期待外れな吉田さん、自由人な前田くん

松丹子

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第二章 本日は前田ワールドにご来場くださり、誠にありがとうございます。

56 他人事とは言わせない。

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 四杯目の飲み物を飲み終えて、私と前田は店を出た。お詫びなんでしょと私が会計を済ませようとしたが、前田は律儀に半額分のお札を私に押し付けてきた。店の入口近くでお札を押し付け合うのもなんなので、ありがたくもらっておく。
 外に出て時計を見ると、もういい時間だ。
 残暑厳しい昼間に比べて、さすがに夜は秋の訪れを感じる。風に当たりながら前田と並んでく。その距離は少しだけ近い。ーーどちらかがわずかに手を伸ばせば、触れられる程度に。
 それでも、触れて来るほど手慣れた男じゃない。
 そのぎこちなさが不思議に嬉しかった。
「そういえば、前田は実家通い?」
「まあ……今はね。大学のときは下宿してたけど」
 普通逆だろと思ったけどスルーしておく。
「神奈川の方なの?」
「うん。東海道線沿い」
「終電、そろそろ?」
「あと一時間くらいかな」
 一時間。
 ーーまだ別れたくないな。
 思いながら、咄嗟に言葉が出て来ない。今までが今までだったので、どうしても気恥ずかしさが先に立ってしまう。
 さっき読んでいた智恵子抄を思い出した。

 ーー笑ひ、戯れ、飛びはね、又抱き
 さんざ時間をちぢめ
 数日を一瞬に果すーー

 あっという間に過ぎていく、恋人との逢瀬の時間。
 歩きながらコンビニを見つけて、私はあっ、と声を上げた。
「アイス食べよう」
「は?」
 前田が怪訝そうな顔をしている。
 もしかしてこいつ、酔いで頭の回転速度が低下してるな。
 思いながら前田の肘をつかみ、ぐいぐい引っ張って行った。
「俺、いらないよ。お腹いっぱいだから」
「じゃあお茶買ってあげる」
 私は問答無用でお茶を一本手に取った。アイスはやっぱり期間限定フレーバー。もうそろそろ終わる時期だからね。しっかり食べておかないと。
 小さく鼻歌を歌いながらレジに向かう私の姿に、前田が嘆息した。
「呆れてる?」
「いや、感心してる」
 想定外の答えに振り向くと、前田は少し目線を反らしていた。
「その強引さ、俺には真似できないから」
 ーーだからそれ、褒め言葉?
 私の疑問は顔に出ていたらしい。前田はわずかに笑った。
「吉田さんには、みんなついつい巻き込まれちゃうよね」
 また、どこかで言われたようなことを。
「すぐにみんなに囲まれて、中心で笑ってるんだ」
 前田は遠い目をして言った。まるで昔そんな様子を目にしたかのようにーーいや、実際目にしたということなのかもしれない。
「俺はそれをちょっと離れて見てるだけ」
 呟きを聞き咎めて、顔を近づけた。私の顔を間近で目にして、前田が戸惑う。
「それ、今までの話でしょ。これからは?」
「え?」
「正解は、私の隣にいること」
 離れて見てるなんて許さないんだから。
 鼻が触れそうな距離まで詰め寄ると、前田は慌てて私の肩を押した。
「分かった、分かったからもう勘弁してよ」
「分かったならよろしい」
 私は満足げな嘆息をついてレジに向かった。
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