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第二章 本日は前田ワールドにご来場くださり、誠にありがとうございます。
44 前田という男と、吉田という女についての考察。
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とにかく淡々と仕事を終わらせた私は、淡々と挨拶をして帰宅した。不思議にすっきりした気持ちは言葉にはならないままで、それがわずかに喉元にひっかかる。
今日夕飯どうしようかなぁ。
考えてみるけどあんまり食欲がない。じゃあ大好きなアイスでもと思うけどやっぱりあんまりピンと来ない。アイスを食べる気にならないなんて、弟たちが聞いたら本気で心配するだろうな。そう思いながらわずかに笑う。
前田とは研修のときからぶつかってばかりだ。一度だけプレゼンのチームが一緒になったことがあり、全く協調性のない前田は何も言わなかったかと思えば決まりかけたところで致命的な欠点を指摘したりした。最初から言えよと思いつつ、持ち前の笑顔で乗り切ろうとしていた私は、途中でぶち切れた。確かにあんたは正しいこと言ってるけど、ものには言いようってもんがあるでしょう。
前田は言った。正しいことを端的に言って何が悪いの。回りくどい言い方したって結果が同じなら短い方がいいでしょ。
私は机を叩いて身を乗り出した。
私たちは感情を持つ人間なのよ。あんたみたいに機械仕掛けみたいな人間ばっかりじゃないの。端的な表現は必要なときもあるけど、オブラートに包んだ物言いだって必要なときがあるわ。社会人にもなってそんなことも分からないの?
前田は鼻で笑った。
じゃあ、吉田さんのその物言いは、俺を傷つける可能性を考えて言ってるわけ?
ドキッとした。
感情に身を任せた私の言葉が、前田にどう届くかーーそのとき私は考えもしていなかったから。
私は身を強張らせて黙り込み、静かに椅子に座った。他の同期が気を使って、なだめてくれたり冗談を言ったりして、その研修は無事に終わった。
ーー私、あのときどうしたんだっけ。
前田に謝った方がいいような気がした。謝らなきゃ、と思った。
思ったのは覚えているけれどーー謝った記憶はない。気持ちはあったけど、なんだか気まずくて、そう、飲み会でもなんとなく遠くの席に座ったりして、それで研修が終わるのを待っていたような気がする。
ずるい自分の過去の姿が、ひたすらに苦い。
前田が言うことは正しい。ーーいつも正しい。的確だ。だからこそ人を傷つける。怒らせる。それでも彼は飄々としている。まるで自分には感情はないと言うかのように。ーー本当は怒りも悲しみも感じるだろうに。
ーー俺、好きだよ。吉田さんのこと。
その言葉だけが、頭をぐるぐる回りつづける。
本当に前田が言ったのかなぁ。
もしかして私の空耳だったりしない?
そう思うほどに、淡泊な。
それでも、投げつけられたようないい加減な言い方ではなかった。
大切な言葉を吐き出すような含みを感じた。
ーーでもそれも、私が勝手に感じ取っただけかもしれない。
「顔、見とけばよかった」
あのとき前田は、あの言葉を、どういう顔で言ったんだろう。どういう目をして言ったんだろう。
それを見ていたらーーここまで、混乱することはなかったんじゃないか。
いや、でもあいつのことだ、きっとそれも見越していたんだろう。顔を見られないと分かっていて、言葉を残し、去ったのだろう。その言葉が私にどういう影響を与えるかも考えずに。
私は嘆息した。こういうときはお宝画像を見よう。ちょっとエネルギーが欲しい。
スマホを操作すると、マサトさんファミリーの写真を映し出す。ファミリーデーで撮ったスポーツキャップ姿にたどり着いたとき、マサトさんの不思議な言動を思い出した。
レイラちゃんの見た前田とのやりとりと、私が見たやりとり、そして別れ際の笑顔(と頭ポン←私的に最重要事項)。
全部前田絡みなのだと今は分かるがーーあの後こうなることも、もしかしてマサトさんにはお見通し?
