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第二章 本日は前田ワールドにご来場くださり、誠にありがとうございます。
35 日常に、ちょっとしたスパイスを。(って、ちょっと気取りすぎか)
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印刷している間に会議室の机の配置を並べ替え、次いで印刷し終わった資料を会議室にズラリと並べて一部ずつ組んでいく。この組んでいく過程で前田がまた「自分たちで一部ずつ取らせればいいんだよ」とぶつくさ言っていたけれどそこはひとまずなだめすかし、準備が終わったのは本当に直前だった。ほー、っと一息つくと、
「本当にすみません、ありがとうございました」
手伝ってくれた先輩方に片端から頭を下げる。そんな様子を横目で見ていた前田は、ふぅんと感心したような声を出した。
「そうしてると、随分大人しい印象になるんだね」
日頃騒がしい女で悪かったな!
と言いたくても今日ばかりは言い返す権利もない。前田にはしっかり助けてもらってしまった。
言い返す代わりに頭を下げる。
「ありがとう。本当に助かった」
その途端、前田があからさまにうろたえたのが分かった。いつもと異なる反応に、うん?と頭を上げる。
そこには気まずそうに目を反らした前田の姿があった。
若干、目尻が赤い気もするのは気のせいか。
「何?」
「いや……」
前田は顔を反らしてわずかに唇を尖らせた。
「そんな素直な吉田さん、調子が狂う」
……ほほう。
私は興味深く思いながら、前田の顔を覗き込む。前田はむっとしたように私を小さく睨みつけた。
でもその赤面じゃブリザードも無意味ね。
私は嬉しくなってふふと笑う。
「……何か?」
「ううん、何でもない」
私は言ったが、前田は胡散臭そうな目を私に向ける。ふふん。たまには攻守逆転も悪くない。
でも、今回のミスはあまりにポカミスすぎてちょっと凹む。私はふぅ、と嘆息した。
「ちゃんと気を引き締めないと駄目だねぇ。社会人八年目なのに」
資料の準備など、空いている時間を見つけてちょこちょこやれば何でもない作業だ。それを、他部署のコピー機を独占し、多くの人を動員して手伝ってもらってしまった。それぞれ予定もあっただろうに。しかも、私自身は余裕をこいてフレックスで出勤していた日に。
誕生日の翌日だというのにーーちょっと浮ついていた気分ががっつり落とされた感じ。しっかりしろよ、ってことですか。神様はなかなか手厳しい。
前田は私の横顔をちらりと見て、何かもの言いたげに口を開きかけたが黙った。
今ならお小言も甘んじて受ける気持ちなのに。どうして今日に限ってこいつは何も言って来ないんだろう。
「馬鹿にしていいんだよ」
私が言うと、前田は呆れたような視線と嘆息を寄越した。
「ミスしない人間なんていない」
機械仕掛けで動いているような男の言葉とも思えず、ちょっと驚く。
これって、一応慰めようとしてくれてる?
「僕だって一度すごいのやったことあるから、こんなの小さいもんだよ」
ーーすごいのって何だろう。
私の疑問を察したのか、前田は私の目を見返して来た。かと思えば、人差し指を立て、口元に寄せる。
無表情なのに、眼鏡の奥のその目は不思議と温かく感じた。
「内緒。ーー教えない」
その指は女性的なほどすらりとしていて、それでもやっぱり男性らしい硬さを感じた。
その指と口元に吸い寄せられた視線を、うまく反らせない。
前田は硬直状態の私に気付かず、さっさと聴講者の為の机に向かってしまった。
私は知らず止まっていた息を、ゆっくりと吐き出した。
「本当にすみません、ありがとうございました」
手伝ってくれた先輩方に片端から頭を下げる。そんな様子を横目で見ていた前田は、ふぅんと感心したような声を出した。
「そうしてると、随分大人しい印象になるんだね」
日頃騒がしい女で悪かったな!
と言いたくても今日ばかりは言い返す権利もない。前田にはしっかり助けてもらってしまった。
言い返す代わりに頭を下げる。
「ありがとう。本当に助かった」
その途端、前田があからさまにうろたえたのが分かった。いつもと異なる反応に、うん?と頭を上げる。
そこには気まずそうに目を反らした前田の姿があった。
若干、目尻が赤い気もするのは気のせいか。
「何?」
「いや……」
前田は顔を反らしてわずかに唇を尖らせた。
「そんな素直な吉田さん、調子が狂う」
……ほほう。
私は興味深く思いながら、前田の顔を覗き込む。前田はむっとしたように私を小さく睨みつけた。
でもその赤面じゃブリザードも無意味ね。
私は嬉しくなってふふと笑う。
「……何か?」
「ううん、何でもない」
私は言ったが、前田は胡散臭そうな目を私に向ける。ふふん。たまには攻守逆転も悪くない。
でも、今回のミスはあまりにポカミスすぎてちょっと凹む。私はふぅ、と嘆息した。
「ちゃんと気を引き締めないと駄目だねぇ。社会人八年目なのに」
資料の準備など、空いている時間を見つけてちょこちょこやれば何でもない作業だ。それを、他部署のコピー機を独占し、多くの人を動員して手伝ってもらってしまった。それぞれ予定もあっただろうに。しかも、私自身は余裕をこいてフレックスで出勤していた日に。
誕生日の翌日だというのにーーちょっと浮ついていた気分ががっつり落とされた感じ。しっかりしろよ、ってことですか。神様はなかなか手厳しい。
前田は私の横顔をちらりと見て、何かもの言いたげに口を開きかけたが黙った。
今ならお小言も甘んじて受ける気持ちなのに。どうして今日に限ってこいつは何も言って来ないんだろう。
「馬鹿にしていいんだよ」
私が言うと、前田は呆れたような視線と嘆息を寄越した。
「ミスしない人間なんていない」
機械仕掛けで動いているような男の言葉とも思えず、ちょっと驚く。
これって、一応慰めようとしてくれてる?
「僕だって一度すごいのやったことあるから、こんなの小さいもんだよ」
ーーすごいのって何だろう。
私の疑問を察したのか、前田は私の目を見返して来た。かと思えば、人差し指を立て、口元に寄せる。
無表情なのに、眼鏡の奥のその目は不思議と温かく感じた。
「内緒。ーー教えない」
その指は女性的なほどすらりとしていて、それでもやっぱり男性らしい硬さを感じた。
その指と口元に吸い寄せられた視線を、うまく反らせない。
前田は硬直状態の私に気付かず、さっさと聴講者の為の机に向かってしまった。
私は知らず止まっていた息を、ゆっくりと吐き出した。
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