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第一章 ギャップ萌えって、いい方向へのギャップじゃなきゃ萌えないよね。
19 とりあえず黙って一発殴らせろ!
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午後は予定通り、前田も含むプロジェクトミーティングだ。終わるや否や席を立った前田は、私に資料を持って来た。
「吉田さん。これ、佐々木マネージャーに渡しておいて」
「ああ、はい」
今日は佐々マネは別件で不在だったのだ。
「企画部での検討事項、ちゃんと伝えてね」
「わかってるっつーの」
「だってこの前一つ抜けてたじゃない」
「あれはあんたの独り言だと思ったからよ」
「ミーティング中に独り言なんて言わないよ、吉田さんじゃないんだから」
「まーえーだーぁあ!」
私たちが話していると、他の社員が笑いながらその横を通りつつ、
「はいはい、夫婦漫才はその辺にして」
「違います!それやめてもらえません!?同類にされたくないんで!!」
「その点については同意する」
変わらない表情のままさらりと言って、じゃあまた次回と去って行く前田の後ろ姿を見ながら、私は拳をわななかせた。
「くっそ……!くっそ前田……!」
あまりの怒りに言葉が汚いのはご勘弁いただきたい。
発散できない怒りを歩みに表して、ドカドカと前田の後から会議室を出ると、ばったりなっちゃんと会った。
「サリーちゃん、今日爽やかリーマンとランチしてたの見ちゃったー。友達?彼氏?」
私は戸惑いながら苦笑する。
「どっちでもないかな」
「え、じゃあナンパ?」
そんな感じじゃなかったけどと目を丸くされて、私は益々苦笑した。経緯を話せば笑われそうなので、曖昧にごまかそうと思ったのだが、
「吉田さん、彼氏に振られて寂しいからって、昼休みにナンパはよくないよ」
いつの間にか立ち止まっていた前田が、憐れましい声で言った。また私の怒りスイッチが入る。
「違うっつの!ランチ誘って来たのは向こうだっつの!」
「へぇ……」
前田は益々憐憫を込めた目になり、
「吉田さん」
「何よ」
「猫を被って男を騙すのはもっとよくない」
こいつ……マジで……!
「サリーちゃん、サリーちゃん落ち着いて」
「離して!離してなっちゃん!この際お縄についてもいいから!一発!一発殴らせて!!」
がっちりと腕を抱え込まれた私に呆れた嘆息を残して、前田は去って行った。
「ったく。私が一体何をしたって言うのよ!」
ぶつくさ言いながら廊下を歩く私の横で、なっちゃんが苦笑している。
「前田くん、サリーちゃんにはやたらと絡むよね」
「だよね!?そうだよね!?私悪くないでしょ!?」
「うーん、でも」
なっちゃんは笑みが浮かぶ口元を手で覆った。
「前田くんと話してるときのサリーちゃん、素の感じですごく好きだよ、私。やりとり見てて面白いし」
「……」
私はコメントに困った。素というか、飾る余裕がなくなるのは確かだ。前田を見ると、もうほとんど反射のように臨戦態勢になる。毛を逆立てた猫のような気分だ。
「私は全然楽しくないんだけど」
「あはははは」
なっちゃんは笑って私の肩を叩いた。
「でも、よく分かってるからこそだよね。前田くんの台詞」
「え?」
「今の台詞だって、サリーちゃんの素のキャラと、大人対応したときのギャップを知ってるからでしょ」
指摘されると確かにそうだ。前田の台詞がいちいち癇に障るのは、それが的を射ていて、否定しきれないからだ。
私ははっとした顔をした。冗談のつもりで首を傾げる。
「もしかして、前田って私のこと好きだったりしてー」
「うん、そうかもね」
穏やかな笑顔でさらりと肯定されて、予想外の反応に私はうろたえた。
「そ、そこは否定してよー」
馬鹿みたいじゃん自意識過剰みたいじゃん!
