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第三章 アラサー女子よ、大志を抱け!
62 狙撃手の才能。
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会社近くのコンビニで、残業上がりの前田と合流したのは、予定通り九時頃だった。
ちなみに私は定時になるや速攻で帰宅し、汗を流して例の下着を身につけ、着替えてこちらに向かう用意周到さである。日頃はつけないコロンなんかもすこーしだけつけてみたりして。
食事の場にキツイ香りはマナー違反だからね、ほんとにごくごくわずかに。
「お待たせ」
声をかけてくる前田に、うん、と答えて、ふふっと笑う。前田の問い掛けるような視線に、
「言えるようになったね。お待たせ、って」
前田は気まずそうに目を反らした。私はその顔を見て笑いながら、袖を掴んで歩き出した。
「今日はちょっとゆっくりしたとこ行こうよ」
いつもチェーン居酒屋では私のテンションも下がる。
「うん。いいけど、俺店知らないよ」
「私が知ってるからいいよ」
言いながら歩いていく。金曜だからどこも満員かもしれないけどと言いながら、近くのレストランバーに入った。
店に入ると、前田はグレープフルーツサワー、私は相変わらずモスコミュールを頼む。
「お腹すいた」
「私も」
そんなに時間もないからね、と、前菜に加えてピザやパスタも頼む。前田は目の疲れをほぐすように、眼鏡をわずかにずらして目元を揉んでいる。
そういえば、眼鏡を外した姿を、私はまだ見たことがない。
店員さんが持ってきた飲み物で乾杯して、忘れないうちにと切り出した。重くならないよう、言葉を選びながら口にする。
「前田って、昔のゲームの続編、制作チームに入ってた?」
去年販売したやつ、と言うと、前田はうんと頷いた。
「よく知ってるね」
「いや、うちの弟がゲーマーで」
スタッフロールに名前を見つけた、と言うと、へぇと答えが返ってきた。その声はちょっとだけ嬉しそうだ。
「私たち世代が高校くらいのときにヒットしたゲームの続編なんでしょ?」
「そうそう。俺、手挙げてやらせてもらった」
「そうなんだ」
思い入れもある訳だと納得した。
「で、それが何か?」
「うん、その……弟が、会ってみたいって」
「あー、どういう風に作ってるのかって?」
私は首を傾げた。
「うーん、というより、前田に興味がある風だったんだけど……」
「じゃあ、どんな人が作ってるのか、ってことかな」
前田も首を傾げる。
いや、何となーく、私に絡めた意図を感じたんだけどね。でも弟がどんな意図なのか、正直私にもよく分からない。
「別にいいよ。弟さん、都内にいるの?」
「うん。都内で二人で暮らしてる」
前田が不思議そうに目を上げた。私はああ、と気づく。
「弟、双子で。仕事を近くでしてるから一緒に住んでるの」
達哉は整体師、勝哉はジムトレーナーだ。
「ふぅん」
前田は首を傾げながら言った。
「そういえば、前田は?きょうだいいるの?」
「いるよ。兄と弟」
淡々と答えるのを見て、なるほどマイペースなわけだと納得した。真ん中の子は独り立ちが早いというのが私の持論。
「……でも、名前に一がつくのね」
「は?」
「由来の由、に一、でしょ。ヨイチ?」
前田は私に半眼を向けた。
「那須与一じゃないんだからさ。ヨシカズだよ」
普通わかるでしょと言われて分からないと唇を尖らせると、
「じゃあ覚えて。……カレシの名前くらい」
前田は顔を反らして言った。
その頬はもちろん赤い。
私は込み上げるニヤニヤ笑いを止められず、頬杖をつきながらその横顔を見つめる。
「……見すぎ」
「だって可愛いから」
「可愛い、ってあんまり嬉しくない」
「何で?いいじゃない」
