期待外れな吉田さん、自由人な前田くん

松丹子

文字の大きさ
19 / 85
第一章 ギャップ萌えって、いい方向へのギャップじゃなきゃ萌えないよね。

19 とりあえず黙って一発殴らせろ!

しおりを挟む
 午後は予定通り、前田も含むプロジェクトミーティングだ。終わるや否や席を立った前田は、私に資料を持って来た。
「吉田さん。これ、佐々木マネージャーに渡しておいて」
「ああ、はい」
 今日は佐々マネは別件で不在だったのだ。
「企画部での検討事項、ちゃんと伝えてね」
「わかってるっつーの」
「だってこの前一つ抜けてたじゃない」
「あれはあんたの独り言だと思ったからよ」
「ミーティング中に独り言なんて言わないよ、吉田さんじゃないんだから」
「まーえーだーぁあ!」
 私たちが話していると、他の社員が笑いながらその横を通りつつ、
「はいはい、夫婦漫才はその辺にして」
「違います!それやめてもらえません!?同類にされたくないんで!!」
「その点については同意する」
 変わらない表情のままさらりと言って、じゃあまた次回と去って行く前田の後ろ姿を見ながら、私は拳をわななかせた。
「くっそ……!くっそ前田……!」
 あまりの怒りに言葉が汚いのはご勘弁いただきたい。
 発散できない怒りを歩みに表して、ドカドカと前田の後から会議室を出ると、ばったりなっちゃんと会った。
「サリーちゃん、今日爽やかリーマンとランチしてたの見ちゃったー。友達?彼氏?」
 私は戸惑いながら苦笑する。
「どっちでもないかな」
「え、じゃあナンパ?」
 そんな感じじゃなかったけどと目を丸くされて、私は益々苦笑した。経緯を話せば笑われそうなので、曖昧にごまかそうと思ったのだが、
「吉田さん、彼氏に振られて寂しいからって、昼休みにナンパはよくないよ」
 いつの間にか立ち止まっていた前田が、憐れましい声で言った。また私の怒りスイッチが入る。
「違うっつの!ランチ誘って来たのは向こうだっつの!」
「へぇ……」
 前田は益々憐憫を込めた目になり、
「吉田さん」
「何よ」
「猫を被って男を騙すのはもっとよくない」
 こいつ……マジで……!
「サリーちゃん、サリーちゃん落ち着いて」
「離して!離してなっちゃん!この際お縄についてもいいから!一発!一発殴らせて!!」
 がっちりと腕を抱え込まれた私に呆れた嘆息を残して、前田は去って行った。
「ったく。私が一体何をしたって言うのよ!」
 ぶつくさ言いながら廊下を歩く私の横で、なっちゃんが苦笑している。
「前田くん、サリーちゃんにはやたらと絡むよね」
「だよね!?そうだよね!?私悪くないでしょ!?」
「うーん、でも」
 なっちゃんは笑みが浮かぶ口元を手で覆った。
「前田くんと話してるときのサリーちゃん、素の感じですごく好きだよ、私。やりとり見てて面白いし」
「……」
 私はコメントに困った。素というか、飾る余裕がなくなるのは確かだ。前田を見ると、もうほとんど反射のように臨戦態勢になる。毛を逆立てた猫のような気分だ。
「私は全然楽しくないんだけど」
「あはははは」
 なっちゃんは笑って私の肩を叩いた。
「でも、よく分かってるからこそだよね。前田くんの台詞」
「え?」
「今の台詞だって、サリーちゃんの素のキャラと、大人対応したときのギャップを知ってるからでしょ」
 指摘されると確かにそうだ。前田の台詞がいちいち癇に障るのは、それが的を射ていて、否定しきれないからだ。
 私ははっとした顔をした。冗談のつもりで首を傾げる。
「もしかして、前田って私のこと好きだったりしてー」
「うん、そうかもね」
 穏やかな笑顔でさらりと肯定されて、予想外の反応に私はうろたえた。
「そ、そこは否定してよー」
 馬鹿みたいじゃん自意識過剰みたいじゃん!
 ぽかすかとじゃれるようなパンチを肩先に当てていると、
「え、だって、そう思うもの」
 なっちゃんはおおらかな笑顔で答えた。

 そして私は、はたと気づいたのだった。――またジャージを返し忘れたことに。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

