期待外れな吉田さん、自由人な前田くん

松丹子

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第三章 アラサー女子よ、大志を抱け!

71 贅沢な悩みが幸せすぎルンルン!

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「うわぁ、いろんなフレーバーがある。どれにしようかな、迷っちゃう」
 色鮮やかに並ぶガラス越しのジェラートを見て、私は浮き立つ気持ちを隠しもせずに目を輝かせた。
「えーと。トリプルにすれば、二人だから六種類味見できるでしょ」
「俺に選ぶ権利は……?」
 前田が後ろで呟いているけど、もちろん気にしない。
「に、し、ろ、や……十六種類あるからぁ」
 私がぶつぶつ言っていると、前田はやれやれと嘆息して、一度壁際へ寄った。が、思い直してまた近づいて来る。
「はい、これ」
 私に千円札を渡して、壁際へ寄ると、鞄からまたルービックキューブを取り出す。私がぐちゃぐちゃにした六面体を、また整えはじめた。
 目線を手元に落とした前田は、ただただ目の前のそれに集中している。睫毛は黒々としていて長く、頬はうらやましいほど白い。長い指は忙しなくルービックキューブを動かしたかと思えば、時々手を泊めて各面を確認する。その動きを繰り返している姿をぼんやりと眺めてしまい、はっと我に返った。
 こんなところで見惚れるな、自分。
 誰にともなく照れ臭くてふて腐れた表情で目を反らす。カシャカシャカシャとルービックキューブを回す音がここまで聞こえて来るような気がしたが、前田の姿を背後にしてフレーバーを選びはじめた。
 やっぱりメジャー所は行っとくべきよね。でもバニラだけじゃ物足りない。ストロベリー、抹茶、バニラ&クッキーで一つ。あとはチーズケーキ、ティラミス、ミックスベリー辺りでどうかしら。
 ああでもスウィートポテトなんていうのもある。えー、キャロットなんていうのも。ああ迷う。でも全部なんて頼んだらきっとお腹壊しちゃう。どうしようーー
「お姉さん、一人?」
 あれ、でもあっちにあるのレモンだ。前田、レモンとかグレープフルーツ系好きなんだよね。やっぱりここは好きそうなものチョイスしてあげるべきかなぁ。うーん、メジャー所を諦めようかしら……
「あのーぅ」
 ああ、もう決まらない!仕方ない本人に聞こう!
「前田ぁ」
 振り返るときに二十代くらいの男性が二人見えた気がしたけど気にしない。壁に立っている前田を見やる。前田は周りに集まりはじめた少年少女の注目を浴びつつルービックキューブから目を上げた。
「レモンのフレーバーあるんだけど、食べたい?」
 前田は私を見て、私の横に立つオニーチャン達を見て、私が指差すレモンフレーバーのジェラートを見て、手で口を覆って噴き出した。
「ちょ、何よぅ」
 笑われることなど何もしてない、と私は唇を尖らせる。前田は大ウケしてお腹を押さえながら手を挙げた。落ち着くまで待ってくれということだろう。ひとしきり笑うと、ふぅ、と息を吐いて言った。
「ありがとう。でも、好きなの選んでいいよ」
 微笑んだその目は笑いすぎてうっすら潤んでいる。でも私的にはその微笑みがグッと来ちゃうのでもう笑われたことなんてどうでもよくなっている。ていうか、いいの?好きなの選んでいいの?
「楽しみにしてたでしょ。俺はそんなにこだわらないから」
 穏やか言われて、またきゅんとした。優しいなぁ。嬉しいなぁ。温かい気持ちに、キャロットは外してあげよう、と思う。
「うん。分かった」
 ありがとう、の気持ちを乗せた笑顔を返すと、前田がちょっと照れ臭そうに頬を染めた。私はアイスが並ぶケースに向き直る。
 えへ。えへへ。ちょっとラブラブカップルみたいでしょ。でしょでしょでしょっ?
 緩む口元をそのままに、六種類のアイスを脳内で反趨した私は、お店の人に声をかけようと足を進めかけて、隣に立つオニーチャン二人の顔を仰ぎ見た。
「あの、すみません。並んでます?」
 オニーチャン二人は、互いに顔を見合わせてから、
「いえ、まだ考え中なんで、お先にどうぞ」
 私は微笑んでお礼を言うと、スキップしたいくらいに軽やかな気分でお店の人へ声をかけた。
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