期待外れな吉田さん、自由人な前田くん

松丹子

文字の大きさ
65 / 85
第三章 アラサー女子よ、大志を抱け!

65 レベルアップのためには経験値が必要なのだ!

しおりを挟む
 お手洗いから席に戻った私は、残った紅茶を飲み干してかばんを取った。
「前田、行くわよ」
 お手洗いで気合いを入れ直したので、気分はスタートを控えたアスリートさながらである。こういうとき、普段はなりをひそめている体育会系の私が顔を出す。
 前田は戸惑った顔で、もうほとんどなくなっているコーヒーを口に流し込み、パソコンや携帯ゲーム端末が入っている無駄に思いリュックを手に取った。
 私はそれを見てレジへと足を運び、会計を済ませる間に前田が追いつく。
「どうしたの。待てって言ったり、行くって言ったり」
「私が気分屋なの知ってるでしょ」
「まあそうだけどーー」
 そこで否定してくれないのがちょっと残念だけど、事実だから仕方ない。合計金額が出たところで、前田は少し多めのお札を置いてくれた。同期だから収入は変わらないんだけど。いつもざっくり半々で出して、ときどき互いに多かったり少なかったり、そのときの気分とか状況で支払いを済ませる。互いに金銭面に細かい方ではないらしい。
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございました」
 店員さんににっこり挨拶をして、前田を引っ張って外に出る。九月の夜風は熱帯夜の名残もなく、気持ちのいい気候だ。
 ぐいぐい前田の手を引っ張って、駅まで行く。ホームで電車を待ちながら、前田はしきりに不思議そうに首を傾げている。
「……吉田さんちの最寄り駅、ネカフェあるの?」
「知らない。調べたことない」
「……」
 前田は黙って眉を寄せた。私も強気にふんと鼻で吐息をつく。
 こいつは、どこまで行けば私の意図に気づくんだろう。押し倒されるまで気付かないのかな。って押し倒す?私が?
 また混乱しかけたとき、ホームに電車が入ってきた。私の自宅の最寄り駅は十分くらい乗ったところだ。ちょっと引け腰の前田を引っ張って電車に乗る。手を離したら何となく逃げ出されそうな気がして、前田の手を離せない。
 電車の中で、前田は居心地悪そうに私に取られた手と私の顔を見比べている。
「……誰かに見られたら」
「困るの?」
「……俺は、困らないけど……」
「じゃ、いいじゃない」
 そもそも上司公認なのだから、社内でも多少は知れ渡っているだろう。なぜか私がフリーだという話も一日で広がった社内である。ホント何でなのか謎だけど。
「……吉田さん、目立つから」
 人を珍獣みたいに言うな。
 思ってちらりと睨みつけると、前田はまた黙って肩を竦めた。視線を車窓の外へ投げて、前田は呟く。
「さっきのお店の店員さんも」
「レストランの?」
「うん。ーー吉田さんがにっこりすると、すごい嬉しそうにしてたし、食事中もちらちら見てた」
 いや、それ客の様子に気を配ってただけじゃないの。
 思うけど前田的には違うらしい。
「……俺みたいのが一緒だと、浮いてるかもって」
「またそれ?」
 私は呆れながら、つかんだ前田の手首からつかんだ手を下げ、指を絡める。恋人つなぎ、ってやつ。
「何でそんな自信ないの」
「……そりゃ、ないよ。……二次元の経験もないのに」
 ってそれ、あれか。いわゆるギャルゲーってやつか。
 ないと聞いてどことなくほっとしたが、フィギュアやらマスコットやらは持ってるかもしれない。まだまだ前田の性癖は分からないのだ。まあいいけどさ。趣味は趣味で、あえて否定する気もない。
「どうすれば自信つくの?」
 問うと前田は困惑したように視線をさ迷わせた。
「経験値上げれば、かな……よく分からないけど」
「経験値、ねぇ」
 電車はあとひと駅で私の自宅の最寄り駅だ。
「じゃあ、一緒に上げていけばいい」
 小さく言うと、前田はえ?と私を見た。車内アナウンスで聞こえなかったらしい。私は何でもないと首を振り、にこりと笑った。
 私の笑顔を見て、前田は気恥ずかしそうに顔を反らした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

