期待外れな吉田さん、自由人な前田くん

松丹子

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第一章 ギャップ萌えって、いい方向へのギャップじゃなきゃ萌えないよね。

32 理想と現実にギャップがあってもそれはそれで。

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 電話を切ると、香子からメッセージが入っていた。
【帰って来てるなら教えてよー!今日都内に帰る?まだいるなら会える?】
 それを見てついつい笑う。おやおや。ワーキングマザーの貴重なお休みでしょうに。
 香子は隣市に住んでいる。来ようと思えば三十分程で来るだろう。
【ううん、今日は一日実家でまったりしてる予定。私がそっちに行こうか?】
【いや、外出た方が楽だから。昼食べたら、朝子も一緒に行くね】
 そういうもんかと思いつつ、了解と返した。

 香子が来る前に母と昼食のそうめんを食べていると、弟たちがどたどたと二階から降りてきた。
 がちゃりとリビングのドアを開けた姿を見て、足音がやたらと大きかった事に納得する。
「きっつ……」
「何、二日酔い?」
 勝哉と達哉は互いに支え合うようにリビングへ入ってきた。
「鍛え方が足りんぞ、弟よ」
「姉ちゃんが異常」
「姉ちゃんほんとに人間?」
 なんてこと。こんなにハートフルでソウルフルなサリーちゃんを人間かどうか疑うなんてひどい話だわ。
「あー、もう超後悔。一本飲みきったところでやめておけばよかった」
「後悔先に立たずね」
「次の一本出してきたの姉ちゃんじゃんよ」
 二人はぐちぐち言いながら、リビングにだらりと横たわる。それを見ながら私は言った。
「弟たちよ。もう少ししたら香子ちゃんが来るからね。ちゃんとしてよ」
「げ。ダラダラしてらんないじゃん」
「いいんじゃないの、ありのままの姿見せて呆れられても。減るもんじゃなし」
「俺達の沽券に関わる」
「なによそんなもの」
 先に立ち上がって水を取ったのは達哉だ。自分が一杯飲み干すと、弟にも注いで持って行ってやる。
「サンキュー」
 勝哉がそれを飲み干し、ぷはー、と息を吐いた。
「じゃあ、俺帰るかなー」
「俺も」
「え、そうなの?」
「姉ちゃんとこみたいにフレックスないし。まだ今週末の家事全然やってないし」
「マジか。洗濯物くらいして来なよ」
「ギリギリまで寝てたもん」
「土曜の朝はゆっくりしたいよなー」
「そうそう」
 双子は言いながら階段を昇って行ったかと思えば、身支度を整えてまた降りてきた。
 昼食を食べ終えた私は、靴を履く二つの背中に声をかけた。
「達哉、勝哉」
「なに?」
 腰に手を置き、胸を張る。
「私に変な気を使わないで、ちゃんと考えなさいね」
 とは、もちろん彼女との関係のことだ。
 靴を履き終えた二人は、顔を見合わせてから私を振り返った。
「分かった」
「俺たちを前田さんに会わせてくれたらね」
「うん、そしたらちゃんと考えよう」
「……なんでそこで前田?」
「俺達の憧れのゲーム作った人だし」
「姉ちゃんにちゃんとツッコミ入れてくれる人だし」
「なんか面白そうじゃん?」
 最後の言葉はぴったりと揃っている。私は呆れた顔のまま嘆息した。
「それでちゃんと考えるって言うなら……考えとく、かもしれない」
 言いながらも想像できない。この弟二人を前田に会わせるだなんて。
 ーーなるほどね、こういう家族がいて、吉田さんは吉田さんなわけだ。
 とか言いそう。すごい言いそう。
 一人渋面を作っていたら、弟たちは楽しそうに笑いながら去って行った。

「ごめんね、急に。渡したいものがあったから」
 呼び鈴に外に出てみれば、香子と、ベビーカーに乗った朝子ちゃんがいた。中へ招き入れようとしたが、玄関先でいいと手を振る。
「何、渡したいものって」
「うん」
 香子は小さな紙袋を差し出す。
「誕生日おめでとう」
「えー!覚えてたの!?」
「覚えてたっていうか、先週ちょうど思い出して。大したものじゃないんだけど」
「開けてみてもいい?」
「どうぞ」
 私はゴソゴソと包みを開けた。中には蓋つきのマグが入っている。猫のシルエットと花柄が可愛らしく、蓋のつまみは猫のデザインだ。
「わ、かわいい」
「蓋つきなら、デスクに置いておけるかなって。デスクに可愛いものあると、テンション上がるから」
「うん、上がる上がる。嬉しい、ありがとう」
 中にはハンドクリームも入っていた。
「ありがとー、わざわざ」
「ううん。よかった。喜んでもらえて」
「でもなんでみんな覚えてくれてるんだろ」
「え?他にも誰かから?」
「うん。幸弘がいきなり電話くれた」
 私が言うと、香子が笑った。
「あ、ほんと。ーーだってサリー、よく言ってたもんね。夏休みだから祝ってもらえない、って」
 私は肩を竦めた。まるで祝えと強いていたかのような気になる。
「まあ、先月もいろいろあったみたいだし、先週はうちのがお世話になったし」
 先月のいろいろとは、もちろんフラれた件だろう。
「ああ、そうそう。来てくれてありがとう」
「ううん。翔太喜んでたよー。もしよければ来年もお邪魔させてね」
「よかった。うん、ぜひぜひ!」
「じゃあ、また。今度またゆっくりお茶しようね」
 香子は買い物があるからと手を振って去った。
 その背を見ながら、ふと思う。
 十数年前は考えてもいなかった、三十歳になる自分の姿。友人とのつき合い。
 ーー悪くないじゃん。
 理想とは、違うけれど、でも。
 ーー全然、悪くない。
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