。春菜はよく分からず、じっとその続きを待つ。
「だって、春ちゃん食事に誘って、オッケーもらって、喜んでるんじゃないの?春ちゃんのことだから、自分から誘ったわけじゃないでしょ」
 何でもお見通しである。春菜は何も言えず唇を尖らせてうつむいた。
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