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仕事納めの翌々日。田畑と春日のスイートホームへ誘われたその日である。
春菜は何を着て行こうかと散々迷った挙げ句、スカートは避けてキュロットを選んだ。オレンジに近いサーモンピンクの膝上丈のもので、腰の横に結ぶリボンがお気に入りの一枚だ。
ボトムスに可愛さを入れたので、トップスは少し上品にまとめようと、ライトグレーのハイネックニットにした。パール風のビジューが華やかに見せてくれ、アクセサリー要らずである。
服をあれこれ選びながら、脳裏を過ぎるのは小野田のことである。考えてみれば、オフィススタイルではない小野田を見たことがないのだ。
(べ、別に、私服だとどんなかなーなんて、期待してる訳じゃないんだからねっ)
と自分に言い聞かせるように思う。勝手にツンデレ気分に浸りながら、それでもあれこれ浮かぶ想像に心が浮き立っていた。
(課長のルックスなら、びしっとしたジャケットスタイルよりも柔らかい感じがいいよね。この時期なら、ざく編みニットにチノパンでシンプルにーーいや、パーカーにダークジーンズでカジュアルスタイルもいいかも)
妄想は自由である。あれこれと脳内の小野田を好みの服に着せ替えながら、うきうきと待ち合わせ場所まで向かった。
田畑からは、最寄り駅で小野田と待ち合わせ、二人で来てくれと言われている。小野田は何度か訪れたことがあるから、道は分かるだろうと聞いていた。
集合は十一時に都内の某駅である。ショートブーツにベージュのロングコートを羽織って出かけた春菜は、改札口で見つけた人影にがっくりと肩を落とした。
「……おはようございます」
声をかけると、小野田は驚いたように、読んでいた手元の文庫本から顔を上げた。
「小松さん?」
「課長。その身なり……」
小野田が何やら動揺しているのを感じつつも、春菜は自分の中で何かのスイッチが入ったように、黙っていられない。
小野田はまたしても無精髭に寝癖放題の髪、瓶底眼鏡。トレンチコートはまあいいものの、見るからに古めかしいニットに裾が擦り切れたブカブカのチノパンを履いている。
(まあ、薄々そんな気はしてたけどね……)
この胸の小さな期待とときめきを返して欲しい。
嘆息して息を吐ききった春菜は、小野田の顔をしっかりと見て、腰に手を当て言った。
「この機会にはっきり言います。課長。その姿で隣を歩かれるのは大変恥ずかしいです!」
びしっと言い切ると、小野田は一瞬ぽかんとした後、ふわりと笑って首を傾げた。
「じゃあ、どういう格好ならいいの?」
「……っ」
当然のような質問に、春菜は思わず額を押さえる。
(確かに、今まで無関心だった人に、いきなりオシャレになれと言っても……)
無理だろうというのは安易に想像がつく。
幸い、駅前には量販店がふんだんにある。
春菜は深々と嘆息して、拳を握った。
「……分かりました。三十分で見繕いましょう。ーーIT推進課の面子にかけて!」
(こうなったら、春菜プレゼンツ、課長改造計画だー!)
「そんな面子あるんだね」
熱く燃える春菜を前に、小野田はほがらかに笑った。
春菜は何を着て行こうかと散々迷った挙げ句、スカートは避けてキュロットを選んだ。オレンジに近いサーモンピンクの膝上丈のもので、腰の横に結ぶリボンがお気に入りの一枚だ。
ボトムスに可愛さを入れたので、トップスは少し上品にまとめようと、ライトグレーのハイネックニットにした。パール風のビジューが華やかに見せてくれ、アクセサリー要らずである。
服をあれこれ選びながら、脳裏を過ぎるのは小野田のことである。考えてみれば、オフィススタイルではない小野田を見たことがないのだ。
(べ、別に、私服だとどんなかなーなんて、期待してる訳じゃないんだからねっ)
と自分に言い聞かせるように思う。勝手にツンデレ気分に浸りながら、それでもあれこれ浮かぶ想像に心が浮き立っていた。
(課長のルックスなら、びしっとしたジャケットスタイルよりも柔らかい感じがいいよね。この時期なら、ざく編みニットにチノパンでシンプルにーーいや、パーカーにダークジーンズでカジュアルスタイルもいいかも)
妄想は自由である。あれこれと脳内の小野田を好みの服に着せ替えながら、うきうきと待ち合わせ場所まで向かった。
田畑からは、最寄り駅で小野田と待ち合わせ、二人で来てくれと言われている。小野田は何度か訪れたことがあるから、道は分かるだろうと聞いていた。
集合は十一時に都内の某駅である。ショートブーツにベージュのロングコートを羽織って出かけた春菜は、改札口で見つけた人影にがっくりと肩を落とした。
「……おはようございます」
声をかけると、小野田は驚いたように、読んでいた手元の文庫本から顔を上げた。
「小松さん?」
「課長。その身なり……」
小野田が何やら動揺しているのを感じつつも、春菜は自分の中で何かのスイッチが入ったように、黙っていられない。
小野田はまたしても無精髭に寝癖放題の髪、瓶底眼鏡。トレンチコートはまあいいものの、見るからに古めかしいニットに裾が擦り切れたブカブカのチノパンを履いている。
(まあ、薄々そんな気はしてたけどね……)
この胸の小さな期待とときめきを返して欲しい。
嘆息して息を吐ききった春菜は、小野田の顔をしっかりと見て、腰に手を当て言った。
「この機会にはっきり言います。課長。その姿で隣を歩かれるのは大変恥ずかしいです!」
びしっと言い切ると、小野田は一瞬ぽかんとした後、ふわりと笑って首を傾げた。
「じゃあ、どういう格好ならいいの?」
「……っ」
当然のような質問に、春菜は思わず額を押さえる。
(確かに、今まで無関心だった人に、いきなりオシャレになれと言っても……)
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春菜は深々と嘆息して、拳を握った。
「……分かりました。三十分で見繕いましょう。ーーIT推進課の面子にかけて!」
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「そんな面子あるんだね」
熱く燃える春菜を前に、小野田はほがらかに笑った。
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