68 / 77
番外編① Shall we dance? ー田畑さんのお話
01
しおりを挟む
「カップル解消おめでとー」
笑って手を叩くのは、大学時代のサークルの友人、小牧香耶だ。田畑さおりはそれを半眼で見返して、唇を尖らせた。
「どうもお祝いいただきましてありがとう」
「いや、よかったじゃない。円満解消できて」
「円満なんだかどうなんだか……」
カップル、とは恋人の話ではない。社交ダンスの組の話だ。
さおりと相方は大学のサークルでカップルを結成し、卒業後も共に組んでいた。が、就職して三年が経つ頃、相方から言われたのだーー「やっぱり仕事しながら競技は続けられない。カップルを解消しよう」と。
確かに仕事しながら競技を続けるのが大変なのは身をもって分かっていたが、三年もったならこれからも大丈夫だろうという期待はあっさり裏切られた。
心の準備や次の相方探しのために、あと一年、せめて半年、時間をくれと申し出て受け入れられ、まさに昨日、その半年を迎えたところである。
さおりは窓の外に見える町並みを見ながら、机に肘をついた手に頬を預けた。
9月も下旬。ぎらぎらとした日差しは落ち着き、外はすっかり秋めいている。
「はー。せめてA級行きたかった」
「あれ。結局、B止まりだったっけ」
「残念ながら」
香耶は残念ねと言いながら、アイスコーヒーを口に含んだ。
社交ダンスのアマチュアランクは、A級をトップにD級まであり、それ以下に数字級がある。大学のサークル出身だとCかDからスタートし、実力勝負で上に上がる。細かい規定はあるが、ざっくり言うとB級の大会で二度入賞できればA級昇格。一度の入賞はできたのだが、二度目がなかなか取れなかった。
「あーあ、どうしよっかなぁ」
「人脈駆使して探してみる?」
「うーん。それも勇気がいるなぁ」
さおりは嘆息しながらアイスコーヒーをストローでぐるぐると掻き混ぜた。
「まあ、面倒だよね。色々すりあわせるのも」
「そうそう。そうなのよー」
頬杖をついて言うと、香耶は苦笑した。
「でもさ、さおりの夢ってあれでしょ。おじいちゃんおばあちゃんになっても夫婦でダンスしたいって」
さおりはちらりと香耶へ目を向け、先を促す。
「だったらちょうどいいかもよ。仕事しながら競技ダンスなんてやってたら、土日も練習とか大会で潰れて、相手に出会うきっかけもないでしょ」
「……つまり?」
「婚活」
その言葉に、さおりの表情が凍りついた。
「私たちももう25でしょ。そろそろそういう時期よー」
その言葉を聞くまいと、さおりは黙って耳を塞ぐ。香耶はその手を引っ張ると、耳元で言った。
「私のお母さん、もうこの歳には私を産んでたんだってー」
言われて言葉を失ったのは、自分の母のことを考えたからだ。さおりは長女、三つ下に弟がいる。確かに母が自分を産んだのは25だか26だか、そのくらいだった。
「香耶ぁ」
身を固める、なんて想像もできない。そもそも大学以降、ダンスに生きてしまったので、恋愛経験など高校時代のちょっとの間だけなのだ。
それも周りがカップルだらけになったから、惰性でつき合うことになり、大学に入ってしばらくする内、フェードアウトするように別れた。
「ま、お互いがんばろっ」
いい婚活パーティあったら教えるよ、私たちの年齢ならまだまだ売手市場だからさ。
そんな言葉を聞きながら、さおりは心底嘆息したのだった。
笑って手を叩くのは、大学時代のサークルの友人、小牧香耶だ。田畑さおりはそれを半眼で見返して、唇を尖らせた。
「どうもお祝いいただきましてありがとう」
「いや、よかったじゃない。円満解消できて」
「円満なんだかどうなんだか……」
カップル、とは恋人の話ではない。社交ダンスの組の話だ。
さおりと相方は大学のサークルでカップルを結成し、卒業後も共に組んでいた。が、就職して三年が経つ頃、相方から言われたのだーー「やっぱり仕事しながら競技は続けられない。カップルを解消しよう」と。
確かに仕事しながら競技を続けるのが大変なのは身をもって分かっていたが、三年もったならこれからも大丈夫だろうという期待はあっさり裏切られた。
心の準備や次の相方探しのために、あと一年、せめて半年、時間をくれと申し出て受け入れられ、まさに昨日、その半年を迎えたところである。
さおりは窓の外に見える町並みを見ながら、机に肘をついた手に頬を預けた。
9月も下旬。ぎらぎらとした日差しは落ち着き、外はすっかり秋めいている。
「はー。せめてA級行きたかった」
