ズボラ上司の甘い罠

松丹子

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「おはよーございますー!!遅くなってすみません!」
 ばたーんとドアを開けてオフィスに入った春菜は、ぜぇはぁと荒い息のままばたばたとデスクに向かった。始業を告げる鐘は既に数秒前に鳴り終わった。まだ赤い顔は走ってきたせいだと思っておいてもらおうと、パソコンを立ち上げコートを脱ぎ、鞄を置いて椅子に腰掛ける。
「おはよー」
 日高がにやにやしているのは、今日の小野田の姿を知っているからか。三原は爽やかに笑っている。
「こまっちゃん、今日の課長ーー」
「おはよう。ごめんね、ちょっと遅れちゃった」
「あれ、課長、今日は爽やかスタイルですか」
 小野田は一度デスクに来てから外に出ていたらしい。ドアから自分のデスクに向かう途中、春菜のデスクにコンビニの袋を置く。
「はい、朝ごはん。ごめんね、さっき一度レジ袋ごと落としちゃったけど、中身は大丈夫だと思うから」
「でっ、あ、だ、う、ああありがとうございますすみませんっ」
 完全なる挙動不振は自分でもどうしようもない。というか落としたのは自分の責任なのだろうと分かっているのでそれ以上言いようもない。小野田は微笑みを残して自分の座席に腰掛けた。
 春菜はできるだけ小さく小さくなってーー正直もう消えて無くなりたいくらいなのだがーー早く顔の熱が冷めるように祈りつづけていた。三原と日高は互いに顔を見合せると、春菜と小野田を見比べ、やはり顔を見合わせて首を傾げた。
(ずるい。課長ってば、ずるい。ずるいずるいずるいーっ!!)
 不意打ちだ。あまりに不意打ちすぎる。もうこのままズボラな姿なのだろうと、完全に気を緩めていたのに。ここにきてどんでん返しが待っているとは想像もしていなかった。
 ーーが、ずるいと思うのは自分の勝手である。しばらく時間が開いたので、イケメンへの抗体は完全にゼロスタートになってしまった。せっかく数週間かけて慣れてきていたのに。せっかく多少マトモに応対できるようになっていたのに。せっかくーー
 言い訳ばかりが浮かぶ頭を振り払い、春菜はパソコンに向き合う。
(とにかく、仕事、仕事。今日でおしまい、今日で仕事納めなんだから。明日からお休み、明日からお休みーー)
「はー、もう年末かぁ。課長、また今年もお着物着るんですか」
「多分ね。祖母の数少ない楽しみみたいだから」
(き、着物ー!?)
 日高と小野田の会話に、勝手に和服の小野田を想像した春菜は顔面からデスクに突っ伏した。
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