花の精霊はいじわる皇帝に溺愛される

アルケミスト
恋愛
崔国の皇太子・龍仁に仕える女官の朱音は、人間と花仙との間に生まれた娘。 花仙が持つ〈伴侶の玉〉を龍仁に奪われたせいで彼の命令に逆らえなくなってしまった。 日々、龍仁のいじわるに耐えていた朱音は、龍仁が皇帝位を継いだ際に、妃候補の情報を探るために後宮に乗り込んだ。 だが、後宮に渦巻く、陰の気を感知した朱音は、龍仁と共に後宮の女性達をめぐる陰謀に巻き込まれて……

幸せのありか

神室さち
恋愛
 兄の解雇に伴って、本社に呼び戻された氷川哉(ひかわさい)は兄の仕事の後始末とも言える関係企業の整理合理化を進めていた。  決定を下した日、彼のもとに行野樹理(ゆきのじゅり)と名乗る高校生の少女がやってくる。父親の会社との取引を継続してくれるようにと。  哉は、人生というゲームの余興に、一年以内に哉の提示する再建計画をやり遂げれば、以降も取引を続行することを決める。  担保として、樹理を差し出すのならと。止める両親を振りきり、樹理は彼のもとへ行くことを決意した。  とかなんとか書きつつ、幸せのありかを探すお話。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 自サイトに掲載していた作品を、閉鎖により移行。 視点がちょいちょい変わるので、タイトルに記載。 キリのいいところで切るので各話の文字数は一定ではありません。 ものすごく短いページもあります。サクサク更新する予定。 本日何話目、とかの注意は特に入りません。しおりで対応していただけるとありがたいです。 別小説「やさしいキスの見つけ方」のスピンオフとして生まれた作品ですが、メインは単独でも読めます。 直接的な表現はないので全年齢で公開します。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

ワイルド・プロポーズ

藤谷 郁
恋愛
北見瑤子。もうすぐ30歳。 総合ショッピングセンター『ウイステリア』財務部経理課主任。 生真面目で細かくて、その上、女の魅力ゼロ。男いらずの独身主義者と噂される枯れ女に、ある日突然見合い話が舞い込んだ。 私は決して独身主義者ではない。ただ、怖いだけ―― 見合い写真を開くと、理想どおりの男性が微笑んでいた。 ドキドキしながら、紳士で穏やかで優しそうな彼、嶺倉京史に会いに行くが…

家族から冷遇されていた過去を持つ家政ギルドの令嬢は、旦那様に人のぬくもりを教えたい~自分に自信のない旦那様は、とても素敵な男性でした~

チカフジ ユキ
恋愛
叔父から使用人のように扱われ、冷遇されていた子爵令嬢シルヴィアは、十五歳の頃家政ギルドのギルド長オリヴィアに助けられる。 そして家政ギルドで様々な事を教えてもらい、二年半で大きく成長した。 ある日、オリヴィアから破格の料金が提示してある依頼書を渡される。 なにやら裏がありそうな値段設定だったが、半年後の成人を迎えるまでにできるだけお金をためたかったシルヴィアは、その依頼を受けることに。 やってきた屋敷は気持ちが憂鬱になるような雰囲気の、古い建物。 シルヴィアが扉をノックすると、出てきたのは長い前髪で目が隠れた、横にも縦にも大きい貴族男性。 彼は肩や背を丸め全身で自分に自信が無いと語っている、引きこもり男性だった。 その姿をみて、自信がなくいつ叱られるかビクビクしていた過去を思い出したシルヴィアは、自分自身と重ねてしまった。 家政ギルドのギルド員として、余計なことは詮索しない、そう思っても気になってしまう。 そんなある日、ある人物から叱責され、酷く傷ついていた雇い主の旦那様に、シルヴィアは言った。 わたしはあなたの側にいます、と。 このお話はお互いの強さや弱さを知りながら、ちょっとずつ立ち直っていく旦那様と、シルヴィアの恋の話。 *** *** ※この話には第五章に少しだけ「ざまぁ」展開が入りますが、味付け程度です。 ※設定などいろいろとご都合主義です。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛

ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。 そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う これが桂木廉也との出会いである。 廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。 みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。 以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。 二人の恋の行方は……

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

処理中です...