期待外れな吉田さん、自由人な前田くん

松丹子

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第二章 本日は前田ワールドにご来場くださり、誠にありがとうございます。

33 鉄仮面の笑顔目撃がニアミスで終わったがっかり感。

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 母からのプレゼントは、真珠のネックレスだった。
 私の好みを考えてくれたのだろう、小振りな球が並んでいる。
「きちんとしたもの、一つ持っておくと便利だから」
 言われてありがたく受け取ったが、荷物が増えてしまったのでまた次に来たときに持ち帰ることにした。貴重品を持ち歩くのも緊張するしね。そういうところは昔からチキンなのだ。
 なんだか過分なお祝いをしてもらったような気がする。家族にも、友人にも。そうぼやくと、
「いいじゃない、受け取っておきなさい。少しずつ返していこうって気になるでしょ」
 あなたの幸せが一番のお礼よと母は笑った。

 翌朝、実家からなので少し遅めに出勤すると、なんと電車の中で前田を見かけた。椅子に座り、ポカンと口を開けて眠っている。
 オイオイ。大丈夫かー。
 我が社はフレックスで、コアタイムに在席していれば出勤時間は自由だ。SEは夜型の人が多いので割と遅い人が多いらしい。
 つか、この路線に乗ってるってことは――しかも座ってるってことは、もしかして実家暮らし?しかも私の実家と近い?
 そんな嫌な予感がしつつ、見て見ぬ振りをしていたが、あと一駅になってもぴくりとも動かない。すやすや気持ちよさそうに寝入っている。
 車内アナウンスが会社の最寄り駅に着く旨を告げる。私は斜め前あたりで眠り続けている前田をちらちら見たが、やっぱり起きる気配はない。時間的には寝過ごして戻って来ても二、三駅なら間に合うだろう。が、そのまま見過ごすのも如何なものか――自分の良心に問いかける。
 電車がホームに入り、窓の外の風景が近影になったとき、私は諦めのため息をついた。すみません、と横の人にことわり、リュックを抱えた前田の腕をたたく。
「前田、前田。駅だよ」
 前田は眉を寄せ、目を数度瞬かせてから私に焦点を合わせた。
 ポカンとした顔が何か言う前に、電車のドアが開く。
「ほら、降りるよ」
 その暢気さに、私は慌ててその手を引いた。前田は大人しく引っ張られて駅のホームに降り立つ。
 人混みを避けた場所まで前田を引っ張って行くと、私は振り返って眼前で手を振った。
「起きたー?」
「ああ、うん」
 前田は少しばつが悪そうな顔で目を反らす。
「……手」
「ああ」
 私は言われて初めて、まだその手首を掴んだままだったことに気づいた。
 手を離すと、前田は私が掴んでいたところを確認するように撫でた。私はむっとする。
「そんなに強く掴んでないよ」
「……吉田さんさ」
 口を開いた前田は私の不満など聞いていないらしい。
「俺が今日出張だったら、どうしたの?」
 私ははっとした。
「え、出張だったの!?」
「いや。だったら、って言ったでしょ」
「じゃあ問題ないじゃない」
 私は当然という顔で言った。前田は半眼になる。
「……吉田さんてさ」
 ため息混じりの声音に身構えると、
「何でもない」
 またそれかー!
 私はできる限り可愛げのない目で前田を睨みつけた。
「あんたさ。何でそうも、私のこと目の敵にするわけ」
 前田は目をパチパチと瞬かせた。心外という表情だ。
「目の敵にしてるつもりはないよ」
「だって、いちいち絡んで来るじゃない」
「そうかな……」
 前田は左右に小首を傾げた。
 無自覚ならなおたちが悪いと私は眉を寄せた。
 次に何を言われるかと身構えながら待っていたが、前田は私を置いてスタスタと歩き出した。慌ててその背を追いかける。
「ち、ちょっと」
「何?」
「何、じゃあないわよ。それだけ?」
 前田は首を傾げた。
「それだけって、他に何があるの?」
 私は問われてはたと考える。
「……ええと、お礼とか」
「ああ。まあじゃあ、ありがとう」
 なんだその全然誠意のこもってない言い方は。
 その不満が思い切り顔に出ていたのだろう。前田は私をじっと見て、前を向いた。
「吉田さんって」
 また来た。
「分かりやすくて面白いよね」
 ーーうん?
 いきなり出てきたポジティブワードに、一瞬対応しかねる。いや、こいつのことだから、ポジティブワードとなれば厭味で言っている可能性も大きい。
 心してかかれ!と自分の中の司令官が号令をかける。御意!と顔を引き締めたとき、ぷ、と噴き出す気配がして、前田が笑い始めた。
 はっとした私がその顔を見る間もなく、前田は唖然としている私を置いて、さっさと階段を降りて行ってしまった。
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