今まで人を好きになったことがない訳じゃない。でも、前田への感覚は今までのどれとも違って、全然違って、正直混乱しているのだ。
前田に対して毎回感じていたのは、怒りの感情のはず。ーーなのに、ビジネスライクなつき合いになる可能性に気づいたとき、感じたぽっかりは何なんだろう。
前田とずっと喧嘩してたいってこと?……まさか。
あまりに馬鹿げた発想に笑う。
スマホの写真はマサトさんとアヤノさんのペアショットにたどり着く。そういえばこの後、二人の痴話喧嘩が始まったんだったと思い出す。なんだったかな、献立に関するくだらない言い合いだったーーポテトは野菜かどうか、とかそういう。
ーー仲良し夫婦ですね。
私が笑うと、アヤノさんも苦笑した。
ーー昔から、くだらないことでしょっちゅう言い合ってるの。
ーーお前が強情だからだろ。
ーーそっちだって頑固な癖に。
二人の言い合いは私の笑い声で遮られた。こんな平和な言い合いなら、いくらでも聞いていられる。
ーーいいなぁ。私も出会えるのかなぁ。
ーー出会えるでしょ。私だって会えたんだから。
アヤノさんが晴れやかに笑う姿に抱いた憧景。
気兼ねなく気持ちをぶつけ合えるパートナー。
ーー気兼ねなく。
私は嘆息した。
今日夕飯どうしようかなぁ。
考えてみるけどあんまり食欲がない。じゃあ大好きなアイスでもと思うけどやっぱりあんまりピンと来ない。アイスを食べる気にならないなんて、弟たちが聞いたら本気で心配するだろうな。そう思いながらわずかに笑う。
前田とは研修のときからぶつかってばかりだ。一度だけプレゼンのチームが一緒になったことがあり、全く協調性のない前田は何も言わなかったかと思えば決まりかけたところで致命的な欠点を指摘したりした。最初から言えよと思いつつ、持ち前の笑顔で乗り切ろうとしていた私は、途中でぶち切れた。確かにあんたは正しいこと言ってるけど、ものには言いようってもんがあるでしょう。
前田は言った。正しいことを端的に言って何が悪いの。回りくどい言い方したって結果が同じなら短い方がいいでしょ。
私は机を叩いて身を乗り出した。
私たちは感情を持つ人間なのよ。あんたみたいに機械仕掛けみたいな人間ばっかりじゃないの。端的な表現は必要なときもあるけど、オブラートに包んだ物言いだって必要なときがあるわ。社会人にもなってそんなことも分からないの?
前田は鼻で笑った。
じゃあ、吉田さんのその物言いは、俺を傷つける可能性を考えて言ってるわけ?
ドキッとした。
感情に身を任せた私の言葉が、前田にどう届くかーーそのとき私は考えもしていなかったから。
私は身を強張らせて黙り込み、静かに椅子に座った。他の同期が気を使って、なだめてくれたり冗談を言ったりして、その研修は無事に終わった。
ーー私、あのときどうしたんだっけ。
前田に謝った方がいいような気がした。謝らなきゃ、と思った。
思ったのは覚えているけれどーー謝った記憶はない。気持ちはあったけど、なんだか気まずくて、そう、飲み会でもなんとなく遠くの席に座ったりして、それで研修が終わるのを待っていたような気がする。
ずるい自分の過去の姿が、ひたすらに苦い。
前田が言うことは正しい。ーーいつも正しい。的確だ。だからこそ人を傷つける。怒らせる。それでも彼は飄々としている。まるで自分には感情はないと言うかのように。ーー本当は怒りも悲しみも感じるだろうに。
ーー俺、好きだよ。吉田さんのこと。
その言葉だけが、頭をぐるぐる回りつづける。
本当に前田が言ったのかなぁ。
もしかして私の空耳だったりしない?
そう思うほどに、淡泊な。
それでも、投げつけられたようないい加減な言い方ではなかった。
大切な言葉を吐き出すような含みを感じた。
ーーでもそれも、私が勝手に感じ取っただけかもしれない。
「顔、見とけばよかった」
あのとき前田は、あの言葉を、どういう顔で言ったんだろう。どういう目をして言ったんだろう。
それを見ていたらーーここまで、混乱することはなかったんじゃないか。
いや、でもあいつのことだ、きっとそれも見越していたんだろう。顔を見られないと分かっていて、言葉を残し、去ったのだろう。その言葉が私にどういう影響を与えるかも考えずに。
私は嘆息した。こういうときはお宝画像を見よう。ちょっとエネルギーが欲しい。
スマホを操作すると、マサトさんファミリーの写真を映し出す。ファミリーデーで撮ったスポーツキャップ姿にたどり着いたとき、マサトさんの不思議な言動を思い出した。
レイラちゃんの見た前田とのやりとりと、私が見たやりとり、そして別れ際の笑顔(と頭ポン←私的に最重要事項)。
全部前田絡みなのだと今は分かるがーーあの後こうなることも、もしかしてマサトさんにはお見通し?
今まで人を好きになったことがない訳じゃない。でも、前田への感覚は今までのどれとも違って、全然違って、正直混乱しているのだ。
前田に対して毎回感じていたのは、怒りの感情のはず。ーーなのに、ビジネスライクなつき合いになる可能性に気づいたとき、感じたぽっかりは何なんだろう。
前田とずっと喧嘩してたいってこと?……まさか。
あまりに馬鹿げた発想に笑う。
スマホの写真はマサトさんとアヤノさんのペアショットにたどり着く。そういえばこの後、二人の痴話喧嘩が始まったんだったと思い出す。なんだったかな、献立に関するくだらない言い合いだったーーポテトは野菜かどうか、とかそういう。
ーー仲良し夫婦ですね。
私が笑うと、アヤノさんも苦笑した。
ーー昔から、くだらないことでしょっちゅう言い合ってるの。
ーーお前が強情だからだろ。
ーーそっちだって頑固な癖に。
二人の言い合いは私の笑い声で遮られた。こんな平和な言い合いなら、いくらでも聞いていられる。
ーーいいなぁ。私も出会えるのかなぁ。
ーー出会えるでしょ。私だって会えたんだから。
アヤノさんが晴れやかに笑う姿に抱いた憧景。
気兼ねなく気持ちをぶつけ合えるパートナー。
ーー気兼ねなく。
私は嘆息した。
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