花の精霊はいじわる皇帝に溺愛される

アルケミスト
恋愛
崔国の皇太子・龍仁に仕える女官の朱音は、人間と花仙との間に生まれた娘。 花仙が持つ〈伴侶の玉〉を龍仁に奪われたせいで彼の命令に逆らえなくなってしまった。 日々、龍仁のいじわるに耐えていた朱音は、龍仁が皇帝位を継いだ際に、妃候補の情報を探るために後宮に乗り込んだ。 だが、後宮に渦巻く、陰の気を感知した朱音は、龍仁と共に後宮の女性達をめぐる陰謀に巻き込まれて……

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?

家族から冷遇されていた過去を持つ家政ギルドの令嬢は、旦那様に人のぬくもりを教えたい~自分に自信のない旦那様は、とても素敵な男性でした~

チカフジ ユキ
恋愛
叔父から使用人のように扱われ、冷遇されていた子爵令嬢シルヴィアは、十五歳の頃家政ギルドのギルド長オリヴィアに助けられる。 そして家政ギルドで様々な事を教えてもらい、二年半で大きく成長した。 ある日、オリヴィアから破格の料金が提示してある依頼書を渡される。 なにやら裏がありそうな値段設定だったが、半年後の成人を迎えるまでにできるだけお金をためたかったシルヴィアは、その依頼を受けることに。 やってきた屋敷は気持ちが憂鬱になるような雰囲気の、古い建物。 シルヴィアが扉をノックすると、出てきたのは長い前髪で目が隠れた、横にも縦にも大きい貴族男性。 彼は肩や背を丸め全身で自分に自信が無いと語っている、引きこもり男性だった。 その姿をみて、自信がなくいつ叱られるかビクビクしていた過去を思い出したシルヴィアは、自分自身と重ねてしまった。 家政ギルドのギルド員として、余計なことは詮索しない、そう思っても気になってしまう。 そんなある日、ある人物から叱責され、酷く傷ついていた雇い主の旦那様に、シルヴィアは言った。 わたしはあなたの側にいます、と。 このお話はお互いの強さや弱さを知りながら、ちょっとずつ立ち直っていく旦那様と、シルヴィアの恋の話。 *** *** ※この話には第五章に少しだけ「ざまぁ」展開が入りますが、味付け程度です。 ※設定などいろいろとご都合主義です。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される

中山紡希
恋愛
父の再婚後、絶世の美女と名高きアイリーンは意地悪な継母と義妹に虐げられる日々を送っていた。 実は、彼女の目元にはある事件をキッカケに痛々しい傷ができてしまった。 それ以来「傷モノ」として扱われ、屋敷に軟禁されて過ごしてきた。 ある日、ひょんなことから仮面舞踏会に参加することに。 目元の傷を隠して参加するアイリーンだが、義妹のソニアによって仮面が剥がされてしまう。 すると、なぜか冷徹辺境伯と呼ばれているエドガーが跪まずき、アイリーンに「結婚してください」と求婚する。 抜群の容姿の良さで社交界で人気のあるエドガーだが、実はある重要な秘密を抱えていて……? 傷モノになったアイリーンが冷徹辺境伯のエドガーに たっぷり愛され甘やかされるお話。 このお話は書き終えていますので、最後までお楽しみ頂けます。 修正をしながら順次更新していきます。 また、この作品は全年齢ですが、私の他の作品はRシーンありのものがあります。 もし御覧頂けた際にはご注意ください。 ※注意※他サイトにも別名義で投稿しています。

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

処理中です...