「あれ。結局、B止まりだったっけ」
「残念ながら」
香耶は残念ねと言いながら、アイスコーヒーを口に含んだ。
社交ダンスのアマチュアランクは、A級をトップにD級まであり、それ以下に数字級がある。大学のサークル出身だとCかDからスタートし、実力勝負で上に上がる。細かい規定はあるが、ざっくり言うとB級の大会で二度入賞できればA級昇格。一度の入賞はできたのだが、二度目がなかなか取れなかった。
「あーあ、どうしよっかなぁ」
「人脈駆使して探してみる?」
「うーん。それも勇気がいるなぁ」
さおりは嘆息しながらアイスコーヒーをストローでぐるぐると掻き混ぜた。
「まあ、面倒だよね。色々すりあわせるのも」
「そうそう。そうなのよー」
頬杖をついて言うと、香耶は苦笑した。
「でもさ、さおりの夢ってあれでしょ。おじいちゃんおばあちゃんになっても夫婦でダンスしたいって」
さおりはちらりと香耶へ目を向け、先を促す。
「だったらちょうどいいかもよ。仕事しながら競技ダンスなんてやってたら、土日も練習とか大会で潰れて、相手に出会うきっかけもないでしょ」
「……つまり?」
「婚活」
その言葉に、さおりの表情が凍りついた。
「私たちももう25でしょ。そろそろそういう時期よー」
その言葉を聞くまいと、さおりは黙って耳を塞ぐ。香耶はその手を引っ張ると、耳元で言った。
「私のお母さん、もうこの歳には私を産んでたんだってー」
言われて言葉を失ったのは、自分の母のことを考えたからだ。さおりは長女、三つ下に弟がいる。確かに母が自分を産んだのは25だか26だか、そのくらいだった。
「香耶ぁ」
身を固める、なんて想像もできない。そもそも大学以降、ダンスに生きてしまったので、恋愛経験など高校時代のちょっとの間だけなのだ。
それも周りがカップルだらけになったから、惰性でつき合うことになり、大学に入ってしばらくする内、フェードアウトするように別れた。
「ま、お互いがんばろっ」
いい婚活パーティあったら教えるよ、私たちの年齢ならまだまだ売手市場だからさ。
そんな言葉を聞きながら、さおりは心底嘆息したのだった。
0
あなたにおすすめの小説
傷痕~想い出に変わるまで~
櫻井音衣
恋愛
あの人との未来を手放したのはもうずっと前。
私たちは確かに愛し合っていたはずなのに
いつの頃からか
視線の先にあるものが違い始めた。
だからさよなら。
私の愛した人。
今もまだ私は
あなたと過ごした幸せだった日々と
あなたを傷付け裏切られた日の
悲しみの狭間でさまよっている。
篠宮 瑞希は32歳バツイチ独身。
勝山 光との
5年間の結婚生活に終止符を打って5年。
同じくバツイチ独身の同期
門倉 凌平 32歳。
3年間の結婚生活に終止符を打って3年。
なぜ離婚したのか。
あの時どうすれば離婚を回避できたのか。
『禊』と称して
後悔と反省を繰り返す二人に
本当の幸せは訪れるのか?
~その傷痕が癒える頃には
すべてが想い出に変わっているだろう~
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
Perverse second
伊吹美香
恋愛
人生、なんの不自由もなく、のらりくらりと生きてきた。
大学三年生の就活で彼女に出会うまでは。
彼女と出会って俺の人生は大きく変化していった。
彼女と結ばれた今、やっと冷静に俺の長かった六年間を振り返ることができる……。
柴垣義人×三崎結菜
ヤキモキした二人の、もう一つの物語……。
Fly high 〜勘違いから始まる恋〜
吉野 那生
恋愛
平凡なOLとやさぐれ御曹司のオフィスラブ。
ゲレンデで助けてくれた人は取引先の社長 神崎・R・聡一郎だった。
奇跡的に再会を果たした直後、職を失い…彼の秘書となる本城 美月。
なんの資格も取り柄もない美月にとって、そこは居心地の良い場所ではなかったけれど…。
友達の肩書き
菅井群青
恋愛
琢磨は友達の彼女や元カノや友達の好きな人には絶対に手を出さないと公言している。
私は……どんなに強く思っても友達だ。私はこの位置から動けない。
どうして、こんなにも好きなのに……恋愛のスタートラインに立てないの……。
「よかった、千紘が友達で本当に良かった──」
近くにいるはずなのに遠い背中を見つめることしか出来ない……。そんな二人の関係が変わる出来事が起こる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる