期待外れな吉田さん、自由人な前田くん

松丹子

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第二章 本日は前田ワールドにご来場くださり、誠にありがとうございます。

58 残念な話は嬉しい話。

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「企画が流れた?」
 出社してみると、佐々マネが申し訳なさそうに告げた一言に、私はキョトンとした。
「そうなんだよ。他のゲーム作る方に予算を回したみたいで。今回は流れることに。頑張ってくれてたのにごめんね」
 謝る責任もないだろうに、頭を下げる佐々マネに恐縮して手を振った。
「いや、気にしないでください。ーーむしろ、ほっとしました」
「は?」
 これでざっきーによる公開処刑は避けられた。
 とは言えないので、まあ色々とありまして、と笑う。
「残念」
 言ったのはなっちゃんだった。何のことかと目を向けると、にやりとされる。
「サリーちゃんと前田くんのやりとり見る機会もなくなっちゃうんだね」
 私は気まずさに目をそらした。なっちゃんが首を傾げる。
「あれ?サリーちゃんなら、清々した!とか言うかと思ってたけど」
 私ははっとしてなっちゃんの顔を見た。そうかそう言うべきだったか。これでは前田と何かあったとバレてしまう。どう取り繕おうかと思っていたとき、内線が鳴った。
「はい、企画課吉田です」
『前田ですけど』
 私の顔は瞬時に赤くなった。うっわ。しまった。なっちゃんが見てるっつーのに。
 しっかりしろ!と心中で自分を叱咤し、冷静さを取り繕う。
「どうかした?」
『例の件、流れたって聞いて、うちのマネージャーが状況確認したいって。佐々木マネージャー今日時間貰えるか聞いてくれる?』
「ラジャー。そっちの都合は?」
『午後ならいつでも。俺と吉田さんも同席で、って言われてるけど』
「え?わ、私?いても役に立たないよ」
『そうだけど、マネージャーがそう言うんだよ』
 ってサラっと同意したな、私が役立たずだってこと同意したな。忘れないぞ今の。
『調整ついたら連絡ちょうだい。ーー待ってるから』
 落ち着いたはずの私の顔は、前田の最後の台詞でまた赤くなった。
 仕事の話!仕事の話なのに!
 待ってる、とか言われたい。ヤバいときめいた。いや、むしろときめいた自分がヤバい。
 かなりの重症だと自覚して、電話を切るなりがっくりした。隣のデスクのなっちゃんから感じる生温か~い視線を無視して、佐々マネに声をかける。
「システム課から、午後時間貰えるかと問い合わせです。ご都合いかがですか」
「特に何もないからいいよ。さっき話した件?」
 問われて頷くと、佐々マネは苦笑して了解と答えた。

 打ち合わせは午後一番に行われて、システム課のマネージャーは淡々と状況確認をした。前田と私は向き合う形で座っていたが、互いにお飾りも同然で、自然、暇つぶしにメモを取るような形になる。
「まあ、違うものを作ることになったからって、期限がカツカツにならないならいいんですけどね」
「それは大丈夫だろうと言われましたが……まあ、結局動き出してみないと分からないですから」
「それもそうだ」
 マネージャー同士が話し合い、一段落つくと、
「内容は変わるけど、引き続き前田くんに担当してもらう予定なので。よろしくお願いしますね」
 前田は黙って頭を下げた。佐々マネに合わせて一応私も頭を下げる。
「で、まあもしかしたら吉田さんと話せるチャンスももうないかも、と思って呼んだんですけどね」
 急に話の矛先が私に向いてうろたえた。
「いや、システム課の男ども、奥手な奴が多くて。吉田さんが気になってる奴は多いみたいなんだケど、なかなか自分からは行けないらしいんだよね。もちろん無理に、とは言わないけど、もし気になる奴がいたら気軽に声かけてやってほしいなって。みんないい奴ばっかりだから」
 ごめんね、こんな話で、とシステム課のマネージャーは苦笑する。私も苦笑を返しつつ、話をおしまいにしようとしたが、
「それは困るなぁ。僕の知り合いにも希望者はいるのに」
 佐々マネからの思わぬ横槍に固まる。
 えーと、何て言えばいいかな。その件はもう間に合ってます。間に合いました。いやそれもどうだろう。
 前田は興味なさげに知らん顔している。おいこら、何か言えや。
 私は当たり障りない笑顔を浮かべた。
「私なんかに興味持っていただけて嬉しいですけど、きっとお話したらがっかりなさるだけですよ。私よく変わってるって言われるし」
 言いながら、少しくらいフォローしろよと前田の足を蹴る。前田は私の顔を見たが、その表情は俺には関係ないでしょとでも言いたげだ。
 関係なくないでしょ!私はあんたのカノジョじゃないのか!
 心中叫んで、無表情なままの前田にムッとした顔を向ける。
「でも、話し下手なタイプには吉田さんくらい明るい子がいいと思うんだよねぇ」
 佐々マネからの謎フォロー、要らない。マジ要らない。
「いや、でも……」
 また前田の足を蹴る。
「吉田さん、足癖悪すぎ」
 ぽつりと前田の苛立った声に、私もイラッとした。
 あんたがフォローしないからでしょうが!もう彼女は俺のものなんで結構です、なんてイケメンな台詞言えるとは思ってないけど、打ち合わせ切り上げる口上くらい言ってもいいでしょうに!
「あらごめんなさいね、脚が長くて」
「長いとか短いとか関係ないでしょ。少しくらい大人しくできないわけ。末端神経コントロールできないくらい機能低下してるわけ」
「あんった、ねぇ!」
 衿元につかみかからんという勢いで机をついて立ち上がる。前田は相変わらず無表情なまま私を見返して来る。
「ほんと短気だよね」
「あんたがいちいち突っ掛かって来るからでしょう!」
「突っ掛かってるつもりはないけど。事実を述べてるだけで」
「ああ言えばこう言う……!!」
「お互い様でしょ」
 始まる幼稚な言い合いに、マネージャー二人がまあまあとなだめる。
「……何とも思わないわけね」
 小さくふて腐れると、前田の表情が変わった。
「ちょ、ま、待った。……落ち着いて」
「落ち着いてるわよ」
 ちょっとくらい、嫌な顔してくれたっていいじゃないよ。上司が寄ってたかって彼女に男紹介しようとしてんだからさ。
 前田は私と二人の上司を見比べて困惑している。私はふんとそっぽを向いた。せいぜい困るがいいわ。
「何、どうしたの?」
「いや、えっと……あの」
「前田くんがそんなに動揺するの、珍しいね」
「う……」
 前田は恨めしげに私を見た。
「何言っても、いいんだね」
「勝手にすれば」
 私は言いながら、ちょっと期待する。何て言うつもりだろう。
 気のないふりをしながら、横目で前田を伺い見ていると、前田は決意するかのような吐息の後で口を開いた。
「その話は、無しにしてください。ーー吉田さんは俺がもらうので」
 ぶはっ。
 三人揃って、驚きに息を吐き出す。
 私はそれと同時に真っ赤になった。
「ちょ、ちょっと」
「勝手にしろって言ったでしょ!」
 言い返す前田も真っ赤だ。
「そうじゃなくて、訂正しろって意味じゃなくて」
 わたわたしながら私が言うと、前田が何だよと言いたげに、迫力のない睨みで応える。
「もっかい言って?」
「言うわけないだろ!」
 かわいく小首を傾げてみたけど、前田には無意味だったらしい。
 ちっ、と舌打ちした私を見て、驚いていた上司二人が笑い始めた。
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