期待外れな吉田さん、自由人な前田くん

第二章 本日は前田ワールドにご来場くださり、誠にありがとうございます。

34 まさかの凡ミスにショボーン (´・ω・`)

「吉田さん、会議資料どこ？」
「あ、ここです」
「え？足りなくない？」
　佐々マネに言われて、会議資料が入った段ボールを抱えたまま首を傾げた。会議は十一時からで、金曜の内に準備しておいたものだ。
「だって、いつもと同じですよね。二十部ありますけどーー」
「え？違う違う。今日、大きい会議だよ。百部は用意してーーって、言ってなかったっけ？」
「え？うそ」
　予定表を見ると、確かに大きな会議室を押さえている。うわー、ヤバい。のんびり出勤してる場合じゃなかった。間に合うかな。
「とりあえずコピー機回して。他使えるところあるかな。吉田さん、知り合い当たってみて。システム課の前田くんとかお願いできるかな。僕はデザイン部当たるから」
「は、はい。すみません」
　泣きそうになりながら頷く。受話器を取ると、前田の内線番号を押した。
『はい、システム課前田です』
「企画課の吉田です。ーーごめん、いきなりだけど、そっち、コピー機空いてる？」
『……空いてるってどういうこと？』
「いや、実は今日の会議、部数勘違いしてて……」
　前田は一瞬の間の後、状況を察したように嘆息した。ううう、受話器越しに感じるそのブリザードは今辛い。大変辛い。
『そもそも、ナンセンスだよね。このご時世、ゲーム会社が資料大量に印刷するなんていうことがさ。そう思わない？』
　前田はいきなり滔々と話しはじめた。こんなに饒舌な口調は初めて耳にする。
『今までも何度か提言してるのにさ、全然採用されなくてーーお偉いさんも端末の使い方覚えてくれないと困るよね』
　いや、ご高説はごもっともなんですが、今はそれどころでは。
　喉元から言葉が出かけたとき、
『空いてる、ていうか声かければ大丈夫だと思う。資料のデータ頂戴。何部回せばいいの？』
「八十。ホチキス留めもしなくちゃいけなくて」
『了解』
　てきぱきと言って前田は電話を切ろうとした。私は慌てて呼びかける。
「前田」
『急ぐんでしょ。まだ何か？』
「あの……ありがとう」
　一瞬の間の後、前田はふっと笑ったようだった。
　くそ、電話じゃ顔が見えないじゃないか。
『今朝の分、これでチャラだよ』
　乗り過ごしかけたことをようやく認めたか。
　思いながらも、深々と頭を下げてお礼を述べたのだったーーいや、電話だから見えないけどね。