ぽかすかとじゃれるようなパンチを肩先に当てていると、
「え、だって、そう思うもの」
なっちゃんはおおらかな笑顔で答えた。
そして私は、はたと気づいたのだった。――またジャージを返し忘れたことに。
「吉田さん。これ、佐々木マネージャーに渡しておいて」
「ああ、はい」
今日は佐々マネは別件で不在だったのだ。
「企画部での検討事項、ちゃんと伝えてね」
「わかってるっつーの」
「だってこの前一つ抜けてたじゃない」
「あれはあんたの独り言だと思ったからよ」
「ミーティング中に独り言なんて言わないよ、吉田さんじゃないんだから」
「まーえーだーぁあ!」
私たちが話していると、他の社員が笑いながらその横を通りつつ、
「はいはい、夫婦漫才はその辺にして」
「違います!それやめてもらえません!?同類にされたくないんで!!」
「その点については同意する」
変わらない表情のままさらりと言って、じゃあまた次回と去って行く前田の後ろ姿を見ながら、私は拳をわななかせた。
「くっそ……!くっそ前田……!」
あまりの怒りに言葉が汚いのはご勘弁いただきたい。
発散できない怒りを歩みに表して、ドカドカと前田の後から会議室を出ると、ばったりなっちゃんと会った。
「サリーちゃん、今日爽やかリーマンとランチしてたの見ちゃったー。友達?彼氏?」
私は戸惑いながら苦笑する。
「どっちでもないかな」
「え、じゃあナンパ?」
そんな感じじゃなかったけどと目を丸くされて、私は益々苦笑した。経緯を話せば笑われそうなので、曖昧にごまかそうと思ったのだが、
「吉田さん、彼氏に振られて寂しいからって、昼休みにナンパはよくないよ」
いつの間にか立ち止まっていた前田が、憐れましい声で言った。また私の怒りスイッチが入る。
「違うっつの!ランチ誘って来たのは向こうだっつの!」
「へぇ……」
前田は益々憐憫を込めた目になり、
「吉田さん」
「何よ」
「猫を被って男を騙すのはもっとよくない」
こいつ……マジで……!
「サリーちゃん、サリーちゃん落ち着いて」
「離して!離してなっちゃん!この際お縄についてもいいから!一発!一発殴らせて!!」
がっちりと腕を抱え込まれた私に呆れた嘆息を残して、前田は去って行った。
「ったく。私が一体何をしたって言うのよ!」
ぶつくさ言いながら廊下を歩く私の横で、なっちゃんが苦笑している。
「前田くん、サリーちゃんにはやたらと絡むよね」
「だよね!?そうだよね!?私悪くないでしょ!?」
「うーん、でも」
なっちゃんは笑みが浮かぶ口元を手で覆った。
「前田くんと話してるときのサリーちゃん、素の感じですごく好きだよ、私。やりとり見てて面白いし」
「……」
私はコメントに困った。素というか、飾る余裕がなくなるのは確かだ。前田を見ると、もうほとんど反射のように臨戦態勢になる。毛を逆立てた猫のような気分だ。
「私は全然楽しくないんだけど」
「あはははは」
なっちゃんは笑って私の肩を叩いた。
「でも、よく分かってるからこそだよね。前田くんの台詞」
「え?」
「今の台詞だって、サリーちゃんの素のキャラと、大人対応したときのギャップを知ってるからでしょ」
指摘されると確かにそうだ。前田の台詞がいちいち癇に障るのは、それが的を射ていて、否定しきれないからだ。
私ははっとした顔をした。冗談のつもりで首を傾げる。
「もしかして、前田って私のこと好きだったりしてー」
「うん、そうかもね」
穏やかな笑顔でさらりと肯定されて、予想外の反応に私はうろたえた。
「そ、そこは否定してよー」
馬鹿みたいじゃん自意識過剰みたいじゃん!
ぽかすかとじゃれるようなパンチを肩先に当てていると、
「え、だって、そう思うもの」
なっちゃんはおおらかな笑顔で答えた。
そして私は、はたと気づいたのだった。――またジャージを返し忘れたことに。
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