期待外れな吉田さん、自由人な前田くん

松丹子

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第三章 アラサー女子よ、大志を抱け!

69 頑固スイッチがオンになりました。オフにする方法を教えてください(涙)

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「ーーあ」
 ベッドに横たわり、温もりを求めて服ごしに互いの身体を愛撫していたとき、私は急に声を上げた。
「何?」
 前田が向けるその目の色気。ついつい見惚れそうになりつつ、私は目を反らす。
「その、避妊具がない」
 さすがに買っておく勇気は私になかったのである。
 ああいうのって、女子一人でどんな顔して買えばいいの?私慣れてます、って顔で買うのかな。下手なドラッグストアに行って男性店員だったりしたらきっと私速攻でUターンだわ。
 前田は一度動きを止めた後、
「……買ってこようか」
 ちょっと残念そうに言った。
「ーーええと、あと」
「まだ何か?」
「一応、言っておくけど」
「うん」
「私、初めてで」
 前田は凍りついた。かと思えば、がっくりとうなだれる。
「ーー駄目。今日はやめよう」
「え。何で?処女は重い?」
「違う。ーーこんないい加減な初めて嫌でしょ」
 前田はふてくされたらしい。とっとと私の隣に横たわり、背中を向ける。
「でも、つらいでしょ」
「放っとけばおさまる」
「……シチュエーションはいい加減でも、気持ちはいい加減じゃないでしょ」
 私が気弱になりながら言うと、前田は顔だけこちらを向いた。
「そうだけど、これが一生の思い出になっちゃうのは嫌だ」
 その頑なさに、私は嘆息する。彼なりのこだわりが刺激されたのなら、もう覆ることはないだろう。
 もぞもぞとベッドに潜り直して、前田の背中にぴたりとくっついた。
「ーー好き同士なのに」
「だからだよ」
 前田は片手を私の頭に回した。昔から変わらない私のボブヘアを撫で、静かに言う。
「ーーだから、大事にしたい」
 きゅう、とまた身体の奥が疼いた。散々触れられて熱くなり、期待している身体を持て余す。
 でもそれは前田だって一緒だろう。私は嘆息して、前田の肩に頬をすり寄せた。わずかに汗ばんだその温もりが愛おしい。
「ヨシカズ」
「なに?」
「よっしー、由くん」
「なに、急に」
 前田は笑った。私も笑う。
「ううん。なんて呼ぼうかなと思って」
「好きなようにどうぞ」
「フリーダム?」
「それは嫌だ」
 心底嫌そうな顔をされて、ちょっと嬉しくなる。
「由くん、かな」
 私が言うと、前田は嬉しそうに微笑んだ。
「里沙」
 呼ばれて照れている間もなく、触れるだけのキスをされる。
 離れた顔に浮かぶ優しい微笑に、また照れた。
「おやすみ」
「うん、おやすみ」
 私たちは一つのベッドで、ただ横になって夜を明かしたのだった。

 翌朝、髪を撫でられる心地よさに目を覚ますと、前田が優しい目で横にいた。
 眼鏡を外したその顔は見慣れなくて、ちょっとだけ照れ臭い。
「ごめん、起こした?」
「ううん。元々早起きだからーー今、何時?」
「多分、七時前」
 私はそっか、と言って起き上がった。前田はけだるげに伸びをする。
「眠れた?」
 一応聞いてみると、
「何度か意識が飛んだ、って程度かな」
 ですよね。そんな感じかと思ったけど。
「吉田さんは?眠れた?」
「あー、うん。すみません。ぐっすり寝ました」
 隣の温もりが気持ち良くて、思いの外すやすや眠ってしまった私である。申し訳なくて肩をすくめると、前田は微笑んだ。
「そう、ならよかった」
 前田は、さて、とベッドから抜け出た。スプリングがはね返ってきてちょっと切ない。その顔を見て前田は苦笑した。
「帰らなきゃ変な疑いがかかっちゃう。オールなんて普段しないし」
 だろうね。私たちも、ぼちぼちそんな年齢でもないし。
「彼女できた、って、言っちゃうとか」
「多分信じてもらえない」
 前田は言いながら眼鏡をかけた。いつもの顔になった、と思った自分がちょっとだけおかしく感じて笑う。
「前田」
「何?」
「……次は、私からは誘わないよ」
 前田はちらりと私を見て、ちょっとだけ気恥ずかしそうにそっぽを向いて、うん、と頷いた。
「分かった。吉田さんなりに、勇気出してくれたっていうのは」
 私も気恥ずかしくなってうつむく。
「……ちょっと勉強しておく」
 前田の言葉に、はっとして顔を上げた。
「いい!しなくていい!」
「え、だって直接的な表現じゃあんまりでしょ?ロマンティックな方がいいんじゃないの?」
「いや、それはそうかもしれないけど……、でも、勉強は」
「ポルノ見るって話とは別だよ」
 言われて私はうろたえた。いや、勉強っていったらてっきりそういうことだと思うじゃん。思うよね?別にアダルトビデオを男の人が見ることに拒否感がある訳じゃないけど、あえて機会を提供する気にはならない乙女心なの。分かるよね?
「……勉強しなくても、前田らしい方法でいい」
 私だって、私なりにがんばったんだから。
 俯いたまま自信なく言うと、前田は一瞬の間の後嘆息した。目を上げる前に、前田が私を抱きしめる。
 うわ。……嬉しい。
 昨晩一日だけで、ずいぶん身体の距離が縮んだように思う。あれだけ触れたいと思い続けていた身体が、自分に触れている喜びに、私もおずおずと前田の背中に手を回す。
「ほんと、参った」
「え?」
「なんか、いい匂いしてるし、黙って家まで俺を引っ張って行こうとするし、でも何も言わないし……」
 前田の声が耳元でする。それだけでくすぐったくて、うずうずする。
 コロンつけてたの、気づいてたんだ。全然いつもと変わらないから気づいてないかと思ってた。
「変な期待しちゃって嫌われたくないし、どうしようどうしようって……」
 ふー、とまた前田が嘆息した。私は黙ったまま前田の声に耳を傾ける。そんな風に思っていたんだと安心する自分がいた。
「……でも、遠慮しなくていいってことでしょ?」
 前田が少し身体を離した。私もそれに倣う。
 間近にある私の目を、前田の目がじっと覗き込んで来る。
「こうやって、触れ合いたいと思ってるのは、俺だけじゃないってことだよね?」
 ーーうわ。
 真っ正面から、目を見つめたまま言われて、私は顔が真っ赤になるのを感じた。
 何も言えないまま、こくこくと首を縦に振る。
 前田は笑って、また私を抱きしめた。
「ーー可愛い」
 この、時々訪れる激甘な瞬間がーー
 すっかり私を虜にしていて、もう逃れられないと悟った。
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