「よくない。ーー吉田さんの方が可愛い」
横目で私を見ながら口にした前田の思わぬ反撃に、見事にしてやられて真っ赤になった。
ちなみに私は定時になるや速攻で帰宅し、汗を流して例の下着を身につけ、着替えてこちらに向かう用意周到さである。日頃はつけないコロンなんかもすこーしだけつけてみたりして。
食事の場にキツイ香りはマナー違反だからね、ほんとにごくごくわずかに。
「お待たせ」
声をかけてくる前田に、うん、と答えて、ふふっと笑う。前田の問い掛けるような視線に、
「言えるようになったね。お待たせ、って」
前田は気まずそうに目を反らした。私はその顔を見て笑いながら、袖を掴んで歩き出した。
「今日はちょっとゆっくりしたとこ行こうよ」
いつもチェーン居酒屋では私のテンションも下がる。
「うん。いいけど、俺店知らないよ」
「私が知ってるからいいよ」
言いながら歩いていく。金曜だからどこも満員かもしれないけどと言いながら、近くのレストランバーに入った。
店に入ると、前田はグレープフルーツサワー、私は相変わらずモスコミュールを頼む。
「お腹すいた」
「私も」
そんなに時間もないからね、と、前菜に加えてピザやパスタも頼む。前田は目の疲れをほぐすように、眼鏡をわずかにずらして目元を揉んでいる。
そういえば、眼鏡を外した姿を、私はまだ見たことがない。
店員さんが持ってきた飲み物で乾杯して、忘れないうちにと切り出した。重くならないよう、言葉を選びながら口にする。
「前田って、昔のゲームの続編、制作チームに入ってた?」
去年販売したやつ、と言うと、前田はうんと頷いた。
「よく知ってるね」
「いや、うちの弟がゲーマーで」
スタッフロールに名前を見つけた、と言うと、へぇと答えが返ってきた。その声はちょっとだけ嬉しそうだ。
「私たち世代が高校くらいのときにヒットしたゲームの続編なんでしょ?」
「そうそう。俺、手挙げてやらせてもらった」
「そうなんだ」
思い入れもある訳だと納得した。
「で、それが何か?」
「うん、その……弟が、会ってみたいって」
「あー、どういう風に作ってるのかって?」
私は首を傾げた。
「うーん、というより、前田に興味がある風だったんだけど……」
「じゃあ、どんな人が作ってるのか、ってことかな」
前田も首を傾げる。
いや、何となーく、私に絡めた意図を感じたんだけどね。でも弟がどんな意図なのか、正直私にもよく分からない。
「別にいいよ。弟さん、都内にいるの?」
「うん。都内で二人で暮らしてる」
前田が不思議そうに目を上げた。私はああ、と気づく。
「弟、双子で。仕事を近くでしてるから一緒に住んでるの」
達哉は整体師、勝哉はジムトレーナーだ。
「ふぅん」
前田は首を傾げながら言った。
「そういえば、前田は?きょうだいいるの?」
「いるよ。兄と弟」
淡々と答えるのを見て、なるほどマイペースなわけだと納得した。真ん中の子は独り立ちが早いというのが私の持論。
「……でも、名前に一がつくのね」
「は?」
「由来の由、に一、でしょ。ヨイチ?」
前田は私に半眼を向けた。
「那須与一じゃないんだからさ。ヨシカズだよ」
普通わかるでしょと言われて分からないと唇を尖らせると、
「じゃあ覚えて。……カレシの名前くらい」
前田は顔を反らして言った。
その頬はもちろん赤い。
私は込み上げるニヤニヤ笑いを止められず、頬杖をつきながらその横顔を見つめる。
「……見すぎ」
「だって可愛いから」
「可愛い、ってあんまり嬉しくない」
「何で?いいじゃない」
「よくない。ーー吉田さんの方が可愛い」
横目で私を見ながら口にした前田の思わぬ反撃に、見事にしてやられて真っ赤になった。
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