ズボラ上司の甘い罠

松丹子

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 小野田は元着ていた服を袋に入れてもらうと、春菜の歩調に合わせて隣を歩きはじめた。
「十二時前についてもいいんですかね?少しゆっくり行った方がいいんですかね?」
 ご自宅を訪問するときは、ビジネスとは違いやや遅れ気味に行くのがマナーだ。それくらいは春菜でも知っているので、小野田の隣を歩きながら問う。小野田は首を傾げた。
「さあ。でも、まだ手土産買ってないから、一緒に見てみよう」
「あ、私も、課長と重なったらよくないかなって思って、買わずに来ました。そうしましょう」
 言いながら春菜の目は完全にウィンドウショッピングを楽しんでいる。思わぬ小野田のファッションコーディネートタイムについついスイッチが入ってしまい、あれ可愛い、これ課長似合いそう、と次々目が動く。
 そんな春菜の楽しげな様子を、小野田は隣を歩きながら穏やかに見守っている。ふと、デートをしているような錯覚に陥り、春菜は慌てた。
「そ、そういえば、課長。待ち合わせのとき驚いてませんでした?」
 春菜が問うと、小野田は、ああと苦笑した。
「同期だと思ってたんだよ、今日来るの」
「え?私だって聞いてなかったんですか?」
「うん。十一時に待ち合わせて連れてきてって。誰が来るのって聞いたら、お前が知ってる奴だから大丈夫って言われただけ」
 春日の言葉の少なさは彼の仕様だと思っていたのだろう。なるほどと春菜は納得して、前を歩くカップルをぼんやり見ていた。
 手をつなぎ、仲睦まじく歩いている姿に、思わず羨ましさを感じたとき、
「手、つなぐ?」
 柔らかい響きが耳をくすぐった。反射的にほてる頬を感じつつ、動揺した春菜は小野田の顔を見上げてまたカップルの繋がった手に目線を移す。
「べ、別に羨ましいなーとか思ってた訳じゃ。仲がいいなーと思ってただけで……」
 取り繕うが、本音は駄々漏れなのだろう、小野田はくすくすと笑った。
(マスクの下は、無精髭だらけなのに)
 小野田の顔の下半分は、マスクでいい具合に隠れている。小顔なのだとそれを見ても分かり悔しさすら感じる春菜を斟酌せず、小野田はそうだね、と穏やかに頷いた。
 隣を小野田が歩いている。色んなものに目移りしながら進む春菜の歩調に合わせ、時々立ち止まり、時々足を早め、時々ゆっくりと進む。そのくすぐったい温かさに、ついつい甘えたくなってくる。
 小さな段差に躓いて、春菜はたたらを踏んだ。小野田が控えめにその身体を支える。一昨日の朝と同じ、自分にはない固さにどきりと鼓動が高鳴った。
「気をつけてね」
 マスクの上の目が優しい。
 その甘さに、頑なな心が溶け出しそうな気がしてーー胸がきゅうと締め付けられ、目が反らせなくなった。
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